![]() |
![]() | TOP | 園だより | 園長室 | 園の紹介 | 給食・保健 | 子育て入門 | | エンジェルス | ミニフォト | 地図 | 教会へ | リンク | 潮来のお天気 | 手にとってご覧になりたい方は、お声をかけて下さい。 2010年 園長先生メッセージ 9月 猛暑に負けない 8月 園のスズメ 7月 菜園での収穫 6月 健康管理 5月 尊い仕事 4月 入園おめでとう 2月 興味をもつ 1月 私には希望がある 2009年 園長先生メッセージ 12月 一度は礼拝に 11月 良いものを 10月 イエス様の言葉 9月 好きだよ 8月 助けの手 7月 牧師と園長 6月 食 育 5月 父母を敬う 4月 新しい出発 3月 旧園舎よ、ありがとう 2月 強い体 1月 私には夢がある 2008年 園長先生メッセージ 12月 新園舎に向かって 11月 認定こども園2 10月 運動会 9月 しかり方の大切さ 8月 愛しさ 7月 認定こども園 6月 基準としての聖書 5月 新入園児を迎えて 4月 ペット 3月 赤ちゃんの素晴らしさ 2月 30周年記念式典 1月 新しい年を迎えて 2007年 園長先生メッセージ 12月 クリスマスに寄せて 11月 神様の眼差し 10月 肥沃な土 9月 目標 8月 あそび 7月 ありがとう 6月 保育環境 5月 保育環境 4月 出会いで決まる 3月 人間関係 2月 愛する子 1月 面倒がらずに 2006年 園長先生メッセージ 12月 思いやり 11月 慰 問 10月 運動会 9 月 バイブルキャンプ 8 月 ツバメと食育 7 月 青々とした成長 6 月 衣服の管理 5 月 砂遊び 4 月 笑顔のある保育園 3 月 喜び 感謝 祈り TOPへ 2010年 9月 「 猛暑に負けない 」 今年の8月は記録的な猛暑続きでした。みんなで植えたサツマイモもぐったりしています(サツマイモは暑さと乾燥に強い作物です)。連日35度前後の暑さでした。 でも夏は体力をつける時期でもあります。汗をかくことによって体温調整機能が働きます。 汗をかくことは理にかなった機能です。汗かく経験をしないと体温調整機能が低下し体力も弱くなってしまいます。 現代は車の中も、家の中も、また店に買い物に行った時もエアコンが完備しています。汗をかく機会が少なくっています。汗をかかないと忍耐力も低下して我慢の足らない「切れる」子になると言われています。ですから朝ご飯を食べ、水分をよく取り汗をかくことは大事なことです。 しかし今年の暑さは異常です。毎朝、天気情報を見てから園に来ます。黄色の危険情報、赤の警告とその日の予想が出ます。ここまで来るとエアコンなしではかえって体に悪い状態を起してしまいます。 8月、園内はエアコンがフル回転でした。涼しいお部屋で給食を食べ、ゆっくりとお昼寝をしました。そしてまた元気に遊びに向かう頼もしい子ども達です。 昔の話を言うと笑われますが、私の子どもの頃、エアコンはありませんでした。どうしていたか。近くにある大きな木の枝に太い棒を縛りつけ、そこに板を置き、ゴザを敷いて木の上で昼寝をしていました。最近は立派なツリーハウスが各所に登場しています。 私は今でも夜エアコンなしで寝ています。(暑い時2回だけエアコンのある部屋で寝ました。)二階の窓を開けて寝ています。夜、そこから入ってくる風はなんともいえない自然の涼しさをもたらしてくれます。 我々団塊時代の人間は「切れる」と言うことは知りませんでした。エアコン無くても我慢が出来ていたのです。 9月、暑さも峠を越します。これから涼しくなってきます。運動会に向かって練習が始まりました。子ども達は暑い中、元気に励んでいます。暑さに負けない子ども達のたくましい姿を見てください。少しくらいの暑さに負けない園児たちです。 2010年 8月 「 園のスズメ 」 今、朝の日課に菜園での野菜収穫があります。もともと山土を埋めた痩せた土地でした。そこに残飯を堆肥にして土作りをした菜園ですので今年は実りが良く毎朝、取らないと大きくなり過ぎてしまいます。 ナスやキュウリを刻んでサラダに入れてみんなと食べたりしています。 いつものように菜園に行くとそこに動くものがいました。何かなと目を凝らして見てみると巣立ちをしたスズメの子どもでした。まだくちばしも黄色く巣立ちが早すぎたのでしょうか。パタパタするだけで飛べないでいるのです。 このままでは猫か、カラスの餌食になってしまうと思い手を伸ばして捕まえ事務室の段ボールに入れておきました。それを見た職員が本田に行って籠と餌になる虫を買ってきました。 野生の鳥は人間に慣れないかなと心配していましたら二日目からピンセットの先に挟んだ餌を食べ始めたのです。おいしいのか、おなかがすいていたのか次々に食べ始めるようになりました。箱に入っている市販の餌を一日で食べきりました。 三日間そのようにしていましたが余り人間が餌をあげると自然界の食べ物を取れなくなると困ると思い籠から出してあげました。出したら飛んで行ってしまいました。お礼の一言もなく行ってしまったスズメの後ろ姿に一抹の寂しさを感じました。 次の朝、聞き覚えのある「チュン、チュン」との声が庭から聞こえて来たのです。見るとあのスズメが来ているのです。残っていた餌をあげると近づいてきて食べるのです。試みに手のひらに餌をのせていると手に乗って食べるのです。自然の小さな小鳥がこんなに人間に慣れるとは知りませんでした。このような状態が三日間続いてやがてスズメは来なくなってしまいました。 イエス様の話にスズメの話があります。「5羽のスズメは2アサリオン(1アサリオンはイスラエルでの最低価値)で売られている。その一羽さえ神は、お忘れなさることはない。恐れるな、あなた方は沢山のスズメよりもはるかにまさっている。」と神様が私たちをどんなに愛しておられるかを話されました。 賛美歌に「一羽のスズメさえも」と言う曲があります。イエス様は私たちをスズメよりもはるかにまさるものであると言われました。 こひつじ園の園児たちは小さくても神様の愛の中に守られています。それにしても「スズメの恩返し」って本当にあるのかなと期待しながらスズメが飛んでいった方向を見上げる最近です。 TOPへ 2010年 7月 「 菜園での収穫 」 私は今、潮来市民生・児童委員をしています。6年目になりました。ゼロ歳から高齢者に至るまで福祉に関するお世話をする働きです。厚生労働大臣からの委託です。 潮来民児委員はどちらかといえば高齢者のお世話に目が向いていました。しかし少子高齢化時代で児童にも目を向けるようにしませんかと定例会で勧めています。 新年度になり小学校・中学校との懇談会が持たれました。また学校評議委員もしているので学校に行く機会もあります。今、学校の先生は生徒指導をとても熱心にしておられます。先生方の指導は学習面だけでなく生活面にまでも気を使っています。 生徒たちの行動を見ておられる先生方は、生徒の育ちは乳幼児期から始まっているので学校に入る前がとても大事なことですと、語っています。保育園・幼稚園の就学前の生活の大事さを強くしています。 先日のテレビで自然に深く接した経験がある人は考え方に深み、粘り、探究心が多く見られると放映していました。私たちの潮来は田舎ですから自然は豊かです。でも外出を車で移動し、家の中でゲーム、テレビで時間を過ごしていては自然に接することが少なくなってしまいます。 先日、菜園にきゅうりが実りました。有機質・無農薬栽培です。給食の残飯をコンポストに入れて肥料を作ります。園児たちが菜園前に集まり取立てのきゅうりに塩をつけて食べさせてあげました。 取立てのきゅうりは光っています。瑞々しいです。割ると水が飛び出ます。口に入れると「カリッ」と歯ごたえがします。初めて食べる子どもたちはおいしく食べ、お変わりを求めてきました。 5月に小さな苗を植え、毎日大きくなるのを見ています。黄色い花が咲き、きゅうりになる様子を見ることが出来るのは良い経験です。「あら、うちの子きゅうり食べたんですか。」と驚かれたお母さんもいました。 昨日はジャガイモを掘りました。メークインです。きれいな芋です。さっそくふかしていただきました。梅雨には梅雨の恵みがあります。神様に感謝します。 ![]() ![]() TOPへ 2010年 6月 「 健康管理 」 今年の天気は少しおかしいようです。4月、桜が咲き終わった後に雪が降り、その一週間後には25度を超す夏日になったりしています。5月下旬、もうすぐ6月になるというのに朝ストーブをつけました。 こんな天気で体調を崩すのは、体力のついていない幼児と、体力がなくなってきた高齢者です。幼児に対しての健康管理は大事です。 保育園、幼稚園児の保護者の方々は若いです。体力があります。少しぐらい寒くても朝から半そでになります。そして子どもにも自分と同じ支度をし、登園します。 ですから言いたいのです。小さなお子さんと高齢者は、保護者と違い体力がないのでこまめな配慮をして欲しいと。 私も若い時はすぐに半そでになっていました。半そでは一つのファションでもありました。しかし今は寒さに弱くなっています。私ぐらいの年齢を基準にして服装を考えるのが子ども達に丁度良いのかもしれません。 私は朝、寒い時に半そで薄着でいる子どもを見つけたら先生たちに「何かもう一枚着させるように。」と言います。暖かくなったらもちろん、それなりに薄着にします。私はこの年齢になって子ども達と同じ体力になりました。子ども達の服装のことが気になります。 ある人は「子ども達のほうが園長よりも元気ですよ。」と言います。そうかもしれません。園では体力をつけるために朝、日課といって、ばら組以上の子ども達がラジオ体操をします。そして園庭のトラックで駆け足します。私も駆けますが子ども達の後をついて行けないときがあります。 本当に彼らは一日一日、成長しています。それでもやはり風邪をひくことが多いです。昨年は新インフルエンザで心配しました。今年は天候不順で体調を崩し、休む子ども達が多く見られます。「子どもは風の子、元気な子」は保育園、幼稚園生には少し早いような気がします。 服装管理を自分の体調に合わせないで、子ども目線で見ていただきたいです。そして、毎日元気に登園して欲しいと祈っています。 「暗く長い土の中の時代があった。いのちがけで芽生えた時もあった。しかし草はそういった昔をひとことも語らず、もっとも美しい今だけを見せている」(星野富弘) 園児たちは毎日輝いています。輝きが毎日あるよう心掛けて行きたいです。 TOPへ 2010年 5月 「 尊い仕事 」 ようやくこの時期らしい暖かさになってきました。田んぼのカエルもいつものように元気な合唱を始めました。寒い時は元気のない鳴き方でしたがここにきて本来の鳴き声になっています。 水を引いた田んぼでは田植えが始まりました。今年は天候が不順で稲作の生育も心配されます。しかし毎年この時期になると同じような光景が見られます。 それまでだれもいなかった田んぼにトラクターが入り、軽快な機械音をあげて田を耕します。農業用水道からは水が勢いよく出ています。そして田植えが始まります。どこの田にも機械が入り、人が作業し、農村は活気づいてきました。 里山の木々も新芽を出し始め活力に満ちています。農家の人は田植えに家族そろって出かけます。 機械化になっても昔と変わらない光景が見られます。おばあちゃん、おじいちゃんもみんな田に繰り出します。そして10時になると仕事を休め、お茶の時間です。12時になるとお昼ご飯を田んぼのあぜ道に集まり太陽の下、みんなで食べます。 小さな子供も田植えを見ています。お米を作るには一家総出です。子供も仕事を見るのです。子供のころから自分の家の仕事を見ることが出来るのはとてもいいことだと思います。 特に農業はじかに土に触れ、水に触り、機械で準備をするその光景はきっと子供の心に残ると思います。私たちが食べるお米はこのようにして作られているとの理解は貴重なものです。それこそ食育です。 家族みんなが協力してお米を作る経験はとても大事です。労働に対する意欲が生まれます。しかし、農業人口は年々少なくなっています。若い人が後を継がないのです。女性は農家に嫁ぐのを好みません。 ある地区では外国からお嫁さんを呼んできています。農業は3Kなのです。収入も他の産業と比べても少ないのです。ですから農家が減り、食料も少なくなり7割近い食料を外国から輸入しなければ手に入らなくなってしまいました。しかし誰かが食料を作らなければなりません。 人類最初の仕事はアベルとカインの農作業でした(聖書)。この世の中で尊い仕事は食料生産だと思います。身体を使い、力を入れ、日焼けをし、手に豆を作り苦労する仕事です。 イエス様が言われた「水を汲む仕事」です。社会に貢献出来る仕事は素晴らしいです。 TOPへ 2010年 4月 「 入園おめでとう 」 新年度を迎えました。子供達にとっては新しい出発の時です。学校を卒業して社会人になる人もいることでしょう。 そんな中で最初の出発、新しい世界に進む人生初めての経験は保育園、幼稚園に入園し集団生活を始めることです。 保育園には赤ちゃんで来られるお友達、3歳になって来られるお友達。こひつじ園には色々な年齢の子供たちが入園してきます。 小学校、中学校は同じ年齢になってから入学しますが、こひつじ園は年齢層に大きな開きがあります。それだけに園に慣れる時間も、リズムも異なります。ですからこの4月は一番配慮の求められる時期です。 でも、既に園生活を過ごしている先輩の友達が同じクラスに居ます。彼らは自分が入園した当時どんなに、いやがり、泣いたかを無かったかのようにして先輩としての気分で新しい友達に色々と教えてくれます。 「ここがトイレだよ。そして手を洗うんだよ」「給食の時はお祈りをするんだよ」「泣かなくてもいいんだよ」等と。 今年は先輩の友達も新園舎での生活を経験していますのでスムーズに教えることが出来ます。クラスの先生にとっては頼もしい限りです。 初めてわが子を預ける保護者の皆さまにとっても大きな心配がおありと思います。門で不安そうに先生たちに手を引かれて行くわが子を見て、こんなに小さいのに預けて良かったかしらと悩むお母さんもいると聞きます。 しかし一カ月過ぎたころ段々と子供達は保育園で過ごす楽しさを覚え、顔が明るくなってきます。家でもお友達のことや先生のこと、一日の園生活のことを話すようになります。そんなわが子を見ると心配も段々と小さくなってくるでしょう。 子供達は環境に慣れるのが早いです。しかし入園当初は大きな環境の変化に心身とも疲れている時期です。そっと見守ってあげてください。疲れていますからこの期間はこちらからなるべく園の様子を聞くことは控えてあげて欲しいと思います。 家に帰ったら睡眠をなるべく多く取るように心掛けてください。時には熱が出ることもあります。新入園児の保護者の皆さまは入園した一カ月の間は暖かく見守って頂きたいと思います。 そしてお子さんの大きな成長を期待してください。 新入園児のお友達を心から歓迎します。 TOPへ 2010年 2月 「 興味をもつ 」 先日、南風が吹き少し暖かくなったので久しぶりに園の菜園でジャガイモを植える準備を始めました。草が生えていたり、昨年の野菜の取り残しがあるのでそれらを取り除くための作業です。 私が鍬を持って耕していると周囲に子どもたちが集まって来ました。 「園長先生何しているの」と興味を持って聞きます。「畑仕事をしているのよ」。 「あれなーに」。「これはホウレンソウだよ」。「ちょうだい、ちょうだい」と10人近くの子どもたちが集まってきました。 