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頑ジイの庵日記へようこそ!

2008年11月25日 (火)  表紙について

 この夏の終わりにも、不精で紫陽花の葉茎を切り落とさず放っておいたのだが、いまになって、その葉が紅葉して異常に美しい。
 庵の庭はいま、どうだんつつじともみじにあじさいがめいめいに紅葉,黄葉して、意外に静かに明るい。
2008年11月20日 (木)   

 「国の職員宿舎を建て替えるに際しては、別地の職員宿舎を売り払って建て替えるから税金は使っていない」との国側職員の言い訳に対して、「売り払った土地は誰のもの?まさかあんたたちのもの?ではないよね?え?」との国民の言い分は正当である。
 又、国民が、一部エリート公務員の天下りによる高額なその報酬と退職金がけしからんと、どんなに叫んでみても、なんらの改善も見られない。こうした国民の言い分を全く無視して平然としている国家公務員の態度の蔓延が、例えば、今回の特定の元公務員の強殺事件の温床でなかろうかと、どうして一人のジャーナリストも述べないのであろうか?おそらく、誰もがそうと思っていても、「ジャーナリストは根拠のないことを言ってはならない。」「余計な騒動を起こしたくない。」と、自己保身に汲々としているのではなかろうか。こうして国民の本音は抹殺される。わが国特有の社会現象である。情けない国だ。伝統だ。
 
2008年11月18日 (火)   

 例の徘徊老人、土曜日には無事帰宅したとのこと。よかった。でも、まる二日野宿したのかなあ。今度、本人に聞いてみよう。憶えているかどうか分からないけど。
2008年11月16日 (日)   

 この間、痴呆症の老人の見守りを急に頼まれたので、その宅を訪ねたが、なんと当人が朝から行方不明だという。
 昨日も帰らなかったという。明日聞いてみよう。二日三日の行方不明は茶飯事とのことだったが、今日は雨も降った。なんぼ健脚でも、鍛え上げた身体だといっても、冷たいこの雨は・・・。心配だ。
2008年11月8日 (土)  表紙について

 時雨に濡れて、花柚子の青が黄に変化し終えたところ。
 「Change!」対象は、米国内では人種問題と金融システムにるあることは言うを待たないが、外から見れば、民族問題と現在の世界経済機軸構造問題と映る。アメリカは、オバマは、果たしてそういう自覚を持っているか・・・。
2008年11月6日 (木)  表紙について(訂正)

 やれやれまた間違った。「シュロ」はないよなあ、「蘇鉄」です、すみません。40歳くらいになる10メートル近い巨大な蘇鉄です。庵の庭に最近シュロがあっちこちにニョキニョキ生えた来て、温暖化が気になる今日この頃です。
2008年11月1日 (土)  表紙は

 赤い実はピラカンサかな?するどく光るのはシュロ。このシュロ丈は数メートル。毎春咲く、巨大な黄色いカリフラワーの花はいけばなに使われるそうな。
2008年10月22日 (水)   

 「精霊の王」読了。素晴らしい。中沢新一は物理学、仏教学と歩みを進めてきた哲学者、と言うのが正解だろう。
 お陰で、移ろいの日記を生涯続ける決意もできた。世界の哲学はやがてこの人の後を、それぞれの地で追うことになろう。
2008年10月18日 (土)  表紙

 草花には、花が咲くと、しっかりと立って居れなくて、枝垂れると言うよりはむしろ倒れるといった方がよいような種類のものが意外と多い。
 木立紺菊など、その名のとおり、他の木などに凭れてやっと立っているといった風である。
 ほととぎすもその種の草花のひとつだ。夏から全く手入れを怠った庵の庭
は草ぼうぼう。その雑草に支えられて、今秋のほととぎすはすっくと姿よく立っている。
2008年10月16日 (木)  あの蝶

 とうとう姿を消した。蟷螂にでも食われたか、影も形もない。きれいなものだ。・・・
2008年10月15日 (水)   

 蝶、元気だ。しっかりと羽を拡げて枝垂れる木立紺菊の茎につかまっているぞ。
2008年10月14日 (火)   

 あの蝶、元気だったが、刈った2日分の草を燃やしきった直後から冷たい雨。寒い夜になるなあ。
2008年10月13日 (月)   

