| (30.医王寺〜44.大宝寺) | (21.常楽寺〜25.円観寺) | (37.大光院〜39.医徳院) |
知多四国八十八ヶ所
| ぶらり歩いて | 知多四国八十八ヶ所 | 2 |
(日間賀島と篠島 37.大光院〜39.医徳院)
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「西浦や 東浦あり 日間賀島 篠島かけて 四国なるらむ」 平正16年、日間賀島には3月中旬に、そして7月初めに篠島に渡った。いずれも兄夫婦との小散策の旅である。 私の「知多四国巡礼」は、半田市に住む兄宅に出かけた時の「ついでの知多四国」である。それでも、知多半島の信仰と歴史と土地柄についての新しい発見がある。 弘法大師は南知多大井に上陸し、医王寺から山を越え野間へ出て伊勢湾を北上した。 日間賀島と篠島は弘法大師と直接的な関係はないが、ともに伊勢神宮との関係が深い島であり、由緒正しいお寺が島の信仰を守ってきた。 |
日間賀島の知多四国札所 |
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日間賀島は「たこ」の島であるが、3月中旬は小女子(こおなご)漁で賑わっていた。 知多四国の札所・大光院は東港から約3分の所にある。西港周辺が賑やかなのに対して、東港周辺は静かな町である。近くに日間賀神社、大光古墳群がある。 |
| 37.魚養山大光院 (真言宗豊山派) | |
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| 東港から海岸線を歩き、「南無大師遍照金剛」の幟に導かれて細い道に入る。 | 門前にお土産物を売る茶店が2軒ある。海産物を売っていた。大光寺は素朴な佇まいのお寺である。 |
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高速フェリーから篠島を見る。 日間賀島は背の高い割烹旅館・ホテルが多く観光地化しているが、篠島は民宿中心にしっとりと素朴な雰囲気が多く残っている。 いずれも周囲約6kmの小さな島である。 |
篠島の知多四国札所 |
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![]() 「御幣(おんべ)鯛」は鯛を塩漬けに調整しもので、伊勢神宮の三大祭り(神嘗祭、6月と12月の月次祭)に献上しお供えする。 |
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| 「おんべだい」調整所の社(中手島) | ||
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| 神明社(伊勢神宮とそっくりと云う) 祭神は、大土御祖神、大年神、宇迎之御魂神。 |
宝亀2年(771)伊勢神宮より土之宮を勧請し、「伊勢土之宮」と尊称した。お伊勢参りでは、篠島に渡るか二見浦の拝所からこの宮を参拝したと伝えられている。 | |
| 38.龍門山正法禅寺 (曹洞宗) | ||
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| 境内には正保2年(1645)の銘のある梵鐘がある。 | この島では弘法大師像が道端やお寺の境内で見つけられる。全部で88あるらしい。 | |
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裏手の坂道から正法寺と港が見える。 | |
| 月山篠山 寂静山西方寺 (浄土宗) (番外) | ||
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番外の西方寺では巡礼の一行と出会う。般若心経を合唱していた。 | |
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西方寺から医徳院へ行く途中に「帝井(みかどい)」がる。南北朝時代の延元3年(1338)義良親王(後村上天皇)が立寄り飲料水として使用したという。 | |
| 39.金剛山医徳院 (真言宗豊山派) | ||
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| 鎌倉時代(1212)に南知多大井の医王寺の一坊をここに移し、神宮寺として創建された。室町時代(1462)に薬師堂を建立し医徳院と改めた。 | 幼稚園が併設されていて、巡礼者の目を楽しませるつつじ、さつき、あじさいの丘は、境内の一部である。 | |
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![]() 前浜(ないば)と呼ばれる800mもつづく遠浅の海岸。知多半島が目前に。 |
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| 坂のある町は、行止まりのない町でもある。 | ||
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