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知多四国八十八ヶ所

ぶらり歩いて 知多四国八十八ヶ所

上陸大師から内海まで (30.医王寺〜44.大宝寺)
南成岩から富貴まで (21.常楽寺〜25.円観寺)
日間賀島と篠島 (37.大光院〜39.医徳院)

知多四国八十八ヶ所は豊明市栄町の曹源寺から知多半を一周して大府市共和町の円通寺まで194kmの道程である。本四国八十八ヶ所の1400kmに比べるとミニ遍路である。本四国では徳島県の行程(発心の道場)でも245kmある。暖かい冬の一日、歩き遍路の練習をした。                  

本四国八十八ヶ所の始まりは、平安初期の弘仁6年(815)に空海が自分自身の修行した足跡を聖地として開創したとか、衛門三郎が自分の非を恥じて大師を追いかけた道筋を残したとする説などがある。 実際には、後の世の聖人たちが大師修行の聖地を決めたようだ。その後、山人である高野聖の活躍もあり、室町時代に「大師信仰」が盛んになり、江戸時代の中期以後には多くの人が巡拝の旅に出るようになった。

知多四国は、江戸末期の文化6年(1809)知多市妙楽寺の亮山上人が開創した。弘法大師が弘仁5年に三河から舟路で知多半島の東岸を南下し、大井の聖崎に上陸、医王寺から山越えし山海の岩屋寺・大宝寺で護摩行を修し野間へ出たという伝え話をもとにしている。

いずれにしても、現代では健康な思索とレクリエーションの場を与えている。
半田市に出かけた折に、「順打ち(1番寺から順に)」・「逆打ち(88番寺から逆順に)」にこだわらず、気儘に知多四国八十八ヶ所をぶらり歩きした。

参考資料:真野由季江:知多四国88ケ所巡り完全ガイド 海越出版社(1993)
       知多四国霊場会:歩き巡拝知多四国めぐりエリアマップ (平12)




上陸大師から内海まで (30.医王寺〜44.大宝寺) 南成岩から富貴まで (21.常楽寺〜25.円観寺)


上陸大師から内海まで (30.医王寺〜44.大宝寺)  [22km;一日行程] 
    (2002.2.1)


30.宝珠山・医王寺
  
 いおうじ
真言宗

薬師如来
 (秘仏)

AM8:35


聖崎に上陸した弘法大師は、行基菩薩開基のこの寺を真先に訪れた。弘法大師を中興の祖とする。登校前の子供達五人が本堂にたむろしている。迎えの子が来たので、横を走り抜けながら、「おはようございます!」と言って、学校に向った。本堂の左手に弘法堂がある。懸けられた奉納額が古色歴然で雰囲気を高めている。30番より34番までの大井の五寺は100m四方内にあり、一山による輪番管理形式をとる。医王寺は無人で、納経は利性院で行う。

31.宝珠山・利生院
  
 りしょういん
真言宗

不動明王


開基が行基菩薩。 同じ路地に向かい合っている医王寺と宝乗院の納経も受持っていた。朱の山門から入り、正面に大師堂があり、左に本堂と納経所がある。本堂に額に入った曼荼羅がある。寺宝の「大曼荼羅」の掛軸の開帳されるときに来てみたい。

32.宝珠山・宝乗院
  
 ほうじょういん
真言宗

十一面観世音

AM8:00


改築中だった。本堂内には、本尊の十一面観世音像と左手に大師像がある。「金比羅さん」と呼ばれ、この地の船乗りさんの信仰を集めている。海辺のお寺らしい。

33.宝珠山・北室院
  
 きたむろいん
真言宗

聖観世音


AM7:40


開基が行基菩薩、開山は弘法大師。国道247(大井)から南知多有料道路への道に入ってすぐ右にある。この日は、まずこの寺からのスタートだった。
山門には真新しい仁王像が、本堂の左に大師堂があり、その合間の十王堂には立姿の閻魔大王の像がある。朝の参拝をするおばさんが居た。

34.宝珠山・性慶院         上陸大師まで   0.9km
  
 しょうけいいん
真言宗

青面金剛



開基が行基菩薩、開山は弘法大師。同じ屋根の下で、正面に青面金剛、右に大師像、左に地蔵菩薩を配す。境内には本堂に伍してお稲荷さんがある。賭け事に運がつく「おきつねさん」という。知多四国の各寺は、大師信仰にもまして、土地特有のご利益を仰ぐことが多い。

上陸大師へは、大井漁港沿いの道に入り、海岸沿いに行く。工事中の所を崖上に突っ切り大師像を正面に見る参拝所に出る。大師像は、沖合い50m辺りに昭和59年大師1150年御遠忌記念に小島の上に建てられたもの。工事中の裏山の展望公園を通って国道247に戻る。


