1.バイオリンとの出会い
そもそもの始まりは、中3の時。
転校した先の学校のクラスメイトが室内楽部に入っていて、教室の後ろのロッカーの上にいつもバイオリンを置いていた。
なんとなく興味があって、ふたを開けて見せてもらい、簡単な説明もしてもらった。
つまり、バイオリンの弦は4本で、羊の腸だとか、弓は木と毛でできていて、毛は馬の尻尾だとか、弓の毛には松脂を塗るとか、素人にはへぇ〜というようなことである。
今まで楽器といえば、ピアノとたて笛と木琴ぐらいしか弾いたことがないし、初めて見た弦楽器の美しさに、とても感動して憧れた。

2.初めはレンタル
高校には、室内楽部があって、憧れのバイオリンを手にできるチャンスはあったのだが、当時流行っていた新体操に目がくらみ、室内楽部には入部せず。
OLになってから、市民合唱団に入った。国立音大に行った友人がN響の演奏で第九を歌うのを見て、私も歌ってみたくなったからという単純な動機から。ところが、第九だけでなく、ヘンデルの「メサイヤ」や、ヴェルディの「レクイエム」といった、壮大な合唱曲も歌う機会があった。演奏は当然フルオーケストラ。しかも、合唱は素人なのに、オケはプロという。
普段はピアノの伴奏で練習する合唱団も、本番前になると、本物のオケと合わせて練習する日があり、プロの音楽家の練習風景を見て、とにかくバイオリンがかっこいい、とミーハーな気分で浮かれていた。
その後、バイオリンケースを持って歩いている人を見かける度に、羨望のまなざしを送っていたが、なかなかバイオリンを習う決心はつかなかった。
私は子供のときにピアノを習っていたが、練習がいやで、家で練習せずに先生の前に出るから、初見で弾く羽目になる。当時(今も)、初見が苦手だったから、当然弾けなくて、先生に怒られる。それでさらにピアノがいやになる、という悪循環を繰り返した前科があるのだ。このときの経験がトラウマになっていて、「私には家で練習していかなければならないようなお稽古事はムリ」と思い込んでしまっていたのだ。
ある時、新聞社のカルチャーセンターの講座案内を見ていると、バイオリン教室のところに、「レンタルあり」と書いてあるのを見つけた。
レンタルだったら、ひょっと続けられなくても、お金がもったいなくないな、と、すばやく計算して、委託されている楽器店に行った。
この楽器店の社長が話し上手で商売上手。バイオリンに憧れているが、できるかどうかわからないと言うと、その場でバイオリンを構えさせてくれ、弓を持たせてくれ、子供に教える時のように腕を支えて弾かせてくれたのだ。自分の耳元でバイオリンの音が鳴ったときの感動といったら!!もう、その場でグループレッスンに申し込み、レンタルのバイオリンを抱えて帰った。

3.バイオリンを買う
レッスンは全くの初心者10人のグループで始まった。1回のレッスンは1時間。
バイオリンの構え方、弓の持ち方から始まって、開放弦を鳴らす。
開放弦の段階で、右手に力が入ってしまい、どうしてもギーギーいう人、一オクターブの音階で、全く音程がわからなくなる人など、10人のメンバーがどんどん脱落していく。結局、初めの半年ほどで、3人になってしまった。
3人になると先生は1時間を20分ずつに分けて、個人レッスンにしてくれた。やっぱり、全くの初心者以外は、グループレッスンではムリだと思う。
ところで、バイオリンはレンタルと言っても、肩当、松脂、チューナー、譜面台は買わなければならなかった(合計10,000円くらい)。レンタル代だけで済むと考えていた私は、ちょっと「ちぇっ」と思ったが、まあ仕方がない。それに、レンタル代も、結構高いのだ。月に7千円ぐらいしたと思う。10ヶ月借りただけで、7万円!!と、またもやすばやく計算して(笑)レンタルは1ヶ月だけで終わった。
レッスンを始めてみて、私も家で練習できるようになったことがわかったので、いよいよマイ・バイオリンを買うことにしたのだ〜。
初めてのバイオリンは、ドイツのカール・ヘフナー。初心者向けの弓と、バイオリン型のケースとセットで20万円ぐらいだった。
今から思うと、初心者にしては、高い楽器を買ったもんだ。
でも、新しくてピカピカで、うれしかったなー。たいして弾けないくせにCMソングとかを適当に弾いて、遊んだ。

