注意:このHPは自分自身の為に記したものです。時刻、金額等はヒュウヒョウが旅行した時のメモ(書き間違えがあるかも)をもとにした過去の記録にすぎません。時刻は現地時間です。

当HPの写真やイラストを無断で使用しないで下さい。

 <ウィーン> JALマイレージ特典でスイス航空利用

2001年9月19日〜25日
JMBに支払った空港税他7,880円(2名分) 関空空港施設利用料5,300円(2名分) ドリント・アム・オイローパプラッツ 5泊分(朝食付き)40,000円クーポン券を、JHCでニコスカード支払いにして5%OFFになり、38,000円で購入 SR163便関空12:35発チューリッヒ18:05着→乗換え→SR210便チューリッヒ20:20発ウィーン21:45着

通貨略記:OS=オーストリア・シリング、Ft=フォリント(ハンガリー)  路線略記例:U1=地下鉄1号線、U2=地下鉄2号線

 

滞在したドリント・アム・オイローパプラッツ

スイス航空ビジネスクラスの特典航空券で渡航。生まれて初めてのビジネスクラスで、機内での食事のサービスは、そりゃまあ量が多くて、欲張って口へ押し込む。固焼きせんべいのような大きさのドでかいクッキーやアイスクリームは、天国気分においしかった。気になるのはカロリー。

さて、ウィーン国際空港到着。前回来た時はツアーだったから問題なかったが、今回は個人旅行。エアポートリムジンバスで、宿のある西駅(Westbahnhof)へ行きたい。切符の買い方がわからなかったので、近くの人に尋ねて自動券売機で購入した(22:06、往復運賃@OS130×2名)。西駅で下車すると、宿の建物が見えたのでスーツケースを転がしてチェックイン。交通の便が良さそうな場所。バストイレは照明で美しさをアップした感じで特にイヤだとは思わなかった。日本とは電球の質がちがうのか?

この日は、西駅をどんなものか探検に行っただけ。

 

バーデン駅附近のヨーゼフ広場。

二日目。今日はバーデン(バーデン・バイ・ウィーン)へ行くので、水着やタオルをスーツケースから出して準備。朝食は1階のレストランでブュッフェ式だった。食券も何も無しで入れたからこれでいいのか?と思った。

ウィーン24時間チケットを購入(@OS60×2名)を買って、U3でシュテファンプラッツ駅(Stephansplatz)→乗換え→U1でカールスプラッツへ。ここからバーデン線に乗換えてブドウ畑を眺めながらバーデンへ行く(9:29、24時間チケット利用可能範囲外の運賃@OS42×2名)。

→バーデン着。

ベートーベンハウス。入口がわからなかった。

ハウプト広場を通り、ベートーベンハウスを写真に撮って、街の地図をもらう為、インフィメーションを探して立寄る。「地球の・・」のガイド本は持参して来たが、バーデンの地図は大雑把だったので。

シュトラントバード (Thermalstrandbad)という 公共温泉(といってもプールみたい)までてくてく歩いて、入場券を買って入場(@OS85×2名)。チケットは男女別に色分けされていた。

ヒュウヒョウ夫婦、同じ一室の更衣室(一坪程度の仕切り)へ案内される。

ハウプト広場裏の商店街

ゲ!そんな馬鹿な!いくらかばんの中を見ても肝心の水着がない!・・・・・・。どうも宿の机の上に置き忘れたようだ。二人もいて、四つの目で、全く気がつかなかった。ガックリ。ヒュウヒョウ、海外で、初めて目から大洪水が出た。

レンタル水着があるとガイド本に書いていたのを思い出し、嫌々だけど忍の一字。更衣室係りのおばさんに尋ね、奥から出してきてもらった湿っぽい水着は、ヒュウヒョウ夫は丁度よかったけど、ヒュウヒョウにはサイズが合わず、大き目の水着と男性用水着のデカパンを借りた。バスタオルも二人分借りて、一式OS40也。

