大学受験の思い出の記録。

 

本当はもっと早く書ければよかったなぁ。もう忘れちゃったことも結構あるかもしれない。

記憶を頼りに思い出を綴ってみたいと思います。満点受験生みたいになっちゃったらごめんなさい(笑)。

 

 

僕は受験はわりと気楽に受けてたように思う。

親からのプレッシャーなんかもウチはなかったし。

どっちかって言うと、僕が親にプレッシャーをかけてましたから(笑)

ウチは親が二人とも青学、姉は東京外国語大学という、ちょっと聞いただけだとエリートなおうち。

その中にあって僕は・・・何というか、異色の存在(と言えば聞こえはいいでしょ)。

なんと言っても中1の成績なんて社会が2(かろうじて)、あとは全部1。ホントだよ。

だから、ウチの親も僕には何も期待してなかったんだろうと思う。

けど、「俺はこんなもんじゃないんだ」的な気持ちはどっかで持ってた。

そうじゃなければここまで這い上がってくることは出来なかったはず。もちろん環境にも恵まれたんだけどね。

とりあえずそれでも高校は入れた。親はそれだけでも結構喜んでた。

 

でも、まだ「こんなもんじゃない」という気持ちはあった。

「大学はちゃんとしたところに行きたい」という気持ちが強かった。

それでも高1、高2はダラけてしまっていたと思う。

3年になって尻に火がつき、「このままじゃ俺はアカン、口だけになってしまう」、そう思い、結構本気で勉強し始めた。

やってみたら意外と出来るもんでした。模試の偏差値も60くらい(最初の数学の35にはたまげたが)。

とりあえず、6月の段階で目標をそれまでの国立から私立に切り替えた。

だって数学出来ないんだもん(笑)

「私立なら一番上に行かんと自分も周りも納得させられんだろうな・・・

目標は・・・よし、あそこだ!(今思えばこれが間違いの原因だった)」

 

 

僕にとって、受験勉強はそれほど苦しいものではありませんでした。むしろ、今思い返すと懐かしくて、戻れるなら戻ってもいい。

 

楽しかったから。

 

ピーターパン・シンドロームなわけじゃないと思うけどね。

今も楽しいし早く大人になって働きたい。

社会に出て、納得出来る責任を負って、その責任を一人の大人として果たしたい。

 

僕は河合塾に通っていたのだけど、僕の高校はお世辞にも進学校とは言えない高校で、

同じ高校の友達が予備校にいるということはありませんでした。

そんな中でも予備校で友達は出来ます。

英語の先生が同じある一人の子と友達になれたのをきっかけに、何人かの友達が出来ました。

みんないい人たちだったんだよ。

だから、予備校に行くのがほんとに楽しかった。

勉強も嫌いじゃなかったけど、友達がいるとなおさら楽しい。

 

予備校の先生もいい人だった。

英語のW先生、古文のM先生、現代文のM先生、漢文のS先生、日本史のI先生・・・

特に英語のW先生と古文のM先生の影響は大きかったな。

教育学部に行ったのもそのお二人の影響かもしれない。

 

河合塾町田校が学校に通うときに小田急線の車窓から見えるんだよ。

だから、今でも見てしまう。

通学の行きにも帰りにも、何となくだけど必ず見てる。

だけど、帰りは見られないことがあるんだ、回送電車がちょうど停まってて見えなかったり。

そういうときは何故か腹が立つ(笑)

 

去年の写真、友達6人と撮った写真が残ってる。

あーあ、ホントこれ以上ないぐらい楽しそうな目してるよ(笑) 本当に受験生か?ってくらいに(笑)

 

この前、電車に乗ったら車内広告が全部キットカットだった。

その広告にこんなことが書いてあった。

「早く終わって欲しい。けどまだ終わって欲しくない」

「受験が終わってもいつもの放課後が続けばいいのに」

その心境、分かるような気がした。

 

受験の前、僕は予備校のある友達にこんな内容のメールを送った。

「今はみんなで楽しく頑張ってるけど、受験が終わったらみんなきっと離れ離れだよね」

よくそんな暗くなれたな(笑)

でも、その子は普通に聞いてくれた。「同感」って言ってくれた。

何か、嬉しかった。

だから、それからも前向きに頑張れた。

 

その子だけじゃなく、みんなそういう思いやりのある子だったよ。

そういう仲間に恵まれたことが幸せだった。

だからあんなに目がキラキラしちゃってるんだろうね(笑)

 

こんな後ろ向き風な文章を書いてると、「今は楽しくないの?」と思われるかもしれないけど、今もすごく楽しいよ。

大学はバカなことできるし(高校でもやってたけど)、好きなバイクも乗れる。ギターだって遠慮はいらない。

大学生って自由だからね。もちろん楽しい。

 

ただ、楽しさの質が違うんだろうな。

今でもその頃の友達に会うとやっぱり昔に戻ったような気がしてすごく楽しくなれる。

気持ちが晴れるような。

気心が知れてるからかな。

 

2月になって、受験が始まった。

受験当日なんかだとよく友達から応援のメールが来たりして、それがほんとにほんとに嬉しかった。

そういえばW先生からもメール来たりしたな(笑)

 

受験が始まると、いつもの予備校からいつもの友達がいなくなる。

当たり前だけど、その頃から何となく寂しかった。

あるべきものがあるべき場所にないという不安に似てた。

みんながいなくなる不安に駆り立てられた。

 

それでも受験は何とか無事終わった。

僕は第一志望にいわば「逆転満塁サヨナラホームラン」的な受験で合格した。

現代文が一つ、見覚えのある文章だったんだよ。

数日前に学習院の試験で見た文章と全く同じだった。

そのおかげで国語は9割近く取れたのかな(笑) とにかくラッキーだった。受かれるもんは受かっておこう。

 

結果は高校の卒業式の練習中に知った。電話で聞くんだよね、確か。

体育館のステージ脇の部屋で一人で聞いたんだよなあ。

僕が落っこちるのを期待してたのか、数人の友人が覗いてたけど、残念ながら僕は受かった。

一応名前は通ってる大学だから、その大学に現役合格した奴が出たということで

厳粛な式の練習中にもかかわらず生徒の一部がざわついてしまった。

たった一人の合格でざわつくほどカワイイ学校だったんですよ(笑)

 

 

もうその頃には予備校の友達とは前ほど濃い結びつきはなかったのかな。

僕の友達はほとんど私立志望だったから、3月になるとみんな受験も終わって予備校に来ることもなくなったから、会う機会はなかった。

 

こうして、前に僕が漏らした不安は当然のごとく現実のものとなった。

 

 

でも。

 

 

いろいろあったけど、大学受験には素敵な思い出がたくさん詰まってます。

 

あんなに楽しくて優しい友達と一緒に頑張れたことは、小町の大きな財産です。

 

 

 

 

 

 

K・O君、M・Kさん、T・K君、H・Sさん、E・Sさん、M・Tさん、K・Hさん、M・H君、Y・Y君。

 

 

みんな、本当にありがとう。