 あの蝶がまだ生きていた。明日もいきているかな。
2008年10月12日 (日)   

 今日、昼、草むしり開始。そんなに疲れなかったなあ。3時間でやめたけれど。当たり前か・・・。
2008年10月8日 (水)  表紙の・・・

 酔芙蓉は楽しめる花である。朝には楚々と、夕には頬赤らめて・・・。
 
2008年9月23日 (火)  表紙について

 石川淳の代表作のひとつが「紫苑物語」。いまでも後悔しているのが、どれほど前だったか、氏の死後、出された全集を買いそびれたこと。年金生活の今では随分な負担になるが、当時ならそんなことはなかった筈なのに。
 いまになって思うのだが、体質的には一番すんなり入っていける作家ではなかったか。ふとそう思った。いや、解ったというべきか。
2008年9月10日 (水)   

 雀蜂の巣が撤去されて2日たった今朝6時に目が覚めた。あの羽音、間違いない、雀蜂だ!
 障子戸の外のガラス窓は昨晩から開け放っていたので、網戸と障子越しではたしかにはっきりと聞こえて当然だ。しかし・・と、障子戸を引くと、なんと網戸の外でぶんぶん唸っているのは大雀蜂だった。小指ほどもある巨大な奴!
 それにしても昨日から雀蜂が東側、南側の、そしてトイレの網戸のすぐ外をぶんぶん飛び回っている。とても庭に出ることはできない。
 さて、いつまでカメラがいじれないのやら・・・。
2008年9月3日 (水)   

 先週土曜日の雷で、あっという間もなく、パソコン内のデータの全てを失ってしまった。
 写真映像を1年分失ったのがなんとも辛いが、これはバックアップを怠った罪だ。
 すぐに困ることになったのが知人のメールアドレスが消えてしまったこと。来年定年退職がという後輩には、年賀状の含む全ての書簡を在職中から誰にも出さなかったのだが(ひどい悪筆なもので)、どうしても出さなくては。
2008年8月6日 (水)  表紙は・・・

 珊瑚樹の勇姿。私にとってはまさに「命なりけり」です。
2008年7月9日 (水)   

 表紙は美容楊。暗い雨雲の下、永く忘れられている光の揺曳というものを必死に紡ぎ続けているかのようだ。
2008年6月28日 (土)  表紙は・・・

 一名「隅田川の花火」。
 ああ、もう疲れちゃった。
2008年6月16日 (月)   

 表紙は花盛りの珊瑚樹。熊蜂や紫揚羽が文字通り乱舞している。その手前の琵琶の木から盗ってきた琵琶の実を両手でくるくる器用に廻しながら、栗鼠が夢中で食べている。
 ぼうっと眺めていると、一昨日からの疲れも取れてゆくようだ。久しぶりにパチンコ屋と漫画喫茶に行った。パチンコ屋は内部も随分きれいになったものだ。スロット場など赤い絨毯が敷かれていて、円形状にスロットを並べた島がみっつよっつとあって、まるでサロンようだ。パチンコ台の方は五月蠅くて通路に出玉箱が並べられているので歩き回るのが大変。
 漫画喫茶は一軒しか知らなかったが、尋ねてみるとあと3軒あったが、受付にはフリータらしい女性しかいない所が2軒、尋ね人にしっかり対応してくれた所が2軒。
 結局数軒のパチンコ屋を2回と漫画喫茶4軒を朝から午後3時頃まで廻ったが収穫なし。
 しかし、その夜、戻るべきが戻ってホッ。
2008年5月21日 (水)   

 「人は生きて死ぬだけのことだ。」というような正宗白鳥の言葉を引いて、「不気味な思想だ」と小林秀雄が述べていた。
 今朝の朝日新聞小説「徒然王子」(島田雅彦)に「天は誰にも味方しない。(中略)この世に来て、また去って行く私は一匹の蠅と同じ。(中略)この世にいてもいなくても同じことだった。」という箇所がある。
 いずれも私にはきわめて近しく感じられる言葉だ。ただ少しだけ、しかしはっきりと違っているところがある。
 私と同じなのは「蠅」だけではない、「石」も「木」も「花」も「人」も同じだ。「人は生きて死ぬだけのことだ。」だからこそ、私が惹かれるものを必死で求めている。
 とはいえ、私はあまり知的な人間ではないし、執着心にも恵まれた方ではない。だから死後の事を考えたこともあまりない。ただ、自分という存在が近々消滅する、それでお仕舞、という事の前で、茫然と佇んでいる。
 今はそういう姿勢(とも呼べない姿勢だが)を崩そうとは思わない。
2008年5月20日 (火)   