会話が終わり再び鍬を振り上げて耕すと今度は大きい子どもたちが集まり「園長先生あれ大根でしょう」と、まだ畑に残っている数本の大根を指さして言うのです。 「園長先生、大根ちょうだい」。「どうするの」。「あのね、お母さんにあげるの」。「そうか、それじゃ一本あげるね」と畑から抜いて手渡しました。 小さい子は「園長先生、幼虫ちょうだい」。「幼虫ちょうだい」と。次々にリクエストが絶えません。なかなか作業が進みません。 「作業をするにはみんながお昼寝しているときがいいな」と思いながら予定の半分で作業を終えてしまいました。 この時期の子どもたちは何に対しても興味を持ちます。子どもたちは毎日菜園を見ているのですが、だれもいないと興味心を持たないのです。 誰かがそこにいると興味が起きます。それは応えてくれる人がいると信じているからです。 子どもは大きくなるにつれて色々なものに興味を持ち親に聞きます。親が忙しくしている時に聞くことが多くあります。返事をすることは会話になります。 会話は大切です。会話は信頼感を生みだします。いつの時代でも子どもの心にあるのは同じです。この時期は信頼関係を築ける時期です。 畑を耕していながら聞きに来られると作業が中止になります。しかしそれ以上に子どもたちとの信頼関係を持つことが出来る喜びがあります。 今年はどんなジャガイモが出来るか期待しています。準備がすんだらみんなで種イモを植えます。 TOPへ 2010年 1月 「 私には希望がある 」 明けましておめでとうございます。 穏やかな正月を迎えることが出来嬉しく思います。一年の計は元旦にありと言いますが、皆さまはどのような計画を持ってこの一年を始められたでしょうか。 私たちは昨年の今頃、新園舎の建築、引っ越しの準備、幼稚園開始の準備とあわただし正月を迎えていました。皆さんのご協力を頂き、全てが順調に進み、新しいスタートを切ることが出来ました。感謝します。ありがとうございました。 今年は安心して新年を迎えることが出来ました。今年も元気な園児たちと毎日過ごせることを楽しみにしています。 私は今年63歳になります。還暦を過ぎてから体力も知力も衰えてきていることを感じています。32年前30歳の若い園長でした。なんでも出来ました。無理もきき、疲れを感じない時でした。将来に対して夢を持って働いていました。 あれから32年、黒々としていた頭の毛は薄くなり、記憶力、体力も衰えてきています。今まで出来たことが段々難しくなってきています。 毎月の誕生会で、誕生日を迎えた子どもにインタビューします。一年前と違ってはきはきとした答えが返ってきます。一年の成長の素晴らしさを見ることが出来ます。とてもうらやましいです。 私は反対に一年前よりも能力が落ちてきていることを感じます。しかし、聖書に「外なる人は衰えるけれども内なる人は日々新たにされる」という私の好きな言葉があります。 保育の仕事をしていて感じることは園児たちと一緒に居ると若い力をもらえることです。これは神様の恵みです。 今年も職員一同、園児たちの元気に負けないで共に成長出来る一年でありたいと祈っています。 神様が私に与えてくださった聖書の言葉があります。「私があなたたちに対して立てている計画は災いでなく平安と希望と将来である。」この一年、色々なことがあると思いますが希望を持って進んで行きましょう。 TOPへ 2009年 12月 「 一度は礼拝に 」 今年もクリスマスの月となりました。 今年は新園舎も完成し引っ越しも終わり、今は素敵な環境のもと楽しく保育をしています。設計も良く考えられ、木材が沢山使われているので健康にもいいです。お客さんが入ってきてすぐ「木のにおいがしますね」と言ってくれます。 2002年、潮来市内に教会堂を建てた時も木をたくさん使いました。鉄骨は一本も使用しない教会堂になりました。(園舎も鉄骨は使っていません) 教会は保育園舎より木をふんだんに使っています。そこにいるだけで森林浴と同じ体験が出来ます。 ![]() いまここでは毎週日曜日、礼拝が行われています。礼拝は世界中のキリスト教会で同じように行われています。聖歌を歌い、祈りを捧げ、牧師による聖書の話などが行われています。 はじめて来た方は少し緊張しますが、礼拝に出ていると心が落ち着きます、と話してくださいます。 午後は親子礼拝が行われています。保育園生や小学生が来ます。未就学のお子さんはお母さんと一緒に礼拝に出ています。午前の礼拝より自由な形式です。子どもが泣いても大きな声を出しても誰も気にしません。みんなで子どもを見守っています。 親子礼拝が終わると子どもたちはそれぞれおやつタイムを取り、好きな遊びに進みます。お母さんたちは別室でコーヒー等飮みながら、よもやま話や、子どものことに話が進み、時間が許されるまで楽しい時を過ごしています。 礼拝はクリスチャンでなくても出席することが出来ます。12月はクリスマスの季節です。クリスマスは世界中でお祝いされているイエス様の誕生です。静かな礼拝に出たい方は午前に、お子さんと一緒に楽しく出たい方は午後においでください。 一度、教会に行ってみるのも「こひつじ園」にお子さんを預けたよい機会かと思います。教会は皆さんがおいでになるのを心から歓迎いたします。 教会のホームページはこちら★ TOPへ 2009年 11月 「 良いものを 」 「今月のおことばをみんなで言いましょう。」さん、はい。「いつも喜んでいなさい、たえず祈りなさい、どんなことにも感謝しなさい。」 大きな声で元気よく、覚えた聖書の言葉を言い始めます。「みんな上手に言えましたね。では、前に来て一人で言える人いますか。」はい、はいと、競争するように手を挙げてくれます。 ではS君、前に来て言ってください。S君はみんなの前に来て得意そうに、スラスラと聖書の言葉を言います。次は、と言うと次々に小さいクラスの子も手を挙げます。 子どもたちの記憶力はとてもすごいです。悪い言葉には興味があるのでしょうか。すぐに覚えてしまいます。かっこいいと思っているのです。ですから正しい言葉、美しい言葉を子どもたちに語りかける必要があります。 テレビの画面からは戦いの言葉が出てきます。相手を壊す、そして殺してしまう場面が多くあります。子どもたちは影響を受けやすいです。 私たちの園は創立から聖書の言葉を毎月一句ずつ覚えるようにしています。聖書の言葉は2千年以上世界中の人々から受け入れられ、受け継がれてきた言葉です。その言葉は今でも多くの人の中で生きています。 有名な聖ルカ病医日野原先生、口で筆をくわえ素敵な絵を描き詩を添えている星野富弘さんもその人たちです。 苦しくなった時、悲しい時、生きていく中で色々な経験をします。そんな時ふと、保育園時代、幼稚園時代に覚えた言葉がよみがえってくるときがあります。 先日、50代の方と話していました。その時、聖書にある「主の祈り」の話になった時「私は今でも覚えています。」と話されました。この方はキリスト教の幼稚園を卒園したのです。 私たちの周りには綺麗な言葉より悪い言葉が多くあります。良いものは大人が努力していかないと、なかなか目にすることも耳にすることも出来ません。 私たちの園は32年間、聖書の言葉を暗唱することを続けてきました。時にはお家でも一緒になって言ってみてください。そして上手に言えたら褒めてあげてください。 私たちは聖書の素晴らしい言葉を沢山覚えてほしいと願っています。 TOPへ 2009年 10月 「 イエス様の言葉 」 私の好きな聖書の言葉に、イエス様が語られた「子どもたちを私のところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。」があります。 イエス様は近くに来た子どもたちをご自分の腕に抱き上げて祝福されました。 最近、子どもが煩わしい、うるさい、しつこい等、子どもに対して否定的な言葉を聞く時があります。子どもは大人の言うままにならないのが特徴です。本能的に生きているのです。 イエス様は子どもたちが大好きです。イエス様の周囲にまとわりつく子どもたちを止めようとしていたお弟子たちに対して「わたしのところに来るのを妨げてはならない。」とお叱りになりました。そして子どもたちのありのままの姿を受け入れたのです。 私は保育の働きに携わっていていつもこのイエス様のお姿と、お言葉を心にとどめています。 どんな子どもでもイエス(神様)から愛されているのです。子どもたちを無条件で受け入れることから保育が始まります。そして子どもたちと親密な信頼関係を持つことが出来るのです。 そこから保育が始まります。子どもたちも先生から色々なことを学ぶことが出来るのです。 最初からこの子を自分の言うことを聞き入れる子どもに育てていこうと思っても子どもは喜びません。 今年は新園舎になり場所も移動しました。また運動会の会場も新しく津知小学校をお借りすることが出来ました。とても広く駐車場も十分ありとてもスムーズに進めることが出来ました。保護者の皆さまのご協力を頂き準備も滞りなく出来たことを感謝します。 そして何より素晴らしかったことは園児たちの力一杯の演技でした。沢山の感動をもらいました。毎日の練習の積み重ね、頑張りが子どもたちを成長させました。 靴が抜けても最後まで一生懸命に走りました。お遊戯、綱引き、玉入れ、そしてマーチングバンド演奏。自分たちの特徴を持って素晴らしい演奏が出来ました。 多くの方々から「感動した。」とお言葉を頂きました。 子どもたちが頑張れるのは、私たちの園が子どもたちをイエス様のおことばのように受け入れているからです。私たち小羊保育園、小羊幼稚園は子どもたちを受け入れることがとても大事であることを学びながら保育に進みます。 TOPへ 2009年 9月 「 好きだよ 」 早く目覚めた時はラジオを聴きます。NHK放送に「ラジオ深夜便、こころの時代」がありそれをよく聴きます。 今月1,2日は養護(特別支援)学校の先生が話されていました。23年間この仕事を続けているそうです。 学校に言葉の話せない生徒がいたそうです。お母さんもこの子が話すのは出来ないと諦め、先生にも期待しないでくださいと言い渡したとい言います。 しかし先生は生徒が好きで、よく面倒を見ました。生徒もいつの間にか先生が好きになり先生の真似をするようになったそうです。 特に先生の癖を覚え先生が髪の毛を手で巻くと同じようにニコニコしながら真似をしたといいます。 ある時、先生が物を落とし「あっ」と声をあげたとたん生徒も「あっ」と真似をしました。この時、先生は生徒の言葉を始めて聞き「えっ言葉が出る。」と驚いたそうです。 そして「あ」から「い」と先生が言うと同じように言ったのです。続けて「ま」と言うと「ま」と真似し、「ま」を二回「ま、ま」という言葉も出たというのです。 生徒は先生がいつも「好きだよ」と言って抱きしめてから学校の一日を始めたと言います。 お母さんは話すことは出来ないと諦めていたがわが子が「ま、ま」と自分に言った時、とても驚き大きな涙がこぼれ奇跡が起きた、と喜んだそうです。お母さんには子どもにママと言って欲しい気持ちが、ずーとあったのです。 養護学校の先生は「好きだよ」と言う言葉は奇跡を生み出すと語っていました。 誰でも「好きだよ」と言われて嫌な気持ちになる人はいません。親が子どもにかける言葉で一番素晴らしい言葉です。家庭が和やかになります。好きだよとの言葉は大きな力です。 親子の会話が少なくなっている時代です。携帯電話、テレビ、ゲーム機と向き合う時間が長いです。 今よりももう少し親子が向き合う時間を増やし自分の子どもに「好きだよ」と一日一回でも言えたら何か素晴らしいことが起きるのではないかと思います。 園児も先生に「好きだよ。」抱きしめられると先生が好きになります。祖父母が孫を抱きしめると孫は祖父母が好きになります。 お父さんお母さん、子どもに「大好き。」と言えるのは今です。この言葉を沢山あげましょう。子どもはお父さんお母さんが一番好きなのです。 TOPへ 2009年 8月 「 助けの手 」 今年の夏の天気は不順な日が続いています。特に西日本では大きな災害が発生し被害が出ていると報道されています。 このニュースを見るたびに5年前、台湾での出来事を思い出します。その時私は、標高千メートルの山地にいました。 着いた途端それまでの小雨が急に豪雨になり四日間、50メートル先までしか見えない雨が降り続きました。 電気は途絶え、電話も不通、唯一平地と連絡を取れるのは地区長の家にある無線だけでした。道路が土石流で埋まり食料、飲み水の補給も無くなりました。 天気が回復してからは上空にヘリコプターが飛び交っていますが私たちの所には降りてきてくれません。(木を燃やしてのろしも上げました) このままでは食料も飲み水も無くなってしまうので歩いて平地に行くことにしました。しかし、私は旅行者の身です。荷物を車に積んで移動していました。この荷物を持って平地に歩いて行くのは無理です。 すると現地の人が、籠を持ってきて籠に私の旅行鞄を入れ頭からひもをかけて運んでくれたのでした。私たちは地区のお年寄りや子供達と共に倒木を乗り越え、大きな石を避けながら山を下って行きました。 ちょうど下ったところに陸軍の基地があり既に約400名の人たちがそこに集まっていました。唯一平地の対策本部とヘリコプターで連絡が取れていた所でした。 軍隊備蓄の食料が供出されましたが、このままいつまでここに留まるのか不安でした。 ところが私が日本人であることを知った基地の責任者が「次のヘリに乗りなさい。」と勧めてくれたのです。 本来なら最後に基地に着いたのですから400番目になるはずでした。しかし思いがけずその日に台中市の対策本部までヘリで運んでいただきました。 帰国は数日遅れましたが無事家に帰ることができました。 今、日本と台湾は国交が途絶えています。戦前は台湾を植民地として支配してきました。しかし、その日本人が困っているのを見て援助の手を差し伸べてくれたのです。 私たち日本人はどうでしょうか?。困った時には人のことを考える余裕がなくなり、我先に行動してしまうのではないかと思います。 こひつじ園の子どもたちが困っている人に小さな手でもいいですから差し伸べられるようになれる人間になってほしいと祈っています。 TOPへ 2009年 7月 「 牧師と園長 」 私がキリスト教会の牧師をしていることは皆さんご存じだと思います。しかし日本で「牧師」に対する認識はまだまだ低いものです。 先日、教会員が入院したので病院に行きました。ちょうどドクターが部屋に来て話をしました。その時、先生は盛んに私に「神父さん、神父さん。」と呼びかけているのです。 呼びかけを聞きながら「ああ、日本では牧師よりも神父の方が親しみやすいのかな」と思い、それなら病院に行くとき誰が見ても神父の格好をしようかなと考えたこともありました。(ちなみに牧師には決められた制服はありません) いろいろなホームに面会に行くことがあります。そこには面会人記帳簿があり入所者との関係を書く欄があります。私は牧師と大きく書きます。そうするとホームの方は入所者に「今日は牧師さんが面会に来てくれて良かったですね。」と話しかけます。そのように言われると嬉しくなります。 園の子ども達と一緒に過ごすときの私は「園長」ですが思いの中には牧師としての気持ちがあります。その気持ちはイエス様がどのように子ども達に触れられたかです。 イエス様の聖画は数多くあります。よく目にするのはイエス様が羊の赤ちゃんを抱いている絵です。また有名なのは母マリアが赤ちゃんイエス様を抱いている姿、あるいはマリアが赤ちゃんイエス様を愛らしい眼差しで見つめている絵です。