上陸大師
AM8:59 成願寺まで1km

35.神光山・成願寺       編照寺まで  2km
  
 じょうがんじ
曹洞宗

阿弥陀如来


AM10:05


チッタナポリを通り過ぎた所で港町らしい裏道に入り風景を楽しんでいると、行き過ぎてしまった。小さな路地を入り直し、しばらく行くと簡素なお寺が見える。本堂左に修行大師の大師堂があり、本堂には本尊とその左に身の丈1m近い龍を抱えた円空仏がある。
円空仏について住職に尋ねると、本堂に上げてくれて、禅宗なのに阿弥陀如来(鎌倉期)を本尊にしているのは元天台宗のお寺であったためとか、本尊を金箔塗装しなおし学芸員に怒られた話とか、円空仏は昔この地に白山信仰が盛んで講の人が持帰ったか、あるいは金持ち檀家が飛騨から持帰ったかであるかなど、気さくな住職のお話が聞けた。御住職は”朝一番に円空仏の笑みを拝すと、その日一日幸せな気分になる”と惚れこんでおられた。


師崎東口 AM9:27

みどり屋
 (行き過ぎて見る)

「みどり屋」の左右に細い路地がある  AM9:44


師崎の漁師(もろざき)町を歩く。古びた軒並みに生活がある。
 

36.天永山・遍照寺         浄土寺まで   3km
  
 へんしょうじ
真言宗

弁財天


AM9:50


開基が行基菩薩。 ここも行き過ぎてから戻る。料理旅館「みどり屋」の横の細い路地を入っていくとひっそりとお寺がある。知多四国は本四国のように案内標識が完備されていない。 本尊の弁財天は厨子の中だが、境内にも弁才天の銅像が昭和55年に建立された。


国道247羽豆岬付近 AM11:19

師崎港フェリー乗り場まで道草して、日間賀島(ひまかじま)と篠島(しのじま)と海の青さを眺めてから、国道247に戻る。 AM11:23美舟の前を通りすぎる。16℃微風で快晴。海辺を歩くには最適の気候。 左に水産試験所が見えると、すぐ右側に浄土寺がある。


外.青泰山・浄土寺        影向寺まで   4km
   
 じょうどじ
曹洞宗

薬師如来

AM11:49


お寺の入口右手はには神社がある。神仏習合時の名残りか?八十八ヶ所としては番外の寺。境内に入ると、右側に大亀の石像がある。明治42年に海岸に上がったと云う。「お亀さん」と云い延命長寿の霊験あらたかとか。お堂には、亀に乗った龍亀大菩薩、子供を連れた御手引大師など珍しい像が安置されている。


海鳥が舞う PM12:04

高浜海岸  海岸が岩場に変わる PM12:07

とら薬師(光明寺) PM12:25

とら薬師の「ごめんなさい地蔵」

天然温泉「うめの湯」と安くて美味い魚料理の「まるは新館」を通りすぎ、高浜海岸に沿って歩く。高浜の右手斜面に立派なお寺が見える。南知多33観音霊場の一つ極楽寺である。
高浜の「魚ひろば」近くの国道に面して、とら薬師(光明寺)がある。「魚をとる人、売る人、料理する人、食べる人」が、柄杓で水をかけ供養する魚天さん(魚天観音)が境内にある。子供が悪いことをした時には、可愛い「ごめんなさい地蔵」に詣でる。ここも南知多33観音霊場の一つである。
豊浜の町を過ぎて、貝がら公園を右に見て、半月、東中須のバス停を過ぎ、中州バス停の向こうに影向寺の大きな案内標識が見える。そこまで行って入れば問題ないのに、先に裏道の路地に入る。路地は次第に山を登り、20分ほどして、ついには高台の上から南知多の海を見るようになった。ハイキング気分で、畑のつづく裏山(丘)へ楽しいミスコースをしたことになる。

40.普門山・影向寺      西方寺まで   2.2km
  
 ようごうじ
曹洞宗

十一面観世音


PM2:32


小山を背にこじんまりとしたお寺である。本堂の裏手に慈母観音像が、その下の祠に十二支の守り本尊8体が奉られている。大師堂には子安大師像。

”ニヒルな剣豪・机龍之介”で有名な中里介山作「大菩薩峠(他生の巻)」では、放浪の豪傑画家・田山白雲が房総半島を一周して、「奇岩怪礁に当たって水の怒るるところ、岸辺の砂浜に似たところや、板のやうな岩の上や、岩と岩との狭間に打ち寄する波のあまりが、追いつ追われつしているところ」の画を描く。

