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札所1番〜札所15番 札所16番〜札所25番 札所26番〜札所30番 札所31番から結願まで


秩父観音霊場34ケ所 
(午歳総開帳)

(その2

荒川東岸沿いの巡礼

  (平14.5.21)

            秩父市内札所16番から出発し荒川東岸に渡り札所25番までを歩く

札所19番・竜石寺から旧秩父橋で荒川を渡り、20番・岩之上堂から荒川の東岸沿いに25番・久昌寺までを歩く。途中、秩父公園ミューズパーク麓の林間ハイキングコースもある。

 
                                        秩父橋で荒川を渡る

札所 本尊 観音様のお姿
16.西光寺 千手観世音 三つ重なったように見える蓮台の上に、可愛らしい先手観音像がある。行基作という。
17.定林寺 十一面観世音 玉眼がはめられた像というが、厨子内の金箔を背にした黒っぽい像の表情は、暗い堂内の外からでは窺い知ることができない。 鎌倉末期の作
55cm
寄木造り
18.神門寺 聖観世音 両手で蓮茎を捧げ持つきれいな姿。堂内が明るいので、しみじみ拝観できる。 室町期
100cm
19.龍石寺 千手観世音 暗い堂内であるが、本尊が座像で、素朴な木像であることは分る。 室町期
49cm
寄木造り
20.岩之上堂 聖観世音 開帳された厨子の扉の見返しが見事である。春日厨子と云い元禄期のもので、極彩色の日天、風神などがはめ込まれている。くすんで素朴な丸顔の本尊とは時代的に別物なのが分かる。 藤原期
71cm
寄木漆箔
21.観音寺 聖観世音 堂外からは仕切りの金網が遮って、せっかくのご開帳なのによくそのお姿が分からない。火災にあった時も無事に残り、「火伏せ観音」と呼ばれている。行基作とも。
22.童子堂 聖観世音 金箔の宮殿風厨子内に弘法大師作と云われる聖観音立像。細身の姿に見られるが、写真で見る前立本尊はふっくらとして丸顔。
23.音楽寺 聖観世音 大きな厨子の中に更に三つの厨子が開帳されていて、中央が本尊の慈覚大師作と伝えられる聖観音。 室町期
74.2cm
立像
24.法泉寺 聖観世音 宝冠を載せた小さな座像。 室町期・宋朝風
25cm
一木造り座像
25.久昌寺 聖観世音 観音堂が傷んでいるので、本堂でご開帳されている。行基作といわれているが、室町期の像。 室町期


巡礼風景

AM7:09の町田発、八王子・東飯能乗換えで、西武秩父にAM9:16に着く。秩父市内をぶらり歩いて札所16番・西光寺から秩父橋近くの札所19番を正午に通過する。秩父橋を渡った後は、荒川の東岸を川上(三峰口方面)へ巡礼する。荒川の向うに武甲山がいつも眺められ、のどかな山村風景の中を札所25番まで行く。野仏や祠が点在する。

16.西光寺 (さいこうじ)

西武秩父駅から、慈眼寺、今宮坊を通り過ぎ、荒川にかかる秩父公園橋へ向う。橋が見え隠れしてくる所に、民家に包まれて西光寺がある。

AM9:52−10:20
山門はお寺の西側にある。お寺は白壁に囲まれている。正面に本堂、右手に札堂(旧観音堂)がある。札堂には、江戸時代の巡礼が木製の納札を打付けた釘跡が残っている。「札所を打つ」の語源を如実に物語っている。

宝永7年(1710)建立の本堂の前面欄間には、釈迦涅槃像が彫刻されている。本堂の左の部屋では、仏画を描く僧侶(住職?)が居て、描き上げた仏さまが掛けられていた。

樽姿のお堂には大黒天が祀られている。商売繁盛を願ってお参りする人の多いこと・・・。真言宗のこのお寺には、四国八十八ヶ所全ての本尊摸像を並べた回廊堂もある。
17.定林寺 (じょうりんじ)

AM10:30−10:52
昔はここが一番寺であった。檀家の人で守っているお堂で、近くの老婆が車椅子で独りでお参りに来ていた。

百観音の本尊を浮き彫りにした宝暦8年(1758)に鋳造された梵鐘がある。老婆が教えてくれたように、まことに音色が良い。鐘は参拝の始めにつき、帰るときにはつかないことに注意する。

十七番から二十番までは市内巡礼古道として、住宅の間をぬって巡礼道が設定されている。生活空間の中を巡礼する。秩父鉄道を無人踏切で越して道しるべどうりに行くと、車の往来のはげしい国道に出る。道路の向うに札所がある。
18.神門寺 (ごうどじ)

AM11:14−11:32
本堂のすぐ裏が国道140で、駐車場がある。山門は国道から路地を入った(写真の)左手にある。唐波風の欄間の彫刻は安政年間のものである。秩父の札所には、彫刻に凝ったものが多い。


