「人間に限界なんて 絶対にねェ」
協力隊を志す人へ
一、覚悟
 
 
 
さて協力隊への参加を真剣に考えている皆様、覚悟はよろしいですか?
 
 
協力隊活動というのは、決して毎日が楽しく、充実したものであるとは限りません。
いや、むしろその可能性は低い場合も多分にあります。
辛いこと、困難なことは、それこそ毎日のように襲ってきます。
僕も毎日楽しんでいるようで(ある意味楽しんでますが)、色々と悩むことは尽きないんですよ。
とかくイメージが先行しがちなこの協力隊の実際について、少しじっくり考えて下さい。
 
 
まず、生活面。
僕は現在かなり恵まれた環境で生活していますが(それでも最初の一ヶ月は電気なかったけど)、
アフリカの一部なんかでは、今も電気やガス、水道が普通にないような場所で活動している隊員が
いるんですよ。
想像できますか?電気と水道がない生活。
手っ取り早いのは山の中ですね。キャンプしたときの体験を思い出して下さい。
ご飯を炊くには火が必要です。火をつけるには薪を集めなければなりません。
或いは、モンゴルの例で言えば、遊牧民の主要な燃料は家畜の糞です。糞を集めるのです。
水は井戸があれば良いですが、なければ川から運んでくるしかありません。
1日の何分の1かを、仕事とは関係なく、ただ自分が生きるためだけに費やすのです。
そんな生活を日常として送る覚悟はありますか?
 
僕の訓練所での生活班班長もそういった類の任地らしいです。
派遣後は連絡が途絶えて今どうしてるのかわかりませんが、派遣先はアフリカの小さな村。
彼の台詞は印象的でした。
「地図にも載っていない、最後の秘境らしいんですよ。あはは」
 
あははぢゃねえ。
 
まあどこまで本当かは知りませんが、とりあえず凄い場所なのは確かでしょう。
そんな最後の秘境へ派遣される職種って何なんだろう…って思うじゃないですか。
体育。
職種、体育?そんな場所でたいいく?思い切り良過ぎない?
しかも彼は体育会系のクセに英語は既にペラペーラだったんですが、やっぱり任地では
現地語一筋らしいです。ま、僕もモンゴルなのにカザフ語100%の町で暮らしてますけど。
 
とにかく、こんなシャレみたいな状況も「あはは」って笑い飛ばせるくらいじゃないと駄目なんですよ。
実際、生活環境なんか大した問題じゃありません。むしろ貴重な経験です。
本当にしんどいのは、やはり活動面。
 
 
「行ってみたら、仕事がなかった」
 
これは協力隊員にとって決して珍しい状態ではありません。
協力隊員要請から実際の派遣まで、試験、訓練を通して最低でも1年間という期間が必要です。
よってその1年の間に隊員を要請した本人が異動したりして配属先にいなくなっていたり、
要請当時から状況が大きく変わって、要請背景にあった問題が変わっていたりするのはよくあること。そこまでいかなくても、「仕事の為の条件がかなり酷い」という状態は、まあ普通ですね。
僕なんか調査しに来たのに、その為の定期的な予算が「0」ですよ?とりあえずフテ寝は仕方ない。
 
こんな状況ですから、派遣前に漠然と抱いていたイメージや計画といったものは
見事に打ち砕かれるわけです。恐らく半年くらいは何もできないでしょう(あくまで僕の感想ね)。
自分の考えで何か活動をスタートさせたくても、日本のやり方しか知らない、それも若造が、
現場を良く知らないままですぐに何かやろうとしたって上手く行くはずがない。
「自分は何しに来たのか、本当に必要とされているのか」
おそらく協力隊員であれば誰もが悩むことじゃないかと思います。
そして、たぶんそこからが本当の勝負なんですよ。
 
現場を見て、人を見て、何が問題なのかをこの眼で良く見て、本当に少しずつ少しずつ、
自分ができること、やるべきことは何なのかを自分で見定めて行くのです。時間は必要です。
「協力隊員は、自分で仕事を見つけなければならない」と言われる所以でしょう。
 
例えば、同期の看護婦隊員は魚の養殖をしてるらしい。
何がどうなってそうなったのかは知りませんが、彼女も自分のできること、やるべきことをじっくり
見定めた結果なのでしょう。必要だと思えば、職種に捉われることなんて全然ないと思います。
しかし、いつまで経っても自分がここにいる意義や楽しみを見出せないまま、最終的には
「任期短縮」という道を選ぶ人も中にはいます。
結局最後は自分次第。ここにいる意義は自分で見つけ出すしかないのです。
「こんなはずじゃなかった」。その暗闇から自分で道を作る覚悟はありますか?
 
