水中銃の伝説


水中銃の伝説!
私が驚き、私が後世に伝えたいエピソードがある
日本人の誇りであり 水中銃の伝説である 
日本初と言うべき貴重な書物 1995年6月発行 (ダイバーズ バイブル5 著者 小出康太
郎)より


60丁目 オーナー
安藤 公幸さんの実話


私はかつて、体重218キロ 体長2.15mと言うハタ、日本では「クエ」とも「モロコ」とも呼ばれる
大物をスピアガンえ撃ち、捕獲した事がある。
むろん、潜水具を使ったり、スピアガンを使ったりしての漁が禁止されている日本の話で無い。

忘れもしない、1985年の9月21日、フィリピンはドマゲティーから遠くないアポ島での事であっ
た。私がそれまでにこなしたダイブ数は八百本、いっぱしのハンター気取りで、それを鼻にかけ
ていたころである。
その日は好天に恵まれ、海も島も光っていた。ドマゲティーからバンカーボートをだしてもらい、
アポ島に到着するなり、漁の許可を得るため村の村長を訪ねた。
それが、この国の、どの地域に行っても示さなければならない礼儀のようなものであった。
「悪いが、1日1人あたり四十四匹にしてくれないか」村長の言葉に、一瞬、間違いではないかと
思い、「一日 四十四匹と言いましたか?」と訊き直してしまった。
「ああ 本当に申し訳ないが、ここにも漁で飯を食っているやつらがいるからな。四十四匹位で
勘弁してくれや」
村長は私達が手渡したこの国の通貨、ペソを握りながら、いかにも申し訳なそそうな顔をす
る。
わたしも同行のハンター達も口をあんぐり開け、村長の顔を見つめた。
これであちこちの海で許可申請をした上で魚うちをしてきたが、「四十四匹も獲ってもいい」など
言ってくれた村か皆無であった。私達の常識の枠からはみだした、あまりに寛大な村長の言葉
に驚愕するほかなかったのである。

ドマゲティーからやって来たバンガ−ボートには、スピアーフィッシングをする組と、純粋にダイビン
グを愉しむ組とがあり、グループを2組に分けて海に入ることを打ち合わせた。
それは危険を避けるためと、お互いの目的がスムーズに達せられるようにとの配慮である。、
ちなみに。バンガ−バートとは両舷に翼をひろげるように木製。あるいは竹製のバランサー「を
出して波やウネリに対抗する仕組みの船であり、スピードは出ないが、その分触れには滅法強
い。別名を「アウトリガー」ともいい、バランサーが片舷だけの物を「シングルアウトリガー」、
両舷のものを「ダブルアウトリガー」と命名されて、昔からインド洋を広く往来していたことがしら
れている。
ボートがドロップにいたると、海の色が濃い藍と淡い青とに、くっきりと分かれて、海の深浅を気
配のなかに伝える。やがて、チーフのヤヨイがアンカーを打ち。機材の装着を全員に促す。
われわれはファンダイビングの組を先にエントリーさせ、
少し時間をおいてから海に入った。
スピアーガンを持つ5人はとりあえず一緒に潜降しはしたが、やがて思い思いにポイントを求め
散っていった。
ドロップの岩壁が水中に差し込む陽のひかりを反射して、ところどころがぬるりと光っている。
海の様子が平和なたたずまいを見せ、動きだせば6ノットにも7ノットにも潮の駆ける海はとう
て思えぬ雰囲気に満ちている。
私は「これは?」と戸惑った。せめて。横を向いたらマスクがもっていかれるほどの潮があれ
ば、納得がいったであろう、なぜかはわからない、とにかく、この日にかぎっては穏やかすぎる
のが、まず私の気にいらなかった。回遊魚にしたって、大物にしたって、潮通しの悪い所になど
出現するはずはないからで、海中がいつに無く澄んで、どこまでも透き通っていることも、
私には以外の感を持たせた。
透明度にしたら50メートルを超え透明度なら70メートルはある。
そうした清澄すぎる海の状態も又、私を不機嫌にさせた。
「大物は多少の濁りを好む」とはこれまたハンターの常識であったからだ。
魚影は思った通り薄く、ドロップ沿いに水深をさげても、
又 水平に動いても、」スピアーガンを発射する」対象魚の姿は目に入らなかった」
「なにが一日 四十四匹だ。サカナがいねぇことわかっていて、あんなことぬかしゃがったんじゃ
ねぇか」