巡礼道は単線の秩父鉄道を再び横切り(大野原付近)、荒川にかかる秩父橋を目指す。橋の手前に19番札所はある。
19.龍石寺 (りゅうせきじ)



AM11:45−12:05
お寺全部が巨大な岩の上にある。仏教の暗い面を強調したお寺と云う。三途婆(さんずば)堂は、三途の川の岸辺で死者の衣を脱がせるところ。おどろおどろしい雰囲気が漂うが、すぐ隣に近代的な明るいマンションがある。


昔は渡船した荒川を秩父橋で渡る。左前方に見える新秩父橋(昭60年に完成した吊橋)の橋詰で国道299を横切り、段丘上にある二十番札所への坂を登る。

秩父橋を渡ってからは、
荒川の東岸を山裾沿いに、上流に向って巡礼をつづける。

20.岩之上堂 (いわのうえどう)

PM12:20−12:25
新秩父橋から坂を登り段丘上の道を少し歩くと札所の石碑が現れ、左手すぐ下にお堂が見える。荒川をはさんで向うに、秩父の町並みが開ける。

適度の大きさの樹木が茂り、”お庭”の感じがする境内に秩父札所中最古(江戸初期)のお堂が形よくある。元禄期奉納の須彌壇、厨子と厨子の見返しの日天、月天、風神、雷神などと平安期の本尊、いずれもここの雰囲気に似つかわしい。
21.観音寺 (かんのんじ)

PM12:45−1:05
段丘上の道をさらに進むと県道に面した観音寺(矢之堂)に至る。開放的な境内に観音堂がある。大正12年に古い堂宇は古文書もろとも焼失したが、本尊は残った。現在の堂宇は他村の廃寺を移築したもの。

宝篋印塔、百万遍念仏塔、句碑などが道に面したお寺の入口にある。

次の札所までは、開けた景色の県道を歩く。石仏が点在する。薬師堂と大日堂が距離をおいてある。昔、坊さんの運転する車に同乗した時、道端の石仏を見つける度に手を合せ拝んでいたのを思い出す。
22.童子堂 (どうじどう)

PM1:15−1:38
県道には童子堂の石碑があり、わき道を入ると茅葺の立派な山門が見えてくる。稚拙だがその場に似つかわしい仁王様が迎えてくれる。山門をくぐりお堂までは畑になる。お堂を支える人の畑らしい。いかにも山村のお寺という雰囲気をかもしだす。

このお寺も檀家の人々で守っている。元禄14年(1701)の建立のお堂は古びているが、欄間の彫刻はここも華やかで、秩父山村の信仰の深さが偲ばれる。

二十二番から二十四番は長尾根古道で、山の中を進む。小鹿坂(おがさか)を越えると民家がが現れ音楽寺の入口に至る。

23.音楽寺 (おんがくじ)



PM2:02−2:52
参道の石の階段を登った所が納経所で、観音堂はさらに奥に進み石段を登る。「松の梢を吹く風の音」が音楽寺の名の由来という。


音楽寺の名前にひかれ、新曲ヒット祈願に歌手が参拝し、ポスターを奉納していくらしい。ポスター用の掲示板が用意されている。
山門近くの茶店でとろろそばを食べる。

音楽寺から引続き長尾根ハイキングコースを行く。長尾根古道のつづきでもある。公園内の道から道しるべどうりに堰堤の下を横切る。


コースは軽いアップダウンがあり、草の道から泥の道へとつづき、やがて車道に出て、県道につながる。
24.法泉寺 (ほうせんじ)

PM3:45−4:00
県道72に面して本堂への参道と石段がある。

本堂は前面の左右がとび出した凹形になっており、とび出した左右に仁王様がいる。目のつりあがりが印象的な可愛い仁王様だ。秩父の仁王様はおおむね愛嬌がある。

法泉寺からは県道を行く。巴川橋先で左下方に荒川が蛇行している様が見られる。橋の少し先から別所・久那巡礼古道に入る。畑の中、民家の間のいたる所に「巡礼道」の標識がつけられ、次の札所まで導いてくれる。
25.久昌寺 (きゅうしょうじ)

PM4:35−5:05
畑と民家をぬって歩くと、山門の前に出る。山門が近くの民家で護られている感じがする。観音堂へは、樹林の中の狭い道を登っていく。

観音堂は味のある江戸後期の建物だが、痛みが激しいためか、閉じられている。”御開帳は本坊で行われています”と貼紙がある。唐戸には”よだれかけ”がいくつか掛けられている。観音堂草創伝説は、悪女だが子を想う女と、その孝行娘と旅僧と村人との物語りである。親の後生を願ういたいけな娘と、それに心うたれた優しい村人たちの話である。

観音堂から弁天池に沿って歩くと本坊に着く。池では近在の子達が釣りをしている。明るい開けた農村風景がある。

弁天池と観音堂
観音堂は春には桜で覆われる。
日暮れ近い長閑な山村を歩き、久須橋で荒川を渡ると浦山口(秩父鉄道)に出る。バスで西武秩父駅に戻る。
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