天気は良かったのに、温泉が水温33度で寒かった。それで40分ほどしか我慢できず、あんなに苦労した水着から着替えてしまった。

 

SCSをうろうろする。すごく広い。

バーデンから電車に乗っての帰り、SCSという巨大ショッピンングモールへ立寄ることにした。電車の中の自動券売機で切符を購入(14:30、@OS21×2名)。

SCSで土産や食品など散財してしまった。

帰りは、100ゾーン駅分のキップ(@OS21×2名)を、駅のホームの中に設置されてる自動券売機で購入し、乗換駅のシュテファンプラッツで改札を出て、繁華街のケルントナー通りをぶらぶら。モーツアルトショップを見つけ入ったけど、二度目のウィーンは感動がなかった。→カールスプラッツ乗換えで西駅へ。駅構内の売店で夕飯用にサラダと鰊(ニシン)のマリネを購入して帰る。宿にて持参したレトルトご飯で質素な夕食。

 

三日目。朝食を済ませ、南駅(Landstraße / Wien Mitte)までU3で行き、結構歩いて南鉄道駅(Südbahnhof、国鉄の駅)へ行く。有人窓口でショプロン(Sopron)までの往復切符購入(2等車席@OS302×2名)。

写真の右側の赤い列車(ここが始発駅だった)に1時間ちょっと乗って、ハンガリーのショプロンへ日帰りの旅に出発。

 

 

ヴィナーノイシュタット(Wiener Neustadt)附近で折り返し運転。写真の電車は、折り返しした場所で撮影した為、そこにたまたまあった電車で、ヒュウヒョウ達が乗車した列車ではない。

 ←車窓の景色は素晴らしい。

降りたい駅は次か?ここか?と、所要時間の1時間15分が近づいてくると、駅に到着する度にじーっと見張って、ショプロン到着。降りる駅を間違えたらどうしようと思うと緊張する。

ショプロンに着いたら小さくて田舎っぽい駅だった。エスカレーターもエレベーターもなかった。みんなの後をついて行ったら、改札口に着いた。

 

駅舎の中の入国審査で、ヒュウヒョウ夫婦二人のパスポートをなかなか渡してから係員が奥へ行ってしまい、牢屋にでも連行されるのかと心配になるくらい、かなり時間がかかった。難なく審査が済んで、同じ建物にある両替所で日本円1万円をフォリント(Ft)に両替。

 

街の雰囲気が、さっきまでのウィーンと違う。

日本人のヒュウヒョウ夫婦には、何を見ても目新しい。

 

ヒュウヒョウ、手を滑らせ、古い方のカメラを落としてしまった。帰国して現像したらどうもなかったから助かったが、電池を入れる部分には絆創膏を貼らないと、フタが開いてしまうようになった。傷口には絆創膏!

(この頃はまだバカチョンカメラ1台しか持っていなかったので、この旅行の為に、はりこんで、もう1台バカチョンカメラを買った。さらに念の為、日本から使いきりカメラも三つ程持参して来た。)

 

 

天気もいいし、どんなところだろう?まずは歩いてみた。

←古い建物が残っている。

家々には屋根に煙突がある。冬は雪が積もるんだろうなあ。

 

かばん屋に引き寄せられて、継ぎはぎの皮製のリュック(Ft5500)を衝動買い(10:12)。イタリー製と書いてある。(後日談:使い勝手がいまひとつだった。日本の気候にあわなかったのと、生地が弱かった。)

買いやすい値段は、ヒュウヒョウには目の毒、お気の毒。

ホットドックなどの食べ物屋台は見かけなかった。

 

街は花で飾られていた。

日本人どころか東洋人は見かけない。

 

聖ジョルジュ教会(St. George's Cathedral)の手前に、(青い車の後部屋根方向に)古代ローマの城壁の跡が残っていた。

旧市街は楕円形で周囲2km程のこの城壁によって囲まれた城壁内に作られたらしい。観光名所のほとんどはこの旧市街に集まっているから、ウィーンからの日帰り旅行を決めたのだ。(肌寒いこともあろうから、トイレを探すのが心配だった。欧米人とは膀胱の大きさが違うしね。)

