2004年4月15日、福島県二本松市
ついに来ました二本松訓練所。
噂どおりの山の中…というかむしろ山の上にあるこの訓練所、まだサクラも咲いていなかった。
協力隊の訓練所は国内に三箇所。東京の広尾、長野の駒ヶ根、そして福島の二本松である。派遣先の地域で訓練所が決まるということだ。
最初この訓練所に何人くらいが集まるのかは全然知らなかった。
50人もいるのかな?とか思いつつ蓋を開けたらなんと総勢約200人…。多!
しかもただの200人ではない。
ここに集ったのは厳しい試験をくぐりぬけ、「こいつならまあ生きていけるだろ」と
太鼓判を押された「青年海外協力隊員候補生」の精鋭200人なのである。
濃い。
とりあえず、濃い。
協力隊というのは少し変な…いやいや少し変わった人が多いようである。
「お前が言うな」とか言うな。わかってるから。うん。
とにかく、そんな選ばれし兵どもがなんと200人ですよ。
ふと見ればドリフのカミナリ様みたいな髪型の人がいる。
一方では入所式でさっそく倒れる人もいる。
かと思えばケン玉日本一がさりげなく混じってたりするし、
見るからにひ弱そうな人が自己紹介で「実は引きこもりです」って言いだしたりする。
引きこもりてオイ!
しかしそんな彼らは皆なにかしらの職種を持っているのである。
例えば野菜。例えば空手。例えば音楽。例えば生態調査。
保育師もいる。建築家もいる。農家に、看護婦、コンピューター技師から陶芸家までいる。
第一印象:「村おこし?」
異世界である。
20歳から40歳まで、それぞれ異なる専門を持った人々が一堂に会し、
山奥の閉ざされた空間で3ヶ月弱を共に過ごすのである。
異様だ!
とりあえず生活班が決まっておる。それも名簿順である。
よって我が班は「ま」の人ばっかりである。
班には「まず班長ありき」という不滅の真理があるので、当然班長も決まる。
そして給食当番(正確には食後の洗い物当番)と日直の順番なんかを決める。
各種委員会も発足する。ちなみに私は図書委員である。小学校以来である。
次第にサークルも生まれる。サルサ同好会が腰をくねらせ、合唱部は大地讃唱を熱唱し始める。
さらに訓練時の思い出を残すべく、アルバム委員会が出てくる。委員長、はりきる。
そのうちとっても仲の良い人達が目につき始めたりして、どこかで舌打ちが聞こえる。
そんな訓練所生活は全部で79日間。長いのか、はたまた短いのかは人によって違うだろう。
とにかく訓練修了までの予定は詰め込み教育並みに詰まりきっている。嵐のようである。
語学、各種講座に始まり、レポート提出、テスト、体力測定、語学発表会、
予防注射、登山、マラソン大会、調理実習みたいなものまである。
第二印象:「中学校?」
いや実際、酒が呑める中学校生活という表現が結構しっくりくる。
どういうわけか最後の日にはフォークダンスまでしたし。ある意味踊らされた気分である。
今まで社会人だった人達が責任から開放され、こういう学生に戻った気分になるらしいので
訓練所での生活では多くの人が「幼児化する」傾向があるという。
なるほど、確かにそうかもしれない。
え?僕ですか?いやー社会に出たことないもんで…でも訓練所でも変わらずマイペースでしたよ。
休日に山を下りず、逆に登ったりする変な人だったので。
さて、この時点ではまだ我々は協力隊員ではなく、隊員候補生という身分である。
よって放送で呼び出される時も「○○候補生」と呼ばれる。上官は何故かスタッフと呼ばれる。
何度も言うがここは訓練所なのである。ここでの生活はあくまで訓練なのである。
それではざっと平均的な訓練所の1日を紹介いたそう。
朝は6時半から「朝の集い」を行う。各班一列に並んで人員報告をする。
「第○班、異常ありません!」とかを毎朝やる。次に国旗が掲揚され、国歌も流れる。
その後連絡事項が飛び交う。最もよく聞いた連絡は「戸締りしっかりしろよ」であった。平和だ。
そんな中、次はラジオ体操をやる。体育委員が前に出て、第二までみっちりやる。
1つだけどうしても解明できない動きがあったが、修了の日までそれとなく誤魔化す。
そしてランニングに出る。コースは1.5km、2km、3kmの3つから任意で選ぶ。
しかし雨だったり、注射の翌日だったりすると体育館でランニングの代わりに歌の練習をしたりする。
ちなみに協力隊には「隊歌」が存在する。その名も、「若い力の歌」である。何と4番まである。
ともあれその後朝食を摂り、部屋に戻る。掃除当番は廊下を掃いたりする。たまに忘れたりする。
8時45分から語学が始まる。昼食を摂る。昼食後はまた3時まで語学漬けである。
その後は別の講座(座学)が入っていたり、何もない日は自主学習の時間になったりする。
つまり5時までは勝手に部屋に戻ってはいけないのである。5時までは勉強しろと。
で、夕食後は基本的に自由。踊りたければ踊っても良い。
しかしレポートやら語学の宿題やらに追われているので大抵は夕食後も踊らずに勉強する。
10時45分に班で点呼、連絡があり、11時には消灯。以降は部屋から出てはいけない。
次の日も6時起きなので、早く寝るにこしたことはないのである。
ついでに言うと平日は外出がほぼ不可能なのだが、週末のみ可能である。
だからほとんどの人が土日は山を下りて酒盛りに興じるわけである。
しかしここは訓練所である。門限は何と10時である。遅れたら反省文の刑である。反省文て。
そんなわけで週末の夜、訓練所の廊下は倒れている人や運ばれている人で活気溢れるのである。
こうして、79日という期間で数々のドラマが生まれていくのであった。