現代語訳
第一回『今昔物語』
今ではもう昔のことだが、一条摂政殿のお住まいになっていた桃園は、現在の世尊寺という寺である。そこで摂政殿が季の御読経を行われたときに、比叡山・三井寺・奈良の並々ならぬ学僧たちを選んでお招きになったので、学僧たちは皆参上したのだが、夕座を待っている間に、僧たちは並んで座って、ある者は経を読み、ある者は世間話などして座っていた。
寝殿の南側の部屋を御読経所として用意してあったので、その御読経所に並んで座っているうちに、南側の築山・池などがたいそう美しいのを見て、興福寺の僧中算が言うことには、「ああ、この御殿の木の立ち方は、よそでは見られないすばらしさだよ」と言ったのを、そばに木寺の基僧という僧が座っていて、この言葉を聞くやいなや、「奈良の法師はやはり無知なものである。いやしいものの言い方をするものだなあ。『こだち』と言うのに、『きだち』と言っているようだな。心もとない(=その学識も不安に思われる)言葉づかいだな。」と言って、爪弾きをぱちぱちとした。中算はこのように言われて、「妙な言い方をしたことだ。しかし、それならばあなたのことを、小寺の小僧と申さなければなりませんね」と言ったところ、その場にいたすべての僧たちは、皆これをきいて大声をあげて爆笑したということだ。
その時に摂政殿が、この笑う声をお聞きになって、「何を笑っているのか」とお尋ねになったので、僧たちがありのままに申し上げたところ、摂政殿は、「これは中算がこのように(=小寺の小僧)言おうと思って、基僧の前で言い出したこと(=きだち)を、どうしてか気付かないで、基僧が中算のわなにはまって、このように(=小寺の小僧)と言われたのは愚かなことだ」とおっしゃったので、僧たちはよりいっそう笑って、それから後、小寺の小僧というあだ名が付いたのであった。「へたに言葉とがめをして、あだ名が付いたよ」と言って基僧は悔しがった。
この基僧は木寺に住んでいたから、木寺の基僧と言うのである。中算は並々でなく優れた学僧であったのに、また(一面)このようにおもしろいことを言う人だった、と、世間では語り伝えているということだ。