当HPに来ていただいているベテランNBAファンの中さんこと中昇やすたかさんが、掲示板での無理なお願いから
何とコラムを書いて下さることになりました!思い出話からNBAの今昔、時に鋭く時にまったり。是非ご堪能下さい。

            中昇やすたかさんのHP(日記)はこちら(NBA、野球、競馬等々・・・)

 

以下 中さんより

皆様、はじめまして。掲示板での「中」こと中昇やすたかといいます。
管理人様のご厚意で、コラムを書かせていただくこととなりました。
1ベテランファンの昔語り(といってもそんなに昔ではないが)として
聞き流していただければ幸いです。


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【第4回 ポイントガード受難の時代】 

ポイントガード受難の時代。

ここ十数年は、そういっても差し支えのない状況にある。
PGのポジションにスーパースターがいなかったわけではない。
1万5000余りの通算アシストを残し、40歳まで現役を続けたジョン・ストックトン。
類まれなスキルとセンスでチームを牽引する天才ガード、ジェイソン・キッド。
強烈なディフェンスとトークが持ち味のゲーリー.ペイトン。
将来殿堂入りを果たしそうな選手だけでもこれだけ名前が挙がるのだが、彼らは
誰一人として、チャンピオンリングをその手にはしていない。

次のデータが、それを如実に物語っていると言えよう。



年   チャンピオン       チャンピオン所属リーグの出場PG

’95  ヒューストン       ペイトン(SEA)、ストックトン(UTA)
’96  シカゴ          A・ハーダウェイ(ORL)、ブランドン(CLE)
’97  シカゴ          A・ハーダウェイ(ORL)、ブランドン(CLE)、T・ハーダウェイ(MIA)
’98  シカゴ          A・ハーダウェイ(ORL)、T・ハーダウェイ(MIA)
’99  サンアントニオ        (ロックアウトのため開催なし)
’00  LAレイカーズ      キッド(PHO)、ペイトン(SEA)、ストックトン(UTA)
’01  LAレイカーズ      キッド(PHO)、ペイトン(SEA)
’02  LAレイカーズ      フランシス(HOU)、ペイトン(SEA)、ナッシュ(DAL)
’03  サンアントニオ      フランシス(HOU)、ペイトン(SEA)、マーブリー(PHO)
’04  デトロイト         キッド(NJ)、デイビス(NO)



これは、その年のチャンピオンチームと、同一年度のオールスターに出場した、
チャンピオンチーム所属リーグのPGを掲載した表だ。
見事なまでにオールスターガードとチャンピオンシップに関連性がないことが見て取れるはずだ。
オールスターに選出されたPGがチームを率いてチャンピオンとなった例を探すと、
アイザイア・トーマス(現ニックスGM)率いる『バッドボーイズ』がNBA連覇を成し遂げた
’89〜’90のシーズンまで遡らなければならない。
実に15年前。さしもの当HPの管理人様も、その頃にはまだ周りを見上げて生活していた頃だ。


さて、その14年間の優勝チームを見てみると、ある程度の傾向がみてとれる。

まず、シカゴが6回、LALが3回。これら全てはフィル・ジャクソンHCの手によるものだ。
彼とウィンターACが提唱したトライアングルオフェンスは、インサイドプレイヤーを中心に
パスゲームをすることでシュートチャンスを作るという性質のため、オールスターに出てくるような
「パスやドライブで味方のチャンスやゲームを創るPG」が必要なかった。
それは彼らのPGがパクソンであり、BJであり、ディフェンス専任になったハーパーであり、
フィッシャーであることからも明らかだ。

その他の年のうち、ヒューストンとサンアントニオはオラジュワンやダンカン・ロビンソンのように、
インサイドの核がしっかりしたチームである。こういうチームの場合、PGの仕事の多くは
ボールを運ぶこととインサイドにボールを入れることを中心としたハーフコートのゲームメイクの
能力が問われてしまうため、PGの働きが派手にはなりにくい。

昨年のデトロイトについてはどちらかというとジャクソン時代のチームと似たところがあって、
上手くシステム化され、ボールをシェアするチームカラーとなっている。
(ビラップスの勝負強さはオールスターに値すると思うが、数字の残るタイプでもなく派手でも
ないため過小評価されている)