4.弓を買い換える
非常にうれしいマイ・バイオリンも、教本が進むにつれて(すでにグループレッスンは終わって、個人レッスンになっていた)、どうも弓が良くない。なんだかボヨンボヨンして、弾きにくい。初心者でも、そのくらいはわかるようになるものなんですね。思い切って、もうちょっと上等の弓を買おうと思った。バイオリン本体は高価だという一般常識があるけど、弓ってよく分からない。習い始める前は、弓はバイオリンと一対になっているものだと思っていたぐらいだ。
というわけで、バイオリン本体よりも高い弓っていうのも、なんだか納得できないものがあったので、バイオリンよりもちょっと安い弓を買った。それ以来、この弓は今でも使っている、唯一の弓である。
当時は給料もボーナスも貰っていたので、もっといい弓を買っておけばよかったかと、少々後悔もあるが、まあまあ弾きやすい上、高い弓が良い弓とは限らないし、道具以前に技術の問題(←深刻)もあるし・・・と自分をなだめている。

5.弦楽アンサンブル
習い始めて1年半、ヴィバルディのコンチェルトA-mollのころ、習っている楽器店にある、弦楽アンサンブルに入らないかと誘われた。バイオリンを習い始めた動機が「いつかアマチュアオーケストラで弾きたい」というものだったから、アンサンブルはオーケストラとは違うものの、オーケストラに入るなんて、まだまだムリと思っていた私は、渡りに船で参加させてもらった。
参加の条件は第3ポジションが弾けることだったから、やっと条件をクリアしたところぐらいの時だった。
弦楽アンサンブルは3〜4年やったと思う。初めの頃は2ndの後ろの方で弾いて、途中からは1stも弾かせてもらった。
何度か、発表会もあり、コンチェルトも含めて、弦楽アンサンブルでちょっとやってみたいような曲は結構経験させてもらった。
このアンサンブルの経験が、あとあと大変役に立っている。
他人の音をよく聞いてハーモニーを作ることはもとより、バイオリンを楽譜どおり弾くこと以外で、知らなければならないことがたくさんあった。
立ったり座ったりは、コンサートマスターを見て合わすこと。曲中、自分が弾いてない時はバイオリンは左ひざに立てて、弓は釣竿のように持つこと。弓のアップダウンを揃えること。指揮者を見るタイミング。3音以上の和音は上と下に分けて弾く時がある。弦が切れた時には、予備のバイオリンを後ろから送っていく。楽譜は内側の人がめくる。などなど、通常のレッスンでは習わないことを、山ほど学んだ。
アンサンブルのメンバーは大学オケでバリバリやってきたような先輩も多く、年代もばらばらで、皆、和気藹々として、仲良く楽しくやっていた。私のような全くの初心者でも、親切にいろんなことを話して、気軽に教えてくれた。
今でもお付き合いのある、アンサンブルの友人と、「あのときが一番よかったよね〜」と懐かしく話をする。
振り返ってみると、そんな温かい中で良い経験ができた私はとても幸運だったと思う。その時はそれしか知らなかったから、それで当たり前のように思っていたが、オケに入った今、当時の環境がどんなに恵まれていたか、ひしひしとわかる。そのような機会を与えてくれた楽器店の社長に感謝しなければ。

6.バイオリンを買い換える
アンサンブルを楽しくやっていたころ、グループレッスン時代からの友人が、バイオリンを買い換えたのをうらやんで、私も買い換えることにした。別に彼女を真似る必要はなかったのだけれど、若かったから・・・。
とりあえず、私は力がないため、イタリアの新作ものなんかは鳴らないからと、フランスのオールドを勧められた。まあ、オールドといっても、80年くらいしかたってないんだけど。予算的にそれ程選択の幅がなかったし、音色の違いも、先生が弾けばどれもいい音がして、結局のところよく分からないと言うのが本音。後は、表板の色が好きな色で、傷み具合がマシな、きれいな顔をしたやつという、いいかげんな選び方をしてしまった。いいのか、すごく高い買い物なのにこんなことで。一応、買う前に2週間ほど借りて弾き心地を試したりもしたけど、周りのお勧めに従ったようなものだ。
そのときのバイオリンが今のバイオリン。いい加減な選び方をしたので、特に愛着があるというわけでもないが、他の、いわゆる量産品のバイオリンを触ってみると、私のバイオリンはまあまあよかったかなと思える。
第一にとても軽い。ネックが細い。マシな音がでる。
あの時はなんだか衝動買いのように買い換えてしまったけれど、今から思えば、それほどバカな買い物ではなかったようだ。
あとは、私の腕の問題(←またかよ)