知多半島も岬を越えるたびに、様変わりした海岸線が見えてくる。


砂がきれいな山海海岸 PM2:32

41.松原山・西方寺        天龍寺まで   1.5km
  
 さいほうじ
西山浄土宗

阿弥陀如来

PM2:40
 

山海の交差点のすぐ先に西方寺はある。海風に耐えてきたお堂は古色を帯びて厳としている。永正年間(1504〜1520)創建の山門は現在解体修理中である。本堂の左手に大師堂がある。海水浴客で賑わう時にも、ただひっそりと自分の居場所を守っているのだろう。 境内に付近の札所への案内地図が手描きで 貼られている。

南知多有料道路につづく「つくだに街道」を行く。
この道には、電柱にも知多四国八十八ヶ所の案内が貼られ、お寺の入口もすぐ分かる。
30番医王寺付近とここ43岩屋寺と44大宝寺が、ひとえに弘法大師の足跡を偲んでいる風がある。本四国でも、44番が大宝寺で45番が岩屋寺であり、伊予(愛媛県)の山中にあるハイライト寺である。

天龍寺へは「つくだに街道」から PM3:13

42.瑞岸山・天龍寺       岩屋寺まで   0.7km
  
 てんりゅうじ
曹洞宗

阿弥陀如来

PM3:14


「つくだに街道」から一歩参道に入ると、村と一体となったお寺という良い日本の風景になる。この曹洞宗のお寺の本尊も阿弥陀如来である。舟形の背後に五智如来を配した快慶の作というが、残念ながら見落とした。”42才の厄年には42番の札所へ”と厄払大師は招く。静かな山村の禅寺である。

海岸線を歩いていたときと一転して、長閑な田園と山村風景に会う。低い丘が重なった知多半島の景色がある。遠くの山麓に岩屋寺が見える。”お遍路(辺路)さん”と云う言葉がある。辺路(へんろ、へじ)とはもともと海の神を拝す海辺の道のことらしいが、山の神を拝す山辺の道もまた素晴らしい。この辺り・山海(やまみ)の散策はお奨めのコースだ。

さらに「つくだに街道」を行く。 PM3:27

43.大慈山・岩屋寺        奥の院まで   0.3km
  
 いわやじ
尾張高野山宗

千手観世音


PM3:34-47


開基が元正天皇、開山は行基菩薩。江戸時代からの由緒ある寺で、昭和26年に天台宗から脱した尾張高野山宗の総本山。本堂には、左から十一面観音、阿弥陀如来、弘法大師像と並んでいる。建物は新しく寺の規模は大きい。境内の奥には多宝塔があり、大師修行地への登り道がある。奥の院の朱印もここの納経所(本堂内)で貰う。寺宝に「一切経5463巻」などがある。

岩屋寺を奥の院側に出たところに民家があり、その道角に古い不動明王ほかの石仏がある。お寺の方は、「奥の院には車でどうぞ。駐車場もありますから・・。」と言ってくれたが、ぜひ歩きたい参道である。小川沿いに杉の木立がつづく。

岩屋寺の近くで。 PM3:49 奥の院への道は雰囲気がよい。 PM3:53

 

外.岩屋山・奥の院     大宝寺まで   4.8km
  
 おくのいん
尾張高野山宗

聖観世音


PM3:57


開基が行基菩薩、開山は弘法大師。まるで、高野山の奥の院へのミニュチュア版の雰囲気がある。参道が墓で守られている性かもしれない。立派な朱色の多宝塔がある。 申し出れば、三昼夜の参籠行が出来るらしい。


電柱に札所の案内標識がある。 PM4:22 二股の中央に神社がある。右の道で峠越えをする。 PM4:33

岩屋寺奥の院からは、来た道を引き返し、西方寺近くから高さ100m弱の峠越えで大宝寺に向う。案内標識が出ているので、間違う恐れはない。約5キロのトレッキングである。行き交う車も殆ど無く、たまに出会う軽自動車はあえぎながら峠を登ってくる。峠を越える頃には夕暮れ(PM4:59)。

44.管生山・大宝寺        内海駅まで   2.7km
  
 だいほうじ
曹洞宗

釈迦如来

PM5:15


開基/開山は密乗好堅尼和尚。現代版「駆け込み寺」の尼寺。「もくれん荘」は女性に解放されている。手洗所には大師のことを記した多くの貼り紙がある。夕暮れで、納経時間を過ぎて到着したが、庵主さんが出てきてくれて、快く朱印をいただく。「最近、歩く人が多くなりました。そういう時代なのですね。」と言う。ご接待で飴玉を貰う。その飴を口に含んで、人気のない日暮れの山道を下る。