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などと、せっかくの村長の申し出にも腹が立ってきた、ぶうぶつ文句を言いながら数Zか過ぎる
海の中をやみくもにも動き回ってみたが、獲物に恵まれる事はついになかった。
選択の余地もないまま、手ぶらでボートがアンカーを打ったあたりでもどり、あらためて
垂直に立ち上がるドロップのしたに目をやった、ことさらの思惑があったわけではない。
そのあままエグジットしてしますのがなんとなく業腹に思え水深を下げていったのが、思わぬ
巨魚との遭遇につながった、エア残圧が百キロ近く残っている事を確かめつつ、
水深をどんどん下げた。
五十メートルほどまで達してあたりを見回してみたが、やはりというべきか、潮の動いていない
海に回遊魚の影はなかった、
あきらめて浮上を決意したときである。岩がふっと動いたような気配を感じた。
目の錯覚かと思いながら、小首をかしげて凝視すると、そこに見たことも無い
巨大な魚が茶と白をまだにした体表を誇示してゆったりと遊泳している、
それは、物体を大きく見せる水中で、驚愕も手伝っていただろうか、小型の潜水艦といったふ
うに見えた、
巨魚はハタであった、それにしても大きなハタで、日本では「クエ」とも「モロコ」ともいわれている
種類である事はすぐにわかった
「このドロップの下には大物がいる」とはかねてアポ島の漁師に聞いていたが、それが嘘ではな
かったことはすでにもう瞭然としている、まるまると肥え、大きな口を経の字に結んだ巨魚は風
格といい、風貌といい、海に恐れる物を知らぬげに悠然と徘徊する、それは、海の大きさという
ものを示唆してもいた。
巨魚がダイバーを怖がる気色もなく次第に近づいてくる様子に、鼓動が高鳴るのを意識しつつ
も、ほとんど本能的にスピアガンを構えていた、しかし、銃を構えながら、実はその魚が獲れると
いう確信は少しもなかたtのである、巨魚な魚は私の目線まで水深を上げてくると、尾ひれを振
り、巨大な腹部を私の目のまえに向けた、
ためらいが脳裏をかすめたのはほんの一瞬で、私はクエに頭に向かいスピアーガンの引き金
を引いていた、カチャンという乾いた音を残しながら、シャフトが飛び、頭にぶつかったと思った直
後、シャフトが跳ね返されて水中に躍った、いつものように、糸を針に通すような狙いができな
かった理由は、相手があまりに巨大であったこと、そして視界があまりによすぎた事にあったと
いうべきだろう、「どうやっても当たる、撃ち損じることはあり得ない」と言う意識が狙いを粗雑に
したのだ、巨魚は私の撃ったシャフトを跳ね返したとはいいながら、頭の固い部部に鋭利な鉄
塊を受けたことに違いはなかった、しかし、そでいながら、相手は痛痒すら感じた気配もなく、
ふいと向きを変えると、水深を上げて行った
驚くべき頑強さ、驚くほどタフさというほかはない。
慌ててシャフトを回収し、セットしなおしていると、頭上で「カシャ」という水中銃独特の音が響い
た。
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同行のハンターのうちだれがか銃を発射したことは明らかで、自分の見つけた大物を他のハ
ンターに仕留められてしまったと半ば危惧しながら、頭の上を仰ぎ見た。
と、大きなクエは頭を下につーっとす水深を下げ、その後方に一枚の葉のようなものがふらふ
らと漂っている。それが鱗であることに気付き、一人のハンターが宙に」浮いた、シャフトのロー
プを手に呆然としている図を見た時彼が撃ち損じた事を知った、
男は三瓶と言う、社長の江島氏からこの海域でのガイドの仕事をまかされていた男であった。
彼も又、私が冒したミスを冒したように思われた
曲がったシャフトを手に無念の表情を見せ、離れてゆく巨魚に目を剥いている。
シャフトが曲がっては曲がりを矯正できないかぎり二度と使う事はできないのだ、

クエは私から5メートルも離れた海中を険しいドロップ沿いにされに落ちて、
さきほど見た岩の陰に向った。
その動きは、クエが私たちダイバーを恐れ警戒し始めた事を暗示していた、
スピアーガンを握りしめ、怪魚を追って水深を下げって行った時、三瓶が私の後方からダッシ
ュしてくるのを感じた、三瓶はこの海域を知悉しているはずだ、
その三瓶の慌てきった動きは即座に私にも伝播し、一種異様な興奮が私を襲っていた。

