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「西国観音霊場33ケ所」

第22番 補陀落山 総持寺 (そうじじ)  本尊:千手観世音菩薩
大阪府茨城市総持寺1丁目6−1

高野山真言宗。 創建:寛平2年(890)、開基:中納言藤原山蔭


西国33ケ所札所も第22番で大阪府に入る。

「総持寺」は、阪急京都線・総持寺駅の北側から、国道171に通じる広い道を歩いて7分の位置にある。付近には住宅、マンション、工場などが立ち並ぶ。名神高速道・茨城ICからも近い。

「藤原山陰の父である高房卿は信心深い方で、漁師に捕まえられた大亀を助け逃がしてやる。子の山陰が海に突き落とされた時、観音様に亡骸にでも会わせて下さいとお願いすると、大亀に乗って山陰は帰ってきた。感謝した高房卿の造仏発願し、その後、山陰が受け継ぎ、長谷寺で探し会えた童子の仏師に仏像を刻むことを頼んだ。仏師は像仏中仏舎に誰も近づかず、食事も山陰自身が用意するように告げた。完成した千手観音は亀の座上に立つ御姿で、童子は行基菩薩が姿を変えたものだった。」 これが寺の縁起であり、本尊である”亀座の観音”と”山陰流包丁式の縁起である。

横浜・鶴見区にも曹洞宗大本山の”総持寺”があるが、当寺は高野山真言宗で、藤原氏の氏寺である。

総持寺は街の中にある。 楼門形式の山門が美しい。
新築中の包丁式殿は山門の左側にある。。 藤原山陰卿は料理の達人で、鯛や鯉を箸と包丁だけでさばく山蔭流包丁式の開祖とされる。 山門を入って正面に本堂がある。もとは藤原一族の大寺であったらしく、現在も街中にもかかわらず広々とした余裕をもった境内である。
観音堂(本堂)は織田信長により焼焦がされたが、慶長8年(1603)に豊臣秀頼が再建した。本尊の千手観音は秘仏(4月に開扉日がある)だが、亀に乗った観音様として有名である。 池の中の地蔵堂
包丁社と包丁塚 大師堂
本尊の観音様のほかに、薬師如来、不動明王、弘法大師、稲荷大明神、如来荒神、大国・弁財天、青面金剛、ぼけ封じ普慈観音などなど多くの神仏が鎮座し、ペット供養を含めて、火除け、子育てなど様々な祈祷・供養が出来るお寺である。納経所の近くに室町時代の瓦窯(がよう)保存されている。

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