 山法師が咲いた。なんという咲き方だろう。幾本にも枝分かれしたそれぞれの頂上近くに、竹とんぼかヘリコプターの羽根ように、それも群がって咲いている。 明日は脚立に登って撮ってみよう。風よ治まれ。
 
 
2008年5月18日 (日)   

 とうもろこしの苗を4本と、メロンと梨を掛け合わせたという珍妙なフルーツのこれも苗と言った方が正しいのだろう、兎も角二種類の苗を長男連れで買ってきた。
 昨日は、きゅうりの苗を4本、一昨日はきゅうり4本とししとう1本を貰ったので彼と協力して植えた。いずれも、笹竹を刈り取ってきて支柱にしてみて、小さな畑はもういっぱいになってしまった。今年の夏は毎日きゅうりが食べられそうだ。
 やっと纏まったこれだけの作業ができるようになったんだな、と思う。これまで、そういうことすら自分は理解できていなかったんだ。ごく普通に高校を出、コンピュータにHPを設け、麻雀もし、そんな男が持続して仕事を続けることができないなんて?!
 やっと糸口が掴めたのかな。
 午後5時になって一度は帰ってきたのだが、いつの間にか姿を消して、その後6時になっても7時になっても帰ってこない。彼の黒猫。
 昨日も一昨日も、5時に市が流すオルゴールのメロディーを合図に帰ってきたので、私が庭に放ったのだが・・・。
 彼がどう反応するか、怒り出すのか、なぐり懸かってくるのか。
 しかし、一緒になって探した後、晩飯になっても「お腹が空いたら帰ってくるだろう」「この前は翌朝帰ってきたな」と、どこまでも大人しい。
 結局、その後すぐ帰ってきたので、正直、ほっとした。「心配掛けやがって」と一番に抱き上げながら嬉しそうにする長男。やっと「愛しく思う心」を取り戻したようだ、長い長いサラ金地獄の生活を完全に脱して一年。
 明日は、老犬を獣医に連れて行かなければならない。年の所為だろうか食事が喉を通りにくいようだ。さあ、もう寝よう。みんなみんなおやすみ。 
2008年5月17日 (土)   

 天気がよいと西の窓を開く。でも、藪蚊はごめんなので、網戸は外景を撮る時以外ははずさない。この庵に今日吹く東風が「風薫る五月の」それなら、西風は、忍びやかな、葉裏の奥吹くそれであろうか。
 椿の若葉も、今日はひときわあざやかに輝いて、網戸の目を突き抜けてくるかのようである。
 そんな三浦乙女椿や山茶花の向こうに一段高く立つ珊瑚樹には、もう小さな肌色の実がふくらみ始めている。私が最も愛するこの季節のこの一瞬を撮ることはできないものか。
 でも、その試みに今日も失敗した。きっと、来年も再来年も失敗し続けるだろうが・・・。
2008年5月17日 (土)   

 私には三人の息子がいるが孫はまだ無い。そのせいか(ふふふん)永劫回帰はぴんと来ない。人も動物も木も同一平面上に措いて見る。そういう見方から何が生まれ出るものか。仏が生まれ出るものやら、全くなにも生まれ出ることなく遂に死を迎えることになるのか、知らない。
 
2008年5月15日 (木)   

 だが、それは殆ど実現されることはない。当然ながらそんな極北に人影を見掛けることは滅多にないからだ。
 それでも極めて稀ながら例はある。でもそれは「非情の河また河を遡る」も、未だ雑欲に満ち満ちた早熟な天才にしか起こり得ないのかも。
 そう、その他の人はおそらく発狂するかそれとも宗教への道を歩み出すのだろう。
 自ら神を抹殺し宗教を回避するしかなかったニーチェが「永劫回帰」の思いに至ったのも、発狂してしまったのも当然の帰結だったのだろう。
 私にはまだまだ振り落として行かなければならないものがあるが、私の先祖は知る限り70を少し過ぎた頃には死んでいる。
2008年5月15日 (木)   