小さな子ども達がイエス様の周囲に集まっている絵もあります。 これは神様が小さな存在者をどのように見ておられるかを現しています。 最近は結婚式に登場する牧師が有名になっています。確かに私も結婚式の司式をしますが、園長としてイエス様の思いを少しでも自分の思いとして園児達に触れていきたいと思っています。 私の好きなイエス様の御言葉に「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。」があります。神の国とは天国の意味があります。 天国とは子ども達のようなところですと言われました。私の気持ちは「子ども達は最高!」です。もちろん牧師ですので聖書は専門です。聖書に関心がある方いつでも声をかけてください。子供の素晴らしさが書いてあります。ともに学んでみませんか。 TOPへ 2009年 6月 「 食 育 」 政府が「食育基本法」を制定された事はすでにご承知と思います。 人間が生きるために「食」は最も大切なものです。しかし反面、食に対する関心が子供たちの中で薄くなっているのです。 野菜、お肉はスーパーにある。それを買ってきて食べるだけの考えでは食に対する大切さを養うことが難しくなります。 私達が食べるものがどのようにして作られているのか、また材料を使ってどのように調理されていくのかの仕事を学ぶことによって食に対する考えが深まってきます。厨房から漂ってくるおいしそうな臭いを感じるだけで給食に対する期待感が高まってきます。 また、野菜の成長を見ることによって食べ物はこのようにして作られて行くのかと食に対する尊厳が生まれます。 私達は今まで畑にさつまいもを栽培していました。新しい場所は広くなっているのでさつまいもの他に夏野菜を作る菜園を設けました。 ![]() キュウリ、トマト、トウモロコシ、ジャガイモ、スイカ等わずかなものですが子供たちの目に毎日成長が見えてきます。キュウリは実ったらそこで取って塩、味噌をつけて取りたてを食べてみたいと楽しみにしています。 この場所は50年ぐらい前、まだ鹿島線も家も無いただの水田でした。 その当時、この場所で私は両親と一緒に10年間米を作っていました。(ここはその当時マムシが沢山いたのです。我が家でも大分捕まえて強精剤にしました) あれから40年ぶりに同じ場所で今度は野菜を作れる不思議さを感じます。農業から離れて大分経っています。野菜栽培の感覚を忘れています。 子供たちが畑を耕して野菜苗を植えている私を見て「園長先生何をしているの」とよく声をかけてきます。小さな苗が大きくなって色々な実が出来るようになったら子供たちはどんな反応をするか今から楽しみです。 前に「早寝、早起き、朝ご飯」と総理大臣が言い始めました。寝ること食べることはとっても大切なことです。 新園舎は厨房も広くなり働き易くなったと喜ばれています。楽しく調理しています。 子供たちは配膳ワゴンで厨房から自分たちのクラスに運んでいきます。 「さくら組です。頂いていきます。」「さくら組です。ごちそうさまでした。おいしかったです。」毎日元気に挨拶をしています。 飽和時代です。そんな時代ですからこそ食べることに目を向けていく保育も必要かなと思っています。 園では給食試食会をしています。両親揃って来られた方もいます。一食200円です。こひつじ食堂にどうぞお出で下さい。 TOPへ 2009年 5月 「 父母を敬う 」 わたしたちの園は聖書の言葉を基本としています。 聖書は一見難しいように思えますが人類が読んでいる本の中では一番長く、一番多くの人に読まれています。それだけ読みやすい本です。 また高度な教えが書いてあると思われがちですがとても身近なことが書いてあります。 5月は母の日です。この日の出処は聖書です。旧約聖書と新約聖書に書かれている「あなたの父母を敬え」にあります。 新約聖書にはこの後におまけがついていています。「そうすればあなたは地上で長生きし、幸せになります」と。 わたしたちが一番大事にしなければならないのは両親です。旧約聖書では「両親をののしるものは死刑にされる」とあります。これはとても大きな教えです。人間の永遠のテーマです。聖書が3千年以上の間言い続けています。 しかしこのことは現代人には難しくなっています。子どもが親を大切にするよりも親が子どもを大事にするほうが大きな比重を占めています。 時には親は子どものご機嫌をとりながら育児している人が多くなってきているように思えます。その結果、子どもは自分が大事にされているのが当然のように思い、相手を大事にすることが出来にくくなくなっているように思えます。 他者を大事にし、愛するようになるにはまず最も近くにいる両親を愛することから始まります。 わたしの母親は今年88歳で亡くなりました。亡くなる前に母はわたしに向かって「お前が一番いい」と言ってくれました。私は母の口からこの言葉を聞いたとき本当に嬉しくなりました。 学校に行く前の子どもに親を大事にすることを教えることは難しいことです。しかし子どもは本能的に親を大事にする気持ちが備わっています。そして親から「ありがとう」と言われることを何よりの喜びとします。 「お母さんありがとう」も大事ですが、親から認められたことは子どもにとって大きな喜びです。 そこから親を大事にする心が生まれてきます。そのような親子関係の持てる家庭は幸せと言えます。 子どもにありがとうを言える親子関係になって欲しいと思います。大切なわが子をしっかりと抱きしめてください。 TOPへ 2009年 4月 「 新しい出発 」 新年度を迎えました。新入園児も入園しました。園舎も新しくなりました。 旧園舎からの引越しの時は雨にもかかわらず多くのお父さんお母さん、そしておじいちゃん達の助けをいただきました。ありがとうございました。 引越しも無事終わりました。新年度になり園の制度も変わりました。しかし保育内容は変わりません。 ある神父の祈りです。「神よ、変えることへの勇気を与えてください。しかしそれ以上に変えていけないことと、変えるべきこととを見分ける力を与えてください。」 こひつじ園は4月より保護者の就労状態に関係なく、こどもに集団生活を体験させたいと希望すれば入園できる園に変わりました。これは国が定めた新しい保育制度です。 今まではお母さんが仕事をやめたらこどもは退園しなければなりませんでした。こどもにとっては楽しい園生活を親の都合で止めさせられることはさびしいことです。 そのような例がありました。こども達は同じ年頃の友達と遊ぶのが楽しいのです。「こひつじ園」はそのような園になりました。 また、新しく「子育て支援」が始まります。これは在園していないが子供に集団生活をさせてみたい、あるいは子育てを楽しく経験したいとの思いがある保護者の方々に園が門を開いて保護者にもお子さんにも保育の楽しさを提供する制度です。 そのために独立したお部屋も備えました。時には親子揃って紙芝居を見たり、園バスで出かけたり、おやつを一緒に食べたりします。また講師のピアノを子どもと一緒に聴いたりと楽しいことをする仕組みです(これからメニューを作っていきます。) こひつじ園がこども達にとって楽しいところ、また子育てをしている方々にとっても何か助けの手を伸べられるところになります。在園していないお友達にPRしていただけたら幸いです。 もう一つ大事なことは、目に見えることと目に見えないこととがあることを知ることです。私たち日本人は目に見える事柄に心が向く傾向が強いようです。 優しさ、親切、愛などは目に見えませんがとても大事なことです。いわゆる心です。それには心を作られた神様を見上げることです。 こひつじ園は心の教育も大切にしていきます。今年度も一年間よろしくお願いします。 TOPへ 2009年 3月 「 旧園舎よ、ありがとう 」 いよいよ今月新園舎に引っ越しします。その後、今の園舎は解体され更地になります。 認定こども園(幼保一元化)のきっかけになった事がいくつかあります。その一つは園舎の老朽化です。 最初の建物は昭和52年に建築されました。その時は現在の職員室とたんぽぽの二部屋でした。それから何回も増築を重ねてきました。 それ故、構造的に一体感にほど遠く、又シロアリなどの被害もあり耐震基準も変わりました。耐震度に心配が出てきました。現在は応急手当をして何とか凌いでいます。 ですから耐震に強い園舎が求められていました。そんな時近くの公立津知幼稚園が休園するようになりました。 潮来市との話し合いの結果、ちょうど小羊が近くにあるので津知幼稚園の受け皿の意味も含めて認定こども園の決断をしました。 幼稚園部を併設するには現在の建物、敷地では狭いので新しい場所に移り幼稚園生も受け入れられるような規模の園舎にしました。 この話が決まってから何人かの卒園生から「今のところに保育園がなくなるのは寂しい」との声を聞きました。私も寂しい気持ちです。 まだ何もない田圃を埋めて園舎を建築しました。一つ一つの柱、床、壁、窓、又樹木一本一本にも沢山の思い出が残っています。 これらがなくなるのはとても寂しいことです。いつまでも残って思い出に慕っていたい気持ちです。しかし形あるものはいつか無くなります。 今回は将来に対する発展的な前向きの気持ちで今の園舎を解体します。 すでに31年間に沢山の園児が巣立っていきました。小羊卒園生二世が何人も来ています。卒園生から職員として何人もの人が働いています。多くの実績を生んでくれました。 本当にありがとうと言って今の園舎を解体したいと思っています。そしてまた新しい園舎で多くの素晴らしい出来事が生まれることを期待しています。 TOPへ 2009年 2月 「 強い体 」 一年で一番寒い時期になっています。 寒さに弱い私はこの寒さをどのように過ごすかが毎年の悩みです。厚着をし、ホッカイロを貼り何とかしのいでいます。 夜、寝るときそれらを全部取りパジャマに着替えるとほっとします。 集団生活である保育園でこの時期の注意は風邪であります。特にインフルエンザが怖いです。 予防として手洗い、うがいをこまめにしています。この二つのことは機会あるごとに園児に話しています。園児達も一日に何回となくうがい、手洗いをしています。うがいは水だけでも相当な効力があります。 又保育園では一日二回消毒剤(ミルクポン)を使って、床、腰板、ドアを消毒しています。このことはインフルエンザ予防だけでなくほかのウイルスにも効果があります。 これと同時に大事なことは風邪に負けない体力をつけることと規則正しい生活をすることです。 保育園ではホールいっぱいに畳をひいて柔道をします。これは飛んだりはねたり転がったりの全身運動になります。しばらくすると園児達は「暑い」といって半袖になったり半ズボンになったりします。 天気の良いときは外でラジオ体操、グランド駆け回りで体を温めます。一緒に駆け回るとホッカイロがじゃまになるほどです。体を動かした後は気持ち爽快です。 寒い、暑いは日本に住んでいる以上避けられないことです。私たちの先祖はそれなりの工夫をして暑さ寒さを乗り切ってきました。 今の時代はスイッチ一つで暖房、冷房がすぐに作りだせます。しかし私が子どもの頃(今から50年前)はありませんでした。友達と里山で駆け回り、チャンバラ、相撲などで体を温めました。今はそのような遊びが消えています。 全国的な調査では子どもの体力が(大人もそうだと思います)昔より低下していると発表されています。 スイッチ一つの便利さが体を動かす機会をなくしているのでしょう。便利なものはありがたいです。しかし人間の基本的な運動、食事はいつの時代でも変わらずに大切なものです。 基本的なものを大切にすることを保育園では大事にしたいと思っています。そのことが風邪にも負けない強い身体を作ることにもなります。 そして三食をきちんと食べることも大事なことです。 TOPへ 2009年 1月 「 私には夢がある 」 明けましておめでとうございます。穏やかな正月を迎えることが出来嬉しく思います。 昨年は驚くことが沢山ありました。ひとつは責任放棄です。 総理大臣の政権投げ出しが2年連続で続きました。一国の責任を預かる人がこれでいいのかと考えさせられました。 またアメリカより始まった金融危機が日本にも大きな影響を及ぼしています。以前「アメリカがくしゃみすると日本は風邪をひく」と言われていましたが、今は世界中が経済危機に見舞われています。 誰にも予想できなかったことです。今年も色々なことが起こってくると思います。 しかし保育園は希望に満ちています。園児達ひとり一人の目はいつも輝いています。顔は元気いっぱいです。 笑顔の中に囲まれていると元気がわいてきます。声はとても明るいです。この子達がこれからの日本の将来を支えていくと思うと頼もしくなります。 子供たちには夢があります。夢を持つことは大切なことです。クリスマスツリーに飾られた星は夢を現しています。 マーチン・ルーサー・キング牧師は「私には夢がある」という有名な説教をしました。今度のアメリカ大統領は幼いときその言葉に勇気を与えられたと言っています。 子供たちは大きな可能性を秘めています。 日本でも「初夢」と言って夢を見ることを大事にしています。夢は持つだけで実現しません。困難、苦難を乗り越えて初めて実現するものです。 子供たちは大きくなると「、、、、、になりたい」といいます。大きな夢、小さな夢それを実現できる力を養うのが今の時期だと思います。 我慢する気持ち、相手を許す気持ち、相手を受け入れることの出来る気持ち、努力、協調等々色々あると思います。 子ども同士の遊びの中で、先生の指導を受ける生活の中で身につける機会は沢山あります。明るく、楽しく、元気に、のびのびの保育これが基本ではないかと思っています。 私たち職員も研鑽を積み同じ目線に立って今年も保育に励んでいきたいと思っています。 また今年は新園舎に引っ越しをします。その際には何かとご協力をお願いすることもあると思いますので宜しくお願いします。 TOPへ 2008年12月 「 新園舎に向かって 」 今、小羊保育園では通常の保育事業の他に次のような保育サービスをしています。 1)一時預かり保育・・・これは普段家で親子での生活をしているとき、急用が出来て子どもを誰かに預けなければならなくなったとき、一時的にお子さんをお預かりするものです。 新園舎にはそのための部屋も作りました。今まで沢山の利用がありました。 例えば病院に行きたいのだが子どもは連れて行きたくない。そんな時、保育園ではお子さんをお預かりすることが出来ます。 その他、短期間だけ預かってもらうと助かるのだがとの希望にもそえるようにしています。給食を食べることも出来ます。 ただしこの預かり保育は有料になっています。 2)園庭開放・・・今、私たちの地域には子どもが少なくなっています。公園に行ってもあまり子どもの姿を見ることが少なくなってきています。子どもが沢山いる保育園の中で遊ばせてもらえないかとの希望があります。 確かに友達同士で遊ぶことはお母さんと二人で遊ぶよりも子どもに活気が出てきます。そのような希望があるとき保育園では園庭を開放しています。 これは一時預かりと違いお母さん(保護者)も一緒に来て頂き自分のお子さんの安全の責任を持って頂くことになります。 時間は午前中(10時〜11時頃)です。この働きは無料で行っています。最近、お子さんと園に見えて園児達と楽しく遊ぶ姿を沢山見るようになりました。 (園の都合で開放できない場合もありますのでまずは問い合わせをお願いします。) 3)育児相談・・・育児をする上で心配なことが起こってきます。あるいは誰かに相談したいこともあります。