それに対してオールスターに選ばれるようなPGは、ほとんどの場合次のような特徴を持っている。

・その気になれば平気で2〜30点取れるくらいオフェンス力が高い
・身体能力が高く、走るバスケが大好き

上のリストに掲載されているスターたちの中でも、この二つの特徴に両方とも合致しない例外は
ストックトンくらいのものだ。

ただ、彼らが勝利に貢献していないというわけではもちろんない。たとえば、上記と同じ条件で
「チャンピオンチーム」を「ファイナル出場チーム」に条件を緩めてみると、Aハーダウェイ、ペイトン、
ストックトン、キッドと一流どころのPGが名を連ねるようになる。
彼らのチームがなぜ勝てなかったかについては、相手の関係とかチームの成熟度合いとか
極限での勝負強さとか色々な理由があるが、ここ10年くらいの、「ディフェンスとハーフコートの
オフェンスがしっかりできるスロー向きのチームがプレーオフで強い」というトレンドに打ち勝てなかった
という理由が強いと思う。(ここでも例外はストックトンだが、彼の場合は神が相手だったのと
相方の勝負強さに問題があった)


では、今後、オールスターPGたちにチャンピオンリング獲得の目はないのかというと、そういうわけでは
ないと思う。ただ、勝利を求めるプレーオフにおいて、上記のようなトレンドが今後変わっていくとは
思えず、それはつまり、「少なくともハーフコートの組み立てを覚えていかないと問題外」ということを
意味する。ペイトンは結局それが出来ず、昨年恐らく最後であろうチャンスを逸して現役生活を終える
ことになりそうだ。

所属チームの方針に引っ張られて再チャレンジを余儀なくされるキッドの動向は?
未だにワンマンから脱却できないマーブリーは今度こそチームを向上させられるか?
環境が変わったところでにわかに駒が揃ったフランシスの舵取りは?
ナッシュはセンターのいないチームを頂点に持っていけるのか?
ウェイドはシャックとボールを上手にシェアし続けられるか?

PG受難などと言わせない活躍が見られることを願う。






第三回  第2回続き 90年代シクサーズの歴史と今後の展望】 
長期サボり申し訳ない。
サボっている間にNBAは開幕間近。
田臥もインジャリーでの開幕どころか、アクティブで開幕を迎える可能性すら出てきた。
田臥の活躍で、減っていたNHKのNBA放映が増えることを願ってやまない。
実際今シーズンのフェニックスは田臥のことを抜きにしても面白いチームだしね。


前回の終わりで言っていたキーマン。
それは(お分かりのこととは思うが)ラリー・ブラウンHCである。
経歴を説明すると、カンザス大を全米優勝に導いた後、当時低迷していたサンアントニオを再建。
まあ、これについては1位指名した「提督」ロビンソンが兵役から戻ってようやくNBA入り
したこと、ロビンソンがいない状態で成績が上がらず、その間にドラフトでさらに若手を補強できた
こともあるが。
そのサンアントニオを再建直後、シーズン中に突如HC職を辞任。
今度はドアマット・オブ・ドアマットというにふさわしいチームだった、LAクリッパーズを、
マニング、ハーパーといった面々を中心に再建、プレイオフに進出させた。
そしてここもプレーオフ進出するとすぐに辞任し、ペイサーズをイーストトップクラスに育て上げた後に
やってきたのがフィラデルフィアであった。


彼の采配と補強は、スタックハウスの放出など減らすべきところを減らし、増やすべきところを増やすと
言う信念に基づいたしっかりしたものだったが、その中で、特筆すべきなのはやはり、スノウの補強と
スターター定着である。

PGとしてはアップテンポなゲームしか出来ないアイバーソンを、身長に拘らずにSGとして起用し、
替わりにゲームのコントロールに長けたピュアPGである、
スノウを起用したことで、フィラデルフィアはイースト屈指のチームへと成長する。
もちろんそこには、ラトリフの存在であるとか、マッキーの渋い働きであるとか、他の様々なファクターが
存在するのは言うまでもないが。

そういったチーム作りが結実したのがファイナル進出を果たしたシーズン。
おしくもレイカーズに敗れたとはいえ、その小さな体を投げ打って戦ったアイバーソンとシクサーズは、
ファイナルを戦うに相応しいチームとなっていたのは間違いない。


