「奥州33観音巡礼」
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| 一関市・水沢市(岩手県) | 27.観福寺 | 26.黒石寺 | |
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新山観音堂からその日の中に一関市の観福寺に寄り、鉛温泉(花巻市)で泊まる。 毘沙門堂など巡り、黒石寺を打って岩手県北の三寺を巡る予定が、温泉で風邪を引き黒石寺だけにして、今回の巡礼を終了した。 岩手の北の三寺は結願への旅の最終に取って置きたい気持ちもあった。 |
| 一関市舞川瀧ケ沢5 大同年間(806〜10)に坂上田村麻呂が一宇を建立し観音像を奉安した。その後、慈覚大師が東祥寺を開創(850)し、幾多の変遷の後1638年現在の地に移った。藤原三代の帰依も深く当時は隆盛を極めた。 |
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| 新山観音堂からは国道342で一関へ、県道19に乗換え千歳橋で北上川を渡り左折、左に北上川と北上平野を楽しむ。突き当たりの県道14を右折するとすぐに舞草に到着する。 | 天台宗東光山・観福寺の県道からの入口。ここから200m小高い丘を登る。 | |
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| PM3:22 駐車場の前に参道が見える。 | 山門をくぐれば、鐘楼と本堂。 | |
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| 境内の一隅に観音堂がある。 | PM4:07 帰途の平泉町で雪に覆われた平泉藤原氏の柳之御所遺跡を通る。 |
第25番 黒石寺(こくせきじ) 本尊:千手観世音 ![]()
| 水沢市黒石町字山内17 天平元年(729)行基が開基した時は東光山薬師寺で、延暦年間に戦火焼失した後の嘉祥2年(849)に、慈覚大師が再建している。妙見山黒石寺(くろいしでらともいう)と称す。 本尊の薬師如来像は日本最古の銘(貞観4年(862))をもつカツラ材の一木彫仏である。802年に坂上田村麻呂と阿弖流為(アテルイ)の間に決着を見てから60年後である。ホトケとしてはイカツイ顔とつりあがった目、稚拙とも思われる粗い削りで有名であり、この顔は坂上田村麻呂とかアテルイとかとも言われる。両者ともにこの地で人気が高い。 この本尊との直接的な関連ではないが、「異形の霊威表現は行基集団の刻んだ仏や古密教系尊像に多い」と梅原猛の書(海女と天皇)には記されている。この本尊にも行基集団の造形の流れがあるのかも知れない。旧暦正月7,8日に催される蘇民祭(裸まつり)は有名である。 |
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12日PM1:50 4年ほど前に、薬師如来を拝観に伺ったことがある。その時はもっと厳しい雪景色の中。黒石寺は雪が似合うと思った。 その時に天平・平安初期の東北の仏と蝦夷の活躍をお聴きした。これが古代の大和朝廷と東北の関連に興味を持つ起点になっている。 今回は収蔵庫の中の伝慈覚大師座像(重文)にも目を見張った。前回の訪問時には、薬師如来像に目が釘づけになり余裕がなく、初めて拝観したような気がした。。まだまだ本堂にも素晴らしい仏像が並んでいるが、一仏像/一拝観。 |
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| 林間に左から観音堂、収蔵庫(重文・薬師如来像と慈覚大師坐像を収納)、本堂(ここにも多くの素晴らしい仏像群)が見える。その右に素敵な土塀が連なり、土塀内に庫裏(納経所)がある。本堂の中心には薬師如来が座す厨子がある。 | |
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| 観音堂と雪の境内 | 本堂 |
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