水深が五十メートル、エア残圧が80キロである事を確かめたとき、この巨魚を撃ちとったとして
、そのあと、しめて殺し、減圧して浮上するには、きびしいエア残だと思った。
まして、相手は2メートル以上の大物である、
撃って、しめるまで、このエア残で足りるかどうか、不安がよぎる、
一発で仕留められるような相手でない事は、私にもわかっていた、
下手をすると命がけのことになる事も、これまでモロコの類を捕獲した事のある先輩たちから
嫌というほど聞かされている、岩の中に入ったモロコに何発もシャフトを打ち込んで、
それでも屠ることができず、殺して揚げるまで何日もかかったなどと言う話も一再ならず耳にし
ている、
その時、巨魚はふたたび動き出し、私の足のした一メートルと無いところに巨体を運んできた、
撃とうか撃つまいか、迷いが頭の中で錯綜した。
私の思惑など知らぬげに、巨魚は私に撃ってくれといわんばかりに、急所である東部をスピア
ーガンのましたに持ってきた、
生唾が乾いた喉にからんでいるのを意識しつつ、スピアーガンを握りしめた、
「三瓶にやられるなら、おれが」という気持ちがなかったといえば嘘になる、
興奮を恐怖とがないまぜになりながら、私は引き金を再び引いていた、
飛んで行ったシャフトがクエの頭に突き刺さったと思った直後、食えは私を5メートル
ひきずって水深を下げた それが巨魚の重みであったのか、巨魚みずからの意思で
水深を下げたのかは判然としない
魚は岩の窪みまで来ると、すくんだように動かなくなった、
どうやら、頭に受けたシャフトが邪魔になって、穴に入れない様子であった、と、追尾してきた
三瓶が私の先に出ると、やにわにクエにむしゃぶりついた、
手にナイフが 閃きそれがエラのあたりに突き刺されるのをみて、彼の意図がどこにあるかが
察せられた、彼は魚に留めを刺そうをしているのだ、
ところが三瓶の顔がみるみるゆがんだかと思うと、今度は自嘲に変わった。
彼が振りかざしては突き立てたナイフはいたずらに空を切るばかりで、決して急所には
達していなかった、
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ただ、不思議でならなかったのは、その間、クエが微動もせず、三瓶のなすがままにしていた
ことだ。
残っているエアで揚げるのはむずかしいように思われ、私は三瓶を制し、躊躇なくシャフトにツ
ナ方ワイヤーロープをかたわらの岩の突起に結び付け、浮上の姿勢をとった、後でタンクをと
りかえて取りに来ればよいとの判断である、シャフトの先端は獲物に突き刺さると羽状に開く仕
掛けになっているから、クエは動けまいと思っていた、すると、三瓶がまたもや妙な行動に出
た、彼が私が結んだロープをほどきにかかっているのだ、
そして、当惑する私を振り返るなり、クエを引きずってあがろうと言う意思をみせた、
海の中で口論している暇はなかった。
私は仕方なく、ロープを肩にかけると、BCに目一杯エアを入れ、フィンを蹴った、三瓶も私に習
い、BCにエアを入れると、巨魚を支えた。