そんな時、保育園では保育経験豊かな者が相談に応じることが出来ます。 私たちは実際お子さんの成長に毎日接しています。ですから一般の親御さんよりは色々と経験も知識もあると思います。 私も昔そうでしたが自分の子どもは主体的に見ることが多いです。でも、保育の仕事をしている者はお子さんの姿を客観的に見ることが出来ます。 お互いそれぞれの目を持ってお子さんを見ることによってお子さんを全体的に見られるようになります。 相談内容は守秘義務がありますので他言はしません。 新園舎に移行したらその他にも子ども達の益になることがあれば進めていきたいと考えています。詳しくは保育園まで問い合わせ下さい。 ![]() ![]() 2008.12.8 現在の新園舎建築の様子です。着々と工事が進められています。 TOPへ 2008年11月 「 認定こども園 2 」 今年も11月になりました。来年度の準備が始まりました。 小羊保育園は来年度から「認定こども園」と変って行きます。 認定こども園は最近マスコミでも見られる言葉です。平成18年に政府が幼児教育を大幅に変えた新しい法律です。 いまは幼稚園と保育園は別物として存在しています。幼稚園は文部科学省、保育園は厚生労働省と管轄も違っています。そして幼稚園生と保育園児とでは扱う法律も違っています。 これは子どもにとって良くないことと政府が気づき、これから乳幼児は同じ環境の中で、同じ法律の中で成長するようにと考えられた制度です。 認定こども園になった園は今までと違って保護者が仕事をしていても、していなくても希望すれば受け入れられるようになりました。そのために一つの園に幼稚園と保育園の機能を持つようになったのです。私はとても良い制度だと受け止めました。 幼稚園と保育園に入園した子どもが違う法律で育てられるのは子どもにとって幸せなことではありません。年齢が同じならどこにいても同じ環境、同じ法律の中で育てられるのが一番いいと思います。 今までは保護者の都合によって入園する場所が決められていましたが認定こども園ではそのような違いはありません。まだ制度が過度期なので保育園はこの制度を受けるためには幼稚園の認可も受けなければなりません。 私たちはその準備を進め来年度から幼稚園の認可を取り「認定こども園」の認定も受けられるようになりました。 幼稚園部門を併設しますので今の規模では限界があります。思い切って場所も広いところに移し、園舎も新しく建てるようになりました。 そして今まで不便を感じていたものは出来るだけ解消するようにしました。 今、建築工事が進んでいます。とてもすてきな園舎になります。園庭もより広くなります。 新しい制度の良いところを取り入れ、さらに保育に力を入れ小羊園の「保育文化」を創り出そうとしています。 小羊園はこれから「教育」「養護」「保育」を備えた乳幼児にとって最善の園として発展を目指し努力して行きます。ご協力を宜しくお願いします。 TOPへ 2008年10月 「 運動会 」 私大きな行事である運動会が今年はとてもよい天気の中で終わることが出来ました。 沢山の方々に来て頂いてプログラムも予定通り進めることが出来ました。ご協力を頂きありがとうございました。 園児達は一ヶ月前から運動会の練習に励んできました。最初は大丈夫かなと心配気味で見ている私ですが、短時間の内にみるみる上達し、当日皆さんの前に可愛い姿を見て頂くことが出来ました。 日頃の家庭での姿とはまた違った姿を見て頂けたと思っています。 一生懸命に走り、優雅に、そして可愛く踊り、小さな手に玉入れの玉を握りかごに向かって真剣に投げている姿は見る私たちに感動を与えてくれました。 走りの中で転んだ園児がいました。しかしすぐに立ち上がり再び何事もないかのように走り出した姿に驚きました(この園児は一歳に入園した時、毎日のように泣いていたのです)以前の姿から思うと大きな成長です。 走り終えて「よく走ったね」と声を掛けると「だって痛くないもの」と何でもないような返事が返ってきました。 さいごのフォークダンス、一緒に踊ったお家の方からぎゅっと抱きしめられたときの嬉しそうな顔、顔、顔、なかなか保育園では見られない笑顔でした。お家の人から抱きしめられるのが一番嬉しいのですね。 園児達の成長は毎日続いています。苗木が若葉を枝いっぱい広げて大きくなるように彼らは大きくなっていきます。 聖書の中に「道を整えよ」との言葉があります。私たちの周囲は道が曲がっているようなことが毎日のように報道されています。 今の笑顔を大きくなっても持ち続けるには正しい道を大人は示さなければなりません。イエス・キリストは「私は道であり、命であり、真理です」と語った言葉は有名です。 園児達はきちんと導けばきちんと育ってくれます。運動会で見せてくれたあの笑顔、一生懸命な姿、喜びを大事にしたいものです。 子どものことだからと軽く受け止めてはなりません。子供たちの命の尊さを私たち大人はもっと真剣に受け止めてあげたいものです。大人から教えられた通りに育つのが子どもです。 入園した当時不安げな園児達は今では毎日保育園に来るのが楽しみになっています。大きな声で「おはようございます。」と挨拶してくれます。 私たちも子供たちに「おはようございます。」と声を掛けてあげましょう。そして時々あなたが好きだよと抱きしめてあげましょう。 そのような子は真っ直ぐな道を歩みます。 TOPへ 2008年 9月 「 しかり方の大切さ 」 私たちの住んでいる水郷地方の田んぼは、目の覚めるような緑色から今、わくわくするような黄金色になっています。そして収穫の時期を迎えました。 私は農家に生まれ22歳まで農業をしていましたのでこの時期になると今でも農民の血が騒ぎます。農作物は手をかけたらそれだけの反応をしてくれますから楽しい仕事です。 お米を作るとき稲の性質を知ることは大事なことです。いつ種を蒔くのか、肥料はどの位、いつ施すのか。稲の性質に合わせて私たちは作業します。 今、自分が肥料をあげたいからと自分の気持ちでするとお米は獲れなくなってしまいます。茎ばかり伸びたり、あるいは病気になり収穫が無かったりします。 しかし稲の性質を知り、いつ肥料を施せば良いのか時を知った上ですると稲は健やかな成長をし、秋には素晴らしい実りをもたらしてくれます。 子供を育児することにも共通することがあります。子供は生まれてから素晴らしい成長をします。その成長に応じた育児の在り方が大事です。 食事の与え方、夜泣きのこと、あるいは躾のこと等、今の子供の成長に対してどう対応するかを知ることが大事です。 そのためには子供の成長を学ぶ必要があります。 親は自分の気持ちで子供に接することが多いです。こんなことをしてあげよう、こんな子になって欲しいからこうしてあげようと。 でもそれが子どもにとって全て正しいこととは限りません。 子供のしかり方にもその子に合ったしかり方があります。 子供が変なことをしたら大人はあわてます。つい感情的になってしかってしまうときもあるでしょう。 しかり方、注意すること。 これは親にとってとても大事なことです。 どのような態度でしかるかによって、子供の大人を見る目が決まってしまいます。本当に自分を思ってしかってくれているのか、ただ親の気分で怒られているのか。3歳を過ぎると本能的に見極めることが子供には出来るのです。 しかり方一つをとっても子供の成長に大きな影響を与えます。語りかけ、または話を聞く態度。今の年齢の子供にはどのような態度で接すればいいのか親となった私たちは少しずつ勉強することが必要です。 聖書には「父親たち、子供を怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい」とあります。 理不尽なしかり方は子供を怒らせてしまいます。しかり方はとっても大事なことです。 TOPへ 2008年 8月 「 愛しさ 」 今、保育園に4人のゼロ歳児がいます。 おなかすいたよと泣いたり、眠いと泣いたり、パンパースを取り替えてと泣いたりしています。おなかが満足なときはよく笑います。 話しかけると目を輝かし、口をあけすてきな笑顔を見せて笑って応えてくれるのです。 その笑顔は天使の輝きです。この世で最高のものです。誰もが癒されます。 私も一生懸命に語りかけます。私を園長と認識するまで少しの時間がかかりますが、分かるとにっこり笑顔で応えてくれます。 真心で接すると真心で応えてくれるのが赤ちゃんです。この時期に大人が真心と愛しさを持って子供に接することは子供の心を豊かにすることになります。とても大事なことだと思います。 命あるものは口から食事をとることで体が成長していきます。そのように心の成長には心のビタミンが必要です。 難しいことではありません。笑顔をもって愛おしさをもって相手の目を見ながら、語りかけ子供の反応を楽しむのです。このやり取りが心を育てます。 言葉を覚えると言葉でのやりとりが始まります。子供たちは保育園で経験したことを一生懸命に話します。大人が真心から耳を傾けて聴いてあげると子供たちは満足します。この関係がとても大事です。 いま、日本の社会には凶悪な犯罪が多発しています。殺人まで進まないでも相手に損害を与える行為は日常的に起きています。 犯罪を犯した人の話の中に共通して親のことが出てきます。自分の部屋に入ったきり親との会話がない、相談しても相手になってくれない、厳しい期待感が自分を圧迫してしまった等など。 これらは犯罪を正当化する理由にはなりませんが親子の交流はどうだったのかと考えさせられます。 人間の一番強い繋がりは親子関係です。幼いときは自分から行動を起こすことは難しいです。語りかけは親からすべきです。 相手の目を見て愛しい気持ちを持って語りかけるなら血の繋がりのない私たち職員にでもステキな笑顔を持って反応してくれます。 まして親から温かい目で見られ語りかけられた子供たちはどんなにすてきな反応をもって喜ぶことでしょう。こうして心豊かになり健全な基礎が育ちます。 TOPへ 2008年 7月 「 認定こども園 」 今、小羊保育園は新しい保育園を目指して準備しています。 就学前の子ども達(乳幼児)は現在、幼稚園(文部科学省)と保育園(労働厚生省)とに分かれています。 子ども達に変わりがないのですが、大人の都合で大きく二つの制度によって違った保育を受けています。これはよくないのではないかとの議論が起こり、2年前に制度の一本化が図られました。 それが「認定こども園」です。又は「幼保一元化」とも言われています。 私は子ども中心に考えられた良い制度だと思っています。そしてこの制度を取り入れた幼稚園が次々に起こっています。そこには幼稚園の定員割れという現実問題もあるようです。 しかし全国的に保育園は定員がいっぱいですので保育園からの働きは少ないのが現状です。そんな中で小羊保育園が多額の費用をかけてまで認定こども園を目指すのは何故かと言われています。 私は子どもにとっては幼稚園も保育園も関係ないと思っています。何が一番、子どもたちにとって最善かを考えます。 この制度は幼稚園と保育園とが一緒ですから保護者がどうであろうと子ども達は同じように一緒に遊ぶことも保育を受けることも出来ます。満6歳を過ぎればみんな小学校で教育を受けるのと考えは同じです。 現在、保護者が保育に欠けることが保育園入所条件になっています。 仕事を辞めて家にいるようになると園児も退園し友達と別れるようになってしまいます。保育園での集団生活は出来なくなります。子どもは寂しい気持ちで退園していきました。 しかし認定こども園では保護者の状況に関係なく就学前まで在園出来ます。今まで楽しく友達と遊んでいたのにお母さんが仕事を辞めたら保育園もやめなければならなくなってしまうことはないのです。 小羊保育園には空き教室がありませんので広い場所を求め、園舎も新しくし、幼稚園を併設する工事がまもなく始まろうとしています。 敷地は今の2倍になります。送迎は道路上に車を停めなくても出来るようになります。耐震度も強くなり安全度が向上します。 今よりも色々な面で便利になります。計画では今年度の卒園式は新園舎で行う予定です。ご理解と暖かいご支援をお願いします。 TOPへ 2008年 6月 「 基準としての聖書 」 先日の音楽礼拝の時もお話させて頂きましたが、今回も育児について考えたいと思います。 ここ20年前頃から子どもの人格を尊重しましょうという考え方が広がってきています。学校でも偏差値教育をやめ、ゆとりある教育を、カウンセリング界でも「受容、共感」を重んじましょうと。 それが今、子どもの要求を何でも受け入れ子どもの望むことを大切にしましょうとなってきています。しかしそれでいいのか考えさせられます。 私たちは人間関係の社会の中に生きています。関係とはルールがあって初めてうまくいきます。そのルールを覚えることが社会生活をスムーズに進めるのに大切です。 現実の社会は自分のやりたいことを要求しても全部が受け入れられる訳ではありません。これを知るのはとても大切なことで人間が初めに身につけなければならないことです。 身についていないと社会に出てからとても苦しみます。 6月2日、NHK朝のニュースで「 今の幼稚園児弁当の中身 」が報道されていました。お母さんは前の夜、子どもが求めるままに弁当を詰めてあげます(冷凍食品)。 こどもは自分の好きなものだけを入れてもらってにっこりです。お母さんもこどもの笑顔を見てにっこりです。 そこには子どもの嫌いな野菜はほとんどありません。その結果どの家庭でも野菜がなくなってきていると。 親のなすべきことで、大事な仕事は社会ルールを教えることです。ルールは社会生活の先輩(両親)が教えるものです。 人に迷惑をかけることは駄目、必要な事はやりたくなくても行う。このことは子どもが小さければ小さいほど効果が大きいです。 社会ルールを身につけないまま大きくなると社会に加わることが難しくなってしまいます。 物事の善し悪しを教えるのに一番力があるのはお父さんです。お父さんに怒られたことは恨みにならず、良い思い出としていつまでも残ります。それだけでなくお父さんを尊敬します。 「受容と共感」そして「しつけと育児」この二本柱が必要です。そして何を基準にして善し悪しを教えるのかも難しいことです。 私たちは個人差があります。感情もあります。感情のままに教えることは良くないことです。 どこの国でも、いつの時代でも変わらない基準。私たちに生きる事の意味を教えてくれるものそれは「聖書」です。 小羊保育園の保育の基準はいつでも聖書(バイブル)です。 TOPへ 2008年 5月 「 新入園児を迎えて 」 毎年のことですが、今年も新入園児が親から離れるとき大泣きする姿が見られます。 子どもにとって、いままで親のもとで安心しきって生活してきたのに、急に知らないところに置いてきぼり、ビックリです。大泣きするのは当然です。 「お母さん迎えにきてよ!イヤだよ、こんな所は!はやくきてよー。」 この泣き声を聞きながら職場に向かうお母さん、お父さんは後ろ髪を引かれる気持ちです。保育園に預けて良かったのかしらと言う思いも頭を横切ります。 しかし一ヶ月もすると泣く声は段々と少なくなってきています。5月になると泣く子はほとんどいません。不思議です。 あきらめてしまうのでしょうか。家で言われている親の教えを守るようになってきたのでしょうか。あきらめを経験することも大事な事です。泣けば何とかなるでは我が儘になり、自制心が持てなくなります。 泣きながら周囲をみると自分と同じくらいのみんなが楽しく遊んでいるのが目に入ります。いつの間にか泣きながら遊びを目で追っているのです。 