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(2) 2001年3月    (その7)完結    (8日間の車(ニッサンテラノ)での巡拝)
   
第三十七番(高知/岩本寺)から第八十八番(香川/大窪寺)まで
   /霊山寺(第一番)、金剛峯寺・奥の院(高野山)、東寺(京都)へのお礼参り

四国88ケ所
一日目
37〜42
二日目
43〜50
三日目
51〜63
四日目
60〜70
五日目
72〜83
六日目
84〜88
高野山
東寺(京都)

  


金剛峯寺、奥の院 (高野山)      東寺 (京都)
お礼参りは高野山の金剛峯寺と奥の院に参拝して終わる。 弘法大師三大霊場の一つである東寺を加えて完結させた。

高野山 金剛峯寺
和歌山県
総本山 金剛峯寺

弘仁7年(817)嵯峨天皇よりこの地を賜り、弟子実慧、泰範に開創を着手させた。空海自身の在命中には伽藍の完成はならなかった。
本坊

空海は、高野山全山が胎蔵界曼荼羅で、伽藍を擁する中央部を金剛界曼荼羅と.見
なしていた。
奥の院
和歌山県
奥の院への一ノ橋参道

高野町は山上にある台地で、東北端に奥の院がある参道は大墓地の中を中ノ橋までつづく。
 
中ノ橋から奥の院

中ノ橋には大駐車場がある。奥の院の弘法大師廟は、山人によって守られ続けた。入定信仰「ありがたや高野の山の岩かげに 大師はいまもおわしますなる」は、高野聖(こうやひじり)によって全国に流布された。
京都 東寺 (教王護国寺)  京都市南区九条町
京都府
南大門

弘仁14年(823)嵯峨天皇から賜り、「教王護国寺」の名のもとに造営した。密教教理を学ぶ学問寺としての位置付けがあった。
大師像

空海は高雄山寺(神護寺)から東寺に移り、高野山に隠棲するまでの10年間をここで過ごした。画期的な教育施設「種芸種智院」の開設、「十住心論」「秘蔵宝鑰」の著述はここで行われた。


金剛峯寺 奥の院 東寺


第2回八十八ヶ所巡拝の旅
四国88ケ所
一日目
37〜42
二日目
43〜50
三日目
51〜63
四日目
60〜70
五日目
72〜83
六日目
84〜88
高野山
東寺(京都)

     第1回八十八ヶ所巡拝の旅
四国88ケ所
一日目
1〜11
二日目
12〜20
三日目
21〜24
四日目
25〜34
五日目
35,36