原チャ1,600キロの旅〜怒涛の一週間〜
2004年8月25日〜9月1日




 久しぶりの長期間バイク旅行です。あいかわらず当時は忙しく、もっと時間をとって九州のいろんなとこを巡りたかったんですけど、今回も1週間という短い時間で楽しんできました。今回の旅の仲間は同好会の2人、計3人で巡りました。いつものように、前日までバイトに入り、夜中帰ってから準備して、次の日は朝早く出発。

 この旅行中は、いろんなことが起こりました。警察のお世話になったり、巨大台風が九州に上陸したり・・・

 それではお楽しみください。









/////////////////////////////////// 目次 /////////////////////////////////

1日目 8/25 大阪〜広島

2日目 8/26 広島〜小倉

3日目 8/27 小倉〜長崎

4日目 8/28 長崎〜熊本

5日目 8/29 熊本〜別府

6日目 8/30 台風のため別府止まり

7日目、最終日 8/31 別府〜新門司・・・大阪

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 おっと、その前に紹介しておきたいものがあります。 今回の旅行から、前回まで頑張ってくれたビーノ(上)とお別れして、新しい相棒と一緒です。実はこの旅行の前日に納車で、初めてにして過酷な旅になったわけです。

 さすがに排気量が違うと乗った感じがぜんぜん違います。視線の位置が違います。形は原付とあまり変わらないけど、若干車高が高く、多少は景色が楽しめます。それと何より違うのが馬力。さすが150cc!加速が違います。これまでスピードが落ちていた上り坂も加速してなんなく上ります。

 他の交通機関からあおられることなく運転できるので同じ距離を走っていてもたいぶ楽です。スピード制限も一般車と同じなので気にすることなく走れます(まあ、原付の時点で2種登録してたからあまり気にしてなかったけど・・・)。今度は上限を気にしないといいけません(本気)。

 こんな理由でタイトルの「原チャ1,600キロの旅」っていうのは嘘になってしまいますが、友人2人は原付(ビーノとアプリオ)だったので良しということで。




ビーノ(ヤマハ)
総走行距離135,426キロ
今は友人に譲ってありません。



ヴェクスター150(スズキ)
いろいろ付いてますけど・・・


1日目 8/25






なんといきなりですが!!やってしまいました。
初めてのことです。
何が初めてかって言うと、旅行で遅刻をしてしまいました。
ていうより寝坊です。
起きたら起床予定時刻より30分ほど回っていたのです。
いつも楽しみで、絶対予定よりも早く起きていろいろ準備するのに・・・
しかもこの日、天気予報では何も言ってなかったけど、外は小雨。
遅刻して申し訳ないのと、雨で気分が萎えているのの両方で凹んでいました。

とある理由で3人の集合場所は阪神甲子園駅の前のダイエーでした。
一人は奈良で、もう一人は草津(滋賀)で僕は大阪なのですが。。。
まあ、どうしても理由を書いてほしいんなら書いてもいいけど・・・

おそらく他の二人は走行中で、電話しても出ません。
昨日納車したばっかりのバイクを信じて、頑張って30分を取り戻そうと甲子園まで飛ばしました。

そして、甲子園に着くころ連絡が取れました。
でももう先に二人は出発してました。
バイクなら追いついてくれ、ってことみたいです。
そこからまたまた国道43号線を一路西に向かい、神戸市に入ってまもなく2号線と合流しました。




 一時、三宮あたりで合流することになって駅前をうろついていたんですが、なかなか居場所がわかりません。結局2号線でずっと西に向かってたら追いつくだろうし、適当に走ってて、ということになりました。

 その駅前をうろうろしている時、道を間違えて違う道に向かっていました。直進の行き先が「ポートピアランド」になってたのです。一度バイクを左隅に止め、辺りを見回しました。

 その時です。何か見覚えのあるものが目に留まりました。それは日本一短い国道174号線だったのです。地図の、「税関前」から「税関本庁前」のわずかなピンクの部分です。一度見てみたかったけど行く機会もなかなかないしちょうどよかったです。そして走ってみるとあっという間に終わりました。さすが日本一短い国道!そして、気づいたときにはすでにポートピアランドに続く橋に上り始めていました。一通なので、仕方なくポートピアランドに入り、再びトンネルをくぐって2号線に戻り、二人を追いかけました。








しばらく走っていると、長田区辺りで前方に原付2台を発見し、まもなく追いつきました。
それにしても神戸市に入ってからの区間、やたらと警察が多かったです。
交差点という交差点、すべてにいたといってもいいくらいです。
あれはいったいなんだったのでしょう?
僕もチキっていましたが、あとの二人はもっとチキっていたはずです。
合流してから国道沿いのなか卯で朝食をとり、これからの計画を練って出発です。


2号線を明石まで進み、車なら加古川・姫路バイパスという快適な道があるけど原付なので乗れず、
明石からわりと快適な250号線と順調に進み、姫路手前で再び旧2号線となりました。

思い出せば1日目、西に距離を稼ごうと、あまりどこにも寄っていません。
記憶を辿っても辿っても、国道2号線のことしか思い出せないのです。

そこで、大雑把ながら、



国道2号線道路状況(実地走行に基づく)


・ 梅田新道須磨付近・・・2車線かそれ以上の快走路。ただし、交通量が多く時間帯によりかなりの混雑、渋滞が予想される。

・ 須磨付近〜姫路市内入り口??・・・明石市内の一部以外は片側一車線。信号も多く、朝夕などは混雑・渋滞。車なら清水交差点から加古川バイパスに入れる(こちらは自動車専用道路)。姫路まで下道で行くなら、今回使った国道250号線がお勧め!

・ 姫路市内・・・2号線は折れ曲がっていて、標識を見ないと迷い込みそう

・ バイパスとの合流付近JR相生駅付近・・・片道2車線の快走路。交通量もそこまで??

・ JR相生駅付近〜岡山市JR西大寺駅付近・・・この間山間部を走るため起伏やカーブが多く、片側一車線。道が狭いわりにトラックがかなり多いので走行注意。しかも片側相互通行にしての道路工事が多く、昼間でも500メートルほどの渋滞ができていた。後半は川沿いの道で比較的走りやすい。

・ JR西大寺駅付近〜JR新倉敷駅付近・・・岡山バイパス。市内は2車線で郊外は1車線?それでも高架になっていてかなり快適。原付も走行可。

・ JR新倉敷駅付近〜福山市郊外・・・またまた片側1車線道路。トラックも多い。

・ 福山市内・・・片側2車線道路。

・ 尾道市内・・・バイパスと一般道路に分かれる。バイパスは尾道市内には入れない。

・ 尾道〜山陽新幹線東広島駅付近・・・片側一車線。三原までは海沿いで眺めが良い。そこから広島までは山間部。

・ 東広島市内・・・西条バイパス。原付も走行可。

・ 東広島市と広島市の市境〜広島市中心部まで・・・片側1車線で山間部を走る。始めはカーブが多い。


※注意※

どのコメントも全部東→西の下り車線の視点から、そして勝手な判断です。
2号線を使って西に向かう人は参考にしてください。





さて、国道2号線は1日目の宿泊地、広島まで着いてしまいましたが、旅の続きは尾道まで戻ります。

今回の旅の目的は、食の旅でもあります。
尾道まで旅を遡ったということは、みなさんお気づきですね。
尾道ラーメンです。



 以前わざわざ尾道までラーメンを食べに来たのに閉店していた痛い過去があります。 そのラーメン屋の名前は「朱華園」。 尾道ラーメンといえばここでしょう、って感じの有名な店です。 約一年ぶり、念願の朱華園です。

 入り口に券売機があってそこ券を購入し、席に座るというスタイルでした。席に座ると、まもなくラーメンが出てきました。夕方4時頃だったでしょうか?なかなかいい時間に行ったみたいで入るのに待つこともなく、店内も混雑することなく、でした。

 味の方はといいますと、醤油ラーメンって感じでした。京都でいうと、新福菜館みたいなの。後味がすっぱい感じのやつ。美味しいとは思いますが、僕がそんなに好んで食べるラーメンではありませんでした。




尾道ラーメン「朱華園」


意外と立派なつくりのラーメン屋でした。



さすがに今日は朝から夕方までぶっ通しで運転してきて、
その後ラーメンをお腹いっぱい食べて眠いです。
海沿いのどっか休憩できるところを探してお昼寝しました。


30分ほど休憩したでしょうか、日もだいぶ西に傾いてきています。
とはいってもこの時期はまだまだ日も長く、明るいなか走れます。
再び西に向かって国道2号線をひた走ります。

太陽も沈みかけた頃、前方に怪しげなものを見つけました。
この時期特有のもの、そう、入道雲です。
どんどん迫ってきています。
というより、向かっていってるんですが。

尾道を出発して一度軽く雨に降られましたが、優しいおじさんに雨宿りをさせてもらい助かりました。

でも今回は避けられなさそうです。時折暗くなった空を稲妻が走ります。
東広島に入り、西条バイパス(下の日記より)を走行中、雨が降り始めました。
バイパスに入る前、念のため着ておいたカッパが役に立ちました。

雨がやまず、バイパスを抜けてすぐのバッティングセンターで本日2度目の雨宿りです。


しばらく遊んで少し疲れた頃ようやく雨も上がり、友人の実家で1日目の宿である広島市内へと向かいました。



明石海峡大橋
一週間後、この下を通ります



工事による大渋滞
15分ほど足止めされました。



尾道の海
遠くの橋がしまなみ街道最初の橋



海沿いでしばしの休憩




前方の怪しい影




バッティングセンターで雨宿り
珍しい?テニスのゲーム有





まあ、1日目は無事に何事もなく宿に到着しました。
そして広島といえば、お好み焼き!
なにやらお好み焼きやさんが集まる建物があるようで、身軽になって移動しました。




 さすが広島です。お好み焼き屋が集結した建物なんて初めてみました。残念ながらここに着いたのは夜10時前でした。 お店も半分ぐらい閉店していました。その中で空いている店のカウンターに座り、お好み焼きを頼みました。

 どの店も同じような作りで、コの字型に並べられた鉄板つきのカウンターに座り、お店の人が中から作ってくれる、というようなスタイルです。朝から集中してずっと運転してきてお腹が空いていたので味も格別でした。

 食べ終わると少々広島市内観光しました。広島市民球状、原爆ドーム、誰かさんの実家近くのテニスの壁うちコート・・・そしてまた実家に戻り、あったかい布団の中で一日の疲れをとりました。

 やっぱり布団はいいものです。雑魚寝とかガストとかと違って本当に疲れが取れ、HPも完全回復して次の日に望めます。

 S原家のみなさん、特にsho mamaさん、いろいろよくしていただきありがとうございました!