 
 
最後にもう1つだけ。
世界一安全な国日本で生活してきた僕達は、安全・安心に慣れすぎています。
逆に一般に発展途上国と呼ばれる国では、常に身の危険に晒されています。
具体的に言えば、事故、犯罪、病気です。
海外に出たことがある人ならよくご存知でしょうが、発展途上国と呼ばれる国々は、
車優先社会です。
モンゴルも酷い。首都の交通事情はありえない。信号なんてほとんど意味がない。
「轢かれたら歩行者が悪い」くらいの勢いで、歩行者がいても車は止まってくれません。
むしろ「なんで避けないんだよ」くらいの勢いでクラクション鳴らしまくり。ちくしょ…
理不尽ですが、こんな世界では本当に轢かれる方にも非がある。注意不足です。
 
犯罪についても同様。
特に日本人はお金持ちのクセに注意が不足している。狙う側にしたらこれほどオイシイ標的はない。
例えネギを上手く隠したとしても、自分達がカモであることには変わりないんです。
だから常に狙われているという意識はどこかに持っていなければなりません。
こういうことは訓練所でもイヤというほど聞かされますが、実際は中々難しい。
先日も、僕の同期が夜道で強盗に遭いました。
幸い怪我などはなかったようですが、丁度持っていた大金を盗られたそうです。
本当に大事がなくて良かった。最近ではモンゴルでもお金の為に外国人を殺すといった
重犯罪が増えています。こればっかりは、起こってからでは遅い。
 
あとは、病気。モンゴルは例外ですが、派遣国の大半は熱帯なので、
デング熱やらマラリアやら、おっそろしい病気がウジャウジャウジャ。
しかもこういう病気には、大半の協力隊員が罹るんだそうです。モンゴルで良かった。寒いけど。
更に医療事情が充実しているような場所は当然ながら少ないです。
つまり、日本では大したことのない病気も、任国では重病扱いになります。
あと、狂犬病も普通にあります。これは発病したら致死率100%。つまり、間違いなく死にます。
この現実を知りながら、協力隊員でも犬に噛まれる人が後をたたないとか。
おそらくは日本の感覚で犬を撫でてやろうとか思ったのかもしれませんが、
僕から言わせてもらえば、それで噛まれたりするのは愚かとしか言いようがない。
一般に、任国での犬の地位は低いです。犬を愛玩動物として見るという意識は低く、
むしろ危険なものとして捉えているため、犬を見たら普通に石を投げたりします。
でも任国では、それが正しい。人間と動物の距離がキチンと保たれているんです。
僕の感覚からしたら、日本のような状態の方が何か変な感じがします。
 
以上のように、協力隊に参加するということは、自ら危険の中に身を投じるということです。
だからJICA事務所側も講習会などを開いて安全対策には過剰なまでに注意を払っています。
 
協力隊活動なんて所詮はたったの2年間。人生の通過点の1つに過ぎません。
帰国後は協力隊活動によって得たものを、今度は日本の為に活かすという責任もあります。
協力隊というボランティア事業において唯一果たすべき義務があるとすれば、
それは「健康な体で、必ず生きて日本に帰ってくる」ということだと思います。
もしも「協力隊参加は小さい頃からの夢で、協力隊活動に命賭けます!」
なんて考えている人は、協力隊には参加するべきではない。
「協力隊」とは決してゴールではありません。
 
何があっても必ず無事に生きて帰ってくる。その覚悟がありますか?
★注意
ここで述べるものは全て僕の個人的な意見です。
あくまでいち協力隊員(新卒、生態調査)の意見として、参考にして下さい。
一、覚悟
二、受験
三、訓練
協力隊参加を考えている人たちへの助言です
表紙
協力隊への道
受験編
モンゴル
奇譚・裏
自己紹介
協力隊への道
訓練編
協力隊を
志す人へ
モンゴル
奇譚・表
言霊
まんが道
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