入院記 2004年7月



7月1日(木)
昼前から2度目の肋骨の手術。
前回同様、浣腸をしてもらう。
麻酔から醒めたら、やっぱり尿道の管が不愉快だ。
今回も寝たり起きたりで翌日を迎える。


7月2日(金)
昼前に尿道の管も取れて自由に歩ける。
先日から、ライブドアって会社が近鉄バッファローズを買いたいってニュースで持ちきりだ。
昼食は病院食を食べて、夕飯はお見舞いのタコヤキで済ます。


7月3日(土)〜7月5日(月)
今週も外泊。
帰る時に、セカンドオピニオンの時にお世話になった、兄の友人のYさんが病院に来てくれた。
昼食に寿司をご馳走になって、家まで送ってもらう。
夕方から、先日、仕事で火傷を負って入院してる友人の見舞いに同僚と出かける。


7月5日(月)
朝、病院に戻る。
今日も何もする事がない。
昼食は讃岐うどん、夕飯はCoco壱のカレー。


7月6日(火)
夕方、I先生が病室に来て、先日の肋骨の検査について説明があった。
転移のおそれのあった肋骨だが、腫瘍は腫瘍でも良性腫瘍だった。
よって、7月8日に左肺の摘出手術をする事に決まる。
昼食は天丼、夕飯は商店街にある居酒屋で一人で祝杯を上げる。


7月7日(水)
明日の手術に向けて忙しい1日でした。
昼から麻酔科に呼ばれて明日の手術の説明と承諾書の取り交わしをした。
麻酔科のH先生に、ネットとかの情報で術後の数日は痛みとの戦いって読んだので、詳しく教えて貰おうとした。
そしたらH先生が言うには「今は、背中から痛み止めを脊髄に入れ、術後はその状態で過ごすので、昔みたいな痛みは全くないよ」って教えてもらう。
かなりホッとした。
夕方から、I先生による明日の肺の手術の説明があった。
家族や叔父さん、叔母さんが立ち合ってくれた。
何とか左肺の半分の切除ですまないかっと懇願したが、難色を示された。
夜になってT外科部長が病室に来てくれた。
「夕方の説明の時、左肺の切除半分でって話をしたらしいけど、検査結果やCT見る限りでは、左肺を全部摘出しないと無理やと思う。
手術が出来る様になっただけでもラッキーやで!」って言われ、左肺を全部切った場合の話をいろいろしてくれました。
人間は右肺は3つに分かれてて、左の肺は2つに分かれてます。
使用頻度としては、右肺が60%左肺が40%なんで、少なくとも右肺全摘より左肺の方が楽らしい。
それで、「ゴルフとかは、もう行けないか?」って聞いてみました。
T外科部長が言うには、「もし、左肺の半分で済めば、日常生活にほとんど影響がない場合が多く、左肺全摘でも、カートに乗れば、ゴルフを廻ってる人もいるよ」って言ってくれました。
「ところでゴルフは何ぼで廻るんや?」って聞かれたから、正直に「130ぐらい」って答えました。
そしたら「これを機会に、ゴルフを辞めたら」って言われました。
今日の昼食は讃岐うどん、夕飯は忙しい合間を縫って、KM君と居酒屋へ。
明日の為にと、うなぎを食わされました。


7月8日(木)
手術当日。
家族に説明があって、「肺を開けてみて、手の施しようがないときは、すぐに閉じます、その時は昼前に終わります。 左肺全摘の場合は、昼過ぎ頃には終わると思います。 万が一、左肺半分で済むようならば、左肺の上を切って、下の左肺を肺口につなぐので、夕方位までかかるだろう。」って事でした。

手術前にいつものように浣腸をしてもらい、手術室へ。
まな板の上の鯉とは、まさにこの事。
手術室に入って、背中に痛み止めの管を入れてくれました。
これが、のたうち回るくらい痛い。
何で麻酔で眠った後にしないのか不思議に思うくらい痛かった。
それが終わると、いつものように酸素マスクの様な物を近づけられて意識がなくなりました。

どれくらい時間が経ったでしょうか、ストレッチャーのガタガタ音で目が覚めました。
横には、T外科部長と、手術前に居た看護師さんが平行して歩いてて、目が覚めた俺に気が付きました。
T外科部長は「悪運の強い奴や!」って言うので、何やろうって思ってたら、看護師さんが、「良かったね〜、左肺、半分で済んだよ」って言われました。
思いがけない一言にビックリしてしまいました。
病室に帰ったのは夕方4時頃で、重病患者用の個室に入りました。
家族も半分で済んだ事を聞いて、みんな喜んでくれてました。
その晩、変に元気で、友人、同僚に手術が終わった事をメールで連絡してました。


7月9日(金)
昨夜とは、打って変わって、高熱に冒されて、1日中しんどくて寝てました。
背中には痛み止めの管、左脇には、肺の中のドレンを抜く管、その管の先はセカンドバックくらいの入れ物に繋がってます。
鼻には酸素の管。
尿道にも、いつもの不愉快な管。
それに点滴が2つ、もう大変な状態で1日寝てました。


7月10日(土)
熱が下がり、徐々に復活の兆し。
しかし、管が一杯付いてるので、1日中寝てた。


7月11日(日)
もう、すっかり元気になりました。
少しづつ身体に入ってる管が抜けていくのが嬉しい。
日曜日に病院にいるのは入院後初めての事です。
お見舞いにたくさんの方が来てくれました。


