=「美也子」です。
=「ボビイ」だ。
『三四郎』は明治時代を舞台にした青春小説です。
1908年に新聞への連載が始まり、翌年には本になって現代まで読み継がれている。日本文学屈指のロングセラーだ。
言わずと知れた、といったところかしら。わたしたちも学生時代に読みました。
国語教科書や読書感想文の定番だろう。たいていは中学か高校で読むことになる。
あまりに有名なので今更言うこともないわね~。今回はざっくりいきましょう。
うむ。
主人公の三四郎は独身の23歳。熊本から上京し、東京帝国大学に入学しています。
奴の性格を如実に表しているのが冒頭のエピソードだろう。汽車で上京する際、行きずりの女とベッドインするチャンスがあったのだが、こいつときたら土壇場でそれを避けている。
人妻から露骨なアプローチを受け、2人で同じ部屋に投宿するのだけど、結局は手を出さなかったのよね。で、翌朝、「あなたはよっぽど度胸のないかたですね」と言われている。
据え膳も食えない草食男子だ。オスの風上にも置けんな。
でも、相手は人妻よ。不倫はよくないわ。
当時は富国強兵の時代だ。奴には野獣になれと言いたい。
まあ、物語を通して見ると頼りない感じだけど、実は立派なエリートなのよね~。実家は小作人を雇うほどの豪農みたいだし。あと、近所には「三輪田のお光さん」という顔なじみの女子がいて、周囲は彼女との結婚を望んでいる。
このお光さん、間接的にしか登場しないわりにはやけに存在感があるよな。
実家からの手紙と三四郎の述懐に出てくるのみ。しかも言及されるのはほんの数回なのに、気がついたら物語の重要人物になっている。
三四郎のために紬の羽織を縫っているのだから大したものだ。
捕獲モードに入ってるわね。手編みの品で彼のハートをがっちりキャッチ。後方からプレッシャーをかけつつ、三四郎くんが帰ってくるのを手ぐすね引いて待っている。
出世する前からツバをつけているとは……。婚活女子の鏡だな。
ええ。わたしも見習わなきゃ(拳を握る)。
さて、上京した三四郎がまず世話になるが野々宮先輩だ。奴は光線の圧力を研究している。その世界では海外にまで名を知られているようだが、生活は極めて質素だ。
暗い穴蔵にこもって実験に明け暮れる、典型的な理系男子ってところね。同郷ということで、三四郎くんとは何かと関わり合いを持ってきます。
同期生に佐々木与次郎。小次郎ではないぞ。与次郎だ。奴は活発なお祭り男で、おとなしい三四郎とは好対照をなしている。
借りたお金を競馬で擦ったり、余計な運動をおこして恩人の評判を下げたり、周囲に迷惑をかける困ったちゃん。だけど、いずれも悪気があったわけではないの。世話好きで憎めない性格をしている。
やってることはバカっぽいのだが、実はかなり優秀なんだよな。
腐っても東大だからね。しかも医学部だし。
その与次郎を下宿させているのが広田先生だ。彼は知識人崩れの高校教師で、軽いニヒリズムに取り憑かれている。
変わりゆく時代に立ちすくむ「賢者」といった感じね。近代社会の行く末を案じている。
そして、ヒロインの美禰子。
ずばり、この小説のキーパーソンです。
美禰子は英語が堪能なモダンガールだ。近代化日本の象徴のような人物で、その知性は東大生に負けずと劣らない。
彼女はイプセンの女、すなわち『人形の家』のノラに比せられています。
「自我に目覚めた女性」ってやつだな。封建社会から脱却しつつあるニューエイジ。20世紀の輝ける女性像だ。
その美禰子さんは野々宮先輩の妹・よし子ちゃんと親しいの。2人は同世代だけど、よし子ちゃんはどちらかというと「昔の女性」のほうに入るわね。
要するに美禰子の引き立て役だ。プライドの高い女は同格の女とは付き合わない。たいてい自分より劣った奴を従えている。よし子もいい面の皮だよ。
飽きれた偏見ねえ……。
そして、田舎にいるお光さんも「昔の女性」に入る。それもストレートど真ん中に。
彼女は家柄に縛られた守旧派的ポジションだからね。学問なんてさせてもらえないだろうし、せいぜい花嫁修行が関の山。近所の男子との見合い結婚を運命づけられている。
美禰子、よし子、お光さんと、三四郎は都合3人の女に囲まれているわけだが、なかでも美禰子の新奇さに惹かれるんだな。
美禰子さんのほうも三四郎くんに気があるようで、さかんにアプローチしている。
しかし、草食動物の三四郎はそれに応えられない。美禰子からのサインを華麗にスルーしている。
冒頭のエピソードで示唆された通り、三四郎くんは「度胸のない」青年なのよね。手を伸ばせば届くのに、いま一歩ふんぎりがつかない。
どうすればいいか分からないのだろう。上京してきたばかりだし、近代化によって男女の機微も変化している。田舎者には荷が重い。
一方、美禰子さんは野々宮先輩にも秋波を送っています。むしろこっちのほうが先で、三四郎くんは後から加わってきた。
三四郎は恋の駆け引きに使われているんだよな。野々村の前で三四郎といちゃつくことで、奴の嫉妬心をかき立てている。美禰子って奴はとんでもないビ○チだ。
いつまでも手を出してこない野々宮先輩に苛立っていたんじゃないかしら。だから三四郎くんが現われてからはあっさり乗り換えちゃった。野々宮先輩への仕打ちはちょっとした意趣返しね。
酷い女だ。
男性陣のほうが酷いわよ。野々宮先輩も三四郎くんも美禰子さんを奪おうとしないんだから。気があるくせに何もしないってあんまりじゃない?
しかし、結局は見合い結婚するのだから皮肉だ。あれだけモダンに見えた美禰子でさえ、旧社会の桎梏から逃れることができない。
美禰子さんにとってみればどちらでも良かったのよ。はじめは前途有望な若者たちにアプローチ。でも、ほかに条件のいい話がきたから乗っかった。獲物さえあれば狩りの手段は問わないってわけ。
恐ろしい女だ。
女子はたくましいの。豊かな生活を送れるかどうかはすべて配偶者にかかっているから、男みたいにロマンチストではいられないの。
うーむ、男はみじめだ。
そうそう、男性の現状について、作中のある人物がこんなことを言っています。
「(……)広田先生を見たまえ、野々宮さんを見たまえ、里見恭助くんを見たまえ、ついでにぼくを見たまえ。みんな結婚をしていない。女が偉くなると、こういう独身ものがたくさんできてくる。だから社会の原則は、独身ものが、できえない程度内において、女が偉くならなくっちゃだめだね」
女が強くなると男は自信を喪失し、結婚から遠ざかる。今も昔も変わらないな。
「自由」がもたらす男女関係の変化。草食男子は近代社会の必然なのかもしれません。
( 2011.1.28 )