クエは暴れるでもなく、かといって動くでもなく、私を三瓶とが浮上するにつれ、ゆっくりゆっくり
上がってくる、巨魚が死んでいる事をこのとき確信した、
いや、確信する事ができたといったほうが正しいだろう、私も三瓶も死んでいるハタに怯えてい
たのだ
三瓶が猛りたってナイフをふりかざすまえに、巨魚はすでにしんでいたのである、
とはいえ、2度目にあった一発がきわどく急所に命中し、巨魚を絶命させたことがどれ位の
幸運だったのか、その事はあとあとじわじわ身にしみてきた事で、このときはまだ緊張と興奮
のただなかにあった、それは、たぶん、一万回撃って、一回あるかないかと言う僥倖であった
かもしれない、
三瓶と二人でBCにエアを入れ、フィンを蹴り続けても、浮上速度は思った以上に遅々たるもの
であった、獲物が重過ぎてフィンを蹴る足に力をいれれば入れるほど、息が弾んで胸が苦しく
なる
水深にして十メートルも上がってきたとき、運動量がふえたためか、私の残圧はわずかに四十
キロをあますばかりとなった、そして、三瓶の残圧が十キロあるかないかであることを知った
時、
はっきり危険を感じた、やはり海底に置いたまま浮上するべきだったと思ったものの、この時
点で公開してもはじまらない、ただだれかからエアをもらわないかぎり、下手をすると命を落と
す事になると言う恐れが胸に宿った
ふと、頭上を仰ぐと、ファンダイビングの組に入っていた豊田がった一人でいる、どうして単独
でいるのかはどうでもよかった、私達から十メートルから十五メートルほど浅い水深にいたが、
三瓶は豊田の存在に気づいたととあん魚から手を放すと、ものすごい勢いで豊田めざし浮上し
ていった。
三瓶のエアが切れて、私の、それでなくても僅かなエアを吸わせる羽目になったら、二人とも溺
死と言う危うい事になるは目に見えていた、
そういう局面に立ち入ったらどうしょうかと思っていたから、豊田の出現は神の加護のように感
じられたのである、
三瓶が去った後、重くなったロープを一人でひきずり、水深三十−メートルまで這い上がるよう
にして浮上してきたが、さすがにエアが渋くなった、獲物を棄てて緊急浮上するしかないと判
断、持っていたロープを手から放そうとしたとき、何人かのダイバーがグループになって近づい
てくrのが見えた。「ファンダイビングの連中だ」と思い、とっさに「エアをくれ」と合図したが。誰も
Kづがない、その間にエアの供給が断たれ、私は息ごらえをしながら必至になってダイバーを
見守った、
苦しくなって目に涙が滲んだときに、グループの中にいた女の子が私をみた、そして、
私のエア切れサインに気付くなり、飛ぶようにして泳いできた、
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その子はアコであった、今でこそインストラクターのはしくれで、私の片腕でもあるが、このとき
はグループを構成する1ファンダイバーであった、
私は彼女が差し出すオクトパスをひったくるようにして取ると、口の中に投げ込んだ、
息こらえの限界に達して居た私の胸はエアを吸いながらも躍るように鼓動している、
我慢しすぎると、逆に呼吸すらできなくできなくなるとと言うが、私の状態はそれにちかったたの
であろう、アコのオクトパスが壊れていて、それでエアがまともにはいってこないのではと、
根拠の無い疑いをもつほどに私は酸欠に陥っていた
巨魚に目を釘づけにするアコにもたれるようにしながらアコのBCにもエアを一杯に入れた、
そうして、20メートルの水深まであがってきた時、離れ離れに散って、姿をけしていた3人のハ
ンターが寄ってきて巨魚を取り囲んだ、
と、そのうちの一人が、何を思ったのか、きなり巨魚の上に馬乗りになった、
そして、ナイフを抜いたかと思うと、三瓶がやったように、それをエラの亀裂の中に何度も何度も
つき刺すではないか。
肩にかけたロープがダイバーの体重でされに食い込み、それでなくとも痛くてたまらなかった
肩に痛みが走る、
「バカー、何やってんだ−。離れろー」
水の中で僅かに怒鳴ると、さすがにそのハンターも気付き、
それを不意に海のなかに見て常軌を逸したようだった
ハンターらは、私を含めて、巨魚を目にした瞬間kら興奮状態におちいったのである
直後、ハンター達が皆私のそばに寄って来て、「ロープを、それに連結している銃ごと、こちら
によこせ、代わってあげると」合図をする、われやれの思いで、それを手渡したとたん、
私とアコの体が海中に舞い上がり、そのまま一直線に急浮上した、私とアコのBCに目一杯エア
が入っていた事を失念していたので。
とっさに自分のBCからエアを抜きはしたが、アコのインフレ−ターボタンまで手が届かない
ビギナーのアコは何が起こったのか判らぬまま、猛烈なスピードになす術もなく体をあずけてい
るようだった
油断からの、あっというまの出来事である、私はアコのbcにつかまったままアコととともに海面に
舞い上っていた、
アコがエアエンボリズムを起こさなかったことをたしかめながらも、
私の頭に減圧のことがこびるつくようにある、水深五十五メートルも潜って、それも上がったり
さがったりなんどか往復もしている、
このまま減圧もせずにいたら、どうなるか知れないという恐怖であった、
私はBCのエアを抜くのに手間どっているアコを残し、水面下10メートルほどに群れているダイバ
ーに向って即座に素潜りした、
大気中で時間を過ごしてはいけないと思ったからだ、
現地のガイドのところまで潜っていくと、オクトパスに手を伸ばし、それを口に入れ空気を吸っ
た、「うっ」ときて、激しく咳込んだのは、オクトパスのマウスピースがレギュレーターから外れてしま
ったからだ、
私は喉に入った潮水にむせび、泡を食いながら隣にいたプロダイバーヤヨイに飛びつき、オク
トバスを取った、こして私はダイバーからダイバーへと渡り歩き、エアをもらいながら減圧を行
い、その後巨魚とダイバーらと一緒に浮上した、
クエをバンカーボートに積み込むのには予想以上の手間がかかった、ロープで魚体を縛って
数人が引く、ボートの下からは何人もの手が伸び、支えて、ようよの思いで引き揚げた
そのあと、シャフトを魚の頭から引き抜いたところ、驚く事に私が自慢にもし、頼ってもいたシャ
フトの先端がへしまがっている、正直言って「まさか」という思いがあった、
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このシャフトは、実は、一人の有名なシャフト作りの名人の存在がかかわっていた、
静岡県の三島市に宮大工をして名の通った人が居る、仮に、この人の名を元木さんとしよう、
本木さんはスピアフィッシングと言う趣味があり、ダイバーとしても古手の一人であったが、この人に
もうひとつ、玄人はだしの芸があった、それが鍛冶仕事で、生来の凝り性から「撃って曲がるよ
うなシャフトには用はない、曲がらず折れないシャフトを自分の手で作ってみせる」と豪語し、
遠からず、「曲がらず 折れず」と言うシャフトを製作した、そして、彼の腕の良さもあっただろう
か、「元木シャフト」はその威力をいかんなく発揮したのである、