7月12日(月)
全ての管が抜けました。
自由に歩けるようにはなったが、少し歩いたら目まいがする。
少しずつ長く歩くようにしないと、4日間寝っぱなしだったので、急に歩くのは無理らしい。
T外科部長が病室に来てくれる。
はっきりとは言わないが、「今、ガンの病理検査をしてるから、来週には吉報があるかも知れんぞ!」って言われたが、よく意味が分からなかった。
昼食、夕飯とも病院のお粥を食べてる。
早くCoco壱のカレーが食べたい。


7月13日(火)
大阪、梅雨明け。
それに合わせた様に、俺の身体も梅雨明け。
病院内を歩き回ってる。
明日には大部屋に移れるらしい。
レントゲンを撮った。昼食、夕飯とも、お粥。


7月14日(水)
午前中に大部屋に移る。
早速外食、しかし疲れがすぐに出るので、少し歩いては休み、また少し歩いては休みで外食する。
昼食は讃岐うどん、夕飯はCoco壱のカレー。


7月15日(木)
I先生が病室に来て、病理検査の結果報告があった。
信じられない事を言われた。
摘出したガンを調べた結果、肺の中のリンパ節に転移してたのが、全て消え去っていたらしい。
先日、T外科部長の言ってた吉報とは、この事か。
今月中には退院も出来るって言われた。
昼食は叔母さんが持って来てくれた弁当、夕飯は王将。


7月16日(金)
T外科部長が病室に来てくれる。
I先生から聞いた退院の話をすると、T外科部長は「アメリカ辺りでは、すぐに手術を出来るガンでも、術前に抗がん剤をして、手術をして、術後にも抗がん剤を行なう事で、予後が凄く良いって学会で言われ始めてる、内科のKO先生と話をして、君に時間があるなら、呼吸器内科に転科して、抗がん剤をしたら?」って言ってくれました。
この時に初めて気付いたのです。
前の病院のK医師が「K病院のT外科部長なら、内科と外科の橋渡しをしてくれる」って言われた意味が!
T外科部長は、他の外科の医師に比べて、内科治療を高く評価してるんやな〜って感じました。


7月17日(土)〜7月20日(火)
2週間ぶりの外泊。
19日が祝日のため3泊する。


7月20日(火)
朝、病院に戻る。
何もする事がないので、1日ブラブラ。
夜、ガイヤの夜明けって番組で、ガンを早期発見せよ!って題名のテレビをしていた。
消灯後のテレビ番組だったので、布団の中で小型の半身浴持込用テレビで見てた。
京都で受けたPET検査のテレビで、少し懐かしかった。
昼食は讃岐うどん、夕飯はCoco壱のカレー。


7月21日(水)
朝、I先生が来て抜糸をしてくれる。
これで終わったって少し感じた。


7月22日(木)
朝からレントゲンを撮った。
夜に、I先生が来て、摘出したガンの病理検査が全て終了し、大きさも3cm以下になっていた。
ステージが入院時は3期B,その後3期Aになって手術をして調べたら、現実は1期Aだと言われた。
狐につままれたみたい。
5年生存率が70〜80%だと。


7月23日(金)
呼吸器内科に再び転科。
KO先生と相談して、入院中に術後の抗がん剤を1クール、その後、退院して、通院で1クールすることに決まる。
退院は盆明けになるだろうって話だった。
この日、訃報が入る。
会社の得意先でいろいろ可愛がって頂いたMさんが亡くなったらしい。
Mさんもガンと闘っていて、私が入院してからは、Mさんは咽をやられて喋れないので、メールで情報交換をしていました。
Mさんはメールで「納豆を食べるように」と勧められ、大嫌いだったけど、外泊しては食べてました。
Mさんは、まだ50歳でした。一緒に治りたかったので、とても残念です。


7月24日(土)〜7月26日(月)
外泊、24日にMさんの葬式に参列する。


7月26日(月)
朝、病院に戻る。
同室の方から、「昨日の水都祭の花火を見るのに、この病室は1当地だったよ」って言われる。
見に戻れば良かった。
手術後から続いてる、咳と痰が治まりだした。
昼食は讃岐うどん、夕飯はCoco壱のカレー。


7月27日(火)
手術後の抗がん剤の1クールの1回目を行なう。
病室の廊下で阪神ファンのKG先生とバッタリ会う。
無事手術も終わり、良い結果で呼吸器内科に戻って来た事を大変喜んでくれた。
KG先生曰く「君がここまで良くなったのも、阪神ファンやからやで〜」って、とんでもない御祝いの言葉を頂いた。
昼食は天丼、夕飯は弁当を買って病院で食べる。


7月28日(水)
治療も検査もなし。
昼食はカレーうどん、夕飯は少し歩いて行く食堂。


7月29日(木)〜7月30日(金)
する事がないので外泊する。
しかし、外泊するなり、久々の抗がん剤のせいか気分が悪く食欲がない。
家で寝てるだけ。


7月30日(金)
朝、病院に戻る。気分の悪いのは昨日と変わらない。
でも、無理をして外食する。昼食は讃岐うどん、夕飯はCoco壱のカレー。


7月31日(土)〜8月2日(月)
気分がすぐれないが外泊をする。


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