乙支路4街付近・大林商街・世運商街







乙支路4街付近・大林商街・世運商街




乙支路は日本統治時代は黄金町と呼ばれていました。市庁舎から明洞、東大門を結ぶ幹線道路で地下には地下鉄2号線が走っています。明洞と東大門の中間地点にあるのが乙支路4街駅で庶民的な街と言えます。



乙支路4街駅付近(2012年 9月30日)
乙支路4街駅は乙支路4街交差点の下にあります。




(地図:乙支路4街駅付近)



乙支路4街駅付近(2012年10月01日)
乙支路4街付近の様子を紹介します。観光客もそれ程多くは無くソウル市民の普段の姿を見る事が出来ます。



(写真:乙支路4街交差点付近-01)



(写真:乙支路4街交差点付近-02)



(写真:地下鉄・乙支路4街駅・6番出口)



(写真:地下鉄・乙支路4街駅・4番出口)



(写真:地下鉄・乙支路4街駅・9番出口)



(写真:地下鉄・乙支路4街駅・10番出口-01)



(写真:地下鉄・乙支路4街駅・10番出口-02)



(写真:地下鉄・乙支路4街駅・2番出口-01)



(写真:地下鉄・乙支路4街駅・2番出口-02)



(写真:地下鉄・乙支路4街駅・1番出口-01)

駅の周りには照明、文具、雑貨などの店が多くあります。店は多く在り営業しているようですが、肝心のお客の姿、歩いている人もほとんど居ません、閑散としています。



(写真:地下鉄・乙支路4街駅・1番出口-02)



(写真:地下鉄・乙支路4街駅付近-01)



(写真:地下鉄・乙支路4街駅付近-02)



(写真:地下鉄・乙支路4街駅付近-03)



(写真:地下鉄・乙支路4街駅付近-04)



(写真:地下鉄・乙支路4街駅付近-05)



(写真:地下鉄・乙支路4街駅付近-06)



乙支路の様子(2012年10月03日)
乙支路4街から乙支路3街の方向に歩いて行きます。



(写真:乙支路-01)



(写真:乙支路-02)



(写真:乙支路-03)



(写真:乙支路-04)



(写真:乙支路-05)



(写真:乙支路-06)



(写真:乙支路-07)



(写真:乙支路-08)



(写真:乙支路-09)



(写真:乙支路-10)



(写真:乙支路-11)



(写真:乙支路-12)



(写真:乙支路-13)



(写真:乙支路-14)



(写真:乙支路-15)



(写真:乙支路-16)



(写真:乙支路-17)



(写真:乙支路-18)



(写真:乙支路-19)



(写真:乙支路-20)



(写真:乙支路-21)



(写真:乙支路-22)



(写真:乙支路-23)



(写真:乙支路-24)



乙支路付近の様子(2012年10月03日)
脇道そして器械修理店、屋台の様子などを紹介します。



(写真:乙支路の脇道-01)



(写真:乙支路の脇道-02)



(写真:乙支路の脇道-03)



(写真:乙支路の脇道-04)



(写真:乙支路の脇道-05)



(写真:乙支路付近の器械修理店-01)



(写真:乙支路付近の器械修理店-02)



(写真:乙支路付近の器械修理店-03)



(写真:乙支路付近の器械修理店-04)



(写真:乙支路付近の屋台-01)



(写真:乙支路付近の屋台-02)



(写真:乙支路付近の屋台-03)

日本人が利用するホテルの前には日本語で書かれています。「蜜ホツトク」というのは何なのでしょうね。



(写真:乙支路付近の屋台-04)



(写真:乙支路付近のスタンド)



(写真:警察署)

綺麗なホテルがあり、日本人の利用も多いようです。



(写真:乙支路4街に在るホテル)

隣にはファミリーマートがあります。



(写真:ファミリーマート)

次の乙支路3街駅まで行きますとかなり賑やかになっています、もう明洞まで近いです。



(写真:地下鉄・乙支路3街駅)



大林商街・世運商街(2012年10月01日)
大林商街という場所があります。清渓川を挟んで世運商街という名称になるこの商店街は8階建の住居と一階は商店になっています。乙支路沿いには青い看板に「大林商街」とハングルで書かれています。外から眺めますと何となく胡散臭さそうでまともな場所では無さそうに見えます。最初は食堂などが連なっているのかと思っていましたが食堂は無く金物特に照明店が多くありました。このような商業と住居の建物はこの乙支路から宗廟の前まで続いています。建物はボロボロで廃墟のよう、店はありますが、閉めている場所も多くお世辞にも活気があるとは言えません、スラム一歩手前というのが正直な印象です。明洞から歩いても行ける距離の市内でも一等地のこのような場所には余り相応しくない雰囲気です。1968年にこの商業施設が完成した時には市内でも最先端の商業施設で多くの人で賑わっていたそうで、世運商街を一周すれば飛行機も作れるとまで言われたそうです。

80年代に入ると落ち目になっており、再開発の対象地域となったそうですが、緑地を中心とする再開発という事になりましたが、零細な商店と区画のオーナーが3千居ると言われており、意見がまとまらずに今日に至ったそうです。世運商街を高層建築としてまとめようとするアイデアもあったそうですが宗廟から南山を見る視界を妨げるとの指摘があり、棚上げになったそうです。このまま放置しますと廃墟になってしまいそうですが、そもそも緑地にするという事に無理があるので、現在の商業と住居との合体施設というコンセプトを残して再開発を行なった方が現実的であると思います。ここだけでは無く周辺の雰囲気も悪くなっていますので早急な対策が必要でしょうね。実際に歩いてみますと多くの店は営業をしていましたが昼で晴れているにも関わらず暗くジメジメとした雰囲気で気持ち良く買物が出来るとは言い難い状況です。照明関係の店が並び中にはLED照明の専門店もありました。先端技術で作られた照明器具が小汚い薄汚れた暗い商店街で売られているのも奇異ですね。再開発の対象となり30年が経過し次第に状況は悪化しているように見えます、早急に計画を決め実施する必要があるように感じました。場所は市内の一等地なのですからファッショナブルな地域に変える事も可能だと思います。



(写真:大林商街・乙支路-01)



(写真:大林商街・乙支路-02)



(写真:大林商街・乙支路-03)



(写真:大林商街・乙支路-04)



(写真:大林商街・乙支路-05)



(写真:大林商街・乙支路-06)



(写真:大林商街・乙支路-07)



(写真:大林商街-01)



(写真:大林商街-02)



(写真:大林商街-03)



(写真:大林商街-04)



(写真:大林商街-05)



(写真:大林商街-06)



(写真:大林商街-07)



(写真:大林商街-08)



(写真:大林商街・清渓川沿い-01)



(写真:大林商街・清渓川沿い-02)



世運商街(2012年10月01日)
清渓川を越えると世運商街という名称になります。こちらは扇風機を中心とする電化製品そして生活雑貨などが並びます。更に進むと建物が終わり両側に商店が並びます。最後は宗廟の前に出ました。



(写真:世運商街-01)



(写真:世運商街-02)



(写真:世運商街-03)



(写真:世運商街-04)



(写真:世運商街-05)



(写真:世運商街-06)



(写真:世運商街-07)



(写真:世運商街-08)



(写真:世運商街-09)



(写真:世運商街-10)



(写真:世運商街-11)



(写真:世運商街-12)



(写真:世運商街建物・宗廟の前)




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