日を追うごとに、「元木シャフト」はスピアーガンマニアの間に伝わり、だれもかれもが彼を訪れ
シャフトの特注をお願いするようになった。
「三島の元木」と言えば、マニアの間に知らぬ者はいないほどになり、それは量産ではなく、
文字どおり「特注の手作り品」であったから、簡単には手に入らないし、引き受けてもらっても
時間がかかる、そして、それが又 人気を煽りもした。

私がアポ島で使い、二発目で巨魚を仕留め、死にいたらしめたシャフトこそがこの「元木シャフ
ト」であった

このダイビングツアーに出る前、元木シャフトのことを先輩から聞いた私は三島に元木さんを
訪ね、シャフトの特注をお願いした、
「どうやって作るんですか?」
私がそう懇ろに尋ねても、彼は「バネ鋼を使って、少し混ぜて、スエージングマシンで伸ばして、
焼きをいれてな、この焼きにちょっとした工夫があるのさ」

とは答えてくれたが、「何を混ぜるのか」も「ちょっとした工夫がどういう工夫なのか」
もさいごまで教えてくれなかった。
「俺の作ったシャフトは絶対に曲がらないよ、絶対に折れないよ」
彼は自慢ゲに言い、「もし、折れたり曲がったりしたら、俺のところにもってこい」
と自信満々の顔をし、「フィリピンで試してみたらいい」といって私を送ってくれた
そして、この新調したシャフトをもって、意気揚揚とドマゲティーに乗り込んだというのが、事の
経緯であった、
その、マニア間に有名を馳せる「元木シャフト」が俺はしなかったが、曲がったのだ、
同じボートに居たスピアーフィッシングの仲間は、例外無く元木シャフトを知っていたから、
誰もが曲がったシャフトを見て驚愕の眼を向けた

後日のことになるが、一枚の干からびた鱗についたシャフトを持って、三島を再び
訪れると、元木さんは目をひんむくようにし、「ひぇー」と悲鳴のような声を挙げた
「俺のシャフトを曲げた魚がいたか。なるほどな、奢っちゃいけねてっこったな」

彼は溜息をつき、
「その曲がったの、鱗ごと、あんた記念にとっておいたらいい、それに代わるシャフトは、
新しいのつくってやるから、心をこめてな」と言ったのである、

さて、バンカーボートがドロップポイントからドマゲティーに向って走りだすと、だれもかれもクエ
を改めて見たり、鱗に触れたりしながら、大騒ぎをする、この国特産のビール、サンミゲルが回
されて、乾杯がはじまった、
私が下半身に痺れを感じたのはボート上で宴会がはじまってしばらくしてからである、痺れだっ
たmのが、段々に変化し、手で触れても感じなくなった。それは、かねて先輩から聞いていた減
圧症の兆侯に違いなかった、