本場広島のお好み焼き!
最高でした。


夜の原爆ドーム
不気味な雰囲気をかもし出していました。






さてさて、ここで1日目が終わりなのですが、某掲示板に書いてあった日記があり、
だいぶ前に本人にも了承を得ているので載せて見たいと思います。
まあ、4日目くらいで終わってたけど・・・




九州旅行@ 投稿者:砂原 翔  投稿日: 9月 5日(日)13時44分21秒

 4大中お世話になった甲子園口のダイエーに原チャを置いていたので、とりあえずそこに25日6時半に平松さんと小島と待ち合わせ。朝南草津を4時57分の電車に乗って甲子園に。約4時間後にべぇがシングル決勝するってゆうのに。甲子園に到着、こじこじ遅刻のため、平松さんととりあえず2人で出発。甲子園出発時点で、原チャメーター6852キロ。とちゅう神大のたっきー家に寄り道、たっきーの原チャにいたずらして、43号線で小島と合流。そのまま2号線に乗っていざ広島へ。途中明石海峡大橋見たり、姫路城を一瞬見たりして、ほとんど3人で走りっぱなし。姫路の手前で1回平松さんがアクシデントを起こしたけど、なんともなく無事でした。夕方16時過ぎにやっとの思いで広島県の尾道に到着。朱華園でラーメンを食べ、海辺で少し休憩。そしてまた広島市内(俺の実家)にむけて出発。西条バイパスで雨が降り、西条のバッティングセンターで一休み。そこでテニスをしたんですが、そこでもこじこじは口を大きく開けていました。雨がやみ、最後の力を振り絞って広島市内へ。夜21時頃に実家に着いて、荷物を置いて、そのままお好み焼き村へ。K氏と合流を試みたのですが、先輩よりも友達をとられ、結局会ってもらえず・・。お好み食べて、市民球場、原爆ドームを見て、この日はウチで宿泊。この日は甲子園から実家までの約400キロ。ほとんど原チャを運転しました。







2日目 8/26






おかげさまで体力完全回復で二日目を迎えました。
朝もそこまで早くなく、9時半過ぎ出発でした。
本日のスローガン「目指せ九州!目指せ福岡!」で今日一日頑張ってきます。
とはいうものの、広島から下関も結構距離がある。
山口も意外に横に広かったです。

さて、最初の目的地は安芸の宮島
時間の都合上、フェリーでわたることはありませんが、遠くかなたに宮島の鳥居を拝むことができました。
この旅の無事を祈って(嘘)、海に向かって用を足すことなく(ホント?)、対岸から参拝したつもりになりました。
宮島は案外広島市内から近かった記憶があります。
まあ、まだ疲れが来てなかったから、というのもあるかもしれませんが・・・



S原氏のマンション
お世話になりました。



宮島の対岸
遠くに見えるのが鳥居です。



R2沿いの瀬戸内海
大阪湾と違ってきれい!




それから三人はまだまだ国道2号線を西に向かいます。
広島県内はわりと海沿いの道が多く、景色もきれいでした。
広島から山口に入り、岩国市から2号線は山に向かって走り出します。
その入り口辺りに錦帯橋がありました。


錦帯橋

木造五連のアーチが美しい橋(名勝)。長さ193.3m、幅5mで木組みの技法を駆使して造られていて、大月の猿橋、祖谷のかづら橋と並ぶ日本三名橋のひとつといわれる。



らしいです。
2号線から少し離れたところ、岩国城の麓にありました。
それにしても、四国のかづら橋といい、ここといい、橋を渡るのにお金がかかるのはおかしい!
全く、奈良十津川の「谷瀬の吊橋」を見習って欲しいものである。
まあでも錦帯橋のすばらしさは認めます。
上の説明にあるとおり、確かに木で組んであるのがよく分かります。
特に橋の下から見ると、その素晴らしさが分かるのではないでしょうか。 下、拡大写真
勝手に観光客用の看板を借りて、記念撮影してきました。



錦帯橋の橋の構造



記念写真





そして一路下関を目指します。


途中、小さな峠を越えて下っていると怪しげな村?道の駅?みたいなのが現われました。
それも何もない山道の中に急に現われ、結構よそ見して危なかったりします。
山賊村」とか書いてありました。
ちょうどトイレも行きたかったし、お腹も空いてきたし寄っていくことになりました。



トイレ

なぜか便器に氷が敷き詰められていました。他にも氷の塊がいたるところにおいてあります。何ででしょう??


山賊弁当

かなり大きなおにぎり(確か中にコンブとしゃけと梅干?)とたくあん、肉。S原氏のおごりです。朝何かいいことあったのかな?




お腹もいっぱいになり、まだまだ日に向かいます。
周南市に入って道がバイパスになっていて走りやすかったです。


山口市辺りでしょうか。
ユニクロで三人同じの緑のタンクトップを購入しました。
原チャリ同好会の制服決定の瞬間でした。

基本スタイル
@上はユニクロ製緑色のタンクトップのみ。他のものの着用は認めない。但し雨天時はその限りではない。
A下はすぐに川、海に飛び込める服装であること。水着などを勧める。
B基本的に旅行中は毎日着用のこと(笑)

そして結成後は、初代メンバーと共に記念撮影。
通りすがりの人に撮ってもらいましたが、そこで恥じらいことなく堂々と・・・
上の3つを守るために、これから先どの写真でも同じ格好で写っています。あしからず


山口市前後でしょうか?
もう半年も前のことなのであまり覚えていませんが、バイクで初の高速道路体験をしました。
高速道路って言っても自動車専用道路です。
国道2号線の一部が自然の流れでそうなっているところがあります。

原付の二人と別れて、初めての高速体験に緊張しながら徐々に本線に向かって高度を上げていきます。
そして合流!
周りの交通に合わせてどんどん加速していきます。
そのスピード約100キロ。
初めての体験でした。
車に乗っているので100キロは体験したことはありますが、バイクは風をもろに受けます。
それだけでも怖いのに(今は慣れました。一時期名神大阪〜京都間を何往復もしてましたから。)
何が一番怖いかって言ったら、そう
タンクトップを着ていること!しかも下は水着で足にはビーチシューズ
これはあまり誰も体験したことのない未知の領域なのではないでしょうか・・・
周りの車もびっくりすること間違いなしです。
パトカーに発見されたら追いかけらそう(笑)

とか冗談で言ってたら、国道2号線はその先、彼らの縄張りに繋がっていたのです・・・



恐怖体験実例


@高架になっている高速道路の下を2号線が走ってるところがありました。そこを走っていたときのことです。ある高架の橋脚の横を通過した直後、視界に怪しい白い物体を確認しました。すぐに減速です。白バイが罠を張っていました。先に見つけたこちらの勝利。恐らく高速から下りてきたスピード超過の車を対象としていたのでしょう。明らかにこのあたりは原付なんて通りませんから。


A片側2車線くらいの広くて眺めもよい、交通量もほとんどない快適な道路を走っていました。すると、対向車側に2台の白バイを発見しました。何か危険を察知しました。念のため、緊急体制をとりました。もしかしたら彼らはこちらの存在に気づいて引き返してくるかもしれない、そう思ったのです。
 予感は的中です。後ろを気にしながらミラーを見つつ走っていると、怪しい影が近づいてきました。すぐに最寄の交差点で緊急停止すると、その数秒後、白バイが2台こちらを見ながらすぐ横を通り過ぎていきました。まるで獲物を逃したような、残念そうな顔をして・・・




3人はこの2つの大きな勝利によって優越感に浸っていました。
この後、更なる危険が迫っていることを知らず・・・


山側を走っていた国道2号線もだいぶ海沿いを走るようになってきました。
まもなく海の向こうに対岸が見え、関門海峡を感じるくらい九州との距離が縮まってきました。
そして関門海峡にかかる橋が見えてきました。
その橋のすぐ袂から、「火の山パークウェイ」という高台まで続いている道があります。
この火の山パークウェイはおよそ7年前、中学の修学旅行で行ったかすかな記憶から辿ったものです。
とても景色のよかったのを覚えています。

100円か150円か、そのくらいの料金を払い、山頂まで上り詰めます。
車では入れない、観光バス専用の駐車場まで進入しました。(後で見つかって注意されたけど・・すいません)
バイクを置いて、展望台まですぐ。
そこには高台から見下ろすように、関門海峡が広がっていました。
下関にきたら、一度は訪れたい場所のひとつです。ぜひ行ってみてください。
ちょうど着いたころに日が沈んで徐々に暗くなり、少しずつ街の明かりがつきはじめる、いい時間でした。


原付同好会結成記念



火の山パークウェイからの夜景
写真をクリックしたら大きくなります。






ちょっとしたお土産やでちょっと腹を満たし(?)、そろそろ本日の宿を求めて福岡に向かいことにしました。
この火の山パークウェイ、かなり急勾配のところに作ってあり、帰りは激坂でした。
エンジンを切ってどこまで走れるか、とか、
長時間メットをかぶって蒸れた頭に風を当てたりとかしながら思い思いのことをしながら海沿いまで下ります。
眼下には関門海峡越しに、次の上陸地となる九州が目の前に迫っています。


九州を前にして思い返せばこの2日間、我々は大阪からここまでひたすらした道を通り、
眠気とトラックと警察の罠と、いろいろなものと戦いながらここまでやってきました。


個々でいろんなことを思っていたでしょう。
さっきの警察への勝利などあり、警戒心を全く欠いていました。


不幸は急に訪れるものです。


一番先頭を走っていた僕が、緩やかに下りながら左カーブを描いて2号線に合流、
その交差点の信号に引っかかり、地図を広げて眺めていました。
しばらくたってもなかなか後の二人が下りてきません。
おかしいと思い、後ろを振り返ると、見えないカーブの先が赤色等に灯されていました。
まさかと思い、少し戻ってみました。
すると、なんと二人とも捕まっているではないですか!

