退院 2004年8月



8月2日(月)
朝、病院に戻る。
検査はレントゲンのみ。
昼食は讃岐うどん、夕飯は都そば。


8月3日(火)
術後2回目の抗がん剤。
病院のロビーで放射線科の先生と会う。
退院までに1回、放射線科の診察を受けて、退院後も定期的に診察に来てくれって言われる。
昼食は都そば、夕飯はCoco壱のカレー。


8月4日(水)〜5日(木)
理由はないが外泊。


8月5日(木)
朝、病院に戻る。
首の右後ろに、親指の先ぐらいのしこりがある。
昔からあったと思うんだが、主治医のKO先生に言うと、「念のため、皮膚科を受診しよう」って事になりました。
病院内の皮膚科を受診したところ、「脂肪のかたまりなんで、そのままでも問題なし」って言われる。
昼食はケンタッキー、夕飯は、少し遠い飯屋に歩いていく。


8月6日(金)
抗がん剤も2回目からは、ぜんぜんしんどくない。
術前、術後と、カルボブラチンって言う抗がん剤と、タキソールって言うのと、2つ行なっている。
不思議と、初回の点滴の2日後くらいに食欲を失くす程度で、髪の毛もあんまり抜けなかった。
でも、髪の毛が細くなった感じはしてました。
主治医が言うには、「他の人より、あきらかに副作用が少ないよ」って話でした。
昼食は讃岐うどん、夕飯はCoco壱のカレー。


8月7日(土)〜8月9日(月)
いつものように外泊。


8月9日(月)
朝、病院に戻る。
今日はレントゲン検査のみ。
昼食は都そば、夕飯はCoco壱のカレー。


8月10日(火)
術後の抗がん剤、1クールの3回目を行なう。
昼食は病院近くの定食屋、夕飯は都そば。


8月11日(水)〜8月12日(木)
暑いので外泊。
外泊前に、放射線科のTK先生の診察を受ける。
リニアックって言う放射線治療で、大変お世話になった先生です。
半年に1回ぐらいで診察に来てくれって事で、次の診察は、12月15日(水)に決まる。
いよいよ退院って感じがしてきた。


8月12日(木)
朝、病院に戻る。
この日は胸部CT検査があった。
昼食は讃岐うどん、夕飯はCoco壱のカレー。


8月13日(金)
昨日のCT検査で、肋骨に膨らみが見られるとの事。
おそらく、肺の手術時に、肋骨の間を広げるので、その時の物だろうと思うが、念のため退院前に、骨シンチグラフィーって検査で調べようって事になる。
何もなければ8月18日に退院が決まるが、少し不安だ。
昼食はつけ麺、夕飯は歩いて遠くの飯屋へ行く。


8月14日(土)〜8月16日(月)
お盆で外泊。


8月16日(月)
朝、病院に戻る。
明後日には退院できるだろうか?。
昼食は讃岐うどん、夕飯はCoco壱のカレー。
黄金の昼食、夕食コンビだが、このコンビも今日で最後かも?


8月17日(火)
朝から骨シンチ検査。
昼前に、入院した時の担当医だったA先生が来てくれる。
昼食は入院した日に、母と義姉と食事した病院5Fにあるレストランで1人で食事。
夕飯は、病院近くの商店街にある居酒屋で1人で飲んで帰る。
夜、主治医のKO先生が来て、今日の骨シンチの検査結果では、手術後1ヶ月少しでは、手術の時に出来た傷か、腫瘍の取り残しかはハッキリしないので、10月頃に再検査をする事で、明日の退院が決まる。
おそらく、肺の手術の時の傷であろうって事でした。
夜中に目が覚めて、地下にある自動販売機でジュースを買って飲んでいると、胸部外科の担当看護師だったYさんが出勤してきた。
彼女には3回浣腸をしてもらった。
話を聞くと、寝坊して遅刻して今出勤したらしい。

この数日、夜中によく目が覚める。
ガン告知を受ける直前は、夢と現実が交じり合って、夜中によく目が覚めて、涙が出たものだが、最近は、夜中に目が覚めると、自然と笑ってしまう。
肺ガンって病気に本当の意味で、勝ったのか負けたのかは、5年後じゃないと分からないけど、少なくとも今は、現地点では、勝ったと思うようにしよう。


8月18日(水)
朝から入院代を清算して退院する。
呼吸器内科のH部長に挨拶をして、胸部外科のT部長には会えなかったけど、I先生に挨拶をして、昼前に病院をでる。

今日で、133日も及んだ入院生活が、やっと終わった。


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