沖縄・石垣島 電信屋
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・電信屋は1897年に設置された通信施設(中継地)で、ここから台湾まで海底ケーブルで結ばれた。

・太平洋戦争中連合軍の砲撃を受け、現在もそのままの姿で残されている。

・1986年に石垣市の史跡に指定されている。

・2001年、建物の横に電信屋記念碑が建てられた。

・クルマで石垣市街地から県道79号線経由で約30分。大崎牧場を左折して悪路を500m進む。

 

2012年2月 黒島・石垣島旅行記

 

 

 

 

 名蔵湾沿いに進むとバナナ畑。
 

  道は大崎牧場で右に直角に曲がるが、電信屋はここを左に曲がる。
 

 

 一見舗装されているように見えるが、かなりのでこぼこ道。普通車の通行は無理か?
 

  慎重に進むこと5分。到着したようだ。
 

 

 これが電信屋。
 

  向こうに海が見える。
 

 

 記念碑の碑文
「1895年(明治28)の日清戦争終結後、日本はその領有となった台湾との間に通信回線を敷設することにし、1896年(明治29)先ず鹿児島〜沖縄本島との間に、次いで翌1897年(明治30)沖縄本島〜石垣島〜台湾間・石垣島〜西表島間に海底電信線を敷設した。 これにより、本土〜沖縄本島〜石垣島〜台湾間の通信回線網が完成した。
 (中略)
重要な使命を、担っていたが太平洋戦争の戦災を受け昭和20年に破壊された。  21世紀高度情報化社会の到来とIT新時代を迎え、電気通信システムも著しく変貌しつつあるが、この海底電信線の敷設された歴史的経過を永く残すため、海底電信線の陸揚げ地であるこの地に記念碑を建立する。」

 

  「元海底電線陸揚室」の説明文。
 

 

 入り口? 丸いのは銃弾の跡か?
 

  海側の壁。
 

 

 こちら側の方が銃弾跡が多い。
 

  崩れかけた塀。サンゴでできていた。
 

 

 横はビーチ。
 

  屋根はこんな感じ。
 

 

 120年近く経っているはずだが、
 

  改修されているのか、古さは感じられない。
 

 

 ビーチへ下りてみる。
 

  白い砂浜が続く。
 

 

 ビーチがら見るとこんな感じ。
 

  元の道に戻る。このりっぱな歩道にあるヤシの植え込み費用で、電信屋への道をもう少し整備してくれたらなあ...