警察官の一人が近づいてきて、免許証見せるよう迫ってきました。
警察に免許証の提示を迫られたので、違反をしたものだと思い、一瞬の間に記憶を振り返ります。
でも違反をした記憶がありません。
話によると、どうやら後ろの二人がメットを首にぶら下げていたようです。
違反キップ(プライバシー保護のため、本人が特定できる名前やナンバー、住所などにはモザイクをかけてあります)

でもまあ大阪からはるばるやってきたのに見逃してくれてもいいような・・・
一日中つけてたら暑いんやって。
この辺はやっぱ関西人と違うとこでしょうか。
それと話によると、パトカーの中になにやら新人さんがいたらしく、厳し目に獲られたみたいです・・・

ちなみに僕はというと、今回の旅行から新しいメットで、キャップみたいなのではなくフルフェイスっぽいやつです。
昔のなら間違いなく僕も首にかけて走って御用になっていました。
二人には悪いけど、よかったです。
実は内定が決まった会社で、「無事故無違反コンテスト」というのに参加していて、
グループで登録しているので一人が違反したらみんなに迷惑がかかります。
だからたとえ一点でも違反できないのです。

二人がパトカーで切符切られている間、もう一人のおっちゃんが相手してくれました。
これまでの話や、これからどこに行くとか、なかなか楽しそうに聞いてくれる方でした。


もうこの話題には触れないでおきます。


さて、いよいよ九州上陸が迫ってまいりました。
今度こそ上陸です。
あ、上陸っていっても、今回は海底から攻めてみたいと思います。
人道トンネルと呼ばれる人、原付、自転車用のものです。

火の山パークウェイから下りてきて2号線にぶつかる交差点の目と鼻の先でありました。
小さな4階建てほどの建物にその入り口があります。


関門人道トンネル入り口
雑居ビルみたいな感じ



下に降りるエレベーター待ち
右手前には料金箱



バイク3台入れました。
中は意外に広いです。



山口側スタートライン
ちなみにエンジンOFFは当たり前




県境その1





下関側で上半分、
門司側で下半分、合わせて完成です。





九州側の外に出ると、建物の周りはなんだか殺風景でした。
広い道路もなければお店もありません。
まあ、人と自転車メインなので大した施設はいらないんですけどね。

さて、あんまりゆっくりしている時間もありません。
早く福岡まで行って、宿を見つけて明日のために休まなければならないのです。
いつも行っている0泊2日の旅とかなら一回きりなので死にそうなほど疲れてもどうってことありません。
でも今回は一週間続きます。しかもバイクなのでちょっと一休み、ということになっても場所を考えなくてはなりません。
なので、睡眠時間はかなり重要です。

広い幹線道路に出ました。
標識に福岡の文字、そう、ここは九州なのです。
そして国道番号は「3」。
ついに国道2号線を走破して九州までやってきました。

九州に上陸して改めて地図を広げると、福岡って結構遠かったりします。
この時点ですでに夜の9時前でした。
どう考えても原付のスピードだとよく進んで一時間に30キロの移動で精一杯です。(法廷低速度限界でノンストップで)

旅では妥協することも必要です。これは誰かさんの口癖でもあります。
今日中の移動は諦めることになりました。
まだまだ先も長いし、体力も考えての苦渋の決断でした。

小倉にS原氏の友人(高校時代の相方)がいるということで、彼のバイト先まで押しかけて、
この旅ではお決まりになった、24時間または早朝まで開いてて仮眠室付のスーパー銭湯の場所を聞きました。
さすが地元人、いい情報を提供してくれました。
持って行ったツーリングマップルにも掲載されていませんでした。
たまにはツーリングマップルも役に立たないことを知りました。


スパリゾートパビリオ 日明の湯(北九州市小倉北区)TEL:093-562-3399

これがS原氏の友人が教えてくれた、本日の宿です。
お風呂も色々種類がありました。一人用の五右衛門風呂みたいなのが印象に残っています。
ここはリラクゼーションルームみたいなのはないけど、食堂の座敷が夜の2時だか3時だかに解放されます。
そこで、持参した寝袋の登場です。
それに包まって、今日の疲れを癒し、明日からの何が起こるかわからない旅に備えて深い眠りにつきました。


その頃、日本の南海上では巨大な雲の渦がこちらに向かって進みだしていました。
気にはしていたけど、あそこまで旅に影響するとは・・・・




 九州旅行Aの1 投稿者:砂原 翔  投稿日: 9月 9日(木)00時27分0秒

 2日目(26日)朝9時半に実家を出発。家の前で記念撮影して、とりあえず宮島に向かって出発。この日の目標は福岡! 久しぶりの帰広も少しでした。宮島口から鳥居を見た。瀬戸内海は汚かったけど、対岸に見える宮島の鳥居はきれいでした。それから山口県にはいり、山賊むすび食べて、岩国にある錦帯橋を見る。6個のアーチからなる橋。でも橋渡るのにお金かかるので、橋の下に降りて川辺で休憩。きもちよかった〜♪それから向かうは関門海峡☆でも距離的にまだまだまだまだ。。。。ユニクロって山口県に本店があるんですよ。それは関係なくUNIQLO行って緑のタンクトップを3人で買う。そこで原チャ同好会結成成立!ユニクロをバックに3人で緑のタンクトップ着て記念撮影。周りの人の目なんか気にしません! まぁそのタンクトップをこの日から6日間連続で着っぱなしになるとは・・・。


九州旅行Aの2 投稿者:砂原 翔  投稿日: 9月14日(火)02時04分31秒

 タンクトップを着ていざ福岡へ!!ってか九州上陸?? 原チャ3人、緑のタンクトップで、それぞれ草津大阪奈良ナンバーは、山口県内を走っている車は驚き☆★みんなナンバープレートのぞいたり、話し掛けられたりしました。夕方関門海峡を見渡せれる展望台に到着。夕方から夜にかけて暗くなるにつれて、ぽつぽつと明かりがつき始め、夜景に変わっていく様はとてもきれいでした。そしてすっかり夜になり、関門海峡を渡ろうと展望台からくだっていると、ある事件がおこりました。振り返って今考えると、旅行中最悪なアクシデントで、少し萎えました。しかし、関門海峡を渡るとなると、気分は一転、テンション上がりました!関門海峡を渡るといっても、原チャは橋は渡れないので、地下にエレベーターで降りて、海の下にある海底トンネルを通るのですが・・・でも山口県と福岡県の県境を超える時は意味わからないくらいテンション上がっていました。そしてやっとの思いで九州上陸、いざ福岡へ!いろいろあって下関で食べようとした河豚(フグ)が食べれず、おなかがすいたので、北九州市小倉のあるうどん屋さんで夕食にしました。・・・が、とってもまずい!!! またそこで気分が萎え、福岡に行くのを断念、小倉でこの日寝ることにしました。北九州工業大学に通っている高校時代のテニスのパートナーに会い、小倉の事を聞いて、きれいなスーパー銭湯でこの日は宿泊です。







3日目 8/27






今日は昨日の小倉〜福岡分を取り返すために朝は早めの出発です。
朝、日の出を見て、それから準備を整え、いざ福岡へ!

ツーリングマップルを見ると、少し遠回りにはなるけど玄界灘の海岸線沿いに交通量も少なくお勧めの道が記してありました。
そこを使うことにしました。
最近改訂されたツーリングマップルは情報が豊富になりました
福岡に行く途中、空き缶が坂道を登る?「ゆうれい坂」という文字が目に入りました。
ご存知の方は多いかと思いますが、数年前まで「特報王国」というテレビ番組をやっていました。
「そこで特班員が見たものとは!?・・・」って言って、長いCMに入るあの番組です。
それでゆうれい坂の紹介をしているのを覚えていました。
そこに是非行って見たいと、友人2人にごり押しして、何とか寄り道して通ってもらいことになります。

ツーリングマップル、昨日の宿は載ってなくてちょっとがっかりしましたが、お勧めの道はすばらしくよかったです。
1時間ほど走行、ほとんどノンストップでだいぶ距離を稼げました。
そして問題の「ゆうれい坂」に到着しました。


 地図上からこの辺りかなあって思ったところに「ゆうれい坂」と書いた看板がありました。しかも、ちゃんと「岡垣町観光協会」のお墨付き。早速バイクを道の脇に止めて、まだ飲んでいない未開封の缶コーヒーを道路の真ん中において実験開始です。

 結果は、転がらず! わずかな傾斜で、缶の中身が入っていたら重いのかと思い、空き缶にして再び実験。 ・・・・・・・。  それでも転がらない! 坂を上っていくというよりむしろ、普通に坂を下っています。

 でもテレビ番組では確かに転がっていました。一応念のため、と思い、看板にも電話番号が書いてあったので、役所の観光課に問い合わせてみました。女性の人が出て、担当のものに代わりますと言われ、男性が電話に出ました。その人は以前にここに来たらしく、しかも車でニュートラルにして実験したらしいです。そのときは、確かに車が坂に向かっって進んだ、と言っておられました。でも何か怪しいです。今回はバイクなのでニュートラルにはできません。

 しばらくその場にいるうちに、近所のおばさんが出てきました尋ねてみると、あんまり興味がないらしく、実験したこともないみたいです。やっぱり地元の人はどうでもよさげでした。

 そして達した結論、あの番組は、やらせである。ということです。それと同時にあとの二人についてきてもらい、こんな結果で申し訳なく思いました。




こんな坂道でした。
センターラインにカメラを置いて撮影。



道端の看板
ここには確かに空き缶が転がる、と





さて、気を取り直して福岡に向かいます。
途中のコンビニで立ち読みし、昼ごはんの博多ラーメンの店に目星をつけつつ先を急ぎました。

三人組はトラックの多い主要国道に嫌気が差して、
少し遠回りでも走りやすい国道495号線を選んで福岡に向かっています。
国道495号線の途中、福岡方面と志賀島方面に分かれる分岐点に差し掛かりました。
三人は迷いもせず志賀島方面に向かいました。
でも志賀島上陸まで10キロほど距離があります。
頑張って目指すことにしました。
途中、
こんなんもあって、昨日の苦い思い出もあり、チキりながら進みました。
ものずごい数でした。うじゃうじゃいました。何もしてないのに罪悪感を感じます。
それでもチキりながら進むこと十数分、突然左右の視界が開け、両側を海に囲まれた志賀島に続く道に出ました。



 そして綺麗な海を見たら入れずにはいれなくなるこの3人。すぐにバイクを寄せ、着替えて(ていってもタンクトップ脱ぐだけ)、海に向かいました。それにしてもここ、風が強くて海から細かい砂がいっぱい飛んできて痛い痛い。風上に目を向けれないほどです。その風上にある海に向かって走り、一気に飛び込みました。いつもはどうなのか分かりませんが、この日は結構波がありました。その高い波が来るたびに向かって行って、気づけば結構沖の方まで来てたりしました。やっぱ造波プールと違って本物の波はいいですねぇ。

 海に入って満足した三人は、お腹が空いてきたためそろそろこの場所を去ろうとバイクに向かいました。バイクについた3人は驚愕!強風に舞った砂はバイクと、そこに置いた荷物にビッシリとひっついています。おまけにまだ上半身裸なので砂がチクチク当たってきて痛いのです。濡れた体にくっつくし、着替えが一苦労でした。




両側を海に挟まれた道
向こうに見えるのが金印発見の志賀島


その近くの砂浜
玄界灘が広がっています。





さて、昨日の最後にも触れましたが、怪しい雲の塊とはそう、台風16号です。
こうして楽しく海で遊んでいる間にも、着実に近づいてきています。
この台風16号は大型で、結構な勢力を保っています。
この日、8月27日、実はもうこんなところまで接近していたのです。














まあでも旅行中はこんなことも知るはずがなく、志賀島の金印公園をささっと見て、福岡に向かいました。
福岡って言っても別に観光るのではなく、ラーメンを食べに寄っただけのことです。
特に重要視していません。



 さてお待ちかね、長浜ラーメンの時間がやってまいりました。昨日の銭湯のおっちゃん(?)に聞きいて、途中のコンビニで位置を確認してここに決定しました。「元祖」って響きがいいです。店の外観もちょっと汚らしい(昔ながらのラーメン屋っぽい?)感じがいいです。店に入るとやっぱり期待通りの雰囲気でした。みんなひたすらラーメンを黙々とすすってました。

 席に座るととりあえず初心者は普通のを頼みます。初心者はって言いましたが。ここは常連さんにはいろんな楽しみ方があるようです。例えばスープの味付け。テーブルごとにタレみたいなのが置いてあって、自分で調節できるようになってます。注意:あまり入れすぎると濃くて食べれません。

 そして、麺の固さ!これにはそうとう拘ってるようです。(今から書くのはお客さんと店の人の会話からの推測ですが、)例えば、よく「麺固で」とか言いますが、それはここでは「固い玉(漢字は推測)」と、言われていました。そしてその上を行くのが「生玉」。文字通り、麺を半生状態でお湯からあげる。そしてまだありました。究極の「かき玉」これは。麺をお湯の中でかき混ぜるだけみたいです。すごい、さすがは本場長浜。一度かき玉、食べてみたいです。そしてもちろん替え玉もあります。替え玉50円!安すぎです。ラーメンもノーマル400円というお値段!

