| 「西国観音霊場33ケ所」 |
第9番 興福寺 南円堂 (なんえんどう) 本尊:不空羂索観世音菩薩
奈良県奈良市登大路町48
| 法相宗(大本山)。 創建:弘仁4年(813)、開基:藤原冬嗣 |
![]() 東大寺大仏殿(背後は三笠山) |
天平15年(743)聖武天皇により「大仏造顕の詔」が発せられ、天平勝宝4年(752)に孝謙天皇、聖武太上天皇、光明皇太后の下に開眼供養が行われた。大仏殿はその1年前に完成している。大仏殿を金堂とした東大寺は華厳宗大本山である。光明皇太后は藤原不比等の娘である。 興福寺は藤原鎌足が創建した「山階寺」を起源とし、大和国高市郡に「厩坂寺」として移り、平城遷都の時に藤原不比等がこの地に土地を確保し、金堂を創建し「興福寺」と寺名を改めた。引続き聖武天皇、光明皇后が東金堂、五重塔を創建した。藤原氏の氏寺でもあるが、奈良・平安時代には法相宗の寺として、東大寺とともに学問寺の性格が強かった。 南円堂は不比等から四代目の藤原冬継が弘法大師から与えられたという不空羂索観音を本尊とし一族の繁栄を祈願したものだが、観音信仰を一般の人に供すため開放した。何度も戦火・火災に遭ったが寛政9年再建され、平成大修理を経て現在の姿となっている。 |
興福寺境内整備計画興福寺は金堂が三つある特徴ある伽藍構造である。右上の食堂が現在国宝館に使われている。寺宝が多いことで有名である。東金堂、五重塔、食堂、北円堂、三重塔、大湯屋が享保の火災を免れた。 南円堂は左下の位置にある。 和銅3年(710)創建の中金堂は享保の大火災で焼失し、仮金堂としてあったが、平成10年より発掘調査し、平成22年を目指して創建時の姿に戻そうとしている。南大門の再建も計画中とある |
![]() 現在の金堂(東金堂) |
![]() |
|
| 五重塔と鹿 | ||
![]() |
![]() |
|
| 南円堂を正面から。右に納経所がある。 | 現在の南円堂は寛政9年再建、平成大修理を終えた。本瓦葺きで八角円堂は国内最大で重文。 | |
、 |
||
| 猿沢の池から南円堂と五重塔を望む。 | ||
| 前回 | 次へ |