どうも泣いているよりは遊んだ方が楽しそうだぞ、と言う気持ちが少しずつ芽生えてきます。 そこにはいつも一緒にいた親がいない遊びの世界があります。子ども同士で関わりを持って遊べている世界です。社会心の芽生えです。 子どもを何歳から保育園に預けたらいいのですかと聞かれることがあります。家庭の事情もあるでしょうから何とも応えられないこともあります。 でも、子どもにとって小さい頃から集団生活をすることは大事なことです。 保育園は乳児園や養護施設ではありませんから24時間そこで生活をしていません。保護者の方が昼間、保育に欠ける場合、預かる場です。 ですから仕事や用事が終わればみんな迎えにきます。迎えたときにはしっかりと抱きしめてあげて下さい。 保育園では集団生活のルールを身につけます。家庭と保育園とが連携して保育することは大事なことです。 5月、6月が過ぎると保育園が楽しくなってきます。休みの日でも「今日、保育園に行く?」と聞くような子どももあります。 みんなで押し合いへし合いひとつひとつ色々なことを身につけています。お互いが刺激し合い成長する所が保育園です。 一年間の素晴らしい成長を楽しみましょう。 TOPへ 2008年 4月 「 ペット 」 私たちは毎年、年度末になると園内研修をしています。 保育園から離れ一年間の反省と新年度に向かっての学びをします。 その中で出た話しです。保育園では、ままごと遊びをするのに各クラスにコーナーを設け、そこに遊び道具を置いています。 それぞれが役割を決めて遊びますが今一番人気のある役はペットですと言うのです。 以前はお母さん役、お父さん役、子ども役と一家揃った姿が定番でしたがここ10年位前から大きく変わっています。 普段の遊びでもペットになりきって遊ぶ子が目立ちます。何故でしょうか。家庭で一番大事にされているのがペットだからです。 誰にでも大事にされたい、愛されたい思いはあるのです。子供たちにとってペットの存在はうらやましい限りなのです。自分もペットのように大切にされたいという思いがあるのです。 子ども役を引き受ける姿はなかなか見ることが出来ません。それだけでなくお父さん役をする子、お母さん役をする子もいません。大事にされていないのでしょうか。 保育園の年齢時で大事なのは「自分は一番大事にされている。大切にされている」思いを子供たちの中に育むことです。 心の教育と言われますがこれがそれになります。 少子化の原因の中に、子どもを持つのが面倒、色々な面で大変と言うのがあります。そんな思いの中で誕生する子は悲劇です。 私たちが今することは、自分の子どもを一番大事にすることです。子どもは私たちの命を受け継いでいるのです。子どもを愛することは自分を愛することに繋がるのです。 朝、保育園に送ってきた時は笑顔で行ってらっしゃいと送ってください。迎えに来られたときは「お帰りなさい。」と抱きしめてあげてください。子供たちにとって一番嬉しいことです。 そんな姿を目にする私たち保育者も、暖かい気持ちで子さんをお預かりします。 保護者の方々が我が子に出来る最高の育児は子供たちが自分は大切にされている、自分は愛されていると言う思いを持てるようになることです。 これから一年の間に色々なことが起こってきますが、自分はみんなから大切にされている思いを子供たちの中に育てて行きたいと思います。 育児は大変なことですがとっても素晴らしいことです。子供たちの笑顔は「天使の輝き」です。 TOPへ 2008年 3月 「 赤ちゃんの素晴らしさ 」 私たちに、二番目の孫が与えられました。 女の子です。手にひらに包めるような、小さな可愛い顔をしています。 しばらくの間、娘家族が我が家に来て生活していました。総勢7人の家族。小さな建売住宅の家では狭いのですが人数の多い家族の楽しさも味わいました。 生まれたばかりの赤ちゃんを見ているとなんともいえない穏やかな気持ちになります。それと同時に、自分にもこんな時期があったのかと不思議な気持ちで見ています。 私だけでなく人間、誰でも可愛い赤ちゃんの時があったのです。 赤ちゃんが大きくなるにはたくさんの人の手を借りなければ成長しません。みんなに助けられて大人になっていくのです。 大きくなると、そんなことは忘れて自分ひとりで大きくなったと思う人がいます。そのような人は、赤ちゃんを見ると自分の成長過程がわかると思います。 赤ちゃんのことを知ると人の温かみ、優しさが理解できるようになるのです。 最近、脳のことが大きく科学的に理解されてきています。今まで分からなかったことが分かるようになりました。その一つに赤ちゃんが持っている能力は非常に大きいものであることが分かってきました。 生後10日の新生児の頭に脳波の流れが分かる機械をつけて脳の働きを調べる実験がNHKで放送されました。それを見ると母親の声と別な人の声をきちんと聞き分けていることが分かってきたのです。 またイヤな音に対して拒絶する脳波が出ました。新生児にも情操的なものがしっかり備わっていて喜怒哀楽を感じているのです。 わたしたちに見えないだけであって本人はしっかり反応しているのです。 昔の人は「赤ちゃんはまだ何も分からないのだから」と言っていました。しかしそれは間違いなのです。赤ちゃんは何でも分かっているのです。 ですから、新生児にも語りかけが必要なのです。新生児が嬉しくなるようなこと、たとえば3歳児が喜ぶようなことを同じようにしてあげることが大切です。 聖書では、お母さんの胎内にいる胎児でも外部からの情報を受けて喜ぶことが出来ると書いてあります。 人間って本当に素晴らしいいですね。神様が作られた最高傑作です。命の尊厳はここにあります。 TOPへ 2008年 2月 「 30周年記念式典 」 1月26日、爽やかな晴天の下で、記念式典が行われました。 このような式典を行ったことは初めてのことで、どのように準備し進めていくか不安の中でしたが、たくさんの方々の協力を頂き盛大に行うことが出来ました。 協力して下さった方々、当日おいでくださった皆様、当日行けないので前もって来ましたと見えられた方々、ここまで小羊保育園を支えて下さった多くの皆様に心から感謝し、お礼を申し上げます。 さくらの子供たちの演奏、有志職員による和太鼓の披露が式典を盛り上げてくれました。式典を行うにはたくさんの助けがなければ行えないことを学びました。 30年はひとつの通過点です。これからも保育園は続いていきます。今も百名を超える可愛い幼子が毎日通園しています。 ある職員の話に「子供たちから毎日元気をもらっている」とありました。あの明るい声、力一杯に遊び回り、お昼にはきちんと手を合わせ感謝のお祈りして、おいしくたくさんのご飯を食べ、午後にはぐっすりと昼寝をしている子供たち。毎日、毎日、成長の姿を身近でみられることはこの仕事の大きな喜びです。 病後、登園してきた子どもは2〜3日静かな姿を見せますが、すぐにいつもと同じ元気な生活に戻ります。園庭を駆け回り、三輪車をたくさん繋げ、ここは自分一人の園庭との気持ちで、こぎ回っています。 「明るく、元気に、のびのびと」が小羊保育園のモットーです。今の子たちが卒園し、大きくなり、結婚し、子供が産まれたら、また小羊保育園に預けたいと思って頂けるようになりたいと思います。(その時まで私は園長をしているかは分かりませんが) それと同時に、大切なお子さんを預かる側として私たちも日々研鑽を積み、子供たちの幸せは何か、それにどのように応えていけるか絶えず問われていることです。 保護者の皆さんも同じ思いでしょう。そのことを私たちは忘れてはいけないと思っています。 このような大切な仕事をするには絶えず向学心が求められます。また私たちは成長のもっとも著しい時期に子供たちと同じ時間を共有し、成長にお役に立てられることを誇りにしています。 潮来の地において「小羊保育園ここにあり」と卒園生やその関係者の方々とともに誇れる保育園となることを目指しています。 TOPへ 2008年 1月 「 新しい年を迎えて 」 明けましておめでとうございます。 穏やかな正月を過ごすことが出来嬉しく思います。 昨年は驚くことが沢山ありました。ひとつは責任放棄です。総理大臣の政権投げ出し、続いて野党第一党の代表も「辞めます」と辞任表明。 あるいは食品の偽装表示。「偽」という言葉が使われました。責任放棄、偽装が昨年を表す言葉でした。こんな中に私たちは生きているのかと思うと情けなくなってきます。 しかし園児たちには「そんなこと関係ありません」。子供たちの心はみんな美しいです。人をだますことは考えません。けれど成長するに従っていろいろなことを覚えていきます。その知識のほとんどは外部からの影響です。 学校に進むと勉強をします。そして知識を身につけます。私たちは外部からたくさんのことを学びます。 それは保育園時代も同じです。子供たちは保育園で活動時間の大部分を過ごします。ですから沢山のことを吸収し学びます。保育園は遊ばせているだけとの認識があれば改めなければなりません。 長時間過ごしている保育園こそ多くのことを学ぶ場です。生活の基本(食事、排泄、お昼寝、衣服の着脱、言葉、そして歩行、など)を学びます。 また人間関係における社会性、相手とどう関わっていくかはとても大事な学びです。 年長になると読み書きもします。そんな中で大切なことは「うそを言わない」、「最後まで責任を持つ」ことです。 それには保育に当たる者、また周囲にいる大人たちがお手本を示すことです。学びの基本は学ぶ者がお手本を見て真似ることです。 子供たちの観察力は鋭いです。この時期が人生で一番鋭いのではないでしょうか。聞いていないようでちゃんと聞いています。見ていないようでしっかり見ています。 心が純真であるだけにすぐに覚えます。覚えたことをすぐに実行します。 私は毎年子供たちを見ていると大きな可能性を見ることが出来ます。保育園時代の一年間の成長は大きいです。今年も聖書の教えを基本として、子供を第一としたイエス様のように保育園も子供第一の保育園として保育をしていきたいと祈っています。 また今月は創立30周年記念会があります。卒園生と会えるのを楽しみとしています。 今、保育園にいるお友達の10年先、20年先を見据えた保育が出来ることを願っています。 今年もよろしくお願い申し上げます。 TOPへ 2007年12月 「 クリスマスに寄せて 」 日本には豊かな四季があります。夏、秋、冬、春それぞれはっきりと移り変わっていくのが分かります。 夏には空から雨が、冬には空から雪が降ります。空を見て季節の変化を感じることもあります。 私たち日本には色で季節の移り変わりを見ることが出来ます。 小羊保育園でもはっきり見ることが出来ます。春にはピンク色の桜が咲きます。夏には紫色の藤が小さな花を棚いっぱいに咲かせます。今はもみじの葉が真っ赤に色づいています。 ![]() ![]() 今年は例年にない鮮やかな色を出しています。目に入る自然の色は心を豊かにする働きがあります。情操教育と言われます。 今の時代は急激な変化があります。アナログからデジタルへの移動が急です。私などはなかなか頭の切り替えが出来なく苦労しています。 確かに便利ですがそこには情操的な要素が見られません。ボタンひとつで何でも出来てしまう世界です。 人間の心を豊かにするにボタン操作では無理があります。時間をかけ、季節の移り変わりを感じ取り、四季の美しさをしっかりと受け止めることはとっても大事なことと思います。 この時期はイエス様の誕生をお祝いするクリスマスがあります。 私たちは赤ちゃんを見ると心がなごみます。誰でも優しい気持ちになれます。世界で一番可愛い赤ちゃんは自分の子供です。しかしイエス様は歴史を超え、民族を超えて今も世界中の人から愛されています。 この時期どこの国に行っても、たとえキリスト者人口が1%にも満たない国でもクリスマスツリーが立てられています。それはまるでキリスト教国かと思わせるものがあります。 それだけ赤ちゃんイエス様の誕生は人々の心をきれいなものにしてくれるのでしょう。 赤ちゃんを見ると命の大切さを思います。ほっぺに触りたくなってしまいます。大きく育ってねと声をかけてしまいます。 小さな命だけれどみんなで大切にするそのような気持ちをクリスマスの時期に培って欲しいと思います。 世間の事件はいつの時代でも心締め付けるような殺人事件が続いています。簡単に命を奪ってしまうことがあまりにも多くなってきています。 乳幼児期に与えられた心の印象はその後の生育歴に大きく作用します。季節の移り変わりを見て「きれい!」と感じ、赤ちゃんの誕生を見て命の素晴らしさ、命の大切さを学ぶ、そのようなクリスマスの時期でありたいと思います。 赤ちゃんイエス様のお誕生を感謝します。 TOPへ 2007年11月 「 神様の眼差し 」 ある時、イエス様が乗り物を探しておられました。 お弟子たちは立派なロバをイエス様の為に連れてこようとされました。しかしイエス様が指名し、必要とされたのは母親ロバの側にいた小さな子ロバでした。 お弟子たちはびっくりしました。イエス様は「大人の立派なロバでなく、小さな子ロバを私は必要としている」と言われました。 私たちの存在意義はその人の持っている価値によって左右されます。足が速い、重い荷物を運べる等、どのくらい存在価値があるかが大事です。 しかしイエス様はまだ早く走れなくても、重い荷物を運べなくても小さな子ロバに、「あなたが必要なのです」と言っておられます。 保育園に来ている子供たちは乳幼児です。人間としての能力はまだ身に付いていません。そこにいるだけです。 それだけでなく大人が手を出してあげないと出来ない面が沢山あります。手を出す回数が少なくなると大人は喜びます。 「もう少し出来れば」、「いつまで経っても出来ない」育児をする人に見られるあせりの思いです。 しかし乳幼児は出来るか出来ないかはあまり関係ありません。毎日、生きていることが喜びなのです。 ゼロ歳やおんぶされている乳幼児は話も出来ません。でもにっこりと笑いかけて来ます。そこにいるだけで十分なのです。 神様は大人も子供も同じ目で見ておられます。 乳幼児の笑顔は神様が人間にくださった最高のプレゼントです。 あなたはそこにいるだけでいいよ。あなたは小さな存在でも神様に必要とされているのよ。こんな気持ちで見られたら子供はどんなに喜ぶでしょうか。 「子供は神様からの預かりもの」と言う言葉が昔から日本にありました。ですから私たちは神様の目を持って幼子を見ることが出来るのです。 「あなたはこの家庭に必要な人」「あなたはそこにいるだけでお父さんお母さんは嬉しい」神様の目は私たちを「あなたは、高価で尊い、私はあなたを愛している」と見ておられるのです。 育児に当たる私たちも同じ目線で見たいと思います。そのように育てられた子は他の人もそのような目で見ます。 聖書の言葉です。「私の目には、あなたは高価で尊い。私はあなたを愛している」 TOPへ 2007年10月 「 肥沃な土 」 イエス様のお話に「種まきのたとえ話し」があります。 種には大きな可能性があります。しかし種はどこに蒔かれたかによって秘めている可能性を発揮出来るかどうかが決まります。 イエス様の話ではよい土地に落ちた種が多くの実を結ぶと言われました。雑草の生えている土地、堅く道路のような土地に落ちた種は実を結ばないと言うのです。 私は保育園の目指すところは、たとえて言えば良い土地作りをする場と思います。 保育園を卒園して学校に進むとたくさんの知識を教えられ学ぶようになります。それを受け止める子供たちには個人差があります。同じことを聞いても受け止め方に差が出ます。