 かき玉とか生玉とかあるのはもちろん知らないので、ごく普通で頼みました。まさにとんこつ!って感じの味でした。ドロっとした感じもなく、意外にあっさりでした。(←とんこつ好きにはね。)




シンプルなラーメン
400円ってのがいいですね。


店の外観
これもいい雰囲気出てます。





店の前で今度はどのルートで佐賀に入ろうかという話をしていると、怪しげなおっちゃんが近づいてきました。
なにやらバイクのナンバーをみてやって来た、関西出身の方のようです。
昔はよく、いろんな旅をしたものだ、と語ってくれます。
そう、実は大先輩だったのです。
しばらくお話した後、ルートを決めて久しぶりに峠越えをしようと、国道365号線で行くことにしました。
さすがにあまり激しすぎると原チャによくなし、まだ先のことを考えるとこのあたりが妥当かと・・・

しばらく福岡市内を走っていると、道の端に路駐している車からおっちゃんが出てきました。
さっきラーメン屋の前で話していたおっちゃんです。
偶然でしょうか、はたまた後をつけてきたのでしょうか、
おっちゃんは、この辺の地酒だから、といって、紙パック(1.5リッターくらいの)入りのお酒をくれました。
そしてまた去っていきました。
かわったおっちゃんです。そして、いいおっちゃんです。

またあのおっちゃんに会うんじゃないか、と冗談を言いつつ山の目指しました。
徐々に国道は狭くなり、やがて2車線が一つになり、蛇行しながら標高を上げていきます。
やっぱり旅はこういう道じゃないとね!
だんだんテンションが上がってきました。
これまでは国道2号線、3号線という、国道でもトラックとか多く、道をなかなか楽しめませんでした。
ここに来て、やっと面白くなってきたのです。
まあ、峠といっても標高540メートルの小さな峠です。
たまに小さめのトラックともすれ違いくらいです。
途中、ダムがあってそこで小休憩をし、今度は峠を下って、佐賀県を目指します。
S,A,G,A 佐賀県です。(初上陸!)
佐賀側はずっと下りで、視界が開けたところから筑後川が作る筑紫平野が広がっていて、最高の眺めでした。


そのまま下ってずっとその道を直進したところに、吉野ヶ里遺跡がありました。
夏休みのこんな天気のいい日(まあ、台風接近してたけども・・・)にあの来場者の少なさ!
さすが歌をして全国にPRしてるだけありました、佐賀県は。(県民の皆様にはすいません。)
しかしこの日は暑かったです。
タンクトップも脱ぎたいほど。
弥生の村をふらふらしていました。
あたりを見渡すと山以外何にもありません。
さすが佐賀県!また思いました。
他のところでこんな村を作ったら、バックに絶対高い建物が移りこんで景観が台無しです。
それに比べてここは、自然と一体化していました。

村のさらに奥の方に向かうと、勾玉作りをしていました。
体験できるみたいです。
立方体の形をした柔らか目の石から形を鉛筆で書き、荒削り後、鑢で削って磨くという、結構本格的なものでした。
約30分ほど、三人とも無言で作成しました。
最後に耐水ペーパーで磨き、それなりの完成度に。。。



峠付近。
こんな道を待ってました。



峠道下り
走行中です。



視界が開けると筑紫平野が・・・



吉野ヶ里遺跡にて・・・





吉野ヶ里遺跡で弥生体験をした後、筑後川沿いに河口まで下り、
有明海に合流している辺りで夕日を迎えました。
僕らは雰囲気を読めず、先に来ていたカップルを追い出す形になってしまいました。
ここに来るまでに周りに何にもない水田の中のまっすぐに伸びる一本道を通ってきたため、
周りには有明海と水田しか見えるものがありません。
まさに佐賀を代表した景色といってもいい感じです。
遠くの山に日が落ちるのをボーっと眺めてました。

小さな防波堤を越え、海まで降りました。
水面から30センチほど顔を出した飛び石のようなものが4つほどありました。
それを一番端っこまでつたって行けるか、っていうしょうもないことをしてました。
でも以外に怖かったです。
幅も一歩大またで開いたら飛べそうなくらい。1メートルほど??
でも飛び石の面積は両足をそろえるほどしかなく、勢い余ったら有明海に沈みます。
しかも周りは暗く、海の深さもわかりません。
3人で5分くらい、渡れる、じゃあ行ってみろや〜、とかを繰り返しながら、アホらしい事をしてました。
ふと我に返り、渡るとか渡らんとか、くだらない事だと思ったので、渡るのやめることにしました。これマジで。
別に逃げたわけじゃないです。


日没後、しばしの休憩




道の両側に広がる田んぼ




この日は夕日が綺麗でした。



チキり合い





さて、辺りはすっかり日が落ちて真っ暗です。
川の河口に設置された外灯と、遠くの街明かりが目立つようになりました。
後は国道まで戻って長崎を目指すのみとなりました。
長崎に今日目指す宿があります。
実は昨日泊まった日明の湯の方が、親切に長崎のスーパー銭湯なるものを探して、プリントアウトまでしてくださいました。
なので長崎で探さずに直に寝れるのです。
そんなことを思いながら、さっき来た田んぼの中の一本道を国道に向かって戻っていきました。


しかしその直後、とんでもない事態に陥ったのです。
それは、虫の襲来!!
しかも途切れることなくものすごい数!!
辺りは暗く、外灯も何もないため、バイクのヘッドライト目掛けて飛び込んできます。
顎までシールドがあるのに、顎と服の襟のわずかな隙間にも突っ込んできて、痛いし気持ち悪いし・・・
一度止まって完全ガードで顔を隠しつつ、前傾姿勢でなるべくゆっくりのスピードで進みました。

田んぼを抜け国道に出ると、一旦止まってメットを外しました。
そこにはイナゴかバッタかよくわからないけど数匹、黄色い汁を流してへばりついていました。(萎)
バイクの車体にも死骸がびっしりです(同上)

決まった所に行って、きれいな所で過ごす、こんな旅行よりも何が起こるかわからない旅の方が断然面白いものです。
そう言いきかせながら有明海沿いを西に向かいます。


佐賀県の印象

幸せなのか不幸なのかよくわからない国道444号線。
国道を離れると光も何もない真っ暗な空間が広がっています。
虫達も行くところがないのかも知れません。
なので国道を走っていても、やっぱり虫達はバイクの光に集まってきます。
たまにあるコンビニに人々も群がります。
スーパーの代わりにおばちゃんたちが、車に子供を乗せて買い物にやってくる、
若者の唯一のバイトの雇用先、 そして僕ら旅人もまた、貴重な食料供給の場としてやってきます。
なので夜遅くてもいつも賑やかなのです。


長崎までは途中国道207号線に乗り換えます。
台風の接近を思わせないような静かな有明海沿いを、眠気と戦いながら長崎を目指します。
諫早湾の水門横を通るが暗くて見えず、そのまま長崎に到着しました。
しょうしょう迷いながらもなんとか宿に到着。
この日は宿に到着したときにはすでに日付が変わっていました。

シティリゾートホテル イオス (095-862-5555)HP有



九州旅行B 投稿者:砂原 翔  投稿日: 9月14日(火)02時14分10秒

 長くなるので短めにします。3日目小倉を出発、空き缶が坂道を登ると言われるゆうれい坂に行き、志賀島で泳ぎ、金印見て、福岡市内の元祖長浜ラーメンで昼食。(志賀島で泳いだ後3人はみんなタンクトップに海パン←大阪に帰るまでずと・・・)  ツーリング好きのおっちゃんに話し掛けられ、なぜか九州の地酒をもらい、佐賀県の吉野ヶ里遺跡へ。有明海でカップルの邪魔をしながら夕日を見て、海でチキリ合いして、K氏負ける。その後、長崎市内まで国道444号線をひたはしる。そういえば、東京から大阪までは、みなさんご存知のように1号線。大阪から下関までは2号線。そして九州に入ったら3号線があるんですよ!!  長崎に着き、よくわからん温泉施設で1泊。。。





4日目 8/28




今日の予定は、長崎から島原半島の雲仙岳を横断してそのまま有明海をフェリーで越え、熊本泊です。
ところがここでまたもや危機がありました。
今考えればこの旅最大の危機といってよかったかもしれません。
それについては、また後ほど・・・

長崎です。
どこに行こうか考えたとき、僕らの頭ではカステラ、平和公園、長崎ちゃんぽんしか思い浮かびませんでした。
そんなことで、まず向かったのが文明堂本店
カステラといえば、やっぱりここ!
10時のオープンと同時に入店し、お土産を購入、というより発送
このお土産も、またまた問題になってきます。
あまりにもいい匂いで美味しそうだったので、自分ら用にドラ焼きとカステラ一切れを購入し、
店内でお茶と一緒に頂きました。
あの生地のしっとりさがたまりませんでした!