 高校時代の私のポケットには、何時もニーチェの「善悪の彼岸」があった。今も時々は、その変色した新潮文庫のページを開く。
 私が最も尊敬するこの哲人の思想は、ここに至ってほとんど詩と化している。般若心経がそうであるように、私流に言えば認識論と価値論とが遂にその微妙なバランスを壊すことなく、言葉の極北に屹立している。
 しかし、人はそんな極地にそのまま立っていることはできない。で、人は現実に生きている人を求める。
2008年5月13日 (火)   

 人はそれぞれに拘りを持つ。その拘りを、その拘りの一々を我慢強く払い落としてゆく。その払い落としの度に人は、その別れに祈りを捧げる。それを悟りというのではないだろうか。
 「父に会いては父を殺し、母に会いては母を殺し」
 人の心にはそれぞれに形がある。その形にあった形の仏の理解の仕方があって当然だろう。高校三年の時一度丸坊主にしたことがあったが、我ながらまさに禅坊主だなあと思ったものだった。
 美輪明宏が、あの世にも位の上下がある、と言った。そんなあの世に誰が行きたいと思うか。バカ!絶対の平等主義、そのためにこそ必須となるのが死だ。くだらない装飾をするんじゃない!
 
2008年5月11日 (日)   

 母の日か。紫の絞りの着物がよく似合った美しい人。60前のある日、一夜にして髪が真っ白になった不幸な人。それ以上は思い出したくない。別に母が嫌いだからではない。嫌われていたにせよだ。
 過去と夜の夢はなるべく封印しておきたい。と言えばまるで凶悪な過去を持つ犯罪者のようだ。無論官憲に追われるような人間ではないが、精神構造は似ているのかも。
 しかし切実に、救われたいとは思わない。三途の川の向こうから恨みの声は、皆我慢しておられる所為だろうか、霊界に鈍感な所為か、有り難いことにおいでおいでとも、来るなくるなとも聞こえてこないし、耳が遠くなった所為か、何を言っても無駄と諦めさせる程しぶとくなった所為か、早く死んだら?という声もめっきり減ったようだ。年をとるというのも悪くはないのかもしれないな。まあ今日は、ご先祖様にはお水でも差し上げておこうか。たまにはね。
 それにしても、職場では優しくて人間的で仕事のできる人といわれていたんだがなあ。Xってみればこは如何にって、俺のことだよね。なあジジ(猫の名)なあフナホ(犬の名)。おやすみ。
 
 
2008年5月10日 (土)   

 今日も雨、明日も雨。床に入ったまま障子戸を開けた時、目覚めたばかりの目に飛び込んできたのは、小さな真っ赤な薔薇の蕾だった。
 カクテルという名のその薔薇の木がすっかり弱っていたことは確かだった。それでも、細い枝が一本だけ背を伸ばしてきていた。ところが、その枝も、春先の嵐のような強い風で折れて、新芽の出かかった枝先を地面近くに垂らしていた。だからもうてっきり駄目だと思い込んでいたのに。
 さっそくカメラをと思ってはたと躊躇してしまった。古いカメラだと又同じ様な故障を起こすんじゃないか、かといって、新しいカメラにも防水装置は着いていない、折角買ったばかりのカメラを同じ目に遭わせる愚は繰り返したくないし、と。で、雨の止むのを待つことにしたのだが。
 しかし、雨は暗くなっても止むことはなかった。そして、三つばかりの蕾は弱々しく萎れて花びらの白い背を見せていた。明後日は花びらを開いてくれるだろうか。私はまたまた命の輝きを逸失してしまうことになるのだろうか。またとないnever moreあの一瞬を。 
2008年5月6日 (火)   

 おや直っているぞ。「error 000 000 000 300 000 028」ってどういう意味?明日製造業者に聞いてみよう。しかし、スイッチを入れるとノイズが。
 まだ使えるのかなあ? とすれば、水でも入ったのかな?
2008年5月5日 (月)   

 とうとうデジカメが壊れた。乱暴に扱っていたからなあ。手近なものを、拡大機能を使わないで普通に撮るとみんなピンボケだったなあ。でも、ときどきは思わぬ味が出たりして・・・変なカメラだったなあ。
 こんどのは、どうかなあ。いつ届くのかなあ。届くまでどうしようかなあ。あれは古すぎるし、あれは気に入らない出来だし。さてさてさて、と。
2008年4月25日 (金)   