「ベンズ」という言葉が脳裏に居座ると、「ひっとして 下半身付随か、悪くすれば死ぬぞ」という
極限状態が頭に浮かび、巨魚を獲った嬉しさなどどこかに吹っ飛んでしまった、

むしろ、このデカイ魚を撃ったことが、自分に減圧症を言う苛酷をもたらしたと思えば
「ああ 撃つんじゃなかった。こいつを撃つなんて、土台俺の力量におよぶ事じゃなかった。い
っぱしのつもりでいたが、未熟だった。自分の力を過信していた」といった悔いばかりが頭を占
める。アポ島のドロップの主ともしっていい相手に小賢しくも銃の穂先を向けた自分が、猛毒の
蛇に怖じぬ子供、アールカポネに立ち向かうチンピラといったふうにすら思われ、「図に乗った
行為だった」と、畏怖とも恐懼ともつかぬものが胸にあふれた。
「チャンバーなんか、セブまで行かなくちゃありませんよ」ヤヨイが私の訴えを聞くと、そう言う。
「それじゃ、リスクはあるけど、フカシやるっきゃないな」
「おい、ボート止めろ、ここで すぐやれ。アコ、あんたバディ組んで、一緒に潜ってやれ。
介添い役だ」そう言ったのは仲間の一人である、みんな心から心配してくれている、
この時代、まだ 減圧症と言う潜水独特の病気については十分な知識も無く、本人である私は
もとより、仲間達もうろたえていた。

アコに誘導され水深12メートルに落ちてしばらくしたときに、下半身に感覚が戻った、それで
水深9メートルに上げて6分、6メートルに十七分停留すると、痺れも消えている、USネイビ
の減圧表にしたがって、されに水深3メートルに四十分をすごしてから浮上、
私の体に異常はまったく残っていなかった。
「それじゃ、はやいとこ、サンタモニカビーチに帰ろう」私がエグジェットすると、チーフガイドのヤヨイ
の声で、ボートはふたたびエンジンを響かせた。
ドマゲティーのビーチに近づいた時、私は自分の目を疑った、そこにはホテルのスタッフから土
地の人までが出て、黒山の人だかりである。
ビッグフッシィングをとったんだってね」と言う声がビーチに満ち、どの目もバンカーボートに積まれたク
エに注がれる。さきほどまで「減圧症、付随、死」などと怯えきっていたことなど、再び忘れて、
人々の嬉々とした顔を眺めた、
ボートにいた九人が総がかりで、ハタをおろし、ビーチに運ぶと、だれもかれもが寄ってきて歓
声を挙げる、なんだがか 英雄に気がし、照れ笑いを浮かべて、私は巨魚につれそった。

「なぜ みんなこの魚のことを知ってるんだろう? だって、ボートにゃ電話も無いし、無線もな
いし、誰かが先にもどってきた訳でもないのに」私が不思議に思って、そう訊くと、ヤヨイが、「安
藤さんがふかしやっている時、のろしを上げて、しらせたんだよ」といって大笑いする、
それが嘘である事は表情kらも知れたが、連絡する為の文明の機器のない僻地の島でどうし
て情報が早く伝わるのか、最後までわからなかった
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「ダウンタウンにもって行こう。市場にもっていって 計量しなくちゃ」
その声に促された形で、巨魚をジプニ−に乗せて、市場に走った。
市場に車が到着すると、スピーカーから英語が聞こえてくる、
ここでローカルニュースが伝えられていることを知った。
聞くともなく聞いていると、「ジャパニーズダイバーがビッグフィッシュを揚げた。そのフィッシュが
市場に到着した」と大声でわめいている。その報せもあってか、市場にも人がわいわいと集ま
ってきて、われわれのジプニ−のまわりを取り囲む人々をかきわけるように、車の秤のある場
所まで走らせたば、肝心の秤はあまりに小さい。魚を乗せてみたが、秤の両脇に頭を尾びれ
が垂れ下がってします、その秤以外にはないというから、魚体をずらしたうえで一人に尾びれっ
をつかませて測ると、体重は百十八キロ、体長は2メートル十五センチと計量された。

