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ある程度の事は覚悟していましたけど、自然と足が震えだして止まりませんでした。
この1週間、ネット等で、ある程度肺がんに対する知識をつけていたので、K医師に「癌の種類とステージは?」と尋ねました。
「詳しく検査をしないとハッキリしないが、左肺から右肺にかかってる可能性がある。
今は手術が出来る状態ではないし、癌の大きさと肺の中のリンパ節に転移してる事から、ステージは良くて3期のBです。
精密検査の結果、遠隔転移が見つかればステージは4期って事になってしまいます。種類は扁平上皮癌です」
3期Bって事は、ネットで調べた記憶では、5年生存率が15%〜35%!
私は最悪の場合はセカンドオピニオンするつもりでいたので、「先生、これだけお世話になっていながら申し訳ないんですが、他の医者の話も聞きたいのでセカンドオピニオンさせてもらえませんか?戻ってきてここで入院するか、他の病院で入院するか先の事は今は白紙で分からないんですが、自分の意志で闘病する病院を決めたいんで・・」ってお願いしました。
K医師は「それは大変良い事ですよ、どこの病院でも紹介状を書くので言って下さい」と快く受け入れて下さいました。
でも今は、何の知識も無いので「知り合いの医療関係者にも相談したいので」という事で3日後の4月3日に再来院の予約をとり帰りました。
仕事のある兄とは清算の前に別れて一人駐車場で会社、家族、友人に電話で現状を伝え、会社に戻ろうとしたんですが、足が震えてしばらく運転出来ずに駐車場でボーっとしていました。
会社に戻り数時間後、変な感覚に陥ったのです。
「なってしまったものは仕方がない、リングに上がって闘うだけや」って、自分でも信じられない早さで割り切れて、ファイティングポーズをとってました。
こうなれば忙しくて落ち込んでる暇はない、すぐに兄の学生時代からの友人で私もよく飲みに行ったりしてるYさんに電話しました。
Yさんは製薬会社の営業で、当時は東京にいたのですが、今までの経緯を話し、「大阪の肺がんの名医を知ってる医者に聞いて欲しい。医者が薦める医者の話、見解を聞いてみたい」って相談しました。
Yさんは「分かった、4月2日の夜までには連絡する」と言う返事を頂きました。
そして4月2日の夜、Yさんからの電話で「いろいろ調べて何人もの医者に聞いたんやけど、病院ってレベルで考えれば、癌センターとか豊中のT病院やろうけど、医者に話しを聞くって言うのなら、何人かの医者から同じ名前が出たのが、大阪市内のK病院のT胸部外科部長やな」って教えてもらい、翌日、Y病院を訪れました。
4月3日、K医師に「K病院のT医師に紹介状を書いて欲しい」って告げると、K医師も「それは良い選択だと思います。T先生なら私も存じ上げてますが、立派な先生ですよ。手術の出来ない今の現状では内科の担当になると思いますが、もし手術が出来るようになれば、T医師なら内科と外科の橋渡しをスムーズにして下さると思います、では4月5日の月曜日にK病院に行かれますか?」って聞かれ「はい、いろいろお世話になりました」っと頭を下げて診察室をでました。
この時、K医師の言った、(内科と外科の橋渡し)の意味が分からずにいましたが、3ヶ月後にK医師の言ってた事が分かることになります。
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