しかし、全体的にアンダーサイズだったチームには、限界が訪れるのも早かった。


翌年からはアイバーソン、スノウを中心として、ケガで満足に戦力が揃わない。
トレードなどによる補強戦略もうまくは行かず、昨シーズン前にはラリー・ブラウンと袂を分かつ
ことになる。昨シーズンのチャンピオンシップが彼の率いるデトロイトの手に渡ったと言う事実は、
皮肉以外のなにものでもなかったのではないだろうか。


そして今シーズン。チームは不動の司令塔、スノウをクリーブランドに放出。
経験を重ねたアイバーソンをPGに再コンバートし、新たなチーム作りを始める。
生粋の点取り屋であるアイバーソンが、PGを務められるほどに精神的に成熟したのか。
この質問に対して、彼が以前の仇名を用意できているか。
今年のシクサーズの浮沈は、全てそこにかかっている。

次回は「PGの憂鬱」だそうです。お楽しみに!






【第二回 
語り2 〜シクサ ーズの艱難辛苦〜】 

シクサーズの話に入る前に。

本日(9/23)の夕方にJスポーツで、前回コラムで扱った’92シーズンのオールスターが
放映された。外出中だったのでビデオに録画しておいたのだが、とても懐かしい。
ゲームそのものもいいゲームだったし、個々のスキルも非常に高いので、
可能な方は何らかの形で是非ご覧いただきたい。
肉体的技術的に最高のレベルでバランスが取れた状態のジョーダンが見られる映像って
貴重だと思う。


さて、前回の続き。

’92−’93シーズンを不本意な成績で終えたシクサーズだが、幸運なことにこの年の
ドラフトでは2位指名を引き当てている。
もっとも、幸運は2位指名を引き当てた時点で尽きていたようだが。
この時チームが指名したのはショーン・ブラッドリー。
当時の身長228cmの巨人センターであり、大柄ながら運動能力もあるという評判で、
サイズ優先の指名がなされたのだ。
しかし、その線の細さが災いし、結局のところ花開くことは無かった。

この件に限らず、シクサーズは補強に失敗し続けた。
特に、ドラフトの失敗続きは目を覆いたくなるようなものばかりだ。


’93 2位 ショーン・ブラッドリー
’94 6位 シャロン・ライト
’95 3位 ジェリー・スタックハウス
’96 1位 アレン・アイバーソン
’97 2位 キース・バン・ホーン(ドラフト後にティムトーマスとトレード)
’98 8位 ラリー・ヒューズ

アイバーソン以外誰もチームに残ってない!
ちなみに、シクサーズの順位で、その後活躍した選手を挙げてみると、

’93 
 ペニー・ハーダウェイ(3位)
 ジャマール・マッシュバーン(4位)
 アラン・ヒューストン(11位)
 ちなみに、キャセール、リンチ、ハリス、ニック・バン=エクセルなんかもこの年のピック。

’94
 ブライアン・グラント(8位)
 エディ・ジョーンズ(10位)
 ジャレン・ローズ(13位)
 フィリーの貴重なロールプレイヤー、マッキーはこの年の17位(ポートランドが指名)。

’95
 ラシード・ウォレス(4位)
 ケビン・ガーネット(5位)
 デイモン・スタウダマイヤー(8位)
 この年はラトリフ、カートトーマス、ウイリアムソン、ブレントバリー、フィンリー、オスタータグ、
 そしてヒロコさん愛しのスノウなど、地味ながら生き残りは多い。でもフィリーは全部外している。

’96
 アイバーソン指名は当たりなので特に問題ない…とはいえ、
 それはSGとして、フランチャイズビルダーとしての話。
 PG指名としては?(当時フィリーにはスタックハウスがいたので)
 なお、この年は90年代でも屈指の当たり年で、
 アレン、マーブリー、コービ、キャンビー、ウォーカー、ラヒム、キトルズ、ダンピアー、ストヤコビッチ、
 ナッシュ、Jオニールと錚々たる顔ぶれ。
 下位指名にもフィッシャー、マキニスとかいて層が厚い。センター以外は。

