「奥州33観音巡礼」

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石巻から内陸部 8.梅渓寺 9.箟峯寺 10.興福寺 24.長谷寺 23.長承寺 15.華足寺 14.大慈寺

9月5日 

        宮城米の穀倉地帯(米山町で)

石巻から涌谷に向かい国道346号線沿いの内陸部の札所をめぐる。
北上川は、札所17から札所20がある岩手県の花泉町から県境を越えて宮城県の中田町と東和町へと南下する。

太平洋岸の石巻から国道108号線で内陸の涌谷へ、国道346号線で米山、中田、東和を経て、再び太平洋岸の本吉に出る。その間の札所を巡った。
道筋には、米山、米谷、米川、登米など「コメ」にまつわる町名が多い。


第8番 両峰山梅渓寺(ばいけいじ)  本尊:聖観世音菩薩

石巻市湊牧山8
曹洞宗。8番札所は元は零羊神社の別当寺である長禅寺にあったが、明治に廃寺となり、梅渓寺に移った。観音の由来は4番、9番札所と同じく坂上田村麻呂伝説による。ここでは、大嶽丸の妾魔鬼を征誅し供養したとある。牧山は魔鬼に通ずる。奥州3観音の一つ。



AM9:36 梅渓寺は石巻市の”牧山市民の森”にある。牧山は樹木が清々しい小高い山である。途中には神社が二つあり、庭園風な植込みが綺麗だ。市民がトレッキングしている。変電所側から登ると、頂上を過ぎ下りにかかってから左手に梅渓寺が現れる。
「牧山市民の森」を目標にする。

牧山(槙木山)頂上の零羊崎神社から少し下ると、入口に「牧山観世音梅渓寺道」の板碑がある。 静かなお寺。


第9番 無夷山箟峯寺(こんぽうじ)  本尊:十一面観世音菩薩  

遠田郡涌谷町箟岳字神楽丘1
「ののたけさん」と呼ばれる。奥州三観音の一つ。光仁天皇の勅願で、宝亀元年開創で、坂上田村麻呂東征の時に十一面観音堂を建立し、法相宗の正福寺と号した。後年、箟峯寺と改め天台宗に改宗。南北朝時代には全山22坊あり葛西、大崎両氏が、江戸時代には伊達藩の庇護を受け隆盛を極めた。「宮座式」と呼ばれる千年余りの古式を伝える町指定無形文化財の行事がある。落着いた雰囲気で個人的に好きなお寺。

国道108号線で涌谷町に入り、国道346号線で新涌谷大橋で右折する。国道346号線がそのまま続き、直進すると天平ろまん館(天平時代の産金を記念する)がある。 国道346号線を右折し、間道に入って少し行くと、産金遺跡があり、石碑には天平金産地陸奥小田郷と記されている。天平21年(749)日本で始めて金を産出し、東大寺大仏の鍍金に使われた。

AM11:28 、箟峯寺は、白山神社と神仏習合のお寺で、神事も僧侶が行う「宮座式」と呼ばれる珍しい行事が残っている。元々は山岳宗教として発展したらしい。 観音堂横に納経所があり、お坊さんにお寺の成り立ちなど聞かせていただいた。ここでは「えみし」も含めて敵味方一緒に坂上田村麻呂は弔ったと伝えられている。この辺りでは伊達家の影響が強く、奥州33観音も推進したという。
観音堂は二度焼失し、現在のものは嘉永4年(1851)に再建されたもの。 鐘は江戸期のもの。


第10番 大嶽山興福寺(こうふくじ)  本尊:十一面観世音菩薩  

登米郡南方町本郷大嶽19
天台宗。大同2年、坂上田村麻呂が東夷鎮圧を祈願して建立したと伝えられる。何度かの火災焼失後、現本尊は伊達綱宗公寄進によるもので、お堂は桃山風様式で明治21年再建された。もとは修験の道場として羽黒山に属していたが、神仏分離以降、箟峯寺(9番札所)の末寺となった。このお寺も箟峯寺とともに私の好きなお寺。