 

←有名な火の見の塔(Fire-Watch Tower)。

この近くで、「tourinfoem(Tourist Infomation)」を見つけ、まずは入ってみた。日本語のパンフレットをいただいた(しかし地図は日本語ではなかった)。「リストの町、ショプロン」と題されている。あのフランツ・リストが幼少時代をこのあたりで暮らしたらしい。

さすがにこの辺に来ると、観光客がいっぱいいた。

火の見の塔へ上る(入場料@Ft150×2名)。塔の中の階段を、休み休み、くるくるくるくる上がっていく。目が回りそう。エレベーターは無し。

ショプロンの赤い屋根はきれいだわ。赤というか、レンガ色かしら?

天気はちょっとうす曇。

 

手前に目立つ塔は、ベネディクト教会(Church Of The Benedictine Older)。「やぎ教会」とも言うそうだ。後方の先が丸いのが、エヴァンゲリクス教会(Evangelical Church)。

塔を下りて、近くにあった売店で絵葉書と切手を購入。

遠足中?の中学生くらいの子供達の後をついて、ベネディクト教会に入った。当然薄暗い。

子供の一人が、珍しい日本人のヒュウヒョウに興味があったらしく、「コニチワ」と話しかけてきたので、土産に持っ来ていた日本の風景入りの使用済みテレカを1束プレゼントしたら、うれしそうに、日本へ行ってみたいと言っていた。イタリアから来たそうだ。ヒュウヒョウだってイタリア、行ったことないよー。

 

中央広場の三位一体像。ベネディクト教会のすぐ近くにある。

←なかなか絵になってる。

 

リストゆかりの建物の前を通過。おしゃれなデザイン。

かつてエステルハージ家(ハンガリー最大の貴族)の宮殿だった鉱物博物館(The Mining Museum)。入館せず。

例えば、ウィーンで、こういう建物に入いるのに木製のドアを開けようとするが、握力20程度の弱っちいヒュウヒョウにとっては開けずの扉になる。つまり、重くて開けられないのだ。なんとか体当たりして頑張っていると、通りすがりの殿方の手が上から伸びて開けてくださることが多い。ダンケ!

ドアと格闘する度に、ヒュウヒョウの脳裏には、ガリバー旅行記が浮かぶのである。

オルショヤ(Orsolya)広場

オルショヤ(Orsolya)広場。この広場、わずかに傾斜があって、写真の噴水の位置が一番低くなっている。雨水が集まるように作られているのだろうか?

それにしても、観光名所にありがちな公衆トイレを全く見かけない。ヒュウヒョウ、近くの売店で頼み込んでトイレを借りた。丁度、小学生達が学校が終わった頃で、売店の女性が「ほら珍しいよ。日本人だよ。」って言ったのか言わなかったのか、5〜6人の男の子達がやって来たので、使用済みテレカをあげると、大好評だった。

広場附近にあったウルスラ教会(St. Ursula's Church)を見学し、またぶらぶら歩く。

歩いていて、町並みをカメラに収めたかった。帰国して現像してみたら、偶然、看板と男性が写っていて、魅力的な1枚になった。

お腹がすいてきたので、いくつかレストランらしき建物を覗く。最初に入ってみたのは、地下に階段で下りてレストランになっていた。メニューが入口にあるけど、ハンガリー語がわかるわけもない。おっさん連中が昼間から酒飲んで陽気に騒いでいる。「おじさん達が」と書けない雰囲気。雲助に変身しそうなことはなかったが、場違いだと思って出た。