町に近づくと、学校帰りの子供が上ってきて、「こんにちは!」と挨拶する。
 

大宝寺から内海に出る。 PM5:31

内海(うつみ)発PM6:03の電車に乗る。しばらくは、伊勢湾に浮かぶ船の灯りを見ながら電車は走る。

 
この日は、ここで完。      


 南成岩から富貴まで (21.常楽寺〜25.円観寺)  [7.5km;2時間半] 
   (2002.2.2)
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21.天龍山・常楽寺       大日寺まで   3.1km
  
 じょうらくじ
西山浄土宗

阿弥陀如来



初代尾張藩主・徳川義直公から「浄土宗西山派知多一群の総本寺」のお墨付を受けた寺。築地堀に格式を表す5本の定規筋がある。広い境内、立派な山門と鐘楼があり、こっとり地蔵なども面白い。駐車場も幾つかあり、参拝に事欠かない。本尊は重文で、半田市の博物館でもレプリカを見ることができる。名鉄河和線・南成岩駅(みなみならわ)近くにあり、国道247に面している。

砂川橋南から川沿いに PM1:53

国道247を行き、砂川橋南から上ゲ駅に向う。

22.御嶽山・大日寺      蓮花院まで   0.5km
  
 だいにちじ
西山浄土宗

大日如来

PM2:08


開基は行基菩薩。上ゲ(あげ)駅のすぐ近くにある。山門は交通量の多い道に面している。本尊は桓武天皇の勅願寺に奉安されていた大日如来という。本堂の左に大師堂があり、大師像は厨子の中にある。境内も落着いた雰囲気である。
本四国でも、常楽寺と大日寺は隣合い14番と13番の札所になっている。(大日寺の寺号は、4番と28番にも見受けられる。)

23.意龍山・蓮花院      徳正寺まで   1.5km
    れんげいん
西山浄土宗

阿弥陀如来

PM2:26


門を入って正面に多宝塔ような大師堂があり、右手に住職さんが設計したと云う変わった感じの本堂・弘法堂と納経所がある。本堂の一階はホールになっていて、本尊の阿弥陀如来は二階に座し、真言が「オン・アリミタ・テイセイカラウン」であることを書いて貼ってある。本四国では殆どのお寺で本尊の真言が明記されていたが、知多四国では珍しい。留守番の方が朱印を押してくれる。

古い道標  PM2:54

蓮花院から小迎、金下を通り、里中の交差点先の路地を右に入る。徳正寺の前は広場になっていて、山車の倉庫がある。半田祭りにはここから出て行くのだろう。

24.慶亀山・徳正寺     円観寺まで   2.3km
  
 とくしょうじ
曹洞宗

大通智勝仏


PM3:04


本尊左の十一面観音像は、明治の廃仏毀釈の際、信者が持帰り守ったもので、天平時代のもの。本堂の左に大師堂があり、本堂と向かい合って(山門を入って左)役の行者像(古太夫)が祀られている。住職さんの話では、江戸時代にこの辺りは、四村の回りもちで虫供養を行い、大峰講を催し吉野大峰に行くことになっていた名残りとか。虫供養は、今でも阿久比で盛大に行なわれていると。


徳正寺の周囲には、古い道標があり、修業明治5年のみそ・たまりの「南倉」が黒い板塀で残っている。
狭い路地にある南倉を過ぎて、田圃の中を行くと左の森の中に神社がある。神社の前の参拝道を抜け道にして車が通る。民家の間を通りすぎ広い道に出ると、電柱に水鳥薬局の看板がある所を田圃の中を富貴(ふき)駅の方向に歩く。

徳正寺の周囲は古い町並み PM3:09

富貴駅の北側の踏切を越えると間もなく白山神社の鳥居が右に見え、円観寺に到着する。

25.法輪山・円観寺
   えんかんじ
天台宗

阿弥陀仏


PM3:40


白山城跡にあり、山門脇の宝篋印塔はその名残り。護摩堂は総ケヤキ造りで文政年間の建立。中庭には樹齢500年のさざんかの大木がある。護摩堂の不動明王は、厨子の中だが、その前に大きな弘吉布袋が鎮座して、頭上の絵馬の額も古びていて良い。大師堂左の庚申堂には石仏の青面金剛像がある。青面金剛とは疫病を流行らせる神(仏)であり、これを祀ることによりその流行を防ぐ。青面金剛は「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿を従える。試みにインターネットで「青面金剛」を検索すると、1230件出てきて、道祖神として祀られる各地の石仏像を解説付で見ることができる。道教的色彩の濃い神で、江戸時代の典型的な民間信仰を見る。庚申堂の左に「ぼけ封じ観音」が安置されている。お寺の右隣は白山神社。



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