孟母三遷

   四季のエッセイ        @
 おっかさんまた越すのかと孟子いひ
 江戸時代、孟母三遷の教えは川柳でちゃかされるほど町の人々に知れ渡っていた。
 墓地が近かった最初の家、葬式の真似をする。第二の家、市場近くに越すと商人の真似だ。そこで第三の家、学校そばとなる。
 孟子が日本で爆発的に普及するのは江戸時
代だ。朱子学が官学とされたことで武士階級必読の倫理書となったのだが、ここに意外な歴史がある。孟子の子孫が日本にいた。豊臣秀吉の朝鮮出兵の際、捕虜となって連行された明の従軍医・孟二寛だ。その子孫の武林隆重は赤穂浪士で吉良邸討入りでは表門隊に属し、上野介に二番太刀を浴びせている。
 辞世を漢詩にしたため、泉岳寺に眠る。