 昨日から草むしりを再開した。今日になって漸くその要領を思い出し、作業がどんどん進むようになった。午前2時間午後2時間。
 土鳩が頭の上の梅の木の枝に、午前と午後に一回づつ、4時頃には鶯が来た。
私だけの秘密その一
 鶯には、いつも話しかける。「下手くそ」「そうそう調子が出てきたぞ」「ふむふむいいぞ、まずまずだ」「おう、うまーい、やったね、今日一だ」
 鶯は私の声掛けにその都度応えてまた鳴く。そしてようやく上手く鳴いたと褒められると、やおら飛び去ってゆく。
私だけの秘密その二
 花は何処を向いて咲く?むろん、私の方を向いて。
私だけの秘密その三
 朝、障子を開けるとすぐに、鳶が林の上の狭い空に姿を見せて挨拶する。

 誰も信じないだろうな、都会人は。でも、田舎暮らしをしたことのあるひとなら、少しは思い当たるところがあるんじゃないかなあ。
 別に仙人を気取っているわけじゃない。仙人になりたいとも思ってはいない。しかし、政治家の話よりは信用してもよいんじゃないかなあ。
 明日は、どうして「草むしり」なのか、一寸、考えてみる。ふむ。

  
 

 
 
2008年4月24日 (木)   

 そうか、このゲストブックでは、管理人からのお知らせは書けないように出来ているんだ。外部からの書き込みと管理人の返答がいっつい になっていいるので、それ以上別に管理人が返答であれ何であれ、外部からの書き込み無しで書くと巧く行かないらしい。
 さて、どうするかな。ともかく表紙の解説等はここに書くようにしよう。
 ええっと、今日の表紙は午前10時の日差しに耀く珊瑚樹の若葉です。
ふう、まいったなあ。
2008年4月13日 (日)   

 昨夜、猫が脱走した。昼間の脱走は日常茶飯事で、せいぜいがベランダや倉庫の床下に隠れたり、庭をかけ廻ったりで、2,30分もすりゃ捕まえられるのだが、夜は藪だらけのこの庭での捜索は無理だ。
 以前も、一度、脱走を知らずにいたが、4時に流される市のオルゴールがなるや、はや暗くなった窓の外、室内の明かりのなかに姿を現し大人しく捕まった。
 そういうことがあったので、今回も、ガラス戸を開き、網戸一枚にして待っていると、なにやらガサガサと近くで音がする。
 外に出ると梅の木の上で二つの目が光っている。で、まあ腕をさしのべると大人しく腕の中に抱かれて一件落着。
 この猫、家の者(以前同じ意味で「家人」としたのが気に懸かっていたので「言林」で調べてみたがやはり「家の者」の意味では使われてはいないと分かった。うへえ!)が葬儀屋からもらってきた黒い雄猫。貰うと同時に去勢?したようだがなかなか野性的で雄性も失っていないようだ。そいつが一番暇な爺に預けられる仕儀となったのは、まあ自然の成り行きか。ふにゃ!
 それにしても雌の老犬と雄の未成年の雄猫。仲がよいのか悪いのか、毎日黒猫がちょっかいを出す。親になれなかった犬は扱いきれず吠え出す追いかける。障子は破ける。やれやれ!  
2008年4月10日 (木)   

 最近やけにカウンターが数を増す。そういえば、秋葉さんが訪ねてくださって以来だ。感謝感謝。
 しかし、肝心のエッセイがひとつも増やせないでいる。書き直そうともしない。
 そのくせ、心に溜まる万分の一も、書き上げてはいない。みんな当たらずさわらずのことばかり・・・。
 ともかく、一日原稿用紙一枚でも書き汚すべきだ。構成など、どうでもよい。さあ、さあと、押し寄せる老いの迫る足音が聞こえてくる。今日の雨音のように。
2008年4月9日 (水)   