教えることに違いがあるのでなく受け止める方に違いがあるのです。 土地はそのままでは雑草が生えてしまいます。 今年はとても暑く雑草を抜くのに大変苦労をしました。一夏に3回抜かなければ土地はあっという間に雑草で覆われてしまいます。石があるかもしれません。取り除かなければなりません。 化学肥料でなく有機質肥料を入れてあげると肥沃な土地になります。土作りには手間ひまがかかります。 良い土地は軟らかく柔軟性に富んでいます。触ってみると手に優しく触れることができます。私は子供たちの心も同じことが言えるのではないかと思っています。 大人が手をかけ、目をかけ、時間をかけて育ててあげるのです。簡単な化学肥料でなく多くの手間ひまをかけて作った素晴らしい力を持っている有機質肥料が心を豊かにします。 いけないことは早めに教えて取り除き、頑張った時にはほめてあげ優しいことばかけてあげる。 テレビやゲームのおもしろさよりも絵本のおもしろさを経験し絵本を読んであげ本を読むことに興味を向けさせていく(本を読むことは考える力を養います)。 簡単に手にはいる科学的な物が溢れています。時には利用することもありますが基本は手をかけ時間をかけてあげることです。有機質肥料を受けた土地が種の可能性を最大限に生かすのです。 これから学ぼうとするものをきちんと受け止められる人間作りをするのが就学前の年代です。 収穫の秋です。良い土地からは喜びの収穫が生まれます。 TOPへ 2007年 9月 「 目 標 」 今年の夏は例年になく暑い日が続きました。暑いと言うより猛暑でした。 わたしも生まれてこんな暑い日を過ごしたのは始めての経験でした。 心配だったのは体力の少ない幼子や高齢者がかかりやすい熱中症でした。保育園で気をつけたことは水分補給(むぎ茶やスポーツドリンク)と温度管理でした。 でも子ども達は私たちの心配と関係なく外で元気に遊び、給食はいつもと変わらず沢山食べ、エアコンの効いた涼しいお部屋で先生達とぐっすりお昼寝をし、たくましく夏を過ごしました。ようやく涼しくなり一安心です。 9月は運動会の季節です。運動会の目標の一つに保育教育があります。 私たちが子ども達に目標を与え、子ども達がそれに向かって練習、努力を積み重ね出来上がった晴れ姿をお家の人や関係者の方々に見て頂くことです。 小さい子はそれなりにお遊戯を練習しています。最初、音楽を聞きます。次に振りをつけ、体を動かしみんなでお遊戯の完成を目指して頑張っています。 保育士達は一生懸命に指導し、少しずつ覚えてきた子に沢山の褒め言葉をかけてあげます。毎日の少ない小さな積み重ねが目標達成になります。 大きくなるとマーチングバンドを通して行っています。ひとり一人がそれぞれのパートを受け持ちみんなと音あわせ一つの曲を完成していく。 練習しているときの顔は真剣そのものです。見事な集中心を持って自分の課題に取り組んでいます。 一人が欠けても、自分だけが目立っても曲は完成しません。それぞれの受け持ちを果たすことによって大きな目標を達成するのです。 出来た時の満足感に溢れ、自信に満ちた笑顔は何とも言えない爽やかさを表しています。これはとても貴重な経験です。小羊保育園が目指す「保育教育」がこれです。 小学校に入る前の園児にとって学ぶべきものは、みんなと協力し力を合わせること、そうすることによって大きな喜びを自分たちが経験する。このことを学んで欲しいと思います。 今の時代、金さえ得られるなら人の命を何とも思わなくなって来ている時代です。心がすさんでいます。 お金や物でない大きな満足、喜びがあることを小羊保育園の子ども達が学んで欲しいと祈っています。 「神がお与えになる賞を得るために目標を目指して走ります」(聖書)。 子ども達に大きな声援と拍手をお願いします。何よりのプレゼントです。 TOPへ 2007年 8月 「 あ そ び 」 最近は、子どもたちに昔の遊びを経験してもらおうと、学校の保護者会などが頑張っています。 ベーゴマあそび、竹馬あそびをするから来てください。ベーゴマも竹も用意してあるから来るだけでいですと、親たちが準備してくれています。 私はこれを聞いておやっ?と思います。本来、遊びは大人が道具を準備しておくものでなく子どもたち自身で遊びを考え、必要なものを自分たちで調達するものではと思います。 私の小学生時代はまだ天然のうなぎが前川で取れました。 山に行って篠竹を選んで切りとり、糸を竹につけ、えさを池から取り、針にそのえさをつけ、うなぎが居そうな場所を探して50本ぐらい土手沿いに突き立てておきました。 そして、朝早く学校に行く前に仕掛けた竹を引き抜き、うなぎを取っていました。これらすべては2,3年先輩のお兄さんたちに教えてもらったり先輩のするのを見ながら覚え自分たちで工夫を重ねていました。 大人はほとんど介入しません。 あそびとは本来、自分たちで何をするか考え子どもたち自身が自分の手で道具を集めてするものと思います。そこにはとてもスリリングな気持ちがあります。 小羊保育園の砂場に、先日砂を入れてくださいと業者の方にお願いしました。 業者の方はセメント砂ですか?聞きます。「いいえ、セメント砂でなく山砂です」と話すと、「エッ、他の園ではセメント砂ですよ」といわれました。 確かにセメント砂はきれいですがダイナミックがありません。山砂は高く盛れます。崩れません。子どもたちはそこに登り興奮します。 早速シャベルで溝を作り山の上から水をザーと流します。溝はくねくねと曲がっています。途中にペットボトルを切り抜いたものを置き、そこにも水が流れるように工夫しています。 水は下に流れ、池を作ります。小さい子はその中に入ってバシャッと水しぶきを上げキャッキャッと顔を輝かして跳ね回ります。セメント砂では出来ないことです。 子どもたちの発想にはすばらしいものがあります。彼らは自然と頭を働かせています。楽しいこと、好きなことはどんどんアイディアが沸いてくるのです。 自分で考え、体を動かし、親の選択の心配も考えないで遊ぶのが本来の子どもの姿と私は考えています。 山砂は衣服に汚れがついてしまいます。洗濯をよろしくお願いします。 TOPへ 2007年 7月 「 あ り が と う 」 天皇陛下が皇太子の時、東宮侍従として仕えた浜尾実さんという人が「言葉の花束」という題の本を書いています。そこには皇太子時代のエピソードもあります。 この方の兄にカソリック教会の司祭をしている人がいます。それぞれクリスチャンとして歩んでいました。 浜尾さんが皇太子殿下に仕えられたとき大事にしたのが「ことば」と言っていました。言葉は気持、心を表します。 小さな年齢で入園してきた保育園児は、保育園で沢山の言葉を覚えます。良い言葉も悪い言葉も覚えます。 言葉を覚えるためには耳から入ってきた言葉を聞いて覚えます。保育士、友達、ある時はテレビなど、子供たちの耳には沢山の言葉が毎日入ってきます。保育園児たちはそれらの言葉を整理しないまま直感的に口にします。 言葉は耳から入ってきたものを繰り返しくりかえしながら、段々と自分のものにしていきます。言葉には良い言葉、人を傷つける言葉、励ます言葉等色々です。良い言葉をたくさん覚え、心に蓄えると心が美しくなります。 毎日子供たちと接し保育に従事している私たちは言葉使いに気をつけます。園児たちはまねをしながら覚えます。 子どもが特におもしろがって言うのは「バカ」という言葉です。聖書にはバカという人はその言葉がその人に返ってくると言われています。ですから私は自分でも言わないようにしています。園児たちにも言わないように話します。 また聖書には「感謝の心を持つ人になりなさい」とあります。「ありがとう」は、はっきり言おうねと勧めます。ものを借りたとき、譲られたときありがとうを言われるととっても気持ちが良くなります。 保護者の皆さんは自分の子供にどんな言葉を語っているでしょうか。浜尾さんは美智子様がご自分の子供たちに「ありがとう」の言葉をとても大事にされているのを身近で見て感動したと言っています。 渡辺和子さんも言葉のシャワーを子供たちに注ぎましょうと言っています。 「 ありがとう 」 この一言は心を美しくするのにとっても大きな力を持っている不思議な言葉です。 小羊保育園ではお祈りに「天のお父様 感謝します」を必ず言います。「ありがとう」と「感謝」は同じ意味を持っています。一日に一回は言いたい言葉です。 TOPへ 2007年 6月 「 保 育 環 境 2 」 保育園見学に来られる方々がおられます。園庭の広さ、遊具の種類、園舎の様子はどうかしらと。 これらのことは自分の目で確かめることが出来ますので比較的簡単に判断できます。 保育園の環境は目で確かめるものとそうでないものとがあります。それは集団生活における人間関係です。 私たちは社会生活を営んでいます。社会生活の基本は人間関係です。人と人との関係が基本です。5月号に書かせて頂いたことはそのことです。 子供たちの好きな遊び場に砂場があります。そこでの人気遊具は先が尖っているシャベルです。よく穴が掘れるからです。 でも全園児分はありません。手に出来た子は喜びますが、手に出来なかった子は欲しいといいます。 数の少ない遊具をみんなで上手に遊ぶのにはどうしたらいいか考えます。みんなでルールを決めます。自分たちで決めたルールですから納得します。 そのようにして子供たちは人間関係を学んでいきます。 時には我慢をする。時には譲ってあげる。「貸して」。「いいよ」。「ありがとう」。 ありがとう一言だけで子供たちの心はなごみます。そして、ありがとうという言葉は素晴らしいことを学びます。 これは保育園という集団生活、同年齢の子供たち、それを見守る保育園の職員たちでつくる集団生活の環境があるから出来るのです。社会人としての関係は保育園の中で作られていきます。 政府が行っている教育再生基本法の中で「人間の心の営みは5歳前後で形成される」との発言がありました。 給食を食べるとき感謝の祈りをする。自然環境を大事にするには美しい自然を作ってくださった創造主なる神様に感謝の気持ちを表すことから始まっていきます。 「ありがとう。」「かんしゃします。」最近聞くことが少なくなった言葉です。 人間には人それぞれ色々な性格があります。色々な人と関わることによって体験が深められます。 入園当初はあまりの環境の違いに子供たちはビックリします。どうしていいか分からないで大泣きをする子もいます。 しかし子供たちの適用性は素晴らしいものです。すぐに園の環境に慣れます。 素晴らしい適用性を持っているこの時期に沢山の経験をして心広い人間になって欲しいなと思います。 ![]() TOPへ 2007年 5月 「 保 育 環 境 」 5月になると、さくらの花が終わり、園庭の藤棚にはぎっしりと紫色の小さな藤が今年も咲きました。毎年良く咲いているなと感心します。 この藤は保育園が始まった30年前に山から頂いてきた20センチぐらいの小さなものを植えたのが大きくなったのです。 命あるものは成長します。子ども達も日ごとに成長しています。兄弟のいない子ども達でも保育園ではみんな兄弟姉妹です。 周囲に同じくらいの子供たちがいるのは素晴らしい環境です。お互いがやりとりをすることによって人間としての大切なことを学びます。 Aくんが楽しそうに遊んでいるのを見ているCくん、自分も遊びたいのでAくんの遊んでいる中に入っていき何も言わずに遊具を取ってしまいました。 すると当然Aくんは怒りだします。でもCくんは何で怒られているのか分かりません。自分が遊びたいから遊具を手にしたのです。 ここで何かを言ってあげたいのですが、そっと一定の距離を取って見ています。すると年長さんが来て「欲しい時は、かしてと言うんだよ」と教えてあげています。 Cくん泣きながら「うん、わかった」と遊具をAくんに戻し、「これかして」と改めてAくんに話しかけます。Aくんも笑顔でいいよと仲間に入れてあげました。 子供同士のやりとりを見ているととてもおもしろいです。子供同士でもめ事を解決することが出来ます。 大人が介入すると問題はすぐになくなります。でもそれが本当の解決になるのか、子ども達の成長になるのか疑問です。 もちろんすぐに大人が介入しなければならないこともあります。 保育士にとってどの時点で手を出していくのか、どこまで見守り、子供の主体性に任せるのかその見極めはとても重要です。その見極めが出来る保育士は一人前の保育士といえるかと思います。 このような子供同士のやりとりは保育園だからこそ出来るのです。室内遊びでのやりとり、外遊びでのやりとり。これらを繰り返して子ども達は成長していきます。 人間は神様から良心を与えられました。神様から与えられた良心をいかに成長させていくかが心の成長になります。 時には遊具を独り占めにしてしまう子もいます。かくれて一人遊んでいる姿にはどこか寂しげな思いが漂っています。 そんなときみんなと遊ぶとこんなに楽しいよと教えてあげるのは大人の働きです。 ![]() TOPへ 2007年 4月 「 出会いで決まる 」 ある人が「人生は出会いで決まる。」と言ったそうです。 朝の出勤の時、電車を待っているよく合う人と話をするようになって結婚をした。朝の出会いによって夫婦になり、一生を添い遂げた人の話を聞いたことがあります。 ほんの些細な出会いでも人生を決める出会いがあります。 私たち人間は色々な人との出会いによって自分が作られ成長していきます。人間は誕生したとき両親と出会いをします。そこから出会いが始まっていきます。 多くの出会いの経験は、社会集団に入った時に起こります。保育園は社会集団の第一歩でしょう。今まで親と一緒にいた幼子が親元を離れ、全く今までと違った社会に入り、新しい人と出会います。 大人でも社会に出るときは不安と緊張を感じるのですから、幼子にとっての不安は大きいものがあるでしょう。慣れるまでは保育園に来ることを嫌がるでしょう。泣いて不安を訴えることもあるでしょう。 私たちお子さんを預かる者として、まずそのことを理解することが大事であると考えています。幼子の理解の第一歩はそこから始まるのでしょう。 どんな保育園と出会うのか、どんな保育士と出会うのか。出会いによって幼子の人生が決まるとしたら、私たちの責任は大きいものがあります。 私たちの目標は「小羊保育園に預けてよかった」と、卒園する時に言っていただけるようになることです。 小羊保育園は今年30年目になります。ここまで保育の歴史を積み立ててきました。この経験は大きな財産と思っています。 しかし昔のことに目を向けるだけでなく、新しい保育の学びも続け、保育園に来た保育園児、また保護者の皆さんにとっても育児の支えが出来る努力をすることがこれからも大事と思っています。 小羊保育園は地域社会の子育て支援に今年度も全力を尽くして行きたいと思って保育に当たります。育児のことやその他、何かありましたら気軽に声をかけて下さい。 保育園に在園している時のお子さんの成長は驚くべき大きさがあります。食事を食べることを学び、排泄を学び、言葉を学び(読むこと、書くこと)対人関係に於いての在り方を学びます。人間としての基礎を学びます。 園長は牧師として、民生員・児童委員、カウンセラーとして働いています。持てるものを注いで今年度も保育に当たらせて頂きます。 TOPへ 2007年 3月 「 人間関係 」 むかし、むかし、全能の神様は、何もないところから色々なものを造られました。私たちが目にしているすべてのものです。 太陽も青いお空も、空を飛んでいる鳥、畑や山に咲いているきれいな花、すべてのものです。 