宗廟・昌徳宮







宗廟・昌徳宮

朝鮮王朝の王と王妃などを祭る宗廟と景福宮の次に造られた王宮である昌徳宮を紹介します。



宗廟(2012年 9月28日)
朝鮮王朝は500以上に渡り続きましたがその王家の霊廟なのだそうです。当時、国教とされた儒教の思想に基づき造られた建物は、霊廟らしく控えめな装飾で素朴な印象でどこか田舎の公園という雰囲気ですね。



(地図:宗廟)



(写真:宗廟市民公園から)

宗廟の前の公園には多くの年配の方が集まっています。



(写真:宗廟市民公園)

抗日運動家の李商在の像が建っています。李家の宗廟市民公園に建つ像なので李家と関係があるのか調べましたが本貫が異なり関係が無いようです。何故ここに建っているのか不思議ですが李承晩を指導した人物なので李承晩もしくはそのシンパが建てたのかも知れませんね。



(写真:李商在)

公園では碁に夢中になっている方が居ました。



(写真:宗廟市民公園にて)



(写真:チケット販売所)

宗廟の正門は蒼葉門もしくは外大門と呼ばれているのだそうです。王宮とは異なり霊廟なので落ち着いた地味な造りですね。



(写真:蒼葉門もしくは外大門-01)



(写真:蒼葉門もしくは外大門-02)



(写真:案内板)

宗廟は自由な観光では無くガイドと一緒に行動します。流暢な日本語を話すガイドが付きました。



(写真:ガイド)



宗廟内部(2012年 9月28日)
宗廟の中は公園のような感じです。神宮の森のような雰囲気ですね。




池の中央に在る島は空を表しているのだそうです。



(写真:中池塘)

中央・左右の3部分にそれぞれ薄石が敷かれています。左右に比べ若干高くなっている中央の道は、「神のための道」とされ「神路」と呼ばれているのだそうです。また右(東)側は「王が通る道」から「御路」、左(西)側は「皇太子が通る道」から「世子路」と言うのだそうですがそれ程神々しい感じはありません、知らなければ無視して歩いてしまいそうですね。



(写真:神の通る道)



(写真:香大庁)



(写真:門)

斎室というのは王と皇太子の準備室ですね。



(写真:斎室入口)



(写真:斎室)



(写真:斎室内部)



(写真:正殿入口)



(写真:正殿-01)



(写真:正殿-02)



(写真:正殿-03)



(写真:正殿-04)



(写真:正殿西門)



(写真:永寧殿へ)

永寧殿は正殿とそっくりで元の場所に戻ったような錯覚を起こします。違いはサイズでこちらの方が確かに少し小さいですね。



(写真:永寧殿-01



(写真:永寧殿-02)



(写真:永寧殿南門)



宗廟から昌徳宮へ(2012年 9月28日)
宗廟から昌徳宮までは近いので歩いて行きます。途中は下町の風情があります。



(写真:コーヒー店-01)



(写真:コーヒー店-02)



(写真:途中の小道-01)



(写真:途中の小道-02)



(写真:おでん屋)



(写真:途中の道路-01)



(写真:途中の道路-02)



(写真:途中の道路-03)



(写真:途中の道路-04)



(写真:伝統楽器店-01)



(写真:伝統楽器店-02)



(写真:スーパーマーケット)



(写真:町の様子-01)



(写真:町の様子-02)

朝鮮王朝時代には禁止されていた仏教ですが、1911年、侶の龍城によって創建されたのだそうです。この寺は近代韓国仏教の草分け的な存在であったようです。1986年に全面建て替えを行って現在の建物になったようです。



(写真:大覚寺)



昌徳宮(2012年 9月26日)
この昌徳宮は、朝鮮王朝成立直ぐの1406年に離宮として創建されたのだそうです。1592年、秀吉の朝鮮出兵で景福宮が焼失し、以降1865年に景福宮が再建されるまで270年間(15代国王(光海君)~ 26代国王・高宗)までは正宮として使われたそうで、朝鮮王朝の実に半分以上、徳川政権の江戸時代より長いですね。従いまして韓ドラで有名な英祖、正祖・イサンなどが王宮として使った場所という事になります。中はかなり広いのですが正宮である景福宮と比較しますと何となくのんびりとして雰囲気です。正門である敦化門は1609年に再建されたもので現存する韓国最古の門と言われています。正祖・イサンもここを通って外出したのでしょうね。1907年に純宗が大韓帝国の皇帝に即位すると宮殿として使用され、1910年の日韓併合後も李王となった純宗の住まいとなったのだそうです。王宮の中では一番最近まで使用された場所で最後の皇太子と言える李垠、そして妃である方子様がここにお住まいで、方子様は1989年、平成元年までここで過ごされたそうです。王宮住人の最後の一人が日本人というのも巡り合わせですね。