 ただいま将棋名人戦を観戦中。面白いなあ。佐藤さんはいまなんかタイトルを持っていたよなあ。藤井さんは無冠だっけ。でも二人の解説は、一寸真面目すぎるが、私のようなヘボには解説の一手一手が驚異そのものだ。それでも解説の一手が当たらないのだから、対戦者の読みなんてトンデモナイ凄さなんだな。
 三日間ほど移ろい日記を休んだ。明日こそはなんとかしなくちゃ。桜ももうすっかり葉桜になってしまったし・・・。
 たとえ花が撮れなくともしかたないが、草むしりなり、庵の外、庭に出ていたいと思う。雨にぬれて悲しく庵の中を覗き見る野良猫と窓のうちにいていつも草の間を跳び回ることを夢見ている飼い猫、飼い犬そして・・・。昨日、そんな変な見合いをしてしまった。
2008年3月29日 (土)   

 今朝、庭に出て驚いた。また、あの雉が来ていた。そっと近づいていったが、雉の方は気付いても全く驚く風も無く斜面をゆっくりと登って、藪の中に姿を消した。望遠にしていたデジカメに期待したが、残念、何もうつっていない。
2008年3月22日 (土)   

 庵の南は、山城址の小さな丘が東に裾を延ばした、山陰の斜面となっている。その斜面の半分ぐらいを、今年も蕗が覆い始めた。
 蕗は秋田蕗といって葉は50センチ、丈は1メートルぐらい。庵の北側にはえる野蕗より相当大きい。
 その斜面の上に藪椿や雑木が背を伸ばし、更にその上からアカシヤの花が顔をのぞかせる。1週間ほど前まで未だあおみがかっていた房がもうあざやかな黄色になって風に揺れている。それがまるで、裾の背から庵に向かって、もう春だぞ春だぞと旗を振って合図しているかのように見える。
 
 
2008年3月21日 (金)   

 今日も頭が痛くて熱っぽくてダウン。でも明日は快晴だそうだ。月もきれいだ。少し元気回復。願わくば風も止まらんことを。
 秋葉さんは大丈夫かな。こちらは50年相変わらずの体調不良でしかないのだが。
2008年3月19日 (水)   

 寒い朝。洗濯後病院へ。薬を出してもらうだけだが。
 拙文を読んでもらうだけで有難いのに、読後文まで頂けるなんて!
 それにしても、自分の書くものには人間関係が何も語られていない。どうしょうか。語るとしたらエッセイでは駄目だ。しかし小説を書くだけの粘着性を欠く。それに・・・。それにめんどくさい・・・。
2008年3月15日 (土)   

 どうもいけない、身体が付いて行かない。低気圧ってやつに。
特に急激な気圧の低下に。まるでこの間亡くなった義父が80,90才の頃の体調そのままだ。
 三浦乙女椿がもう7分咲きだがどうしても巧く撮れない。北を向いて咲いているため逆光になるからでもあるが、一寸の寒さや風にもピンクの花弁がすぐに黒ずみ皺がよるため、カメラを向ける気が萎える。
 でも、この地域らしい花の中の花を挙げるとしたら、冬期の花としてはこの乙女椿こそ先ず挙げられるべき花だと思うのだが。
2008年3月11日 (火)   

 あれれ!HPがひどいことになっている!!。なんとかしなきゃあ。でもどうすりゃいいの!?・・・。今更新装開店する元気はないし、かと言って今流行のブログは大きらいだし・・・。なんかかんか小手先で済ませることは出来ないものかなあ
2008年3月10日 (月)   

 枯芝の上でびんずいが三羽、盛んに土をつついている。そこから2mと離れていない網戸のこちら側では、ようやく幼さを脱しかけの黒猫が障子の桟の上でじっと見つめて動かない。
 道路に下りる石段の頭上にかかる三浦椿の蕾も開いた。山陰に咲く藪椿の紅が深い。山裾の上に揺れる銀アカシアの花房の黄が日毎あざやかさを増してくる。
 四季の移ろいがスピードをあげてきた。置いてゆかれないようにがんばるぞ。
2008年3月8日 (土)   

 梅原猛、その著作の魅力に囚われて・・・。
 昨年暮れから「聖徳太子」にとりかかったが、現在、集英社文庫本第2巻最後の数十頁で停滞したままだ。無論退屈したからなどではない。むしろその余りに画期的な17条憲法の解き明かしには驚嘆し戦慄さえ覚えている。明治維新以来、われわれは漸く哲学的にこれ以上無い明晰な視線が、只管曖昧模糊たることを志向するかに見える国文学者等の言辞の壁を突き崩し、この列島に初めて明確な意識を持って確固たる国家を開こうとした一人の若い理想主義者像を築き上げてゆく。・・・
 さて、まあ、とにかく読み進めようか。
2008年3月5日 (水)   