2軒目は、道路から家庭の門みたいなのをくぐり抜けてあった。日本の田舎の家でも門に屋根があったりするけど、そんな感じだろう。門の脇にトイレもあったし、ご婦人方が食事してる姿があったので、ここにした。「バッカス」というレストラン。メニューは英字でもわからないから、ヒュウヒョウは他の人の皿を見て、指差して「アレ」。ヒュウヒョウ夫はハンガリアン・ステーキ。それと白ぶどうのジュース1杯。(13:08、代金計Ft3030+チップFt150)

食後、トイレの順番待ちしてると、黒髪のショートヘアが素敵な婦人に話しかけられた。ウィーンからちょくちょく来るそうで、今日もネイルをしてもらいに来たと言う。国境を越えてここへ来ると物価が安いから、ネイルやエステなどする為に来るらしい。

こんなかわいい建物がありました。

ヘレンドのお店を見つけ覗いてみた。到底買えない高価な食器。→駅へ戻る途中、スーパーがあったので買い物(14:50)。白ぶどうジュースも購入。けっこういける味。

駅に着いたが両替所は閉店。もう必要のないフォリントが残っている。無理やり、身体洗い用海綿(Ft2990)や、中国製かもしれないキーホルダー(Ft150)を買っても、まだ若干余ってしまい、そのまま帰ることに。

出国手続き(今度は時間がかからなかった)を終え、16:42発のウィーン行きに乗った。

U6とU3路線が交差する西駅に宿がある。U6路線上のマイトリンク駅(Meidling Philadelphiabrücke)で乗り換えて、宿へ帰った(地下鉄代、不明)。

ハイドン記念館の中にブラームス記念室が。

四日目。朝食の時、フランス語をしゃべっていたおばさんがイスにバッグを置いたまま料理を取りに行ったらしく、席に戻った時バッグがないと騒いでいた。 大きな駅に近いという短所か。誰でも食堂に入ってこれるのが良くないのだが。

徒歩でハイドン記念館に開館前に到着。しばし待って9時に開館し、見学(@OS25×2名)。

その後、徒歩徒歩徒歩、とほほほ・・・。(T_T;)疲れるぅ。

マリアヒルファー通りをずーっと歩いた。

ケッテンブリュッケンガッセ駅(Kettenbruckengasse)周辺到着。ここはナッシュマルクトの市場の南西の端でもある。

写真右の建物が、ユーゲントシュティールの建築家、オットー・ヴァーグナーが設計したマヨリカハウス。イタリアのマジョリカ(マヨリカ)焼きの花模様のタイルで壁面が覆われている。1899年に完成の集合住宅。

ひとつ下の写真、左から3番目がマヨリカハウスで、右隣の同じ高さの建物がメダイヨンハウス。

メダイヨンハウスの上の両端に、叫ぶ女の像があるそうですが。左の写真の奥から2番目の建物の屋上、ポチっと黒いのがそうです。

この二棟のすぐ前にあるケッテンブリュッセンガッセ駅もオットー・ヴァーグナーの設計。

土曜日で蚤の市が開催されていた。混雑していたので、スリに注意。写真を撮ったらさっさと移動! そういえば、前回ウィーンに来た時と比べ、治安が悪くなった感じがする。

 

ウィーン24時間チケットを買って(10:20)、U4でカールスプラッツへ1駅移動。出口にもよるのだろうが、今後はこの駅で乗下車するのはちょっと避けたいと思った。

少し歩いて、ヴァーグナー設計のカールスプラッツ駅舎の跡(左の写真)に着く。

カールス広場、カールス教会(入場せず)、楽友協会を過ぎて、ケルントナー通りにあるカラヤンのHerbert von Karajan Centrumに着いたが、土曜日は閉館だった。残念。いつも旅行計画はヒュウヒョウ夫が立てるが、何か抜けている。

 

