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「西国観音霊場33ケ所」

第23番勝尾寺 第24番中山寺
新大阪から地下鉄(北摂急行)千里中央駅に着いたのは12月20日の午前10時過ぎだった。友人(萬年君)が車で迎えてくれ、勝尾寺に案内してくれた。北千里から勝尾寺までのバスもあるが便が限られている。箕面から中山寺へは、阪急箕面線と宝塚線が便利だ。乗換駅の石橋は、私の大学の教養部と体育館があり、この付近は何かと縁深い所である。萬年君は現在箕面に住んでいるが、中学・高校以来の親友で、大学・会社員時代も職場を別にしても常に交流の続いた数少ない友の一人である。お互いに元々はカトリック信者なのであるが、お寺巡りをともに楽しめるこだわりのない信仰・宗教観を持っている。


第23番 応頂山 勝尾寺 (かつおうじ)  本尊:十一面千手観世音菩薩
大阪府箕面市勝尾寺

高野山真言宗。 創建:神亀4年(727)、開基:開成皇子



開成皇子は、光仁帝皇子で桓武帝の異母兄である。箕面(みのお)山中に庵を結んでいた善仲・善算両上人を師として弥勒寺を開いたのを開基とする。
第六代座主・行巡上人が清和帝の玉体安穏を祈って効験を示した事より、王に勝つ寺「勝王寺」の寺名を賜り、「王」を「尾」に変え「勝尾寺」となったとの由来がある。源平内乱の戦火に焼失した堂塔は、源頼朝により再建された。
「勝運」の寺として、試験・病気・選挙・スポーツ・芸能・商売などあらゆる分野での勝ち運・成功の願い事に「勝ダルマ」を授かり、祈祷を受ける。

(勝尾寺案内パンフレットによる)

10:39 勝尾寺全景。右奥の二階堂が景色を作る。桜の頃、しゃくなげ・あじさいの頃、紅葉の頃と四季の花が境内を飾る。箕面国定公園の一角にあり、山深い感じはなく明るい寺である。 山門横には、境内を庭園とする弁天池があり、お休み処「花の茶屋」があり観光客を呼ぶ。
多宝塔へ緩い石段が続く。 途中左に折れて、本堂へ。鐘楼が見える。
三宝はらい荒神堂 薬師堂
閻魔堂 大師堂
本堂 鎌倉時代に法然上人が止住し、念仏三昧に入られたという「二階堂」。
11:30 勝尾寺を辞し、箕面に下る。


箕面の駅近くにある瀧安寺(箕面寺)は、「役行者が金の足駄を履き金の杖を持ち紫雲に乗って箕面山より大唐に飛び去る」秘密縁起絵巻を所蔵するので有名である。図説「役行者」河出書房新社に全容が紹介されている。前もって申し込んでおくと、実物または写真を拝観できるようだ。北摂(摂津の北部)の地は、北斗(七星)信仰の能勢・妙見山など、神仙思想・陰陽道・修験道など道教的色彩が多く残っているのが興味深い。
12:00 役行者が生身の不動明王を拝したり、雨乞いの験を得たとされる箕面の滝。野猿が徘徊する。 滝から流れ出た箕面川に沿って遊歩道が続きく。形の良い三階建ての割烹などもある。
瀧安寺は、役行者の伝統をつなぐ修験道大道場である。 箕面大弁財天を祀る。
行者堂(開山堂)は、拝殿と奥殿からなり神変大菩薩・役行者を祀る。奥殿には、室町期の役行者像があるが扉は閉じられていた。 15:10 箕面駅へ下る。

                                                 

第24番 紫雲山 中山寺 (なかやまでら)  本尊:十一面観世音菩薩
兵庫県宝塚市

真言宗中山寺派(大本山)。 創建:推古天皇時代初期(593〜628)、開基:聖徳太子

聖徳太子が蘇我馬子とともに廃仏論の物部守屋に勝った時に、守屋の霊を弔う為に創建されたとか、修道上人が埋めた宝印を花山法皇が掘り出し、当初中山寺を西国一番札所にしたなどの謂れがある。
学生の頃ふと訪れたこのお寺で、宝塚歌劇のスターや漫才芸人達の豆まきに出会ったことを懐かしく思う。現在は、子授・安産祈願のお寺として、隣駅にある清荒神とともに、地元の根強い信心を受けている。北摂の二寺(勝尾寺と中山寺)は、瀧安寺、妙見山、清荒神などとともに、神仙道・陰陽道・修験道・道教と関連する事象が多い。中山寺での星祭、節分などの行事にもそれを感ずる。

 
15:53 中山寺仁王門に到着。 仁王門の裏側には獅子頭が鎮座する。
仁王門から本堂までの参道両側に多くの塔頭寺院が並ぶ。弁財天、大日如来、延命地蔵尊などを祀り、厄除け開運祈願所となっている。 冬場の納経は4:00まで。新築された紫雲閣にある寺務所で納経を受ける。阪神大震災で殆どの伽藍は被害を受け、復興したという。
安産祈願のお寺で、妊婦に優しいエスカレータが石段脇に二ヶ所ある。 五百羅漢堂も復興されたもの。


本堂には重文の本尊や脇侍にも十一面観音が安置されているが、開扉は毎月18日だけ。
本堂への石段の左に、鐘楼、閻魔堂、寿老神堂がある。星祭、節分や寿老神などに、勝尾寺と同じく北摂のお寺特有の香りを感じる。
右最上部に大師堂があり、左手から梅林を通って本堂裏に下りて来られる。梅林からは更に奥へのハイキングコースがあり、奥の院に通じている。 本堂裏に、「安産御手洗鉢」があった。
中山寺を出て、駅までの100m余りは門前町になっている。祝日は参詣人で賑わうのだろう。一軒の「お好み焼屋」に入った。札所巡りと言うより友との再会を楽しんだ一日だった。平成16年10月より2年余りを費やしている西国33ケ所巡りも、残すは札所30番から33番の4ケ寺となった。


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