=「美也子」です。
=「ボビイ」だ。
Lolita (1955), Vladimir Nabokov
記念すべき第1回は『ロリータ』です。いい歳したオジサンが12歳の少女に入れ込む、ちょっと変わった恋愛小説。「ロリコン」の語源になったと言えば話は早いかしら。
「ロリータ、我が命の光、我が腰の炎。我が罪、我が魂」。
それは第一部の書き出しね。
文学史に残る有名な書き出しだ。
語り手はハンバート・ハンバートという中年男。この小説は彼の手記という体裁になっていて、本人は既に獄死している。
要するに回想録ってやつだな。ロリータとの愛の記録、そして、男の愚劣さがひねくれた筆致で綴られている。
ハンバート・ハンバート、すなわちH・Hはヨーロッパ出身のインテリなの。色々あってアメリカに渡ってきたわけだけど、そこらの変態と違ってとにかく頭がいい。ハイカルチャーに通じているのはもちろんのこと、豊富な語彙や巧みな言葉遊びなど、高い言語能力を有している。
日本のオタクどもとは大違いだ。
そう。彼は貴族って感じなのよね。趣味がとても洗練されている。
そんなハイブロウがなぜロリコンになったのかというと……。
H・Hは13歳のとき、同年代の少女アナベルに恋をして、すぐに死別している。
苦い初恋ってやつだ。
ええ。そのことが尾を引いているようで、彼は自分の好みについてこんなことを言っている。
さて今から、次のような理論を紹介したい。九歳から一四歳までの範囲で、その二倍も何倍も年上の魅せられた旅人に対してのみ、人間ではなくニンフの(すなわち悪魔の)本性を現すような乙女が発生する。そしてこの選ばれた生物を、「ニンフェット」と呼ぶことを私は提案したいのである。 (30)
見事なロリコン宣言だな。実に清々しい。
ここまで堂々とされても困るけど。
しかし、奴はニンフェット一筋というわけではない。大人の女と寝ることもできる。
H・Hって実はイケメンだからすごくモテるの。でも、極上の快楽を与えてくれるのはニンフェットだけというから、好みはうるさいわね。
奴にとってニンフェットとは、私にとっての骨付きカルビみたいなものだ。
なによ、そのたとえ。
私も彼も美食家なのさ。
はあ……。
グルメ、もといニンフェットマニアのH・Hは、数々の遍歴を経てついにロリータと出会う。そして、彼女の虜になってしまう。
彼にとってロリータはアナベルの転生なのよね。
まさにファム・ファタル(運命の女)だ。一目惚れどころの話ではない。
12歳のロリータを何とかものにしたいH・Hは、なりゆきから彼女の義父に収まります。
H・Hとしては、妻に隠れてロリータと情事にふけりたいのだが、ことはそう簡単には運ばない。せいぜい体を舐めるのが関の山だ。うまく家庭に入り込んだものの、生殺しというか、お預け状態の犬になっている。
奥さんとの駆け引きがすごく面白いよね。キャンプに行ったロリータを連れ戻したいH・H。ロリータを寄宿学校に追いやろうとしている奥さんに対し、それは許さないと断固拒否するH・H。自分の性癖を隠しつつ、ロリータを手元に置こうと頑張っている。
ニンフェット期は貴重だからな。竹になる前の竹の子のように。
たしかに私はロリータに永遠の恋をした。しかし、彼女が永遠にロリータでいるわけはないこともわかっていた。彼女は一月一日に一三歳になる。二年もたてば、ニンフェットではなくなり、「若い娘」になって、それから「女子大生」になるのだ。 (117)
まったくどうしようもないわね~。女子大生だっていいじゃない。
うむ。私も女子大生のほうが好きだ。
別にボビイの好みなんて聞いてないけどね。
さて、H・Hの生活にも転機が訪れる。ある重大な事件が起こり、ロリータと2人で自動車旅行に出ることになる。全米各地を回ってアバンチュールを楽しもうって算段だ。
この辺の事情は読んでのお楽しみとして、ロリータに翻弄されるH・Hがホント可笑しい。
H・Hはロリータを束縛するのだが、完全にはコントロールできないんだな。
せっかく2人きりになって肉体関係も結んだのに、悩みの種は尽きない。一時はロリータを女子校に通わせるのだけど、関わってきた男に嫉妬してくちばしを入れている。彼女が離れていくのが許せないのね。もうニンフェット期を終えようとしているのに……。
ロリータも人形ではないってことだ。年頃だし、他の異性を好きになってもおかしくない。
なのにH・Hは自分の情欲のことしか頭にないのよね。保護者の特権を駆使してロリータに圧力をかけている。逃げ出さないようへそくりを没収するのにはまいったわ。
で、結局は2人の思惑が一致して退学。また車で旅に出るのだが、途中でロリータが失踪してしまう。
そして、2年後に驚愕の事実が。ロリータから手紙をもらって再会することになるのだけど……。
17歳の彼女は結婚し、母親になろうとしていた。
H・Hってロリコンのサイテー男。性の怪人を気取ってはいるけれど、やってることは年端の行かない少女を縛り付けているだけ。でも、歪んでいるとはいえ、彼は本当にロリータを愛していた。もうニンフェットではなくなったのに、それでもなお彼女を求めていた。
私は全世界にぜひ知ってもらいたいのだ、私がどれほど我がロリータ、このロリータを愛したかを、色あせて卑しめられ、他人の子供でお腹が大きくなってはいても、やはりまだ灰色の瞳をして、まだ煤のように黒い睫毛で、まだ鳶色とアーモンド色の、まだカルメンシータ、まだ私のものなのだ。違う暮らしをしようじゃないか、僕のカルメンよ、二度と離ればなれにならないところへ行って暮らそう。 (495)
筋金入りのロリコンがこんなことを言うとは……。胸が熱くなるな。
ニンフェットではないロリータを愛したことで、アナベルの呪縛も解けたのかしら?
そう願いたいものだ。
愚かしくもせつない恋の記録。男にとって初恋は特別みたいです。
( 2010.11.11 )