櫻花いまさかりなり難波の海おしてる宮にきこしめすなへ 大伴家持(万葉集二十)
花ぐはし櫻の愛でこと愛でば早くは愛でずわが愛づる子等 允恭天皇(日本書紀三)
春さらば挿頭にせむと我が念ひし櫻の花は散りにけるかも 読み人知らず(万葉集十三)
妹が名にかけたる櫻花さかば常にや恋ひむいや年毎に 読み人知らず(万葉集十六)
梅の花さきてちりなば櫻花つぎてさくべくなりにてあらずや 大伴旅人(万葉集五)
鶯の木傳ふ梅の移ろへば櫻の花の時片まけぬ 大伴旅人(万葉集十)
山かひにさける櫻をたヾ一目君に見せてば何をか思はむ 大伴池主(万葉集十七)
足引の山櫻花一目だに君とし見てばあれ恋ひめやも 大伴家持(万葉集十七)
櫻花開きかも散ると見るまでに誰かもこ丶に見えて散り行く 読み人知らず(万葉集十二)
百しきの大宮人は暇あれや櫻かざして今日もくらしつ 山部赤人(新古今集二)
雉なく高円の辺に櫻花散りてながらふ見む人もがも 読み人知らず(万葉集十)
龍田山見つつこえこし櫻花散りか過ぎなむわがかへるとに 大伴家持(万葉集二十)
足ひきの山櫻花日並べてかく開きたらばいとこひへやも 山部赤人(万葉集八)
見渡せば春日の野辺に霞立ち開きにほへるは櫻花かも 読み人知らず(万葉集十)
屋戸に在る櫻の花は今もかも松風疾み地にちるらむ 厚見王(万葉集八)
春雨に争ひかねてわが屋前の櫻の花はさき始めにけり 読み人知らず(万葉集十)
櫻花今ぞ盛と人は云へど我はさぶしもきみとし在らねば 大伴池主(万葉集十八)
わがせこが古き垣内の櫻花いまだふふめり一目見にこね 大伴家持(万葉集十八)
古さととなりにし奈良の都にも色はかはらず花は咲きけり 平城天皇(古今集二)
古の奈良の都の八重櫻けふ九重ににほひぬるかな 伊勢大輔(詞花集一)
吉野山消えせぬ雪とみえつるは嶺つづきさく櫻なりけり 読み人知らず(拾遺集一)
深草の野辺の櫻し心あらば今年ばかりは墨染にさけ 上野嶺雄(古今集十六)
見渡せば柳櫻をこきまぜて都ぞ春の錦なりける 素性法師(古今集一)
山守はいはヾいはなむ高砂の尾上の櫻をりてかざらむ 素性法師(後撰集二)
身はとめつ心はおくる山櫻風のたよりに思ひおこせよ 安法法師(新古今集十六)
はなざくらちりしくにはをはらはねばきえせぬゆきとなりにけるかな 女房(後二条師通記)
櫻狩雨は降りきぬ同じくはぬるとも花のかげに隠れむ 読み人知らず(拾遺集一)
またや見むかた野のみのの櫻狩花の雪ちる春の曙 藤原俊成(新古今集二)
世の中に絶えて櫻のなかりせば春の心はのどけからまし 在原業平(伊勢物語八十二)
ちればこそいとど櫻はめでたけれうき世に何か久しかるべき 読み人知らず(伊勢物語八十二)
見てのみや人に語らむ櫻花手毎に折りて家づとにせむ 素性法師(古今集一)
久しかれあだに散るなと櫻花かめにさせれど移ろひにけり 紀貫之(後撰集三)
わぎもこがはこねの山の糸櫻結びおきたる花かとぞ見る 顕昭(夫木集四)
あすもこんしだり櫻の枝ほそみ柳の糸にむすぼほれけり 源俊頼(散木集一)
吹風も治れる世は音もせでのどかに匂ふ山ざくらかな 内裏女房(藤原光経集)
たぐひなき花をし枝にさかすれば櫻にならぶ木ぞなかりける 西行法師(山家集)
吹く風を勿来の関と思へども道もせにちる山櫻かな 源義家(千載集二)
深山木の其の梢とも見えざりし櫻は花にあらはれにけり 源頼政(詞花集一)
さ丶浪や志賀の都は荒れにしを昔ながらの山櫻かな 薩摩守忠度(千載集一)
いにしへの雲井の櫻たねしあればまたはるにあふ御代ぞしらるる 左近大将冬教(続千載集二)
九重のくもゐの春のさくら花秋の宮人いかで折るらむ 後醍醐院(新千載集二)
露をおもみ梢たれたる糸櫻柳が枝に咲くかとぞ見る 藤原兼経
立ちよらで過ぬ思へどと糸櫻心にかかる春の木の本 浄妙寺関白前右大臣(風雅集)
山ふかみ軒端にか丶る白雲の八重にかさなる花櫻かな 常磐井入道前太政大臣(続千載集一)
ふるさとと思ひなはてそ花櫻かかるみゆきに逢ふ世ありけり 読み人知らず(新古今集十六)
なき名ぞと後にとがむな八重櫻うつさんやどはかくれしもせじ女房伯耆(古今著聞集十九)
山さくら峰にも尾にもうゑをかむ見ぬ世の春を人やしのぶと 西園寺公経(増鏡五)
嵐山これもよし野やうつすらむ櫻にかかる瀧の白糸 後宇多院(新千載集二)
あとみゆる道の栞のさくら花この山人のなさけをぞしる 後醍醐天皇(増鏡十六)
