周辺のお寺
金剛院 羽賀寺
古寺巡礼ホームへ

   

「西国観音霊場33ケ所」

第29番 青葉山 松尾寺 (まつのおでら)   本尊:馬頭観世音菩薩 
真言宗醍醐派  京都府舞鶴市

11月25日
五老岳に宿泊して松尾寺を巡拝した。五老岳は325mの山だが、早朝には舞鶴湾上に漂う雲海を見ることができる。舞鶴東港には海軍記念館、引揚記念館や海上自衛隊の基地など戦争にまつわる施設が多い。市役所の近くにレンガ倉庫群がある。これに反して西舞鶴地区は商工業を中心に発展したらしい。

松尾寺には国道27号を北上すると、「松尾寺」の大きな標識があり、斜左の道に入る。西国札所で唯一の馬頭観音は秘仏だが、ここの前立ちも本尊にそっくりという。開基は渡来僧・威光上人で、和銅元年(708)元明天皇の勅で藤原武智麻呂が本堂を創建した。白山開山で有名な泰澄が修復した歴史もある。青葉山(699m)は若狭富士と呼ばれ、天橋立からも五老岳からも独立峰として見つけられた。お寺は標高220mにある。


現在は東京に住む身だが、大学卒業まで神戸で育ったので、何かと西国33ケ所に含まれるお寺には拝観した所が多い。巡礼として訪れるお寺の周辺には、なじみであったり、ずっと気懸りだった寺も多い。今回は、松尾寺周辺の「金剛院」と「小浜市」の羽賀寺を併せて訪れた。


AM9:30 五老岳から霧の晴れた舞鶴西港を見る。
マウスを写真上に置くと、雲海(AM6:30)が見えます。
舞鶴湾海面上や内陸部「由良川」水面上で発生した霧が、地表近くに雲を形成し、さして高くない(海抜325m)五老岳名物の雲海となる。
市役所の近くにレンガ倉庫群がある。海軍の砲弾庫としても使われたこともあるようだが、現在はレンガ博物館などに使われている。
山を登りつめた所に”お食事とおみやげの店たまや”があり、その正面に仁王門への石段がある。駐車場は左手前にある。          風格のある仁王門。
歩いて参詣するには、松尾寺駅から田舎道を歩いて、やがて山に入り、石段を登りここに出る。
本堂には石段を登る。平安時代に鳥羽天皇、美福門院が愛でたお寺だけあり、落着いた雰囲気で品格がある。その頃は大寺院だったらしい。寺所有の国宝、重文が多くあるが、京都などの国立博物館に預けている。 二層屋根の宝形造り・向背の唐破風の本堂と正面の宝形造りの手水所が重なり、見事な景観を呈する。右奥に回廊があり、その裏手から青葉山ハイキングコースへの登り口がある。
札所らしい趣のある本堂内部。馬頭観音を本尊とする札所としては、秩父の第28番・橋立堂、奥州の第15番華足寺などがあり、いずれも素敵なお寺であった。 納経所は仁王門を入ってすぐの左側の池の向こうにある。駐車代は随意に払うことになっている。




周辺のお寺 「金剛院(舞鶴市)羽賀寺(小浜市)
鹿原山慈恩寺 金剛院 (関西花の寺第3番霊場)  本尊:波切不動尊
東寺・真言宗 舞鶴市字鹿原595
紅葉に魅かれて「花の寺」を訪れたが、山寺の趣がある境内、バランスの良い三重塔、快慶作の深沙大将・執金剛神立像など、予期せぬ”好みのお寺”に出会った。
東舞鶴からすぐ国道27号より右手に入る。道標は完備されている。まもなく公園と駐車場があり、その前に金剛院の入口がある。入ってすぐの正面に甘栗屋と”ぜんざい(¥500)”の席があり、右に納経所がある。 納経所の横から本堂への道がある。大きな”千年ガヤ”が一本あり、参詣道は紅葉真っ盛り。平日なので人はまばらで、ゆっくりと紅葉を愛で、いっそう感嘆できる。
三重塔の前に手水があり、本堂への石段を登る。石段は急で、それだけに雰囲気がある。急な石段を避けるエスケープ道が左にある。本堂の左には、回廊でつながってヤグラ上にお堂がある。趣がある建物なので、観音堂かと思ったが、現在は茶室として使われているらしい。 三重塔(重文)は足場が残されていた。「古い工法での足場なのでよく見ておいてください」と本堂で納経時に教えられた。塔内に開祖の真如親王の坐像があること、屋根はケヤキの板を彩色なしに木釘を使って張り合わしたものであることを後で副住職から伺った。
本堂と左に回廊。本尊は波切不動尊(秘仏)で写真が厨子の前にある。護摩を焚くので黒光りしている。 鐘楼の右手に散策道があり、”弘法の滝”を巡って三重塔の下に出られるようになっている。
「弘法の滝」という。”滝”と言うにはあまりにも可愛らしいが、よく見るとなかなか形が良い。前垂れ注連縄が張られ、神聖な場所であることを示している。神仏習合のお寺である(あった?)ことを垣間見る。 京都府舞鶴地方振興局の環境防災林整備の看板があった。三重塔には足場がかかっていたが、バランスの良い三重塔なので周囲に溶け込むことだろう。

宝物殿は門を入り左側にある。納経所で頼むと副住職が案内して下さった。本堂には波切不動尊が本尊として座すが、もう一つの本尊である阿弥陀如来座像(平安後期・重文)が宝物殿の中心にあり、平安後期の増長天、多聞天、鎌倉期の金剛力士像、室町期の薬師12神将図など重文ぞろいである。中でも快慶作の深沙大将と執金剛神立像は素晴らしい。あまり誰々の作ということに感激しないのだが、執金剛神の力強さと、脛に象面を当てている深沙(じんじゃ)大将立像は見飽きない。深沙大将は元々はヘビを首に巻き、ドクロのペンダントをしていたとか、左の親指が僅かに反っている動的な姿態を説明して貰う。副住職のお話では、金剛院はモミジよりも新緑が似合うとのことである。舞鶴半島の先近くの「多禰寺」には立派な飛鳥j時代の仁王様(4m)があるとも伺った。雪の金剛院も素晴らしく思えるし、是非再訪したい寺となった。
鳳聚山 羽賀寺 (元正天皇勅願寺)  本尊:十一面観世音菩薩
高野山真言宗 小浜市羽賀
行基作と伝えられる元明天皇を模した観音像。謎の多い十三湊(青森・津軽)の武将との交流に歴史を見る。
「元正天皇・村上天皇勅願」の碑が立つ羽賀寺の入口。本堂へは左の道を行く。 左に菊の御紋の幕がある建物を見て、石段を登る。
古い鐘楼があるが、全体的に質素なのが良い。 文安4年(1447)、奥州十三湊の武将安倍康季公(本堂内に像がある)により再建された本堂。日本海交易が盛んだったことを偲ばせる。

(羽賀寺絵葉書より)
元正天皇を模した行基作と伝えられる
本尊の十一面観音菩薩像
三方五湖と若狭湾

前回 次へ