オペラ座の前からトラムに乗って、美術史博物館へ行く(11:04入場料、@OS120×2名分)。こちらの扉も重くてなかなか開いてくれなかった。

ベラスケスの『青いドレスのマルガリータ王女』などが展示されていて、多すぎて見切れなかった。

新王宮(左の写真)を横目に、バラの咲くフォルクス庭園を通過し、国会議事堂前からトラムに乗る。

シュヴァルツェンベルク広場駅(Schwarzenbergplatz)で下車し、少し歩いて(そのまま徒歩でも行けたが、乗り放題の切符だし、体力ないし)、ホーホシュトラール泉(Hochstrahlbrunnen)からベルベデーレの下宮になるべく近いところまでトラムに乗り換えた。

 

下宮の黄金の間

ベルベデーレの下宮の建物横を通って、どうせ下宮だから建物の中は上宮よりつまらないだろうと、上宮だけ入るつもりで、5〜600M先の上宮を目指し、ひたすら歩いた。

上宮の博物館(オーストリア・ギャラリー)に着いて、入場券を買ったら、上宮と下宮がセットになっていた(14:03、@OS50×2名)。こんなことなら、下宮で買って、先に下宮を見学してくれば、順路として合理的だったと後悔した。

建物は、他のウィーンの名所の建物もそうだが、「こんな階段、うちにもあったらなあ」という、ゆったりした階段がある。まあ、そのような階段がうちにあったら、玄関開けたら階段だけの家になってしまうだろうけど。(^0^)

下宮は中世とバロック美術館になっていた。こじんまりした広さだった。

 

ベルベデーレ上宮。素敵なところでした。

ヒュウヒョウの老体は、とっくにへとへとなのに・・・。いつの日か、オペラ座で、『悲劇!ヒュウヒョウ夫に引き摺り回わされる、うら若き、か弱い娘の物語』が上演されたらどうしよう? (都合のよい時に、若くなったり年寄りになったり、勝手なヒュウヒョウである。)

ベルベデーレを出て、Taubstummengasse駅からU1でネストロイプラッツ駅(Nestroyplatz)へ行った。ヨハン・シュトラウス記念館 (ドナウワルツァーハウス)へ行く為に。

しかし、すでに閉館されていた。後日調べたら、この日は土曜日だったので、13時で閉館であった。またまたヒュウヒョウ夫は、・・・。

 

ゴンドラからの眺め。天気は曇り。

しょうがないので駅まで戻って、一駅向こうのプラターシュテルン駅(Praterstern)=ウィーン北駅(Wien Nord)まで乗った。有名なプラター公園まで徒歩。

ここは二度目。前回の旅行では日が暮れてから入場し、グルグル回る乗り物に乗ったら、日本のそれよりも三倍くらい長い時間、止まらなくて降参したので、今回は映画で有名になったゴンドラ(大観覧車)に乗った(@OS120×2名)。

あらかじめ予約すれば、1つのゴンドラ毎に貸切ることが可能らしい。貸切って、記念日等で食事をしたりする客もいると聞いたことがある。

 

左の写真は、メリーゴーランド。木馬ではなく、本物の馬が円形に回るように繋がれている。料金1名OS30。

アトラクションの施設のネオンはきれいで、遊園地は結構広いけど、前回来た時は、珍しい乗り物に見とれていると、背中のリュックに知らない人の手が伸びてきたので、立ち止まる際、リュックはお腹側に持ってくるようにした。

日本の遊園地の夜間営業よりは、足元が暗かった。

 

 

小腹がすいたので、ソーセージ(OS35)を買って食べた。

地下鉄に乗って、シュテファンプラッツ駅(Stephansplatz)で乗換えて宿へ帰った。

2階の小ギャラリーから見た風景。丘の上にグロリエッテが見える。あとでそこまで行った。

五日目(曇りのち雨)。

トラムでシェーンブルンへ行く。

シェーンブルンの売店でウィーン24時間チケットを購入(9:04)。

シェーンブルン宮殿入場(9:12、@OS105×2名)。

日本語のオーディオ・ガイドを借りることができたが、借りなかった。

さすがに団体観光客が多い。

 

大ギャラリー。

 

 

旅行に来れてうれしいけど、歩きたくない距離。往復歩いたんだよ。しかもグロリエッテの屋上まで上って。

 

宮殿からグロリエッテまでの間にある、大温室横の庭園。

バラのシーズンは、もう終わりかけだった。

 

温室入場(10:57、@OS45×2名)。左の写真の奥の建物。手前は日本庭園(数年前に、日本庭園の跡が発見され、復元したそうである)。

温室の中は、特に珍しいものは見かけなかった。菊があったりした。

 

敷地内には動物園もある。

動物園には入らなかったが、売店だけ入ってみた。めちゃかわいいぬいぐるみがいっぱい!