その後は市内を北上。
大阪、草津、奈良、それぞれのナンバーをつけた3台のバイクが長崎の道を行きます。
京都、大阪、神戸など、近畿でも比較的大きな街ではバイク、原付が多いですが、
九州のこれまで通ってきた街ではほとんどバイク、原付など見かけません。
そのなかでも近畿ナンバーのバイク3台ですから、それは目立ちます。
しかもこの日も例のタンクトップ・・・

たまには社会勉強もする旅でもいいだろうってことで、平和公園近くの原爆資料館で平和学習をしました。
結構生々しく、リアルな内容に驚きです。

一時間ほどかけてゆっくり見学しました。
駐車場に戻り、平和公園のあの像の前でお決まりのポーズ

長崎で一番楽しみにしていたのは実はチャンポンだったかもしれません。
市内にある中華街に行きました。
長崎ちゃんぽんって、それ専門の店があるのではなく、中華料理屋のなかの一品のようです。
その中でも一番はやってそうな店を選んで入りました。
特上ちゃんぽん(ふかひれ付) ¥1,500 これが今日の昼ごはんです。攻めました。
食の旅、なのでいいんです。
味は、最高でした。
魚介の出汁がスープによく出てて、ボリュームもあって、大満足でした。


カステラの有名な文明堂




平和公園




本場長崎のちゃんぽん






昼ごはんにも満足して、ここらで今後の予定を立てることにしました。
これから島原半島を南下して、雲仙普賢岳あたりを横断し、島原湾をフェリーで熊本まで渡る計画です。
手持ちのツーリングマップルには、島原湾を熊本に渡るフェリーが2つ書いてありました。
一つは、雲仙岳から下りてきてすぐのところにある島原市から熊本市まで真っ直ぐ繋がっている熊本フェリー
もうひとつは島原市から北上し、半島最北端にある国見町から熊本市の北の長洲町までの有明フェリー。
当初の予定である、目標の熊本市まで行きたいで、一番近いルートを取っている熊本フェリーに電話をかけた。

・・・・・・が、なんと、台風による高波のため午前中の便で運休
その返事を聞くなり、3人は愕然としました。
熊本フェリーが運休ということは、ほぼ同じルートの有明フェリーも運休の可能性が高い、ということ。
そこで、最悪の事態を考えたのです。
それは・・・

有明海沿いの迂回ルート(全長約150キロメートル)
これはほんとに最悪です。
昨日通った同じ道の逆走。
これほど、無駄で、屈辱的なものはありません。
しかもこうなってしまったら、1日動ける日が少なくなり、
行こうとしていた阿蘇方面を諦めて、熊本から大阪に帰るために門司方面に向かわなければなりません。

こうなったら、全てを残すもう一方の有明フェリーに託すしかありませんでした。
そして恐る恐る電話をしました。

・・・・・・

そして、なんとか今日の夕方17時25分発の便までは運行しているとの情報を得ることができました。
なんと運のいいことでしょうか、今の時間はおよそ13時半。
これから雲仙に向かってフェリー乗り場を目指したら丁度いい時間ではないですか!
とことんついていると思いました。
そして行けると決まればさっさと出発です。




長崎から島原半島に向けて、海沿いを走る道です。
地形の起伏に沿って、海岸沿いを上り下りを繰り返します。
途中、石垣に囲まれ、赤い土の独特な畑が広がっていました。
上り詰めると島原半島の西側を一望、海岸の形を確認できるくらい遠くまで見渡せる景色が広がります。


赤い畑




海沿いを走るバイク






 まもなく、雲仙への登り口が向かって左側に見えてきました。海沿いのほば海抜0メートルから標高約700メートルまで一気に駆け上ります。バイクは平気ですが、原付にはちょっとこの坂はしんどかったです。後ろを振り返ればさっきまで通ってきた道がはるか下に見えます。前を見ればこれから向かう雲仙の山々が立ちはだかっています。そのうち道の左右が森林に囲まれ海も山も見えなくなりました。そしてまもなく、道が平坦になり、目指す雲仙の旅館街が見えてきました。

 道の左右からもくもくと蒸気の上がっているところがありました。よく火山や温泉の近くにはよく見られる○○地獄というものです。そこの駐車場にバイクを止め、散策しました。

 この辺りはいたるところから蒸気が出て、いかにも生きている火山のど真ん中にいるって感じがします。時折風に流されて蒸気が体にかかり、暑い気温の中さらに体を熱くします。地獄の湯気の出ている地面をみたら、ぼこぼこと泡を立ててお湯が沸騰しています。あのお湯はきっと90度近くあって、カップ麺でも作れちゃうのかなあって思ったりもします。




雲仙への長い登り道
前にはこれから向かう山が見えています。

雲仙地獄(動画:4,088KB)



さて、あんまり長居もしていられません。
有明フェリー最終に乗らないととんでもないことになってしまいますから。

島原半島を横断、今度は雲仙から島原市に向かってひたすら下ります。
眼下には有明海を挟んで熊本が見えてきました。
対岸が見渡せるほど空気が澄んでいます。
恐らく風が強く、よどんだ空気が流されているからでしょう。

雲仙岳の東側は、1990年11月17日に大噴火をした時に火砕流が流れ出した方向で、
その火砕流の流れた跡と山頂の荒々しさを感じることのできる、山麓沿いの道があります。
その雲仙岳の山麓線を北上し、フェリー乗り場のある国見に急ぎました。


山頂から流れ出た火砕流の跡。




有明海に流れ込んでいます。




山頂は異様な雰囲気に包まれていた。





無事最終便に乗り込めた3人、客室にて到着までつかの間の休憩です。
テレビを見ていました。
そこで見たテレビではもう台風一色。
ずっと外を走っていてニュースなんて気にしていませんでした。
しかも写真でもお分かりのように、青空が広がっていて台風の接近なんて感じもしません。
大型で勢力が強く、ほぼ九州に上陸するだろう、とのことです。
ここで初めて今おかれている状況に3人は気づきました。
これはやばい・・・


船内テレビの天気予報




衛星から





長洲町からに着いた頃にはちょうど夕日が沈みかけていました。
ここ2,3日は綺麗な夕日を連続して見ています。
この日もそうでした。
国道501号線を熊本目指して走り、途中丘に上がって対岸に見える雲仙と夕日を眺めました。




熊本市街地に入ったのは日がすっかり沈んでもう7時半頃でした。
JR熊本駅近くの「黒亭」というラーメン屋が本日の夕食です。
ここは以前熊本を訪れた時に時間がなくて立ち寄れなかった店です。
パソコンで「熊本ラーメン」と検索すればまずここが出てくるくらい有名なようです。
途中タクシーの運ちゃんに店の位置を聞き、すぐに見つけることができました。


 熊本ラーメンは、以前「こむらさき」「桂花」で食べました。熊本ラーメンの特徴なのか分かりませんが、ここ黒亭もあっさりめ(?)の豚骨ラーメンにこんがり焼けたにんにくの香りがして、おいしかったです。前回と比べて一杯目だったので他より美味しく感じたのかもしれません。




熊本ラーメン「黒亭」



熊本といって忘れてはならないものがもう一つあります。
それは馬刺しです。
今日泊る予定の24時間営業の銭湯を探しながら、国道沿いのスーパーに寄って購入しました。
生鮮食品の棚に馬刺しが並んでいるのを見ると、やっぱり熊本だなあって思ったりします。
2パック購入し、駐車場の端に来ていた露店の串焼き屋で数本購入し、夜食になりました。
馬刺しをちゃんと食べるのは初めてで、ふしぎな食感でした。
例えるなら、味は刺し身(マグロ?)で食感は肉って感じです。
ほんで結構おいしかったです。


スーパーで購入の馬刺し。
以外に美味しかったです。



一度、市街地から20分ほどなれた郊外にある銭湯(翌日9時まで)に行ったけど、仮眠室がないと言われ追い返されました。
一応そこで市内に24時間営業の同系列の店があると紹介され、市内までまた戻ることになりました。
この時、郊外のの銭湯に泊れるものだと思い、そこに行き着くまでの体力しか残していなく、
戻る体力が残っていませんでした。
この計算外の行動で、この旅初めての睡魔に襲われました。
半分寝かけで市内に戻ってきて結局泊ったのは市街地のど真ん中、
国道3号線を跨ぎ、藤崎八幡宮からの参道の延長にある、天望の湯 (096-346-2683)
ここは、熊本のホントに真ん中にあり、交通の便もよく、施設も充実していてよかったです。
おまけに建物の上層階で景色も最高でした。 (↓の日記では微妙って言ってるけどね。。。)
相当疲れていたせいでこの日はそのまま寝床につき、次の日の朝風呂に入ることにしました。



九州旅行C 投稿者:砂原 翔  投稿日: 9月14日(火)02時23分10秒


 まだまだみんなの原チャは文句を言わず快調に走っております。俺の原チャなんて、OBのTさんがそうとう走りまわしてたものなのに、よぉ走るわ・・。  4日目、長崎市内で文明堂本店のカステラを食べ、長崎原爆資料館へ。そして長崎中華街に行って1500円の長崎ちゃんぽんを食べ、雲仙普賢岳へ。土石流が流れた後がよくわかりました。たぶん。それからサッカーで有名な国見に行って国見からフェリーで熊本へ。OB、Iさんの地元玉名市で夕日をみて、熊本市内で有名なラーメン食べる。この日は熊本市内の微妙な温泉施設で宿泊。






5日目 8/29




いよいよこの旅最大の敵、台風がやって来ます。
この日は昼過ぎから九州各地、雨が降り出し風も強まってくるということなので、
朝なるべく早めに起きて早いうちに距離を稼いでおこう、ということにしました。
今日の晩の目的地は、九州の反対側の別府です。
この九州横断コースは、中央に阿蘇山、その周囲に高原が広がり、ツーリングにはもってこいの場所なのですが・・・
果たして3人は無事別府までたどり着けるのでしょうか??



 今日は台風接近のため、なるべく距離を稼ぐため、朝早く出発することにしていました。そのため、僕は頑張って6時頃起きて朝風呂に入って用意したのに、あとの二人がなかなか起きてこず、結局そろって出発するのは7時過ぎていました。内心はもっと早く起きて欲しいなあとは思っていましたが、初日の遅刻のことがあったので、心の中にしまっておきました。(今では時効ね)

 ロビーみたいなところでテレビで天気予報を見つつ、地図で今日の予定ルートを確認しつつ時間を潰しました。九州での今日の天気は全体的に見て、真ん中から東(右)半分は昨日に引き続き雨、西(左)半分は昼過ぎから雨ということで、どっちにしても昼頃には雨が降り出すんだろうと覚悟していました。

 テレビでは台風情報をやっています。右をご覧の通り、予報円は明日にかけて九州を完璧な形で貫いています。もう避けられようがありません。もう開き直るしかないですね(苦笑)。




朝の天気予報



これから向かう東側を見た様子
雲行きがかなり怪しい・・・



熊本市から(R3→R57→R445)南下して矢部町に向かう予定が曲がるはずの交差点を見落とし、
南に下ったはずなのにいつの間にか再び北上し、元の市内に戻ってきてしまいました。
なかなかのロスです。
これで出発予定の時間とあわせて合計1時間ほどのロスになりました。

しかしこのロスが後々いいタイミングを作ってくれることになるのです。

予定ルートの国道445号線に戻り、道沿いから少し入って歩いたところにある七滝に立ち寄りました。
なんで七滝というのかはよく分かりませんでしたが、
滝つぼがかなり広くて周りをぐるっと大きな木に囲まれ、不思議な空間でした。
静かな滝なので水面を飛び石させるにはちょうどいい感じで、6回7回は当たり前ってくらいできました。

この頃からバイクに乗っていると時折突風が吹いて、
両端の木から葉っぱが舞って顔にぶつかってくるくらいになってきました。
小さい枝も飛んできます。
木が風で大きく揺れています。