’97
 1位のダンカン以外はどんぐりの背比べなので、バンホーン指名は悪くなかった。
 もう少しいい取引ができなかったのかという気もするが。
 マグが9位でいるが、この時点でマグを指名しろってのも無理な話。

’98
 ダーク・ノヴィツキー(9位)
 ポール・ピアース(10位)
 ノヴィツキーはともかく、ピアース逃したのは痛すぎないか。

なんか話が大幅にずれた気もするが、シクサーズの補強の下手さ加減は分かっていただけただろう。
この流れが変わるのには、ある一人のキーマンの登場を待たなければならなかったのである。


(続く)   








【第一回 昔語り 〜僕とNBAと、少しだけ76ers】  9/7 

僕がNBAに出会ったのは中学1年生の時。
当時のバスケ部顧問の先生がバスケの勉強だといって部員に貸していたビデオ。
その映像で繰り広げられる、世界最高峰のリーグのスーパースターのプレイ。
それに魅せられ、バスケに魅せられ、もう13年にもなってしまった。

13年前、’91〜’92のシーズン。
何が起こったか知っていらっしゃる方は恐らくここをご覧の方には少ないのでは
ないだろうか。

ざっと起こったことをまとめてみよう。

●シーズン開始直前、マジック・ジョンソンがHIV感染により引退を発表。
●引退状態だったマジックがオールスターで一夜限りの復帰、MVPに。
●新人王はシャーロット・ホーネッツのラリー・ジョンソンが受賞。
●神様ジョーダン率いるブルズがドレクスラー擁するブレイザーズを破り2連覇達成。

ものすごく隔世の感があるが、このシーズンに起こったイベントは大まかに言ってこんな感じだ。


しかし、このシーズンを語るのには、これだけでは全く不十分だ。
’92、と聞いてピンと来られる方もいらっしゃると思う。
このシーズンオフ、開催されたバルセロナオリンピック。
ここに初めて参加したNBAのトップスター達。
結成の日から「ドリームチーム」と謳われた彼らは、バスケがいかに素晴らしい
エンターテイメントであるかを世界中に知らしめ、そして伝説となった。

さて、76ers(以下シクサーズ)である。
僕の記憶に初めて登場したのは、そのドリームチームに所属していた、ある選手の
所属チームとしてだ。
…いや、正しくは「所属していたチーム」である。
なぜなら、大陸予選が始まる前に(当時大陸予選はオリンピックと同じ年に行われていた)
彼はそのチームからトレードされていたからだ。

もうお分かりの方もいるかも知れない。

その選手の名は、チャールズ・バークレー。

現在ではむしろ辛口ユーモアでならす解説者としての顔が有名だろう。
だが、当時の彼はリーグでも3本の指に入るパワーフォワードで、トレードは大きな話題となった。
その当時の記事を見ていると、バークレーはなかなか優勝できるチーム作りを進めない
シクサーズの首脳陣に対しかなりの不満を持っていたらしい。
その結果として、成立したのがフェニックスとの以下のような交換トレードだった。

<フェニックスが獲得>
チャールズ・バークレー
<シクサーズが獲得>
ジェフ・ホーナセック
ティム・ペリー
アンドリュー・ラング

NBAに限らずほとんどの場合、1対複数のトレードは1を獲得したほうの成功に終わる。
この時もその法則に違わず、成功したのはフェニックスのほうだった。
翌年、バークレーを得たフェニックスは、シーズン1位の62勝と成績を大きくジャンプアップ。
結果としてジョーダン率いるブルズには後塵を拝するものの、ファイナルまで歩を進めた。
バークレー自身もレギュラーシーズンMVPを獲得、間違いなくキャリア絶頂のシーズンだった。

一方、エースを放出するという大手術を行ったシクサーズはというと、26勝56敗と前年より
さらに9つ勝ち星を減らすという無残な成績。
この年最も成績の悪かったダラス(11勝71敗!)よりはマシとはいえ、先行きがあまりに
暗いシーズンとなったのである。


(続く)




*このコラムは、中さんからメールを送っていただいたものを順次アップするという形で公開しております。
内容に関するご質問等は掲示板などにてご本人に直接聞かれたほうが早いかと・・・
	


                           

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