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「西国観音霊場33ケ所」

左Google地図のマーカー
左下が33番谷汲山華厳寺(岐阜)
右上が信州善光寺(長野)と別所温泉北向観音(上田)

(中央にドラッグして周辺を見て下さい)

32番観音正寺(安土町)から国道8号ー彦根IC−名神ー大垣IC−国道157で谷汲山に行く。途中、大垣市内で渋滞にあったが、2時間半ほどで谷汲山華厳寺に到着する。

西国33ケ所の起源は、奈良時代の徳道上人、再興を平安時代中期の花山法皇とされるが、実際に今の形になったのは、平安末期から鎌倉時代に三井寺(天台宗)の行尊などの修験僧が始め、室町時代に現在の順番になったと言われている。江戸時代の関東の人々は、伊勢参りの後に西国巡礼をし、谷汲山で結願し、善光寺と北向観音でお礼参りをして旅を終えたらしい。

西国33ケ所の札所は全て名刹で、山上に造営されたものも多く、日本の古き美しさを兼ね備えている。関東には数少ない荘厳・広大な寺々に江戸っ子達は満足したであろう。

第33番 谷汲山 華厳寺 たにぐみさん けごんじ)  本尊:十一面観世音菩薩
岐阜県谷汲村

天台宗。 創建:延暦17年(798)、開基:豊然上人・大口大領
「桓武天皇の延暦17年(798)奥州の黒川郷富岡(現、福島県会津高田町)の役人大口大領が京都で十一面観音像(作、文殊大士)を作らせ郷里の奥州へ観音像を持ち帰る途中谷汲のふもとで像が急にうごかなくなり大領はこの地こそ結縁の地と考えすでにここで修行中の豊然上人とともに寺を建てて観音像を安置した。」という由来

山門をくぐれば、駐車場が右左にあり、華厳寺まで九丁の道標がある 山門からつづく参道の両側には巡礼用具、石を売る店など
仁王門 仁王門を過ぎると、三十三度石があり、石畳の参道がつづく
三十三とは、三十三観音など現世利益を願う数であるらしい。
百度石の先に手水屋と焼香場 
百度石とはお百度参りをする時に目安とする石。目前の石段が大変だ。
石段を上って、本堂へ
本堂の右に鐘楼。 「西国三十三番満願霊場」 本堂 未来を願う。 右手から裏を回って笈摺堂へ。
笈摺堂(おいずるどう) 着衣(笈摺衣)を収め、過去の願いを収めるお堂。花山法皇が満願の印しとして、御歌とともに収めたという故事による。現在は、巡礼衣・杖、千羽鶴、人形などの奉納物で溢れている。 石段を上り満願堂へ
満願堂 現在の願いを収める。 満願堂から本堂を見る。
樽見鉄道・谷汲口の辺りの田園風景 満願の湯は、山門前にもあるが、谷汲CC近くの谷汲温泉へ


 お礼参り                  
江戸時代から始まった風習で、観音霊場巡りが結願すると、信濃善光寺と別所温泉北向観音に、無事終了のお礼に行くという慣わし。善光寺が来世の、北向観音が現世のご利益を与えるので、両方を参らねば片参りになるという。別所温泉の北向観音堂は、善光寺の方を向かって、北向きに建ち、「対の寺」という。

信州 善光寺   本尊:一光三尊阿弥陀如来像   無宗派。 創建:皇極天皇3年(644)伝、開基:皇極天皇(勅願)   
長野市元善町491
人で賑わう山門 本堂   御開帳の回向柱が立つ
善光寺は7年に一度の前立本尊御開帳で賑わっていた。参拝料¥500で内陣参拝、お戒壇めぐり、経蔵参拝をする。史料館には快慶作とされる阿弥陀如来立像の調査過程が展示されていた。
別所温泉 北向観音  (北向山 常楽寺)  本尊:千手観音菩薩   天台宗。 創建:天長2年(825)、開基:円仁
上田市別所温泉1656
別所温泉街からの参道 北向観音堂と境内

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