神様はご自分が造られたものをひとつひとつごらんになり「 よい 」といわれました。私たちが見ているものはすべて「 よい 」ものなのです。神様が造られたものに悪いものは何もありません。 でも一回だけ「 よくない 」といわれたことがありました。それは人間を一人(アダム)造られた時でした。 一人でいる人間はきれいな花を見ても、小鳥の鳴き声を聞いてもとってもさびしいそうでした。神様はこのように言われました。「 人が一人でいるのはよくない、私は彼のために彼にふさわしい助け手を作ろう 」。 そこでもう一人の人間を創られました(エバ)です。二人の人間を見て神様は「 よい 」といわれました。すなわち人間は一人でいるのはよくないのです。お互い向かい合うことで本当の人間の姿になるのです。 私たちは生まれた時、お父さんお母さんと出会います。ひとりで赤ちゃんは生きられません。兄弟と出会い、おじいさんおばあさんと出会います。私たちはみんなの助けをいただきながら大きくなっていきます。 保育園に来るとお友達や先生がいます。私たちは色々な人間と一緒になることが大事なのです。 みんなは子供です。でも、あるときはお兄さん、弟、またあるときはお友達、保育園の園児でもあるのです。 一人の人間が相手との関係によって色々な呼び方を受けます。そのような関係を持つことによって人間としての思い、考えが育ち、心も豊かになっていくのです。 3月、4月は新しい生活が始まります。それは新しい人間関係が始まる時でもあるのです。 保育園での生活はどうですか。お友達がたくさん出来ましたね。お庭で遊んだお友達、一緒に泥んこ遊びをしたお友達、布団を並べてみんなで昼寝をしましたね。給食も一緒に食べました。 大きくなると保育園時代がなつかしくなります。私たち職員はみんなとよい関係を作ろうとしてきました。私たちはみんなと一緒に過ごした保育園生活を大切にしています。これからも大切にして行きます。 何かあった一人で考え悩まないで保育園に来てください。園長先生は話し相手になります。いつまでも良い関係を持っていきましょう。 TOPへ 2007年 2月 「 愛する子 」 「 これは、わたしの愛する子、私の心に適うもの 」(聖書) 最初に聖書の御言葉を書きました。 昨年後半から、いじめを苦に遺書を残して自殺する子どもが増えています。いじめられた苦しさ、つらさがそうさせてしまうのでしょうか。 そんな中で「 あなたの命は大事ですよ 」と呼びかける運動が行われています。 しかし、もっとすばらしい言葉があります。「 私はあなたを愛している 」です。 キリスト教は愛の宗教だといわれています。それはイエス・キリストが私たち一人ひとりに愛を語っておられるからです。 恋人同士でよく使われていますが、あなたを愛しているという言葉は恋人同士だけのものではありません。親子関係にも必要なのです。 自分が愛されていることを知った時、人間は愛してくれる人を好きになります。また、愛されていることを感じた時、心に喜びと平安な気持ちがわきあがります。 日本人は気持ちを態度に出して表現することが上手くないと言われています。「黙っていても気持ちは通じるものだ」と昔から思われています。 でも子どもは、黙っていては親の気持ちがわかりません。いとしい恋人に向かって語るように「お父さんは、お母さんは、君が大好きだよ」と声かけをすると、受け止めた相手はとっても嬉しくなります。 これは親だけでなくおじいさんでも、おばあさんでも、保育士でも同じことです。 子どもは自分を愛してくれる人を頼ります。周囲に自分を愛してくれる人がいると何でも話しかけ相談します。心を開いてきます。 いまさらそんなこと言う必要はない、恥ずかしくて言えないですか。 「愛」という言葉ほどすばらしいものはありません。誰に愛されているのかをはっきりすることが大事です。遠くの人でなく、身近な人から愛されていることをはっきりさせることです。 運動会の時、フォークダンスでギュっと抱きしめる場面があります。子どもたちが一番嬉しがる時です。 子どもを愛する言葉、愛の態度を子どもに向けましょう。「あなたは私たちにとってとっても大事な子どもだよ。愛しているよ。」 誰でも出来ます。たった一言でいいのです。お金もかかりません。この年齢が一番言いやすい時ですし、子どもたちも受け止めやすい年齢です。 今たくさんの言葉かけしておくとそれが心の中にいつまでも温かい言葉として残ります。これが心の教育です。 TOPへ 2007年 1月 「 面倒がらずに 」 あけましておめでとうございます。新しい一年が始まりました。 ここ1ヶ月はクリスマスから始まり、年末、正月とあわただしい日々が過ぎました。今年は2007(平成19)年です。今年も又、毎日が駆け足で過ぎ去っていくような気がします。 小羊保育園が始まって今年は30年になります。 最初は30人ぐらいの規模で運営していこうと考えていましたが、園児も3倍以上になりました。それに伴って園舎も3回増築し、厨房も大きくしました。いまは地域社会育児の一角を担うようになりました。最初の卒園生はたぶん36歳になると思います。この30年間、社会は大きく変わっています。 何が変わったと言うと、便利な機械が多くなってきたと思います。電話を例に挙げてみても便利さは驚くようなものになりました。しかし、人間は便利さを求めることを第一としたため大切なものをおろそかにしてきました。 面倒なことはなるべく避けるようになりました。手紙を書くことよりもメールで用事を済ませます。年賀状も売れ行きが年ごとに減ってきています。 私たちは手間ひまをかけることが苦手になって来ているのです。 育児は時間がかかります。育児にかかる時間は昔と同じです。育児、子育てに便利さは似合わないのです。目をかけ、声をかけ、手をかけていくのが育児です。でもそれは面倒なことではありません。楽しいことです。 私たちが心から子供に手をかけていくと、子供はそれ以上のものを持って私たちに答えてくれます。そのやりとりの中に親として保育する者としての大きな喜びが生まれてきます。この喜びは何にも変えることが出来ません。 今、機械の便利さを沢山受けることが出来ます。ですが機械の便利さは人間としての喜びを私たちにもたらしてくれるのでしょうか。 「年賀状、探してみる手書き文」と詠んでみました。年賀状をもらうと、印刷されている文章より手書きの文章があると、それを先に読んでしまいます。そこに込められている思いを読みとることが出来るからです。 今年一年間も、小羊保育園は保育に手間ひまをかけ面倒がらずに、保育の喜びを保護者の皆さん、園児の皆さんと共有して進んでいきたいと願っています。今年一年もよろしくお願いします。 TOPへ 2006年 12月 「 思いやり 」 「いかに幸いなことでしょう。弱いものに思いやりのある人は。」 これは聖書の言葉です。 人生の目的に幸せがあります。そのことを実現するため、私たちは色々な努力をします。勉強、就職、結婚、育児など、幸せな生活を求めて生きています。 しかし、周囲には心痛める出来事が毎日続いています。最近目につく報道は「いじめ」による自殺です。生徒だけでなく学校の最高責任者である校長先生までも自殺してしまいます。 集団生活する子供たちの中には(大人もそうです)、多かれ少なかれ多少のいじめはあります。保育園の中でもそれらしき行動を時々目にするときがあります。 何故いじめが発生するのか、理由があるようです。 いじめられる側にも問題があると言う人もいます。しかし、いじめは被害者に非があるのでなく、加害者に非があります。 被害者に対して、「もっと心を強くして、先生に相談して、学校を休んでもいいよ、転校も考えてあげるよ、等。」と、声掛けをしますが全く逆です。 これではいじめを肯定してしまいます。いじめにあったときの処方箋のようなもので、いじめがあるものとの前提です。 問題なのはいじめる側の人です。彼らにいじめは決して良くないと学校も社会も家庭も毅然とした態度を取ることが必要です。 いじめられている人に対する声掛け以上に、いじめをしている側にいる人間にも声掛けが必要です。何故いじめを起こしてしまうのか、じっくり時間をかけて話しを聴いてあげる人が必要です。 とかく私たちは説教的になりがちです。話しをすることをしますが、相手の話しを聴くことはあまりしませんし、聴くことはとっても大変なことです。話す方が楽なのです。 親は子供に話さなければならないと言う意識が強いです。しかし、人間は話しを聴いてもらうことによって安心します。安心すると心は軟らかになります。心が軟らかくなると相手に対する「思いやり」が生まれてきます。 こちらの気持ちを伝える前に、相手の話を聴く、これが大切です。 今は、あまりにも社会が忙しくなっています。便利な社会は忙しさを生むようです。食事の時もお互い話し合うことより、一心にテレビを見ながら食べ、終わるとすぐに自分のことに行ってしまいみんなで話し合うことがなかなか持てません。 話しを聴くことによって人間は思いやりが生まれてきます。思いやりの社会それが幸せを運んできます。 TOPへ 2006年 11月 「 慰 問 」 小羊保育園は、老人施設への慰問を長く続けています。 潮来にある二つの施設、鹿嶋にある一つの施設、三つの施設を訪ね、主に鼓笛の音楽(マーチング)をします。その後、簡単なゲームを皆さんとします。 特老ではベットに寝たきりの方たちもおられます。ゲームの後、園児が自分の作ったメダルを一人ひとりの首にかけ握手をします。 お年寄りは保育園児くらいの子ども達がとても好きです。子ども達を見ながら「可愛いね、かわいいね」と声をかけてくれます。 感激し、喜んで涙を流しながら子ども達の手を握りしめます。「ありがとう、ありがとう」・・中には言葉にならない声をかけてくれる方もいます。皆さんにとっては何よりも素晴らしいひとときのようです。 でも子ども達の中にはそのような老人の姿を初めて見る人もいます。手を出されても困ったような、何か自分の手が出せないでいる子も何人かいました。 なかには言ってはいけない言葉を言ってしまう子もいます。初めて見る姿に驚きを感じたのでしょう。 今は核家族時代です。家族構成の人数が少なくなっています。家では若い両親と一緒の家族が多くなりました。おじいちゃん、おばあちゃんでも若いです。 歳をとり体の自由がきかなくなると施設に入ることが多くなりました。潮来でも老人関係の施設が次々に増えています。 日本全体が、年寄りはまとめて施設にとの傾向が強くなっているように思えます。ですから昔と違って身近でお年寄りと接する機会が少なくなってきています。 お年寄りの方々は、一生懸命に人生を生きてきた方です。今、動きが余り出来ないからと言って価値がないと見てはいけないと思います。 保育園の子ども達がお年寄りに接することによって思いやりと尊敬の気持ちを持って欲しいと慰問を続けています。普段あまり会わないお年寄りと交流を持つことはとても大事なことだと思っています。 慰問を通して、私たちの周囲には高齢者の人も沢山おられること、また寝たきりの人もいるということを知って欲しいと思っています。そして子ども達の演奏がとっても喜んでもらっていることも体験して欲しいと思います。 今の日本は、業績、成績、働きが重んじられ、働けなくなったこと、弱さを持っている人が脇に追いやられている時代になってきました。子どもたちが慰問を通して少しでもやさしい気持ちを持ってくれたらと思います。 TOPへ 2006年 10月 「 運動会 」 10月は保育園の運動会です。 運動会はとても華やかです。多くの人が楽しみにしています。沢山の人が見に来ます。準備をするときからワクワクするという人もいます。 私の妻は運動会がとっても楽しかったと言います。たぶん運動が得意だったのでしょう。 でも私の記憶にある運動会はあまり楽しいものではありません。運動会が近づくとイヤな思いが胸の中に広がってくるのでした。「何でこんなものがあるのかな、イヤだな」という思いがありました。 私は運動神経が鈍くて運動が好きでなかったのです。特に駆け足は苦手でいつもビリから二番目でした。スタートラインに立つとき足はガクガク心臓はドキドキでした。 また跳び箱も苦手で、箱を跳びきれなくおしりが箱にぶつかってしまい箱の前で立ち往生していました。それを見ていた同級生は笑いこげていたのです。自分自身情けなくなり涙がこぼれてしまいました。 運動会は嫌いでしたが一生懸命に頑張ってはいました。(娘は小学生の時、駆け足が早く学校でも1,2番でした。母親に似たのかな) そんな運動会嫌いな私が今、運動会を主催する立場になっているのも不思議なことです。しかし何故か運動会の思い出は数十年後の今でもはっきりと子供時代の思い出として鮮やかによみがえって来ます。小さいときの一コマになっているのです。 園児たちはどんな思いで運動会を迎えるのでしょうか。子供たちの気持ちはそれぞれだと思います。 私たちは毎日少しずつ練習を重ねて来ました。一年間の間に子供たちはだいぶ成長しています。運動会ではそれがよく分かると思います。 家での姿と運動会での姿の違いに驚かれると思います。どちらも同じお子さんの姿です。どうぞ楽しみにして下さい。 おゆうぎ、駆け足、マーチング等、沢山のプログラムがあります。卒園生も楽しみにしています。お父さんお母さんだけでなく、おじいちゃん、おばあちゃんも参加するのもあります。 園児も、職員も、お家の人も一つになって楽しめるのが小羊保育園の運動会です。そしてこの経験がいつまでも子供たちの心の中に残ってもらえたらと思います。 運動神経のいい人だけが楽しめる運動会ではなく、みんなが楽しめるものを一緒に作っていきたいと思います。頑張っている園児たちに暖かい声援をよろしくお願いします。 TOPへ 2006年 9月 「 バイブルキャンプ 」 小羊保育園では、毎年夏休みになると卒園生のキャンプをしています。 今年も白浜少年自然の家にて2泊3日で行いました。聖書の学びあり、野外レクレーションあり、又野外炊飯もしました。今年はお好み焼きを作り、おいしく食べました(昨年はナンカレーでした)。 参加者は小学生から中学生まで。お互い保育園という共通理解がありますから楽しい2泊3日でした。 部屋は広い所でみんな畳の上にごろ寝、自分でカバンを開け、着替えを探し必要なものを自分で整理する経験はとても大事なことと思います。お母さんもお父さんも手を出さない。みんな自分の手で行うことは精神的にも成長が見られます。 特に小学校1,2年生は見ていてもハラハラ、ドキドキです。今日はこれを着るとまとめてあるものをカバンから出して着替える姿に成長を感じました。またお母さんもカバンに入れるときは「これは月曜日に着るもの、これは火曜日に着るもの」としっかり教えながら準備をしていたのだろうなと、お母さんの愛情もうかがい知ることが出来ました。 子供たちにとっては久しぶりに会うことの出来る小羊の同窓会です。私も年々大きくなっていくその姿を見られるのが楽しみとなっています。 8月、年長さんは保育園でお泊まり保育をしました。もう29年も続いています。お泊まりは始めた当初、子供たちも家の人たちも不安がありましたが、今では子供たちも家の人も楽しみにして頂くようになりました。 年長さんは10月にも「大洗子どもの城」で宿泊があります。ここは県の施設です。色々な設備、近くにはアクアワールドもあり、楽しいひとときを持つことが出来ます。 保育園は子供を預かり遊ばせているだけと言う印象がありますが、年長さんも多く「保育と教育」を小羊保育園の理念としています(元々、小羊は幼稚園年齢を対象にしていましたので教育には力を入れていました)。 