ここにても雲井の櫻さきにけりただかりそめの宿とおもふに 後醍醐天皇(新葉集二)
吉野山雲井の櫻君が代にふべき春やちぎりおきけむ 北畠親房(新葉集二)
めづらしき君が御幸を松かぜにちらぬ櫻の色を見しかな 竹林院内大臣(夢窓の集)
時ならぬ櫻の枝に降る雪は花をおそしと誘ひきぬらん豊臣秀吉(豊太閤)
夕月夜しばし休らへ糸櫻花のしなひに結ぼほれつゝ 喝食明慶(称名院吉野詣記)
打はへて風にかたよる糸櫻こやさほ姫の花の衣か 武田信堅(称名院吉野詣記)
芳野山かつちる櫻袖とめてはらへば花の雪にまがへり 常之入道(基佐集)
しら川の関のなみ木の山櫻花にゆるすな風のかよひぢ 読み人知らず(廻国雑記)
はるる日にいかなる雨ぞ花の雪空にしられぬ櫻木のかげ 正廣(正廣日記)
やまふかくすめるこゝろは花ぞしるやよいざさくらものがたりせむ 無名の翁(山家記)
さきぬとも告げぬ飛鳥の山櫻去年の言葉の色や忘れし 冷泉為久
山櫻ひとへにさきてしろたへの花のかずそふみよしのの春 小野蘭山(花鑑)
枝たれてさく彼岸こそ糸櫻くゝりて白く見ゆる有明 小野蘭山(花鑑)
大輪の逆手櫻のいろなくて五つはとのよむつは芝山 小野蘭山(花鑑)
八重に咲ちらでうつろふ江戸櫻かさね富るは法輪寺なり 小野蘭山(花鑑)
伊勢櫻おはりにあふて早咲や紫の八重そこ白き花 小野蘭山(花鑑)
千重の菊姿稀なる楊貴妃のふかくぞもゆる火櫻の花 小野蘭山(花鑑)
黄櫻といふは茶色に大輪の八重に開ける花とこそきけ 小野蘭山(花鑑)
中輪の淡紫の八重ざくらこれを南殿といふ人もあり 小野蘭山(花鑑)
ひとへなる若木の櫻む月より秋まで絶ず咲もめづらし 小野蘭山(花鑑)
千本よりかずもすくなき児ざくらともに李の花にいとひとし 小野蘭山(花鑑)
うらうらとのどけき春の心よりにほひ出でたる山櫻ばな 賀茂真淵
もろこしの人に見せばや三吉野のよしのゝやまの山ざくらばな 賀茂真淵
糸櫻くるしき旅も忘れけり立よりて見る花の木蔭に 本居宣長(菅笠日記)
谷ふかく分いるたむの山ざくらかひある花のいろを見るかな 本居宣長(菅笠日記)
鳥虫に身をばなしてもさくら花さかむあたりになづさはましを 本居宣長(枕の山)
日ぐらしにみても折てもかざしてもあかぬ櫻を猶いかにせむ 本居宣長(枕の山)
春ごとににほふ櫻の花みても神のあやしきめぐみをぞおもふ 本居宣長(枕の山)
しきしまの大和心を人とはば朝日ににほふ山櫻ばな 本居宣長
あまさかるひなにはあれど櫻花雲の上までさきにほふらん 登美宮吉子(文明夫人手記碑)
みやこまで音に聞えし瀧ざくらいろ香をさそへ花の春風 大炊御門経久(瀧佐久良の記)
久方の空に霞のたなびきて高根のさくら見るよしぞなき 佐久良東雄
うつせみの世にも似たるか花櫻咲くと見しまにかつ散りにけり 読み人知らず(古今集一)
残なくちるぞめでたき櫻花ありて世の中はてのうければ 読み人知らず(古今集一)
いざ櫻我もちりなむひと盛りありなば人にうきめ見えなむ 読み人知らず(古今集)
君がためちれとをしへておのれまづ嵐にむかふ櫻井の里 佐久良東雄
吉野山霞のおくはしらねども見ゆるかぎりは櫻なりけり 八田知紀
以上です。
機会があれば現代語訳も加えます。
《付記》読売新聞2003年4月25日夕刊記事で、苅部直氏が『櫻史』に触れ、
「山田は、『一個一個の花房』ではなく、『無数の花の集合』に美しさを見てきたのが、日本人の桜の観賞であったとまとめている」
と指摘されていましたので、それを受けて該当箇所を紹介させていただきます。
……如何なる点が、日本人の魂にふれるのであるかと考へてみると、私はここに兼好が山櫻を賞美して八重櫻はことやうものなりと云つたことを思ひ出す。八重櫻を異様のものだといふ半面は即ち「花はひとへなる、よし」といふわけなのであるが、どうして一重の櫻を賞美して八重櫻をこと様のものだとするのであろうか。……
……一輪二輪だけ画にするならば、寧ろ八重櫻の方がすぐれてゐるといはねばならぬ。然るに一重の櫻を賞美するのはどういふ理由かと考ふるに、これは多くの花が枝もたわゝに咲き満ちるその全景の美にうたれるからである。……
……単弁白色の山櫻の花を枝もたわゝにつけたものが無数に群をなして一抹の雲の如く霞の如くに見ゆるところにえもいはぬ美しさがやどると思ふ。これがうらうらとのどけき春の心のあらはれであり、それに朝日がいさぎよく照り映えてゐる所に日本魂の美の象徴があるのだと思ふ。……
(以上、「附録・はな」から引用)