そのあと、ふたたびジプニーに巨魚を乗せ、サンタモニカホテルまで戻ってきた。
「解体はホテルのコックにやってもらうが、料理は俺にまかせろ」
そう言ったのは同行のハンターの一人、中沢さんである、
「しかし、記念だから、あんたのために、ハタの口と歯だけはきれにとってもうおうな」
その後、中沢さんはホテルのスタッフに命じて、大きな縁台を砂浜までもってこさせた。
いつもは夕涼みに腰を降ろす台で、それがこの際はまな板であった。
ホテルのキチンを預かるチーフが解体用の洋包丁を何本かもってビーチに姿を現すと、村人
達がどこからともなく鍋を片手に集まってきた、そばにいたホテルのオーナーが「どうします
か?」と私の顔を見る、「みんなに分けてやってくれ、こんなでかいのは、われわれだけで食い
きれるわけが無い」私の言葉が伝わると、人々の間から再び歓声が挙がる。

その喜びにあふれた屈託の無い笑い声は、紆余曲折を経て、様々な反省を胸に抱かせた
狩猟の末私が受けることのできたひそやかで、ささやかな慰めであった。

さしもの巨魚も、手際の良い包丁さばきを受けて、肉片と化していく。その様をじっとみている
と、「この魚、腹が減っていたんだと、ほら、みてごらん、胃袋の中、からっぽだよ」
チーフコックがそう言う、彼の占める胃袋を見ると、言うとおり、中にはなにも入っていない
「腹が減っていたら、ドロップに上がってきたんだ、えさを探しにさ。でなかったら、こんなのが三
十−メートルとか、五十メートルだとかいう浅い所になんかやってくるものか」
聞きなれぬ声がして、振り返ると、歳老いた漁師であった。
「だが、たいしたもんだ。これだけのを、とにかく殺ったんだから」老漁師は感心したように目を
しばたたかせたが、その顔には見覚えはなかった。
「殺した以上は食ってやらんといかん。これから、いろんな料理をしてみるが、どの料理にも手
を出してくれ、供養だから、いいな」話の腰を折るように、中沢さんが笑った、そいて、刺身、
煮魚、鍋と、てんてこまいの忙しさに嬉しそうな悲鳴をあげる、

ハタは白身だが、刺身は淡白であり、私の口には鍋が最高だった、
それはまた土地のサンミゲルともよく合って、食欲を刺激しないではおかなかった。
そのときである、さきほどの老漁師がまた私のそばにやってきて、
「あんたかい、このでかいの獲ったのは?」と訊く
「ああ そうだけど」
「あのドロップに今度行ったら、気を付けたほうがいい」
漁師の言葉がいぶかしく思われ、 「何故?」と赤銅色の顔を見返した。
「こいつがオスだってことはわかってるだろう?」 「ああ」 
「コイツの嫁さんは、あんたが殺った亭主よりもふたまわりはでかいぞ、ハタっていうのは
オスよりメスのほうがでかいんだ、コイツが百二十キロあったとすりゃ、嫁さんは200キロはああ
るだろう、そのうえだな、ハタっていう魚は夫婦仲がとてもいいんだ、あそこに潜って、コイツの嫁
さんに出会ったら、今度はあんたが食われる番だよ。あんたが殺られる番だよ。嫁さんはかな
らず亭主の敵討ちをするからな。あそこのドロップで、こいつの嫁さんがあんたを待っている
よ、いつまででもな」
老漁師はそう言うと、にたり笑い、その場を去っていった、
老人の曰くありげな言葉があたっているのかどうかは知らない、しかし、このとき巨魚との対決
は渦中にあったときより、日が過ぎるにつれ実感となって胸にしこった。
確かに、俺は奴を殺ろうと思って銃を撃った、殺ろうとする以上は、殺られることも覚悟するべ
きだったのではないか。それが巨魚なものを殺戮する者としての当然の覚悟ではなかったの
か、巨魚との対峠はしばしば夢にも見た、持っているスピアーガンはいつでも曲がったり折れ
てしまったりして使い物にならず、私は巨魚に追いまわされたあげく決まって呑まれてしまう。
そして、冷汗を全身にかいて、目が覚めるのだ。

ひょっとして、あの老漁師は巨魚の化身だったのかもしれない、そう思うことがある。