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認知症になった妻               るへもどる
(このメモは何年も書き足されるだろう)

90万円のめがねを買ったと友に話している妻を見た
友達の奥さんは首をかしげて窺うような目つきになる
妻は平気な顔で何の屈託もない
私は変だと気づく
翌日脳神経の専門医に連れて行く
アルツハイマー中度と診断される
思い当たる節がある
11時に出かけると朝話した
11時にお昼が出来ましたと言いにきた
聞き違えたと思った
似たようなことが重なった
思い込みが激しくなったと思った 07/04



確定申告の記入が出来ないと言い出した
保険会社の社員だった彼女は確定申告などは朝飯前のはず
90万円のめがね騒動はこの直後のことであった

その後の私は優しくなった
妻の失敗や無知な発言に一切腹が立たなくなる
物事を丁寧に説明するようになった
妻の行動を詳しく見るようになった
なにかにつけてメモをして壁に貼っておくことにした

車の運転は近距離の買い物だけに制限した
いつまで運転できるか
事故を起こす前に運転禁止を言い渡さなければならない
時々彼女の運転の助手席で見極めをしている
今のところ大丈夫と見ている

話題の種類が少なくなり同じ事を何回も言うようになる
同じ事を何回も聞くようになる

料理の種類がワンパターンになりいつも同じ料理が並ぶ
混入った料理は私が作るようになる。
特に横文字の食材は見向きもしくなった
戦中の自分の育ったころ食べていたようなものだけ
作るようになってきた 07/10


兄弟の顔を忘れないうちに
まともらしい話ができるうちに
彼女の生家へ連れて行こうと思った
もう路を忘れましたといった
3年前は自分で運転して用足しに行ったのに

実家に着いた
このう家は違うという
10年前に改築をしたのお忘れている
幼い頃の実家が頭に残っていたらしくこんな家で無いといった
玄関に入り姉が出てきたら
やっとスイッチが入った
此処が本当だったろうというと
何がですかと聞き返す
違うといったことを忘れているらしい
チャンネルの切り替えみたいで面白い
矛盾を指摘したり間違いを正したりは一切しない
覚えていないのだから仕方が無い
08/01


調味料の区別がつかなくなる
胡椒 七味唐辛子 マヨネーズ ケチャップ 練り芥子 山葵 ソース 
チューブや小瓶に入ったものは区別できない
味噌や醤油はまだ大丈夫だ
油や調理酒 酢 味醂もやや怪しくなった
油はオリーブオイルだけが油らしい
其の他の油は手を触れようともしない
何でもオリーブオイルで調理する
できた物は大差ないから黙っている
時にレタスにケチャップがかけてあったりする
これも新感覚かと笑ってすごす
納豆にマヨネーズをかける若者がいる時代だ  08/2

今度は蕎麦・素麺・うどん・冷麦・マカロニーなどの区別がつかなくなる
みんな素麺と言ってしまう
マカロニー以外は大差ないからまあいいか
マカロニーにつゆが出てきたときだけミートソースにしてやる
やり始めると気づくこともある
間違いだと指摘すると面倒くさいという
これも仕方ないか
声だけは荒げないようにしている 
 08/3


 未知への遭遇     08/12

茶碗を洗濯する(洗う)と言って台所へ行く
お昼ごはんが終わりました(お昼の支度ができました)と言って迎えに来た
この混乱で何か重大なことが起きないか私は色々想定するが予想できない
不安である
注意深く見守るしかない


認知症には逆らわない

新聞を読みっぱなしに出しておくとあっと言う間にどこかにしまってしまう妻
どこへやったとは聞かないことにしている
聞いても覚えていないことを知っているから
だから読み終えたときも、読みかけのときも席を立つときは自分で所定の場所にしまうことにした

細かい物もみんな自分で片つけることにした
今まで案外出しっぱなしにして妻にあとかた付けをさせていたことに気づく

妻の管理に属していたものもめったに使わないものは彼女がどこへしまったかできるだけ目角にとめておくようにする
海苔巻きの簾・クッキーの型・鯵包丁・フライ返し等々もう彼女のレパートリから消えた料理に使う道具はすべて私の管理となる

探し物のときも慌てたり切羽詰った顔見せないようにして探す
彼女にストレスをかけないように細心の注意を払う

かくして私は小まめな温和な(外観だけかな?)亭主に変身している        9/1/4


土砂降り

雨が降り出すと小雨でも『雨が土砂降り」だという
雪が降っても「雪が土砂降り」という
10分置きぐらいに「雨が土砂降りになった」と言う
「分かっている」と言いたくなるが「うん」と言って相槌を打つ
同じことを何べんも言うなといいたくなるのを我慢して「うん」という          1/27

いらいらしても始まらない
今度カウンターを持ってきて計ってやろうと考えた
何年も使ってないカウンターを探したが見つからない
そのうちに見つかったら計数してやろう

認知症マークが欲しい

 嫁の母親が年始に来た(K町のばあちゃんと呼んでいる)
世間話を何事もなく話していた妻が
突然あなたどなたでしたかと聞いた
k町のばあちゃんは怪訝な顔をした
不機嫌になる
めったに顔を出さないことを皮肉られたと思ったらしい
嫁は妻の認知症を話していなかったらしい
認知症で病院に通っていると言ったがよく通じなかった
後で嫁に詳しく話しておいてくれと頼んだ
嫁もまだ認知症になったことは悪いことと理解しているらしい 
車の若葉マークのように誰でもすぐ分かる認知症マークが欲しい
そして目の見えない人の横断歩道で手を貸すように
認知症にも手を差し伸べられる人々が増えるといい            9/1

忘れたことを笑いながら話せるようになる7

「如雨露が見えなくなったあははは」
彼女は昨日使った如雨露のことを言っているのだ
昨日使ったばかりなのにわすれちゃったと面白がっている
私「どこかへ隠れたんだろうなあははあ」
妻は忘れることを面白がるようになる
私は物探しは探偵ごっこのような気分で探す
老夫婦には忘れても大事件になるようなことはまずない     09/4/1


何でも手助けhくぁいけない?