グロリエッテ   屋上にも人がいた

グロリエッテを目指して、相当歩いて、まずはネプチューンの泉に到着。休憩兼ねて、写真撮ったら、また歩く。

丘の上のグロリエッテに到着。ここに来てみたら、下から見てたときより、以外に高い場所だと感じた。

この中にカフェがあったが、満員であきらめた。

シェーンブルン宮殿の横を通って地下鉄の駅へ。

 

シュテファンプラッツ駅(Stephansplatz)へ着いたら、雨が降ってきた。

シュテファン寺院は一部工事中で、着いた頃には雨も強くなってきた。

 

徒歩で、フィガロハウスへ(入場料@OS25×2名)。

←フィガロハウス(Figarohaus)の入り口附近。ウイーンでは歴史的意義のある建物には、こういう赤と白の旗とプレートが掲げてある。

 

吹抜けの階段を上っていく。

モーツアルト自筆譜も展示されていた。

 

イエズス教会(Jesuitenkirche)の中。

イエズス教会の向かいに、科学アカデミーがある。

 

オーストリア科学アカデミー(旧ウィーン大学講堂)。

ここでベートーベンの交響曲第7番が初演された。

 

バジリスケンハウス。

壁に鏡を持ったパン職人の怪獣退治の絵が描かれている。

 

 

ツヴェルフ・アポステルケラー(Zwolf Apostelkeller) 。16世紀の建物を利用したワインケラー。

 

アンカー時計(Ankeruhr)

ウィーン最古の広場、ホーアー・マルクト(Hoher Markt)にある、アンカー時計(Ankeruhr)。アンカー保険会社の2つのビルを結ぶ回廊にある。

カフェ・ハイナーで、ケーキとコーヒーを注文し、休憩(16:22、チップ込みOS150)。

ローゼンベルガー(Rosen Berger)で、食事(18:13、OS406)。店内はけっこう広い。めし屋方式で好きな料理を好きな量だけトレイにとって、レジで勘定してから開いてる席に着く。これならメニューの文字が読めなくても、選ぶことができる。川魚のマスの切り身があったので、注文したら目の前で焼いてくれた。ここで、魔女の飾り物と鍋つかみなど、土産を購入。けっこう高いのだ。→雨の中、地下鉄で宿へ。

チューリッヒ空港

六日目。宿での最後の朝食を食べて、チェックアウトし、西駅からエアポートリムジンバスにて、空港へ移動。(西駅のバスの乗り場はどこなのか、ウィーン到着翌日から、朝、スーツケースを持っている人達がどこでバスを待ってるのか観察しながら、宿を出かけていた。)

帰路行程(予定)、SR215便ウィーン11:55発チューリッヒ13:20着→乗換え→SR162便チューリッヒ14:20発関空、翌日8:55着

チューリッヒからSR162便が出発しようとした時、誰かが機内に荷物を預けたのに搭乗を取りやめたので、その人の荷物を戻す為、1時間程出発が遅れた。

 

写真は、帰りの便の機内食。日本発の便ではないのに、寿司が出てきてうれしかった!

アイスクリームにカップラーメン、クッキーなど、ヒュウヒョウはフォアグラ状態!飛行機に乗る度に体重が増えていく気がするが・・・・・・。

事実、この旅行のわずか4年後くらいで、この旅行ではいていたジーパンのファスナーが、はち切れて壊れてしまったよー。