7.レッスンをやめる
結婚してから、通勤に時間がかかるようになり、マンションで夜の練習は近所迷惑というので、あまり練習できずにレッスンを受ける状態になった。曲も進まないし、もともと先生との相性もあまり良くなかったので、高い月謝がすごくもったいなくなってきた。それがストレスになり、病気になりかけたので、レッスンをやめた。グループレッスン時代から6年もずっと同じ先生だったので、引き留められたが、ぜんぜん上達しないし、進まないし、なんだかもう、嫌気がさしていたから、レッスンは一旦やめて、アンサンブルだけにすることにした。合奏だけやってると「荒れる」と言われたが、私の夢は「オーケストラに入る」だから、もう、コンチェルトやソナタなんて弾かなくてもいい、と思ってきっぱりやめた。
レッスンをやめたって、練習時間が取りにくいのは変わらないので、アンサンブルの練習もだんだん難しくなり、足が遠のいてしまった。

8.ベルギーで再スタート
アンサンブルもなんとなくフェイドアウトして、1年ぐらいしたころ、夫の海外赴任が決まった。一緒に行くか単身赴任するか、すったもんだがあったが、結局一緒に行くことになった。
バイオリンは、習う当てもつもりも全く無かったが、海外赴任前の奥様用セミナー(笑)で、講師が「趣味の道具はなるべく全部持っていった方が良い」と言っていた為、機内持ち込みの手荷物として担いでいった。・・・チェロではなく、バイオリンでよかった。
ベルギーの生活に少しずつ慣れ、半年ほど経った頃、知り合いの日本人の方のお嬢さんが習っているバイオリンの先生を紹介してもらった。若いベルギー人女性で、母語のオランダ語のほか、英語、ドイツ語、フランス語はぺらぺらで、スペイン語とポルトガル語も少しはわかる、語学の才能を持った人。音楽はピアノが専門だが、お母さんがバイオリニストで、バイオリンは子供の頃から16歳まで弾いていたし、イギリスでオケに入っていた経験もあるらしい。歌も歌えるし、ギターも弾ける、オールマイティで賢い人だった。
バイオリンをちょっとだけ嫌いな感じになっていた私は、外国なのをいい事に、レッスンでは基礎練習はしないで、曲だけ弾いてレパートリーを増やしたいなんて、勝手なことを言ってみた。そのときは、もう、クロイチェルだの、セヴシックだの、ぜっーたいやりたくなかったのだ。以外にもあっさりOKしてもらい、次の週からレッスンが始まった。
とりあえず何か弾いていった方がいいと思って、約1年半ぶりにバイオリンを弾いてみた。音程が良い訳も無く、めちゃくちゃだったが「タイスの瞑想曲」を持っていった。今思い出してみても、とんでもない状態だったけど、音楽オールマイティな先生は音程よりも曲想をつけることに熱心だった。
当時の私には、「タイス」はやはりムリということで、後回しにすることにして、ヘンデルのラルゴを初見で弾かされた。そしてその時、いきなりピアノで伴奏をつけてくれたのだ。ピアノの伴奏で弾いたことは、それまでに1回しか無かったので、感動の嵐だった。
それ以来、必ずピアノ譜を持って行き、毎回のレッスンがピアノ伴奏付きという、大変豪華で贅沢なレッスンを、格安な料金で受けさせてもらった。(レッスン代は日本の約半額。)
好きな曲を楽しく弾いて、曲の感情を歌う勉強は、たっぷり出来たと思う。
ただ、残念なのは、彼女の専門がピアノなので、バイオリン独特の技術、ボウイングのテクニックとかフラジオレットの弾き方とかは、一切習えなかったことだ。だから、延べ10年レッスン受けたといっても、実質は何年分なのかわからない。10年もレッスンに通っていれば、これぐらいは練習してるでしょうということが、出来てないかもしれない。
いまだに、テクニックと音程には、非常に苦労しているのも事実なのだ(涙)
それでも、ベルギーで習った3年半は有意義だったし、幸せだったと思う。
日本で、先生と相性が悪かったせいで、ちょっと嫌になりかけていたバイオリンが、また好きになったことは、大きい。
習い初めの頃、好きな曲を弾きたくて、楽譜を買うだけ買っていた小品のピースは、絶対ムリな曲以外はほとんど全部弾いたし、弾けるとは思ってもみなかった曲にも挑戦させてもらった。
ベルギーでは、バイオリンにまつわる辛くて苦しい思い出は全く無い。
楽しかった思い出だけが、今も胸の中に温かく蘇る。

