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「西国観音霊場33ケ所」

第14番 長等山 園城寺(三井寺) (おんじょうじ)   本尊:如意輪観世音菩薩(観音堂)
滋賀県大津市園城寺町

天台寺門宗(総本山)。 創建:天武天皇15年(686)、開基:大友与多王

JR湖西線・「にしおおつ」駅から東に向かい京阪石山坂本線を越え、広い道を南下すると、山(東)側に市役所、大津商高、大津市歴史博物館、そして醍醐寺(三井寺)となる。市役所への曲り角にひっそりと弘文天皇陵の石碑がある。

園城寺(三井寺)は、同じ天台宗である比叡山の延暦寺が山門派と称し、麓の当寺が寺門派として敵対することが多かったこと、かつて修験道で真言宗・醍醐寺三宝院の当山派に対して園城寺聖護院の本山派が対峙したこと、中興の祖である智証大師円珍が真言宗開祖の空海(弘法大師)と同一家系であること、天智・天武・持統天皇が産湯を使ったとされる霊泉があり、壬申の乱に敗れた大友皇子(弘文天皇)の御子の大友与多王が建立し、勝者の天武天皇から「園城寺」の勅額を賜ったことなど、種々の歴史的な事実を内包している。


  
歴史博物館に寄ってみた。
丁度、「大津絵」の特別展示が催されており、ユーモラスな鬼の絵(鬼の念仏、鬼の三味線弾きなど)や外法の梯子剃り、藤娘などが鑑賞できた。常設展示としては、天智天皇の大津京の遺跡・模型などがあり、興味深い。

弘文天皇(大友皇子)陵は市役所の裏手にあり、博物館の北側の森の中にある。遠くには、雪を冠した比良山系が見える。

歴史博物館のから少し琵琶湖方面に下り、木立の中を円満院の前を通って、醍醐寺・仁王門へ向う。

園城寺への入口は仁王門である。現存の仁王門(重文)は徳川家康により甲賀の常楽寺より移築・寄進されたもの。 金堂(国宝)は現在修理中で本尊の周囲を巡回路で通りぬけるようになっていた。尊星王像、役行者像など密教系の尊像が拝観できた。尊星王は北極星を神格化した妙見菩薩で、絹本着色したもの(重文)が当寺にある。
金堂の左横の閼伽井屋(重文)の霊泉は、ゴボッゴボッと音を出している。霊泉は天智・天武・持統天皇の産湯に使われたと伝えられ、「御井の寺」「三井寺」と呼ばれる由縁となる。 鐘楼(重文)の「三井の晩鐘」は、近江八景の一つ。宇治の平等院、高尾の神護寺とともに日本三銘鐘に数えられる。
霊鐘堂(重文)の「弁慶の引摺り鐘」は奈良時代の梵鐘。「山寺両門の争い」にまつわる伝説がある。 一切経蔵(重文)は境内の高所にある。

一切経蔵には高麗版一切経を収める回転式の八角輪蔵がある。
一切経蔵前から三重塔へ。三重塔、潅頂堂、護摩堂、大師堂をまとめて唐院(重文)と称し、智証大師円珍の廟所として最も神聖な場所とされている。大師堂には国宝・智証大師像がある。
潅頂堂は密教の伝承に使用する。向こうに見える護摩堂とは廊下で繋がっている。裏手に大師堂がある。 唐院から石段を下り、村雲橋を渡り、観学院を過ぎて、境内を南端の観音堂へ向う。
西国第14番札所である観音堂は、一段と高所にある。毘沙門堂横を登る。登りきった高台に、観音堂、百体堂、観月舞台があり、一つの寺院を形作る。 観音堂(県指定文化財)は、元禄2年に再建されたもの。納経所は左前面にある。本尊は秘仏で、33年毎に開扉される。
百体堂(秩父、坂東を併せた百観音像を祀る)には大津絵の奉額があった。 観月舞台。月の名所で謡曲「三井寺」で有名らしい。謡曲史跡保存会の立札がある。

観音堂のある高台から、大津市街・琵琶湖が一望される。
観音堂から140段余りの石段を下ると、長等(ながら)神社横に出て、斜め左の道を行くと琵琶湖疎水に出る。疎水脇を真直ぐに下り京阪石山坂本線「みいでら」駅に出る。1つ先の「はまおおつ」で京阪京津線に乗換え、三条(京都)で地下鉄に乗換える。

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