 昼前、猫を抱き犬を従えてベランダに洗濯物を干した。薄い千切れ雲の多い空で、西から東へと流れる雲の間に間に太陽が現れると暖かく、日差しが隠れると抱く猫の身体のふるえが大きくなる。
 しかし、風はなぜか東からの微風だ。その風が美味い。なんとも美味い!
 いい啓蟄の日だった。
2008年3月3日 (月)   

 今年は2月の大雪のせいか、庵の庭に蕗の薹は未だ見えない。12月に返り咲きのようにきらめいていた迎春花も、今はみっつ、よっつと数えられるほどでしかない。ある意味、昨年の異常な暖冬の記憶が依然強烈に残っているということでもあろうが。
 確定申告を今年は申告場所のコンピュータで行った。控除項目の多さにうんざりしながら・・・。
 来年は自宅でコンピュータ申告をするつもりだが、そのためには住基カードの交付を受けなければならない。その交付のためには自分で申請に出かけなければならない。ちなみに、他人にいってもらうとなると、細かく定められた事項いっぱいの委任状が必要なようだ。やれやれ。
2008年2月26日 (火)   

 なんとも奇妙な鳴声を聞いた。金網の向こうの山城跡の藪からだ。最初は迷い込んだ子犬のなきごえかと思ったのだが。
 三日ほど前にも散歩道で同じなきごえに出遭ったが、その時もその悲しげな正体がなにものの ものか判断付かずに庵に戻ったのだが。
 それで急いで家人を呼びどう思うか聞いてみたが、やはり最初は”子犬か?”、やがていっそう近づいてくると”やや大きめの小鳥か?”と判断が付かない様子。結論としては二人とも”聞いたことのない声”だ。
 以前となりの家の屋根裏にあらいぐまの親子が棲みついて騒動を起こしたことや狸が姿をみせたことから、あらいぐま或いは狸の子供かな?それともこじゅけいの子供?子雉はけんけんと鳴くか・・・。
 是非もう一度聞きたい。そしてその姿を見てみたい。
2008年2月22日 (金)   

いい音楽をいい演奏で聴いた。ヘルベルトプロムシュテッド指揮N響「シュウベルト交響曲第8番」。N響もあんな表情豊かな音が出せるんだ。指揮者がいっぺんに好きになってしまった。ありがとう。 
2008年2月20日 (水)   

 家の外壁をこつこつつつくような音で目覚めた。障子戸を引くと小鳥が飛び去った。つぐみかひよどりか。
 小さな傷と痛み。その傷穴から思い出が淀むことなく流れ出す。
 いつまでもそうしていることはとてもできないので頭を掻きむしる。目を上げる。未だ三分咲きの白梅があてどのないない視線をかろうじて受け止めてくれる。さあ起きて・・・。
2008年2月10日 (日)   

 義父が死んだ。94歳だった。義母は昨年3月に先立った。実の親には嫌われていたり縁が薄かったりだったその裏返しのように義父母とは最後まで近しくしてもらえた。
 しかし不思議な気持ちだ。この世で最も尊敬してきた人を失うということは・・・。これからはもう全くひとりきりという感触。
 まあ還暦を六つも過ぎた男が今更なにを!?という切捨て方もあろうがね。
2008年2月7日 (木)  体調悪し

 たまたま、ロシア女性の演奏するプロコフィエフピアノ協奏曲ヘ短調を聞いて、なんというか”かりそめのイバラにも血の涙を流す”って言葉を思い浮かべた。
 それでも足らずか、夜中にふと目覚めた脳裏にあのサディスティックな演奏が浮かび上がっている。プロコフィエフが嫌いなわけでもないのに・・・。
2007年12月18日 (火)   