仁政殿は本殿で現在の建物は1804年に再建されたものなのだそうで、王の即位式、臣下の朝礼式、外国大使の接見など王の公式行事を行う儀式の場であったそうです。以前は韓ドラのロケにも使用されたようでチャングムの誓いは一部はここで撮影されたようです。このドラマの時代は秀吉軍侵攻の少し前なので王宮はまだ景福宮だったはずですが本当の本殿を使用すればドラマにも厚みが出ますね。一番奥に位置する楽善斎は昌徳宮の片隅にある。元々は隣の昌慶宮であったのだそうですが塀が移動され昌徳宮の一部になったのだそうです。 楽善斎は朝鮮王朝第24代王である憲宗の命令で、後宮の敬嬪金氏のために1847年に建てられたものなのだそうで王の未亡人などが暮らすところ だったそうです。従って他の王宮の建物と異なり、丹青(タンチョン=五色の塗り)が塗られておらず、質素です。ここには対馬の宗氏と結婚した徳恵翁主、方子様達が晩年を送った場所で、現在見られる建物は李方子が亡くなった後、 日本風の作 りから韓国風にしたのだそうですが今でも何となく日本的ですね。





(写真:チケット販売所)



(写真:敦化門-01)



(写真:敦化門-02)



(写真:敦化門-03)

少し行きますと橋が架かっています、錦川橋という名前で韓国最古の橋で1411年の完成なのだそうです。ここを超えると王の領域であったそうです。



(写真:錦川橋-01)



(写真:錦川橋-02)



(写真:錦川橋-03)

最古の橋の下は水は流れていません。



(写真:錦川橋の下)



昌徳宮・仁政殿へ(2012年 9月26日)
橋を渡り、正殿である仁政殿に向かいます。最初にあるのが進善門で朝鮮王朝の時代には門前には太鼓が置いてありこれを叩くと王に意見が言えたのだそうですが庶民は当然ここまで来る事が出来ませんし、手続きも面倒で余り使用されなかったとのことです。



(写真:進善門)



(写真:進善門・仁政門・粛章門の間の広場-01)



(写真:進善門・仁政門・粛章門の間の広場-02)



(写真:進善門・仁政門・粛章門の間の広場-03:進善門方向)



(写真:仁政門と粛章門)



(写真:粛章門-01)



(写真:粛章門-02)



(写真:仁政門-01)



(写真:仁政門-02)



(写真:仁政殿-01)



(写真:仁政殿-02)



(写真:仁政殿-03)



(写真:仁政殿内部玉座)



(写真:仁政殿内部の様子)



(写真:仁政殿横の建物)



(写真:仁政殿前の広場-01)

石が並んでいますが品階石というのだそうです。式典などの際に官位の序列ごとに整列するための目印しの石で、それぞれの石に官位が刻まれ左側にています。それぞれのサイドには武官,文官いわゆる両班が並んだそうです。



(写真:仁政殿前の広場-02)



昌徳宮・宣政殿(2012年 9月26日)
宣政殿は王が日常政務に使っていた場所なのだそうです。青い瓦の王宮はここだけなのだそうです。



(写真:宣政殿-01)



(写真:宣政殿-02)



(写真:宣政殿-03)



(写真:宣政殿-04)



(写真:宣政殿-05)



(写真:宣政殿-06)



(写真:宣政殿-07)



(写真:宣政殿-08)



昌徳宮・熙政堂(2012年 9月26日)
熙政堂は王の日常の場所だったそうです。



(写真:熙政堂-01)



(写真:熙政堂-02)



(写真:熙政堂-03)



(写真:熙政堂-04)



(写真:熙政堂-05)

清香閣とあります。



(写真:熙政堂-06)



(写真:熙政堂-07)



(写真:熙政堂-08)



昌徳宮・楽善斎(2012年 9月26日)
何となく日本的な雰囲気の楽善斎は我々日本人にはほっとする雰囲気があります。王宮と言っても質素な感じですね。



(写真:楽善斎-01)



(写真:楽善斎-02)



(写真:楽善斎-03)



(写真:楽善斎-04)



(写真:楽善斎-05)



(写真:楽善斎-06)



(写真:楽善斎-07)



(写真:楽善斎-08)



(写真:楽善斎-09)



(写真:楽善斎-10)



(写真:楽善斎-11)



(写真:楽善斎-12)



(写真:楽善斎-13)



(写真:楽善斎-14)



(写真:楽善斎-15)



(写真:楽善斎-16)



昌徳宮から地下鉄・安国駅へ(2012年 9月26日)
昌徳宮から最寄りの地下鉄・安国駅まで歩いてみました。下町的ではありますが、表通りは近代的なオフィス街になっています。



(写真:近代的なオフィス街)

現代グループの草分け的な存在である現代建設。



(写真:現代建設)



(写真:安国駅近く-01)



(写真:安国駅近く-02)

脇道に入ると何となくごちゃごちゃした感じになっています。



(写真:安国駅近くの脇道-01)



(写真:安国駅近くの脇道-02)



(写真:安国駅近くの脇道-03)



(写真:安国駅付近-01)



(写真:安国駅付近-02)



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