矢部町の通潤橋に着く頃に、ぽつぽつと雨が降り始めました。
時間的には11時頃でしょうか?
予定より少し早い雨の降り出しで、テンションも少し↓ぎみです。

しかし、矢印に従って小さい商店街を抜け、駐車場に入り橋が見えたときにはもう雨なんてどうでもよくなっていました。
あの通潤橋が目の前にあるからです。
あのって言うのは、中学生か小学生の頃の社会の教科書に載っていて、
その橋の形がずっと頭に残っていて離れなかったからです。
前回の九州旅行では電車とチャリと徒歩だったため行きたくても行けませんでした。
なぜならここ矢部町は駅からも遠く、交通手段は車かバイクくらいしかないのです。
その通潤橋が見れたからです。


通潤橋

全長79.64m、橋幅6.65m、橋高21.43mの石橋。橋の上に石造パイプを3列並べた通水管を通し、水を渡す水路橋である。水路は水の吹上口が取入口より約6m低くなり、逆サイホンとも呼ばれる連通管によって対岸に水を送る。・・・・








 段々畑に囲まれ川の上にかかる石を積み重ねられてできた橋は想像以上に大きかったです。そばにあった階段で上まで登り、橋の上を歩くことができました。ここでも想像以上の高さがありました。そして幅もありました。なんといってもびっくりしたのは橋に落下防止用のフェンスが取り付けられていなかったことです。この風の強い日に、雨で足元が滑りやすい日に、なかなかのスリルがありました。ほんとはこんなん味わう所ではないんですけどね。橋の反対側には歴史も書いてあり、100年も前からできた橋ということで当時の技術の素晴らしさも感じました。

 橋の上から(動画:3.24MB 9秒)



さてさて、先ほどいいタイミングといいましたが、なんと、通潤橋の放水が見れたのです!
たて看板には一回5000円有料と書いてありますが、土日祝の正午から十数分の間、ただで放水が見られるのです。



計画では、ここに10時頃には到着してしまい、時間がもったいないため放水を見ずに次に行く予定でした。
でも時間がずれたため見れることになったのです。
正午前になると、観光バスがどんどん駐車場に入ってきて、
雨にもかかわらず傘を差した観光客が今か今かと放水の瞬間を待っています。
もちろん僕ら三人も待ちわびています。
ここの駐車場の横に道の駅が併設されていて、矢部茶の缶ジュースとなぜかなしを片手に待っていました。

そしてついに、12時になりました。

ゴオォーっという音とともに観光客の声が上がり、通潤橋の放水が始まりました。









動画(2.61MB 7秒)


ただでさえ大きく見えた橋から大量の水が噴出し、大迫力でした。
みんな一斉にカメラや携帯を向けて写真を撮り始めていました。
僕らもその中の一人ですけど


これからしばらくこの格好でバイクに乗ることになります。


風も雨も時間が経つに連れてひどくなっていきます。


午前11時

早く先を急がないと、と思いながらも雨の中の運転の疲れから、休み休みになってしまいます。
雨が降り出し気温も下がり、手足の先が冷えてきます。
寒さと闘いながら、まだ3人とも上陸したことのないと言っている宮崎の県境を一旦越え、
再び熊本に戻って阿蘇に向かいました。

阿蘇の外輪山を越え、国道265号線で南側から阿蘇に入ります。
名水百選の「白川水源」にて水を飲みました。
ここの水源はサントリーのモルツが4つの天然水を使っているうちの一つになっています(どうでもいい)。
雨で台風接近直前にもかかわらず、多くの人でにぎわっていました。
まあ、そんな人たちは僕らと同じ観光客でしょう。
そこで、お土産、というより非常食で漬物といきなり団子
(後日バイトの熊本出身の友人が持ってきたお土産により正体が判明) をつまみました。
通潤橋で食べた梨から何も食べておらず我慢できなかったので漬物でも何でもよかったんです。

日本一駅名が長いという駅に行きました。
この隣の駅は、駅に温泉が湧く、阿蘇下田城ふれあい温泉駅という珍しい駅があるようです。
日本一名前の長い駅は、ひらがなに直すと、なんと!22文字もあります。
「みなみあそみずのうまれるさとはくすいこうげん」駅
「南阿蘇水の生まれる里白水高原」駅
これは長い!
三重の「津」駅と比べるとものすごいです。

今日は昼から雨が降り始め、高地というのもあり体が冷め切っています。
かなりのものでした。
近くの阿蘇白水温泉瑠璃で体を温め、今日の最終目的地の別府に向かうことになりました。
なんで阿蘇に上らないの?って言う人がいるかもしれませんが、生きていることを最優先にして無しにしました。



三人とも初上陸の宮崎




外輪山からの下りで見えた阿蘇の景色




綺麗な水が流れていました



この日は台風のため運休。。。





温泉で2時間ほど、入浴して仮眠をとりました。
休憩室でこれからのルートを調べます。
売店の人に聞くと、やまなみハイウェーを使うことを勧められました。
やまなみハイウェーとは、九重の山々が綺麗は高原の真ん中を走る道路。
今日は早く別府に着きたかったし、一番距離の短いこのルートを選択することにしました。

この選択が、この旅一番の最悪な選択になったとは、このときは思っていませんでした。


休憩室で見た天気予報。
かなり来てます。

強風域はすでに大阪にかかり始め、暴風域も九州の最南端を巻き込もうとしている状態です。
しかし、ここで移動を諦めて阿蘇にとどまれば、
明日1日は確実に動くことができず、無駄を送ってしまうのは目に見えています。
なので、今日は何としてでも別府に行かなければならないのです。

温泉であったまった体の体温を逃さないように持っている服を全部着て完全体でこれからの区間に挑みます。
阿蘇の内輪山は標高が高く、雨や風もすでに危険な状態であると考え、西から迂回して阿蘇を半周し、北側に抜けます。
その途中、最後の給油をし、いよいよやまなみハイウェーの入り口に突入しました。



※著作権侵害しまくりなので注意(笑)



@

 はじめ小さな商店街のような町の中を抜け、そのうち一本に真っ直ぐ伸びる道路にでました。遠く正面にはこれから越えていく山並みが迫っています。左右はどこまでも続く田んぼが広がっていて視界を遮るものが何もありません。温泉を出発してこの一直線の道を進んでいた頃はもう夕方の6時半を過ぎた頃。あたりも暗くなっていました。風が強くなってきたのでなるべくスピードを抑えて最高でも40キロくらいで行こうって決めて出発していました。

 先頭を約束の40キロほどで走っていていました。そのとき、急に横から突風が吹き、走っていたバイクごと左の縁石にぶつかりそうになり、危うく転倒しかけました。なんとか両足で支えて止まることができました。転倒しそうになったのは、寝ながら運転していた頃以来のことです。バイクを止めてみても強烈な風を感じます。あたり一面田んぼでなにも風を遮るものがないからモロに風を受けてしまうのです。残りの二人が気になり後ろを振り返ると、だいぶ後ろの方で同じように立ち往生していました。一旦戻って二人と合流し、これで別府まで行けるのか?って話になりました。でもここで引き返すことはできないという結論にいたり、やまなみハイウェー走破を決断しました。

 ちょうどこのあたりで別府まで90キロの標識を見ていました。この風(この辺りから一番近い気象観測所、阿蘇乙姫では18時の風速が9メートル)と闘いながら90キロ行かなければならないのかと思うと生きた心地がしませんでした。90キロって考えると、ちょうど本宮から五条あたりかーって置き換えてしまいます。 本宮から五条まではだいたい車で2時間半くらい。なので原付で、この風の中でという条件を加えると4時間くらいの予想、なので到着予定時刻は10時半でした。


A


 さっきまではカルデラの中の平地を走り、これから外輪山を上っていよいよ牧草地地帯の高原の中を走ります。西の空が気持ち悪いくらい不気味な色をして太陽が沈んでいきます。これからの道のりを暗示しているようでした。


B

 外輪山を上り詰めるとそこには高原が広がっています(多分)。さっきの田んぼ道でもひどかった風がここではいっそう吹き荒れています。両足を広げていつでも地面を支えれるようにしておき、速度もかなり低速の20キロくらい。そして、時たま吹く突風がくれば、バイクがバランスを崩す前に止め、突風がおさまるのを待ちます。そしてまたのろのろ出発。これを永遠繰り返し進みます。

 たまに片側に山がきたときは風がおさまり、少しスピードをだせます。その時にこれまでの分を取り返すって感じです。そしてその守っていた山もしばらくしてなくなり、再び風の吹き荒れる荒野をバイク3台で走ることになります。対向車も数台見るか見ないか程度です。街明かりも見えず、本当に真っ暗で、バイクが照らすヘッドライトの届くわずかな範囲のみで、あとは風のうなり声と、それに揺らされる草の音だけです。まさに地獄絵図のようでした。





ようやく長い、生き地獄のようなやまなみハイウェーが終わり、民家やコンビニなど街明かりがちらほら見えてきました。
湯布院の町の明かりです。
このときを三人は待ち望んでいました。
なんかものすごい達成感!嵐の太平洋をヨットで単独横断に成功したくらいの勢いでした!
一時は死んでもおかしくない、運を天に任せるくらいの気持ちで運転してたので、無事に帰ってこれて本当によかったです。
そして、コンビニで3人で生きていることを再確認しました。
今日泊る宿に到着遅延の連絡と、無事にやまなみハイウェーを渡りきったという電話をし、
最後由布院から別府の宿に向かって急ぐことにしました。
地図上では由布院別府間なんて、これまで走ってきた阿蘇から由布院と比べればたいした距離ではないし、
まあ30分くらいだろうと踏んでいました。

しかし、この30分があれだけ過酷なんて・・・・



番外編(不意打ち)


 地図上では認識していても、実際走ってみると分からないものです。しかも、夜だったのでどんな道を走っていたのか全然見えませんでした。あれには本当にびっくりしました!