納経所で、住職は「何処から来ましたか?」「迷いました」「分かりづらい所がこの寺の特徴です。」などと笑っている。

PM13:05 駐車場のある黒門には鳥居が建つ。奥にある「緑地広場・農民公園」の入口にもなっている。


六角堂のある本坊を通り過ぎ、坂を登って行くと、右に山門がある。左下に正門がある。正面に山門を見て登って来たことになる。


山門もなかなか趣がある。
山門から石段を登って行くと、観音堂、神楽殿に到達する。

龍頭彫刻や回廊に二十四孝の壁画もある立派な観音堂。 六角堂は、明治17年本尊の仮遷座のため造った仮本堂で、階下がポーチで、階上がベランダの不正形六角で町文化財指定の洒落た建築。


第24番 遮那山長谷寺(ちょうこくじ)  本尊:十一面観世音菩薩  

登米郡中田町浅水字長谷山228
天台寺門宗。「はせでら」とも。開創は坂上田村麻呂東征のとき、大和長谷寺の観音を勧請し、鎌倉長谷観音とともに日本三観音の奥の長谷寺として平泉藤原氏の帰依が篤かった。坊舎48坊の大寺院として隆盛を極めたが、土地の豪族・葛西氏の滅亡とともに衰えた。その後、登米伊達氏の家臣が再興した。


R398で北上川を渡る直前の信号交差点(神ノ木)を右折、R342に入る。
PM15:00、 このお寺も分かりづらい。光明寺(老人ホームが隣にある)の方が丘の上に建ち目立つ。国道342号線から家と家の間の細い道を入ると鳥居があり、奥に観音堂が見える。出かけていた奥さんが車で帰ってきて納経してくれた。「東京からここえ嫁入りした」と話していた。

文化7年、広く浄財を集め再建した宝形造り、方7間の観音堂は町指定。遮那王(源義経)お手植えと伝わる根廻り5.5mの遮那桜は、町指定天然記念物。。
山神社。


第23番 太白山長承寺(ちょうしょうじ)  本尊:千手観世音菩薩  

登米郡中田町上沼大泉28
曹洞宗。慈覚大師の開基で、元は天台宗補陀山観音寺と称したが、荒廃したものを藤原基衛が再興し、覚源法印が中興し長承寺と号した。その後幾多の変遷の後に元和2年(1616)曹洞宗大慈寺末となる。

PM15:41、 長谷寺を出て国道342号線を引き返し、神ノ木を越えて2kmほど行き右手に入る。上沼小学校の近く。途中の酒屋さんで聞く。 石段を登り観音堂に。
回廊のある観音堂 境内は落着いた雰囲気。


第15番 竹峯山華足寺(けそくじ)  本尊:馬頭観世音菩薩  

登米郡東和町米川字小山下2
真言宗。馬頭観音は日本最古・最大のものであり、多くの競馬関係者が参詣に来るらしい。開創は大同2年(807)、坂上田村麻呂がえみしの7大将を討ち、その供養のために建立した7観音の一つとされている。田村麻呂が乗ってきた馬がこの地で倒れ埋めたところ、翌日金色の光が発していて、村人が掘り起こすと馬頭観音の姿になっていたと伝えられている。

PM16:31、 長承寺から神ノ木まで戻り、国道346号線で北上川を渡り、4〜5km行く。「ホタルの里」を目指して右折する。街中を過ぎると右に「華足寺」の標識がある鳥居が見つけられる。鳥居をくぐって参道へ。
「ホタルの里」近くからも参道はあるが小型車しか入れない。

山門は立派な樓門で1799年伊達九代周宗建立。。境内には老木が生茂る。華足寺周辺(24ヘクタール)は県の自然環境保全地域に指定されている。
観音堂への石段。 本堂は天明年再興の4間4面総けやき造り。
境内奥には鐘楼がある(1959年再建)。煌びやかではないが、古寺らしい雰囲気は良い。 寛政年間建立の客殿(本坊)


第14番 法輪山大慈寺(だいじじ)  本尊:聖観世音菩薩  

登米郡東和町米川字町下56
曹洞宗。藤原秀衛開基で、天台宗・諏訪森大慈寺と称されたが、荒廃したのを永享元年(1429)に中山良用和尚の開基で法輪山大慈寺となった。

PM17:14 華足寺から国道346号線を米川に向う。大慈寺は米川の信号の手前で、国道346号線の左裏道りにある。表道りの魚屋さんで尋ねると、親切に教えてくれた。 町中にお葬式の案内が張られ、準備に忙しかった。一段と上がった所に本堂(観音堂)がある。
山門には「法輪山」と。 米川の水かぶり」の行事が毎年2月にある。厄年の男が裸で水をかけて町内を走る。大慈寺境内の秋葉神社に参拝してから始められる


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