9.アマチュア・オーケストラに入団
ベルギーでの楽しいレッスンは、夫の帰任と共に残念ながら終わった。
日本に帰国後、さてレッスンを再開しようと思ったが、とにかく月謝が高い!日本では妥当な値段かもしれないけど、ベルギーでの値段が頭にあるから、とてもじゃないけど、高すぎて習いに行けない。
帰国して1年が経とうとした頃、ネットでしつこくバイオリンの先生を探していた私は、偶然近くに初心者歓迎のアマオケがあることを知った。
例によって私は用心深いので(笑)、すぐには申し込まずに、アマオケ関係のホームページをさんざん検索して、しこたま予備知識を仕入れ、様々な状況をシュミレーションして、見学申し込みのメールを送った。
緊張しながら見学させてもらい、ヘタな私でも、なんとかやっていけるかもしれないという手ごたえを得て、入団の決心をした。初めにパートの希望(1stか2ndか)を訊かれた時、「どっちでもいい」と答えたら、「直前に入団した人が2ndだったから、1stを弾いて」という、安直な決め方で1stに決まった。入団テストは無いとHPにあったが、「何か弾いてみてください」と言われるだろうと予測して、「愛の挨拶」をさらって行ったのに、そういうこともなく、あっさりしたものだった。
私はアンサンブルで、1stも2ndも弾いた経験があるから、どちらもそれぞれに難しさと楽しさがあることがわかっている。意外と2ndの方が難しい時もある、なんてこともね。本当にどちらでも良かったのだけど、メロディーを弾くことが多い1stは、CDで聴いた通りに弾けて、練習が楽しいので嬉しかった。
だが、初めてのオケでいきなり交響曲の1stを弾くのは、やっぱりしんどかった。時間があるのをいいことに、いきなり毎日6時間の猛練習をしたら、左手がきっちり腱鞘炎になり、ドクターストップ。早く上達したいのに、練習できないのは辛かったな。
もう若くないので、若い子と同じように、力と根性でごり押しの練習ではだめだと悟った。
1週間の安静期間をとって、1日30分の練習から始め、少しずつ練習時間を増やしていった。常に手と相談しながら、ちょっとでも痛いかな?と感じたら休憩しながら練習した。
おかげさまで、腱鞘炎も徐々に治り、練習のセーブの仕方もわかり、なんとか、交響曲も弾けるようになった。ま、苦手な箇所は最後まで弾けなかったのだけれどね。
オケの定期演奏会の日。
実は私は他のジャンルで舞台慣れしているのだが、オケデビューはめちゃくちゃ緊張した。なぜなのか、自分でも不思議。舞台にたった一人で立つという訳でもないのに。
本番は、練習で弾けていた部分は練習どおりに弾けて、いつもこけていた部分はやっぱりだめだった。でもまあ、練習で出来ていたところが練習どおりに弾けただけでも、上出来だ。
これがアマオケの第1歩。100%の成功はありえないのだから。なかなかの好スタートを切ったと思うことにしよう。

以上が、私のバイオリンの歩みです。途中で投げ出しかけたこともあったけど、たくさんの幸運に恵まれて、「アマチュア・オーケストラに入ってバイオリンを弾く」という夢が叶いました。
これから、もっと上手になって、オーケストラの様々な曲に挑戦したいと思います。
さて、次なる夢は・・・・・・・・・・・・(^^)
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