 由布院の町を過ぎ、別府へ。あとは一山下るだけだと思って気を緩めていました。ところが街の光がどんどんと下のほうに見え、高度が上がっているではないですか!そして、もう通り過ぎたかと思っていた悪夢の再来!!急に風が吹き始めました。しかも、真横から。

 そして、今でも覚えている一番の突風!!進行方向左から右に向かって吹いた本日一番の風は、バイク3台を完璧に対向車線に押しやました。しかも、上りのためこちら側は追い越し車線つきの2車線あり、それを通り越して2車線分押し流されました。風がおさまり元の車線に戻った直後、対向車が通過します。まさに危機一髪でした。まさか対向車も1車線またいでこっちまでやって来るとは思ってもいなかったでしょう・・・。




別府に着いた頃には体力精神力ともにほぼゼロでした。
明日来る台風に供え、バイクを寄せ合い、いらない荷物を思いっきり縛りつけ、宿に入りました。
びしょびしょになったレインコートなどを階段の踊り場に干し、温泉で芯まで冷えた体を温め、本日の活動終了です。
前回と同様、大広間に泊りました。



九州旅行Dの1 投稿者:砂原 翔  投稿日: 1月27日(木)01時23分16秒


 熊本県で宿泊し、この日の目的地は別府へ!その途中にいろいろなところへ寄り道しました。 宿泊施設を出発し445号線で宮崎方面に。その途中道間違えたり事故見たりしたけど、山道に入り、なんかいつもの感じになってきました。なんか大通りってのは原チャではむかんわ。。山道を走っていると滝があるのを見つけ、滝を見に原チャを降り、森の中に入っていきました。そこでおなかが痛くなり、この旅2度目の野グソをしてしまいました。それから通潤橋へ。通潤橋はけっこう有名なとこなのでおすすめです! http://www.kumamotokokufu-h.ed.jp/kumamoto/isibasi/tuujunkyo.html そこで大雨が降ってきて大変。。ナシを買ってコジコジがむいてくれたのを食べながら、雨宿りしたのですが、どうもムリで強行しかありませんでした。通潤橋から放流されるぐらいの勢いの雨の中、完全防備(レインコート、ゴミ袋、シュノーケル)で道を進みました。しかし意外にずぶ濡れになったら楽しいものです。宮崎県の県境に少し入り写真を撮って、阿蘇山方面に向かいました。



九州旅行Dの2 投稿者:砂原 翔  投稿日: 1月28日(金)00時41分59秒


 阿蘇山っていうと、本州に住んでる人間からしたら、南にくだるイメージがあるけど、この旅では阿蘇山の南から北に行ってるのを今思い出すと、すごいなと思います。阿蘇山では名水で有名な白川水源で湧いていたおいしいお水を飲んだり(雨水に間違いなかったけど。。気分気分♪)日本一長い駅名といわれてた南阿蘇水の生まれる里白水高原駅に行ったりしました。 http://www.yado.co.jp/kankou/kumamoto/aso/hakusuieki/hakusuieki.htm 阿蘇山山頂までバイクで行けるとこまで行こうと思いましたが、天候不良と別府まで行かなければならないということで、結局阿蘇山のふもとの温泉につかり、山の周りをぐるっと半周して、やまなみハイウェイを通って別府に向かいました。ところが・・・このやまなみハイウェイ、恐怖のやまなみハイウエイとなってしまったのです。昼頃から降っていた雨、夕方頃から次第に強くなった風が台風接近と共に超ちょう超強くなって天候はほんと最悪。しかもこの道草原で有名なみちだったから辺り一面風をさえぎるものなんて全くなくてもろに台風の風をうけることになってしまったのです。  原チャなんて横風で自然に反対車線におされます。ゆっくりゆっくり進みながら別府に着いた時は、ほんといまでも忘れられないくらい感動したし、久しぶりに見たコンビニに感動したのは何回かあったけどこの時が人生最高に感動しました。ほんとに死んでてもおかしくなかったです。あれはマジでやばかった。。。 んで無事別府に着き、別府駅の目の前にある温泉旅館みたいなとこで寝ました。







6日目 8/30

はじめに

この日の内容に関しては、台風や豪雨によって被害を受けられた方にとっては実に不愉快なものです。
そんな方の閲覧はご遠慮ください。




この日は移動していないため地図はありません。


この日は最初からたいして活動する気がありませんでした。
朝遅めに起きて、まずテレビをつけて天気予報チェック。


もう完全に袋の中の鼠状態


活動する気はないって言いましたが、なんか台風の日って外に出たくてそわそわしません?
しかも近畿にいてはめったに味わうことができない強い台風が、
しかもすぐそばを通過するとなれば部屋に閉じこもっているわけにはいきません。
特にこの3人は!

と、いうことで、
3人は昨日バイクに乗っていた格好
足はサンダルで水溜りにも気兼ねなく入れる、水着にタンクトップ、その上にレインコートで完全防水!
こんな感じで台風襲来中の別府の町を観光しました。
もちろん昨日の風に懲りてバイクではありません。
傘をさそうものならたちまち逆になって飛ばされるような強風です(笑)

宿の玄関を出るなり生暖かい風がゴウゴウと音を立てて吹いています。
この日は起きて何も食べていなかったので、駅前のミスドで朝食を取ることにしました。
その前に駅の切符売り場に行きましたが、さすがに今日は全線運休です。
駅前の客待ちのタクシーの運ちゃんは、「はっ??」って感じでこちらを見ていました。
あたりまえじゃん!(韓国のパチ物や風)

朝食後、反対側の海岸に向かいました。
途中、お店の前に温泉を使った噴水(もちろん見て楽しむもの)があり、足湯として利用させてもらいました。
国道を挟んで海側にはホテルが立ち並んでいました。
ホテルの間の海岸へ続く道は、これまたビル風と台風の風のコラボレーションで、
傘を差さなくても前に進めないくらい楽しい風を味わうことができます。
その場でジャンプしてら、ホントに一歩二歩くらい前に着地します(楽)

そして海岸沿いに到着!
そこにはテンションを最高潮にさせる素晴らしい光景がありました。
なんと、テトラポットと、遊歩道の柵を軽く越え、道路にまで波しぶきがかかってます。
こんなとこで、このフェンスにつかまって波を楽しみました。
もっと波激しかったけど、デジカメが水没してしまいそうなので撮影できませんでした。
ウォーターパークにあるような水か降ってくるのよりも数倍おもしろい!
人工のものは次に来る波が予想できてしまうけど、次に来るのか分からないのにスリルを感じます。

でも本当に楽しめたのは二人だけで、後の一人はレインコートの下につけていたにもかかわらず、
携帯水没(通算3回目か??)
これは携帯に関しては水難の相(前2回はトイレ没)が出てるとしか言いようがないのか・・・(関空では落とすし)
しかも一緒に入れてたタバコとライターは無事というんだからこれまた凹んでました。
これと関連して、携帯水没当事者と親御さん(広島でお世話になった)が連絡を取れないといって
うち(箕面の自宅)に学校から連絡があったみたいで、その連絡が携帯にきた、ということもありました。
まあ、台風直撃のなか、原チャで旅行、携帯に連絡が取れない、ってなったら誰でも心配しますね。

少し歩いたところには砂浜がありました。
その砂浜も、今はハワイのサーファーが集まるような波のある海になってました。
漂流物がものすごかったです。発泡スチロールのくずとか、ペットボトルとか、ゴミ箱のフタとか・・・
風向きがちょうど集まる方向だったんでしょう。
そのゴミたちを投げて遊びました。
て言ってもゴミを拾ってまた海に投げ込んでただけですけどね。
海に向かって投げたゴミ箱のフタが、強風に流され、
さらに上昇気流に乗って市街地の道路のほうに飛んでいったとかいうことは全然ないですよ(笑)

台風中の街を歩いていると色々なことが起こっています。
街路樹が根こそぎ倒れていたり、いたるところで下水が溢れていたり・・・
ただ、すごいと思ったのは、こんな風の中、カブを運転しているおっちゃんがいたことです。
昨日のあの風でも大変だったのに、まったく何を考えているのでしょう?

3人は別府市を北上、地獄めぐりをしました。
途中、温泉街にあった小さな共同浴場に入って温まり、白池地獄に到着しました。
そしたら何と、地獄が閉まる寸前でした。
台風でお客が来ないので閉めるとこだったと言ってました。
地獄も店じまいするほどの台風だったってことです。

地獄というのは雲仙にもあったものと同じもので、ここ別府は9つほどの種類があるようです(詳しくは調べてください。)
ここ白池地獄は白いお湯が沸いています。
最初は偽物か、怪しい、と疑ってましたけど、本物のようです。
触ってみたらかなり熱かったです。
でも水族館が併設されてたのはなぞですねえ。

そんなこんなでこの日は朝も遅かったせいか、あっという間に日が暮れてしました。
旅行出発前に予約したのが大広間一日だったんですが、そのときは台風で足止めくらいと思わなかったので
追加でもう一日泊めてもらうことにしました。
昨日泊った大広間は先約がいたようで、二日目は個室です。
今日の分を取り返すため、明日こそ朝早く出発しましょう!
熊本のようなことがないように・・・



別府に最接近?




その頃3人は海で・・・




地獄原温泉。



白池地獄





台風通過後の街



九州旅行E 投稿者:砂原 翔  投稿日: 1月30日(日)22時39分28秒


 九州旅行Eという事で2004年8月26日に南草津を出発して、6日目、8月31日この日は別府からの話です。2004年の夏は台風がたくさんきて困ったけど、この日僕らはその1つの台風をもろ直撃しました。そのためこの日は別府に滞在です。別府を3人でぷらぷら歩いて観光する事にしました。といっても台風です。。雨はそんなに強くなかったけど風が強く、台風のせいか別府がしょぼいのかわかりませんが、駅前の繁華街を歩きましたが、人が少なかったです。銀行の前やデパートの前にふと温泉が湧いてて足湯できたり、噴水そのものが温かく多分入ったらいけないだろう噴水に3人で入っちゃいました。それから別府港に行って海が荒れているのを見ました。海はものすごい状態で、海辺の歩道にまで波がうちよせてきます。ってゆうか波にのまれます。僕ら3人は調子に乗り、かといって安全を一応確かめた上、歩道で波にのまれてみました。すごいです。超感動☆★波と戯れながら、少し休憩しに屋根があると所に行きました。。。が、、、携帯がつきません。電池の裏側をみるとピンクでした。萎えました。そう、これが噂の水没です。でもこんなんで萎えたらもったいないのでその後も公園などに行って台風を思う存分楽しみました。台風で被害に遭われた方々を思うと少し悪い気がするのでこの話はそれくらいに。あと一応、親をはじめ、この携帯の件で迷惑かけた方々に謝罪しときます。すいません。    その後所々にある格安の温泉に入ったり別府観光地である地獄温泉巡り(あいてなくて1個しかめぐれなかったけど・・・)して、また駅前の温泉旅館に帰ってきて今日は終了です。それにしても携帯いたかったわ。







7日目 8/31








別府駅前高等温泉




 この日はみんな早く起きることができ、朝5時に起床、朝風呂して5時半には宿を出ました。結局2日間お世話になりました。僕は一年半前の春休みにも行ってるので計3回になります。前回泊ったときは、まさかもうここには来ないだろう、と思ってました。でも今回来てしまいました。こういうことってあるんですね。そういえばまだ制作していません(本当にするのか?)が、北海道比羅夫にあり駅の宿も3年前に一回泊り、もう来ることはないだろうと思っていたのに去年2004年年末に卒業旅行で泊っています。

 いい宿っていうのはリピーターが多いというのも分かる気がします。



大分市から国道を少し山に入ったところに神社があり、そこの境内に樹齢約3000年の大きなクスがあるとの情報です。
ツーリングマップルに載っていたのですが、最近(ここ一年くらい?)に改訂されたものは、
地図以外にも情報が豊富に載るようになりました。
いちいち行く場所行く場所ガイドブックで下調べして行かない自分にとってはありがたいものです。

ただの木じゃないかって言う人はいるかもしれないけど、こういう大木を見てると自然の中に歴史を感じれていいのです。
この木以外にも神社の周辺には結構大きいクスが多かったです。