 わが庭に、驚いた、雉がきた!あの赤とエメラルドグリーンの、ひよどりよりも大きな鳥が、重たげな足取りでガラス戸の向こう2メートル足らずの芝生の上をゆく!
 その先の金網の向こうは、耕作者を失った北向きの畑。
 今年の夏には、近所の川でかわせみを家人が見ている。その川に住むかるがもも9羽を数えるようになった。花の師匠のかきつはたの沼地には白鷺と黒鷺がよく遊んでいる。もっとも一方では鷺の常住ちだった湿地は埋められて農地なってしまったが。
 カウンターが壊れたままだ。
2007年12月14日 (金)  アラベラ・美歩・シュタインバッハー

 ベートーベンのヴァイオリン協奏曲ハ長調を途中から聞いた。いい演奏だった、久し振りにいい演奏を聴いてうれしくなった。未だ二十代なのに音楽性が本当に豊かな上にスケールがでかい。これから年を重ねるごとに何度も何度も聴きたいと思わせる。こちらの寿命の方が問題だ、残念。
 引き続き演奏されたブラームスの交響曲第4番はアラベラの演奏を考えていて耳に入ってこなかったが、それでもときどき心を揺るがされることがあった。4番のCDを買いたいけれどどうしよう。こんげつはポリープの精密検査もあるし、本もだいぶ買ったし・・・。
2007年11月3日 (土)   

やれやれ また余計なことをしてしまったか。
国会議員の(ホームページの)投書箱にメールしてしまった。まだまだ若いってことか。

「XX様
 はじめまして ZZいう1市井人です。
 単刀直入に申し上げます。団塊の世代が定年に達しつつある今こそ、すみやかに執らなければならない政策をご提言申し上げます。
 それは、団塊の世代の定年後の雇用対策についてです。これをおろそかにすると元気で経験豊かなこの世代が、若年世代の雇用状況を一気に苦しくしてしまうこと必定です。
 再雇用制度の整いつつある一方で、非常勤職員や派遣職員の正規職員化の施策が閑等に付されたままの現状を勘案すると、恐ろしいかぎりです。
 では、団塊の世代の活躍舞台をどう設定するかですが、1、ODA予算で海外協力隊員の大増募 2、社会地域内及び教育施設内における人間関係再構築要員の確保 3、介護要員特に「見守り、話し相手」要員の確保(そのための資格制度の整備も必要、介護現場から人間的関係が不毛と成りつつある現状をごぞんじですか)4、後見人制度に準じた地域的準後見人などが考えられます。
 私見ですが、高度経済成長を支えたのは段階の世代ですが、丁度、速度を増してブレーキが利かなくなったトラックのように、バブル経済を発生させ今日の巨大な財政赤字を生む一大要因となったのも団塊の世代です。
 その巨大なパワーをもっともっと我々は恐れなければなりません。そのパワーの排出先をすみやかに案出しておかねば、社会保障制度の破綻は明々白々、消費税増税程度で治まる問題ではないと、ご明察くださるものと切に切にご期待申し上げます。        草々」

もう少し文章を練らなきゃなあ・・・。今朝、北欧を訪ねた江川詔子さんが同じようなことをいっていたなあ、前向きに政策を立てなきゃなあ。  
2007年10月8日 (月)   

 雨上がりの昼下がり、うぐいすがしきりに啼いている。こんな時季に・・・。
2007年10月7日 (日)   

 まるまる二ヶ月間まったく手入れをしなかった庭。草蓬々。そこに朝から2時間ハサミを入れたが、刈り終えるのはいつ・・。ああ茫洋。
2007年9月26日 (水)   

 秋葉遼さんの名はグーグルでみつけた。同人誌金沢文学8月号にエッセイを載せておられる。  甘井サブレさんは未だ見つからない。心配だ。
2007年9月21日 (金)  家のゴミ箱

   ボケ老人は特別養護老人ホームというゴミ箱へ、危険な統合失調症(わけの分からん名をよくも考案したものだ。)は精神病院というゴミ箱へ、そして規格を外れた働き手はフリーターというゴミ箱へ。  家の中には、相当の定額所得を得ることのできる、正規の住人(!)が鎮座まします。君は規格外?
2007年9月10日 (月)   

 ブラームスの弦楽四重奏曲第一番ハ短調を聴いた。もうどうしようもないほど囚われてしまった。(アルカントカルテット)  ブラームスほど自分と縁の遠い作曲家はいないと長年思っていただけに、最近その作品に触れるたび、その世界に引き込まれていく自分に、ただただ驚いている。