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日本に現存する最古の錠は、大阪府羽曳野市の野々上遺跡から七世紀半ばの飛鳥時代に作られた海老錠(えびじょう)が出土した、と市教委が1998年2月25日発表した。
和錠は、神社本殿の扉や寺院本堂内の仏像を奉安する厨子の扉、あるいは宝蔵の扉に使われ始め、やがて江戸時代になると、城の天守や米蔵をはじめ商人の蔵や庶民の貴重品箱などに普及するようになる。そして、錠の需要が高まると、各地の鍛冶職人が競って立派な錠を作り始めるようになった。日本に錠が渡来して以来明治時代までの間、島国の日本では比較的に平和な時代が続いたせいか、錠の基本的な構造においては、何の進歩も見られなかった。しかし、その意匠は洗練され、立派なものとなった。明治時代に入り、開国と共に外国製の装飾というよりも実用を本意とした機械生産錠が輸入されたことにより、手作りの和錠の生産は、急速に衰え始めることになる。
蔵は、現在の金庫の役目でもあり、蔵の貴重品を守る錠と鍵は富の象徴として、宝尽し文様の一つになったのであろう。人の富への願いは、いつの時代も止まないのである。
錠,鍵文様の使われている物 : 蒔絵、磁器、布、版画、鏡、櫛・簪、宝船、絵馬、雑等
著者のその後の活動 : 自費出版の後、現存する蔵を対称に錠前がどの様に使用されているか、又施錠方法はどんな種類があるか調査をしています。 今までで400件余りの蔵を見て、施錠方法の分類をし、データーを集めています。 これからも 調査は続けていく予定です。
著者の夢 : 将来、諸条件が整うチャンスが有れば、和錠博物館を開館することです。
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