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「西国観音霊場33ケ所」

第30番 厳金山 宝厳寺 がんこんざん ほうごんじ)  本尊:大弁財天像(観音堂;十一面観音)
滋賀県長浜市びわ町

真言宗豊山派。 創建:神亀元年(724)、開基:行基菩薩
寺伝によると、神亀元年に聖武天皇が天照大神から「江州湖中に小島あり、弁財天降臨の聖地なり。堂塔伽藍を建立して祭供すれば、国家泰平五穀豊穣万民利益多からん云々」の御神託を受け、勅使を僧行基のもとに遣わし勅を下して、開基せしめた。爾来、天皇の行幸、最澄、空海、慈覚大師も来島し錬行、ご修法になったと伝えらえている。度重なる火災・震災に遭い、現在の堂塔は戦国時代後のものが多い。



竹生島(ちくぶじま)は、神の島である。島全部が祭祀の場である。
本尊である弁才天は、仏教の守護神・天部であり、神道でも「才」が「財」と通じるところから財宝の神となり、道教的な七福神の一角も担う。もともとは、インド・ヒンドウー教の河神であり、日本の三大弁才天である江ノ島(神奈川)、厳島神社(広島)と竹生島では、第一義では水神として祀られている。

西国33ヶ所・札所(観音堂)の本尊は十一面千手千眼観音である。
JR長浜駅から琵琶湖湖畔に出ると、観光船のりばがある。
琵琶湖北東岸には賎ケ岳古戦場があり、高月町、木之本町には、戦国の世に村人が兵火から守った大小多くの優れた十一面観音像が点在する。背後に白山を控え白山信仰と結びついている。岐阜から冠山を林道で越えるコースは素晴らしい。

船着場の左上に本坊が見える。拝観受付を通り、鳥居をくぐって、最上部の弁天堂(本堂)へは165段の急な石段を登る。 165段の石段の途中から右に緩やかな道があり、唐門・観音堂・都久夫須麻神社に導く。唐門前から石段を登り、右回りで、弁天堂にも行ける。
急な石段。 先ず本堂に参るのが常識。 弁天堂(本堂)の本尊は弁才天(秘仏)
本堂横に納経所がある。眼下に琵琶湖の湖面。 弘法大師上新請来目録(重文)が展示されている。請来目録は東寺にある最澄が写本したのが有名であるが、ここの写本は平安時代の中期のもので、南北朝時代に禅師宗光が奉納したとあり、寄進状とともに展示されている。寄進状の真偽は疑わしいようだが、請来目録は本物(レプリカでない)という。
上部から唐門とそれに続く観音堂を見る。白装束の巡礼がたむろしている。 唐門は、慶長8年(1603)、豊臣秀頼が父太閤の遺命により、京都東山の豊国廟から移築寄進されたもので、桃山様式の代表的遺構で国宝に指定されている。
観音堂の本尊は、千手千眼菩薩(秘仏)。 神社への崖造りの渡廊下は秀吉の御座船(日本丸)を移築したもの(重文)。
竹生島神社本殿(国宝)。都久夫須麻大神を祀る。石段左脇に天忍穂耳大神と大巳貴大神を祀り、右脇に江島大神と厳島大神を祀る。 竹生島八大竜王参拝所
竜神の左右に「阿吽の竜」像が配されている。
湖畔の鳥居に向かって「かわらけ投げ」をする。 湖上から見た竜王拝所。竜王は湖に住む。
船着場の前におみやげ屋が数軒ある。夜になると、お店の人達も島を離れる。 1時間20分の島の滞在であった。
琵琶湖の西湖畔、今津の奥に広がる比良山系に、夕日が落ちる 竹生島全景 海岸は船着場を除いて切り立った岩壁である。島の周囲は100mの水深で、にょっきりと岩塊が水面に顔を出したのが竹生島である。

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