我が家の風呂は給湯器からお湯を注ぐ式になっている
コントロールパネルに「おゆはり」「あたため」「温度」等々幾つもの表示があり、しかも湯量と温度のタッチボタンが兼用になっている
私でさえ迷うことがる
今の妻には到底使いこなせない
妻は水とお湯を注ぐ蛇口を使って給湯していた。
適量になるまでじっと傍で番をしている。
私が「お湯はり」のボタンを押せば自動的にちょうどよい所でお湯が止まると教えた。
次のとき妻は「おゆはりの」のボタンを押してなおかつ蛇口で給湯していた
適量で蛇口を止めたがお湯はどんどん増えて溢れた。
そういうう訳だ、200Lの湯量に蛇口からでたぶんが足されるから溢れるわけだ。
今度から俺が入れてやるからお湯を入れるときは声をかけるように言う
それなのに次のお湯はりもやはり蛇口から入れて番をしていた。
そこでサインペンで「からのときはこれ」「お湯を温めるときはこれ」とパネルに書いた
次のときもやっぱり蛇口で給湯し番をしている
思わずここに書いてあるとおりにすればよい。わからなかったら俺に頼めと声を荒げた。
珍しく妻はイラついた声でこんな面倒な風呂はいらないと叫んだ

最近は割りと何でも頼んでしてもらう癖が付いているのにどうして頼もうとしないのか
ふと気がついた
基本的な炊事、掃除、洗濯は自分の存在を示す証のように感じているのだと
それは主人にしてもらうべきものでないと観念しているのだと。

それ以来私は妻の蛇口給湯を黙認することにした。

ところで洗濯機が古くなっているので全自動に買い換えようと考えていたがやめた。
2槽式の今と同じ操作が出来るものを中古でいいから探さなければと想っている。
出来るだけ妻が自分で操作できるものを探さなければならない

何でもやってやるのはプライドを傷つけることになるようだ
認知症になってもプライドは尊重しなければと考えた。  09.4.12


参  考
認知症には大別すると2つのタイプがある。
 a 圧迫による脳の機能の低下(脳内出血・髄液の圧が高すぎて)
 b 脳神経そのものが萎縮或いは死滅する
    この場合、アミロイドβが脳内に増え神経内にタウ(物質? 有機質? 無機質? 菌?=私には分からない)が発生し神経を死滅させる
    もう一つはレビン正体が脳内に発生し記憶に関する神経を死滅させる(この場合幻視があり区別できる)



妻語録
 ここ半年ぐらいで妻の言葉の使い方が次第におかしくなる。
 :雨が土砂降りになってきた→どんなに小雨でも雨さえ降ってくればそう言う
 :終わりにします→おやすみなさい
 :人参→大根*かぶ*牛蒡*さつま芋等根菜類は人参ということが多い、(11.5.15)

私の認知症観
認知症とは記憶を失う或いは記憶できないだけの病気でないのか。
 ところが、徘徊・失禁・被害妄想等の症状が出るものとされているようだが、私はこれ等の症状は二次症状でストレスによる精神障害をきたして現れる症状であると考える。
 
 私は、妻に出来るだけストレスを与えないように努力をしている。
 その努力事項をいくつか挙げてみよう。
  
 @「 同じ事を何度も聞くな」「何度言ったら分かる」「どこへやった」等記憶できない故に起きる現象 を絶対責める口調や表現をしない。

 A言葉の意味が次第に分からなくなってきているので無理に言語を使った指示や質問をしない。

 B物の機能が次第に分からなくなってとんちんかんなことをする。例えば初夏なのに毛糸のカーデガンを着て外出しようとするとか、マグカップに味噌汁を盛り付けるなど、非常識行動をすることが増える。
 そんなときでも絶対になじったり、叱ったりしない。
 こっちのほうがいいよと穏やかに現物を交換してやる。

 C目の見えない人に良く見ろとは誰も言わない。その人も私は見えないのですと言って相手に理解を求める。認知症の人も覚えていませんとか、分かりませんと平気で言えると良い。
 私は妻に分からないときや、知らない時は気楽に分かりませんと言っても良いのだと言い聞かせている。 初めはなかなかいえなかったがこの頃は割りに分かりませんと言うようになった。

 平成24年6月5日認知症対応型グループホーム入所させる
理由
 1、外が晴れてさえすれば外出したがり、私が付いて歩かないと自分の家へかれない。私が便所へ行くのも大変になる
   また、夕方7時頃寝てしまい朝3〜4時の起き出し外出しようとするので、私の睡眠時間が確保できない。
 2.雨の日など家の中にいると、何もすることが無いといって不安定になる
 3.ディサービスに行って多くの人と話していると調子が良い

 以上の様な訳で以前申し込んでおいたグループホームに空きだ出たので入所させることにした

 姥捨て山に送りつけたような引け目と、ようやくゆっくりと便所にも行けるし、昼寝も出来るし、辻褄の合わない言動を我慢して聞いたり、黙って後始末をするストレスから開放された安堵感が交錯して複雑な気持ちである。