教育は知識を詰め込むだけでなく、一人の人間としての生きる力を持つようになることです。いわゆる自立心を培うのが大きな目的です。 保育園ではなるべく多くの体験をし、心の豊かさを深めていこうとしています。 卒園してからも、水郷めぐみ教会では、毎週日曜の午後に日曜学校をしています。 TOPへ 2006年 8月 「 ツバメと食育 」 今年5月ごろ、ツバメがさくらとゆりの玄関に飛んできました。 しばらくすると蛍光灯の上に泥を運び、あれよあれよという間におわん形をしたきれいな巣が作られました。その作業は見事なもので、くちばしにくわえた泥があんなにもきれいな形を整えて作ってしまうのだと感心しました。 しばらくすると巣の中からチチというかわいい鳴き声が聞こえてきました。親鳥はどこからか小さな虫を捕まえてきて口移しにひな鳥に絶え間なくあげています。 だんだんと大きくなり顔を出し始めました。数えてみるとひな鳥は5羽です。親鳥が飛んでくると黄色いくちばしを広く開け大きな声でえさを求めます。「僕にちょうだい」と一心に求めているようです。 ひなは糞をする時くるっと半回転し巣からおしりを出して外にしています。なんか保育園の子供たちより上手にしているなと見ています。 ひなたちは大きくなり、もうすぐ巣立ちをしそうです。8月には巣が空になっていることでしょう。 それにしても彼らの成長の早さには驚きです。2、3日見ていないと産毛が黒々となり5羽が押し合い、へし合いして巣は過密気味です。 また親鳥の子供に対するえさの運びにも感心します。5羽のひなたちに一心にえさをあげています。どんな生き物でも成長するにはまず食べ物がなければなりません。動物たちはこの地に誕生してからずーっと子供たちに親の責任を、食べ物を与えることによって果たしているのです。 昨年、政府は食育基本法を制定しました。人間の成長も子供たちに正しい食べ物を与えることから出発するのです。 私たちが成長するための栄養は食べ物から採取します。いろいろな種類の食べ物を採ることが大事です。 食べるときに野菜について肉について話してあげることはとっても大切なことです。野菜は血をきれいにして病気にかかりにくくなる。肉は筋肉を作り力の基になるなど子供に話ししたり、食事をしながら一日のこと友達のことを聞いてあげたりすると子供たちは喜びます。 楽しみながらの食べ物は栄養価も上がります。小羊保育園では栄養士が食事時に子供たちと一緒に食べ、話をするようになりました。子供たちは給食を作ってくれた先生と一緒に食べることをとっても喜んでいます。 (ひなのようすはホールの窓から子供たちもじっと見つめています。手をとるように見えます。) TOPへ 2006年 7月 「 青々とした成長 」 今、わたし達の周囲は緑で溢れています。家の周りも、山も、田んぼも緑一杯です。 わたしは今頃の田んぼの緑が好きです。まるで緑の絨毯をひいた様に、どの田んぼもきれいです。長く見ていても飽きません。それらはすくすく成長しています。 緑はいのちの素晴らしさを教えてくれます。保育園も小さないのちで一杯です。 昨年生まれ一歳になった子は、もう自分の足でちゃんと歩くことができます。 2歳になった子は、かたことの言葉も話します。会話をするだけでなく先生に向かって色々な言葉を投げかけます。 3歳になると、先生に向かって激しく抵抗を試みるときもあります。 一年の間の成長は本当に大きなものがあります。 先日の「 子育てスクーリング 」で脳に関する学びをしました。人間の脳の発達は6歳前後までで人間として8割の成長が出来ると最近の脳科学者は語ります。 保育園で子ども達を毎日見ているとうなずけます。 彼らは知識欲が旺盛です。何でも覚えてしまいます。遊んでいるのにもかかわらず、テレビから聞こえてくる少しの言葉(良くも悪くも)をすぐに覚えてしまいます。大人達が何気なく語った言葉も(覚えて欲しくない)ちゃんと記憶の中に保存してしまうのです。 特に保育園のように集団生活の中では、お互い友達同士の刺激がありますから覚えも早いです。「 こんな言葉どこで覚えたのかしら・・ 」と驚くようなことがあるでしょう。ですから周囲にいる大人の責任は大きいです。わたし達保育に当たる者の責任も大きいです。 保育士はいつも笑顔を絶やさないように努力をします。「小羊の先生はいつもニコニコしていますね」と言われます。 でも、時には厳しい言葉を言わなければならない時も起きます。楽しい時は両手一杯に楽しさを表し、いけないことをした時はいけないとけじめをつけます。 著しい成長過程で、何を学ぶべきかの大切さを教えます。 わたしにも孫が生まれました。時々いけないことをします。そんな時、わたしが怒ると体が固まってじっと下を向いてしまいます。かわいそうだな、抱きしめてあげたいなとの気持ちがありますが、我慢してしばらくキツイ顔をして相手の目を見ます。 何かが上手にできたらオーバーにほめてあげます。そんな時は嬉しそうに得意げな笑顔を見せてくれます。 まだ青々としているこの時期に、メリハリのついた接し方を心がけるようにしています。 TOPへ 2006年 6月 「 衣服の管理 」 最近、大きな地震が世界的に起きています。 特にアジアに集中しています。先日もインドネシアで数千人の死者が出ました。また地震による大津波、パキスタン大地震、台湾地震、日本でも新潟地震、阪神淡路大地震・・。地震はいつ来るか分かりません。これと言った対策がないのです。 地震だけでなく天候異変。5月は五月晴れと言われる良い天気の月ですが、今年は日照不足で野菜が値上がりしています。 私はぬか漬けが好きです。でも今キュウリが一本25円しています。6月は入梅です。曇ると肌寒く晴れると蒸し暑く、一日で気温が10度も変化するときがあります。 お母さん方はもう夏の姿が見られます。朝、お子さんを送ってきたときに半袖で来られる方も多くなりました。 ただ気になることは、お母さんが半袖の時、お子さんも半袖で来るときがあります。どうも自分の感じと同じで衣服の調整をお子さんにもしているような気がします。しかしお母さん方と、まだ乳幼児のお子さんとでは体力に大きな差があります。 昔から「老人と子供は体力が弱い」と言われています。私も初老の年齢に入りました。ですから特に寒さに対しては弱くなっています。それだけに乳幼児の感じ方が分かるような気がします。 保育園児のお母さん方は若いです。体力も一生の内で一番力を持っています。しかしお子さんはまだまだです。朝、保育園に来られるとき自分の衣服に合わせるのでなくもう一枚多く着させて下さい。繰り返しになりますが老人と乳幼児は寒さに対して抵抗力が小さいです。 朝、曇りでも途中太陽が顔を出すことがあります。そんな時あっという間に気温は上昇します。その時は上着を一枚脱げばすむことです。 入梅の時は風邪をひいてお休みが多いです。お年寄りは自分で「暑い」「寒い」と言って衣服の調整をしますが、小さい子供はなかなか自分から「寒い」「暑い」と言いません。まして衣服の調整をすることは出来るものではありません。 最近の天気予報はあまり当てに出来ません。晴れると予報されても晴れない日が多く、今日は曇りでしょうと言われて晴れて暑くなるときもあります。 これから入梅の時です。一番子供の体調管理には注意が必要です。私たちも途中発熱してお子さんがぐったりする姿を見るのがつらいです。一日保育園で元気に遊んで明るくお迎えを迎えられるようにしたいです。 TOPへ 2006年 5月 「 砂遊び 」 寒かった冬も終わり、だいぶ暖かさが増してきました。木々がきれいな新芽を出しています。 園児達も外遊びを楽しんでいます。 遊び道具は年々変化していますが、30年前も今も同じ姿をもって子供達に喜ばれている遊びに「砂遊び」があります。 庭に出るとみんな争うようにして砂場にかけていきます。さらさらした砂、水を加えるとどろんこになる砂。色々な形が作れます。 1〜2歳児はただ砂を手に取り握るだけです。ぎゅっと握った指の間から砂がこぼれ落ちていきます。そうしてまた手に砂を取ります。何回も何回も繰り返します。 大きい子は砂を泥にして、団子にしたりケーキを作ったりと自由に形を変えて遊びます。砂は四角にも三角にも、また丸くにも自由に形を作ることが出来ます。おにぎりも作ります。それが楽しいのです。 年長さんになると山を作り、そこに水を流してあそびます。 砂は手に様々な感触を与えてくれます。私たち人間の手には神経が集中していて、私たちの手はとても繊細です。 「器用な手」との言葉もあります。小さい時に手に触れられる感触は感性の豊かさを養います。 その点、砂は素晴らしい保育材料です。砂遊びは楽しいですが洋服は汚れます。顔にも砂をつけています。決して上品とはいえません。 また洗濯も増えます。靴の中も砂でいっぱいになってしまいます。お家にかえったら洗濯をする人は大変です。 でも保育園では思いっきり砂遊びをさせています。砂遊びは豊かな感触を養うだけでなく創造性も作っていきます。泥は自由に形を作ります。子供にとっては素晴らしい遊びの素材です。 「さてこのどろんこを何にしようかな」・・考えます。団子を作るだけでなくその上に飾りも付けます。色々と工夫しながら楽しみます。幼い時に楽しみながら工夫するのは頭(脳)にとてもよい影響を与えます。 砂はとっても身近なものです。お休みの時に子供たちと一緒になってお家でも、公園でも一緒に砂遊びをしてみませんか。 とっても簡単な遊びです。みんな大喜びで遊びます。 TOPへ 2006年 4月 「 笑顔のある保育園 」 新入園児を迎えて、新年度の保育が始まりました。皆様が小羊保育園にお子さんを預けてくださったことを嬉しく思います。 初めての保育園は、保護者の方にとってもお子さんにとっても心配や不安が沢山あることと思います。又、同時に大きな期待も持っていらっしゃることと思います。 私たち保育園職員の仕事は、子供達との信頼関係を築くことから始まります。子供達が私たちを信頼してくれないと何も始まりません。 信頼関係のために、 1 )言葉かけをします。 言葉をかけることは気持ちを伝えることです。信頼される言葉は優しく愛情を感じてもらう言葉です。愛情は言葉かけから始まります。 2 )手をかけます。 乳幼児は大人の手を借りないと何も出来ません。赤ちゃんは食を摂ることから大人の手によらなければなりません。衣類の着脱、排便のやり方、色々大人が手をかけないと出来ません。 ですから育児に手がかかることは当たり前なのです。子供たちが保育園にいる間私たちは親代わりになって手をかけます。 3 )目をかけます。 乳幼児は私たち大人の期待する行動は取りません。大人から見たらしないと思われることを当たり前のようにします。部屋に子供を一人にしておくと足を踏む場もない位に部屋は散らかされます。 子供たちは自分の要求を言葉で表せないことがあります。子供の行動によく目をかけ私たちは要求を汲み取り、子供の求めを理解しなければなりません。 ぼやっとしていては子供の求めに気づかないでしまいます。その子はいつまでも欲求不満になってしまいます。子供の姿をよく見ていないと、目をかけていないと子供が分からなくなってしまいます。 保育園で乳幼児を保育する者は、よく目をかけることが大事です。 これらをまとめると、愛情をかけることになります。 愛情に包まれた子供はどんどん大きくなります。笑顔が沢山現れます。笑顔を見ることは私たちの最大の喜びです。 就学前の時期、一年間の成長は人生の中でも最も大きいのです。この時期どんな環境で育つかはその子の将来に大きな影響を与えます。 最大の環境は大人の在り方です。良い環境を持って育児に励みます。笑顔の溢れる保育園を子供たちと共に、お家の方と共に私たちは築いて行きたいと思います。 TOPへ 2006年 3月 「 喜び 感謝 祈り 」 2月24日、さくら組のみんなと鹿嶋はまなす公園に行って来ました。 保育園から鹿嶋駅まで園バスで(以前は潮来駅から電車がありましたが今は本数が減りちょうど良い時間がありません)。そこから、電車に乗ってはまなす公園へと行きました。 ねらいは、普段子どもたちも自動車に乗っていますが、電車に乗った経験がない子どもたちに電車経験を、との思いです。 電車に乗るには「 切符 」を買わなければなりません。これは初めての経験という子どもたちが多かったです。そして階段をのぼりホームへと。ホームは1番線、2番線とあります。 そして電車は時間にならないと来ません。自動車と違い、線路の上を走ります。切符を買うとき自分の財布からお金を取り出し、自動券売機の中におそるおそるお金を入れました。 みんな「 切符をなくすと電車にのれないからね 」との先生の声に、少し緊張気味にしっかりと切符を握りしめ、電車に乗ることが出来ました。 私は、みんなが電車に乗るのを見て、急いでバスではまなす公園駅に向かい、みんなを待ちます。電車から降りてくる顔はニコニコです。天候にも恵まれ良い1日となりました。 電車は人気の乗り物です。絵本の中にも電車の写真をよく見ます。新幹線が好きな子には少し物足りなかったかなと思いますが、自分で切符を買って乗ることは良い経験になったと思います。それにもましてお友だちと一緒に遠くに行くことは楽しいことです。 また芝生の上で弁当を広げ美味しく食べました。長いすべり台や広場で遊ぶのも楽しかったです。 保育園では、身体を十分に動かす楽しさを味わってほしいと、ホールに畳をひいて柔道をしています。畳の上を転がったり、はねたり、指導者の先生に高く投げられたりするのはみんな好きです。 スイミングも楽しくしています。ペン習字ではひらがな、カタカナを正しい順序で書けるようになって小学校に進んでもらいたいと思っています。 マーチングだけでなく、子どもたちにとって必要なことは何か、を求めるのが保育だと思っています。 もうすぐ卒園です。小羊保育園で経験したことは身に付いているでしょう。卒園しても、明るく、元気に、のびのびと進んでください。園長先生は毎日お祈りしています。 手にとってご覧になりたい方は、お声をかけて下さい。 今でこそ、市や地域の子育て支援の働きが活発になされていますが、14年前よりスタートした「子育てスクーリング」は、その先駆けだったのかと思います。この地域のために、小さきながらその責任を果たして来た「子育てスクーリング」、ぜひご一緒に参加してみませんか? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 子どもは素晴らしい存在です。自分のお子さんの光るものを見ていますか?見つけましょう。悪いところ、欠点はすぐ目につきますが、良いところ・長所を見つけることが子育ての重要なポイントです。 子どもたちは、めまぐるしく成長し、変化しています。しかし、子育てのポイントは今も昔も変わらないものがあります。子どもについて、子育てのこと、親として…. いろいろな点から学んでみたい方は、ぜひご参加下さい。 大切なお子さんの成長のため、ご一緒に学び合いましょう。みんなで語り合い、楽しいひと時、ゆとりの時(ティータイム)を過ごしませんか? *お子さんもご一緒にどうぞ(未就園児のみ)。保育士がお世話をします。お気軽にお出かけ下さい。園児の希望保育を希望される方は、お申し込み下さい。 *園の父兄でない方の参加も大歓迎です。ぜひお誘い合わせの上、ご参加下さい。 *むずかしく考えずに、参加して下さい。みんなでおしゃべりをして楽しい時間を過ごしましょう。 参加を希望される方は、連絡ノートにて、お知らせ下さい☆ |