写真じゃ表現できませんが・・・


バイクは佐賀関に向かいます。
途中なんか変な錯覚に陥る信号が多いなあと思ってい考えていました。
その信号、どこから来た道路に示しているのだろう、と言う疑問です。
でも少し考えてある結論に達しました。
それは、台風の風で信号が曲がった、ということです。
どの信号も一定の方向を向いているのです。
信号も曲げてしまう台風、改めて自然の力の恐ろしさを感じます。

でも、これ以上に恐ろしい光景をあと2時間ほどで目にすることになります。

さて、九州食の旅、その最後を飾ってくれるの関サバです。
僕は旅行に行くまでは知らなかったのですが、
佐賀関近海で獲れるもの(関もの)は魚の中でも有名ブランドと言われるそうです。
「豊後水道の急流の潮にもまれ身が引き締まる」そうです。
その関サバを求めに行ったのですが、なにせ昨日の台風の後ですから、
料亭に電話をしても漁に出ていなくて魚がなかったり、臨時休業にしたのか通じない店が数多かったです。

とりあえず佐賀関漁港に向かいました。
そこまでに何軒か関サバの取り扱う店がありましたが、その店も11時、12時からの営業で、すこし早すぎました。
この時はまだ8時半。
昨日一日つぶれたけれど、耶馬溪に行く計画がありました。
関サバを諦めて今から戻って耶馬渓を見に行くか、ここに残って関サバを食べるか。
結局食べることを優先して残ることにしました。
そこで時間つぶしに佐賀関にある関崎という岬を一周することになりました。
一周だいたい10キロくらいかな?
ただ一周するだけでは面白くないので二人と一人に別れて、逆周りで一周しようということになりました。

しかし3台が出会うまでには相当の時間がかかることになりました。
この半島、周回路のほとんどが波打ち際ぎりぎりに通っています。
途中、この道が昨日の台風によってとんでもないことになっていました。
こんなん今まで見たことがありません。
どれだけすごいのか、6枚写真を並べてみました。












波の力で曲げられたミラー
いまだ道路まで海水が



路面崩壊
下手したらバイクごと海に転落



海底の砂が道路に
アワビが道路に打ち上げられてました



この大きさの石も打ち上げられた
隙間を縫って押して進みます




落石注意の看板
いや、注意のしようがない




波のしぶきが飛ぶ道路
タイミングよく進みまないと・・・





ただただすごいとしか言えません。
砂の上をバイクで越えようとしてもタイヤのグリップが効かず、
こんな風になってしまいます。
タイヤ下に木の板を持ってきてかまし、少しずつずらしながら前進することでなんとか3人とも合流できました。
崖(3枚目の写真にある)に海水が浸食した跡などから考えて、
昨日この辺りは道路が水深2メートルほどになっていたと推測されます。
消波ブロックもない、海面スレスレの道路ならこんなことになるのは避けられないと思います。



関サバ定食




 佐賀関を少し戻り、国道沿いにある「関の亭」で関サバを頂くことになりました。タンクトップに水着、こんな格好で入っていいのか、という感じの店でした。カウンターには伊勢海老、ヒラメなど魚たちが生簀の中で泳いでいます。僕は関サバ定食、二人は関アジ関サバ定食を頼みました。値段は忘れましたが、今でも財布の中に9,660円の領収書が入っています。約3000円の豪華な昼食でした。

 味はというと、文句なしです!



引き返して別府で温泉に入り、そのまま新門司のフェリーに乗る時間を考えたらもう少し時間があります。
関の亭のご主人に許可をもらって、道路挟んですぐ向かえの海に入りました。
九州の海って街(ここでは大分市)がすぐ近くにあるのに綺麗でした。
↑汚いのは大阪だけか??
泳ぐのにまったく問題なし!
おまけに海岸には真っ白の丸い石がたくさん転がっていて、うちの水槽に入れてやろうと思って持って帰りました。
水着を持って行ったのに使わず、ここが最初で最後になりました。

時間いっぱいまで遊んで、国道10号線を北上します。
海の潮を落とそうと、別府で温泉に入りました。
競輪場の敷地内にある競輪温泉。
海で遊んでからここにくるまで三人とも究極に眠かったらしく、温泉後は時間いっぱいまで睡眠を取り新門司に向かいました。
ここで休みを取ったので、ここからは取れても10分、計算したらそれくらいでした。

ここから門司までひたすらバイクを走らせ続けました。
どこにも寄る時間もなく、8時発のフェリーに間に合うためみんな頑張りました。
国道10号はかなり快適で、前半(別府から1時間くらい)信号もなく、ノンストップで1時間近くスピードを保って走りました。
九州最後の走行です。
新門司に近づく頃には日も沈み、あたりは暗くなりかけていました。
港近くのスーパーを探し、そこで夜食とお菓子を購入、
手続きを済ませて、バイクを甲板に乗せ、客室に向かいます。
雑魚寝の2等で、3人それぞれ今回の九州の旅を回想しながら、大阪に戻りました。


車、トラックと一緒にバイクも




それぞれ好きなことをする3人




到着直前明け方下から見た明石海峡大橋



大阪南港にて・・・






九州旅行F 投稿者:砂原 翔  投稿日: 2月 1日(火)13時13分24秒


 いよいよ7日目、最終日です。別府から門司港まで行かなければなりませんが、まだ時間があるので行き先に迷いました。関サバを食べに佐賀関という大分県のでっぱってるとこに行くか、耶馬溪という景勝地に行くか。結局天候の都合によりサバを食べに行く事にしました。台風が去り、天気は良かったのですが耶馬溪に行く途中に通行止めがあるかもしれないという危険を避けて。ということで、別府から国道10号線、197号線を南東に向かっていきます。国道とは言え、通行量が少なく走りやすかったです。途中昨日の台風のせいか信号機が曲がってたりして、改めて台風のすごさを知りました。しかしこれは序章にしかすぎません。佐賀関に着きサバを食べようとしましたが、時間が早すぎて、店が開いていませんでした。しばらく時間つぶしのため佐賀関を1周することにしました。地図で見ればわかると思いますが、佐賀関の端っこは小さな島みたいになってるのです。こじひらは右回りで、僕は左回りから攻めました。ところが・・・昨日の台風で、道がぐしゃぐしゃです。ってゆうか道が壊れていました。道路が海に近いため、波によって道が壊されていたのです。しかしそれに負けずと合流するまで頑張ってると、今度は原チャが埋まりました。なぜかというと、、、海から押し上げられた海の中の砂や石が道路に積み上げられていたのです。立ち往生していると、どうやら前方でも立ち往生している人がいました。こじひらです。ちょっと文で書くと表現しにくいのですが、しょうがないです。あんなん生まれて初めての経験。ビツクリ!!3人で頑張って脱出する頃にはいい時間になってて、サバを食べに行きました。サバ食べた後、店の前の海でチキリながら泳ぎ、そろそろタイムリミット。門司港に向かいます。ひたすら国道10号線を走り、途中競馬場の隣にある無料温泉に入り、門司港に向かいました。ひたすら眠たかったのを覚えています。門司港に着き、この旅最後の九州ともお別れです。フェリーに乗り、大阪に向かいます。そこで1泊。なんかフェリーのことは余り覚えていません。気付いたら行きに見た明石大橋が海の上に見えました。もう朝です。フェリーから降り、今度は大阪南港南草津まで走ります。さすがに今まで九州を走っていたので、大阪の空気の悪さが身にしみてわかります。途中こじひらと別れて、下宿先までひたすら走り、この旅終了です。長いようであっという間でした。夕方いくお達と草津コートでテニスしました。K4団体にむけてテニスしなくてはなりません。。。。






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旅を終えて 投稿者:砂原 翔  投稿日: 2月 1日(火)13時23分24秒

 ほんとこの旅は、貴重な思い出となりました。と同時に原チャでどこまでも行けることが改めてわかりました。(夏に限る) 今改めて思うとこんなこと絶対に学生時代にしかできません。ぶっちゃけいうと原チャで行くのしんどいです。だからこそ今貴重な思いでとなって残っているのだと思います。原チャ旅行のことは昨日のことのように覚えてるのに、昨日やったテスト勉強、もう今日の朝で忘れました。   人それぞれ価値観が違うと思いますが、こういう学生時代にしかできないこと、絶対しといた方がいいですよ☆★  今から幹部練や就活で忙しいと思いますが、その忙しい中ひまを見つけて行くのがまた面白いと思います。    ほんとに楽しかったってゆうかいい思い出になりました。  一緒に行ったこじこじ平松さん、ありがとう。そしてなにより原チャを格安で譲ってくださった竹内さん、ありがとうございます。あの原チャ最高です☆★





旅を終えて


 今思うと、これだけいろいろなことがあってよく無事に帰ってこれたなあって関心しています。まあ、このスタイルが僕らの旅であって、いつもこんな感じなのですが・・・。それが今回は場所が紀伊半島から九州に移り、夏休みということで期間がちょっといつもより長く、雨風がちょっといつもより激しかっただけのことです。

 2人には本当に感謝しています。最高の旅になりました。日常では味わえない貴重な体験もし、レベルアップにもなったと思います。ホントに学生時代にしかできません(まあ、社会人になってないから断言はできないけれど・・・)。よく、「学生は時間があるけどお金がない、社会人はお金があるけど時間がない、老後はお金も時間もあるけど体力がない」などと言われます。今回(てかいつも)の旅は、今できることの全てだったと思います。時間と体力があるからお金を使わずひたすら下道で、宿も安く銭湯で済ませ、一日で行ける所まで距離を稼いでいろんなところを見てまわる。今はいろんな事を体験して見識を深める時期です。だんだん体力もなくなってきたら、一つの場所に定着してのんびり観光するようになるから、そのときのための下見なんかなあとも思います。

 人それぞれ海外に行ったり日本国内を旅行したり、いろいろだと思います。どっちでもいいと思います。いろんなものに出会って経験して人間は育っていくものです(多分)。でも僕の場合はもっといろんなところに行きたいって願望しか生まれません(笑)。今日2005年2月20日。入社式が来月22日。あと一ヶ月で約16年という長かった学生生活が終わり、また、旅の生活も終わってしまうんだなあって思うと寂しいです。

 旅ってそもそもどんなときにするのでしょう?現実生活に疲れ、それを忘れるために非現実の世界にある種の逃亡をするような感じでしょうか。それなら学生生活16年間、特に大学4年間は現実から逃げすぎていました。これからは、辛いことがあっても現実と向き合い逃げることができません。ある意味これから社会人になってする旅は、仕事の合間を縫って少ない時間でしか行けませんが、旅の本来の目的にかなったものかもしれません。なのでもう旅という旅はできないかもしれないと思うことはないかもしれません。

 ん〜自分でも何を言っているかよく分からなくなってきたのでここらで終わります。とにかく旅はいい!最高!!








2005年 2月 20日    



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