「丘の上の麦畑」石牟礼道子

この教材では「近代以前」が郷愁を持って扱われます。

著者は水俣病に題材をとった作品「苦界浄土」で有名な石牟礼道子さん。彼女のゆったりとして、素朴かつ品位ある熊本言葉は

、ハマーの好むところのものであります。

怒っていることはきわめて簡単。

・子供のころ、母や叔母と麦踏をした。

・麦の芽がつぶれやしないかと心配だった。

・しかし幾週間かして見に行くと、麦の芽は丈夫になり、増えていた。

・その日の夕方、帰りしなに丘の上の麦畑を見上げると、不思議な光に包まれていた。

・駆け上がると光は消えていた。

・しかしたった今、太陽の導きによって、大地と水から麦の霊たちが生まれていたことを、著者は感じた。

・今、丘に登っても、太陽も土も水も衰え果てて、あのころの輝きはない。

これだけのことですが、「あそこの枝に陽いさまの来なはった」とか。「(麦の芽が)起き上がって、妹じょの、弟じょのち、うんと連

れてくる」などというせりふに、近代が失ったもの、すなわち自然に敬意を払いつつ、自然とともに生きる暮らしが生き生きと描写

されており、何とかしてそれを伝えたく思う著者の気持ちが、末尾よりさびしく感じられるのであります。