みなさん、こんにちは!
テキスト45ページの補足です。

[1]本文の解説

□この人の住みどころこそあはれに聞こえ侍れ。
(この便宜房の住んでいた所はしみじみと感慨深く思われます。)

「この人」は便宜房。「聞こゆ」は「〜と思われる」という意味です。

□蔦の下道、心ぼそく暗がりて、折にふれつついかに住みわたり侍りけむ。
(蔦の生い茂った下の道が、心細く暗がり、折にふれて、この人はいったいどう思って住み続けておりましたのでしょう。)

「蔦の下道」は「蔦の(生い茂った)下(の道)」。「折にふれて」というのは、「何かあるたびに」という現代語です。人間生きていると体調がわるいときもあるし、けがをしてしまうときもあります。そういう不調や事故などがあったとき、便宜房はいったいどう思ってここで暮らしていたのだろう、というんですね。
 「住みわたり」の「わたり」に注意。「動詞+わたる」は「@〜し続ける A一面に〜する」という意味になります。

□昔見し人も、さだめて逢ひけむものを、
(昔の知人にきっと会ったことだろうに、)

 「見し人」は重要熟語です。「@知人 A別れた恋人 B故人」。ここは@。
 「さだめて」は「きっと」。「ものを」は、以前『増鏡』で勉強していただいた逆接の接続助詞でしたね。
 この部分は『伊勢物語』に載っている次のお話が踏まえられています。

 むかし、むかし・・・。
 在原業平が、わけあって関東に下りました。京都から東海道を通って静岡まで行ったとき、宇津の山(便宜房が住んでいるところ)で顔見知りの修行者に出会いました。
修行者「業平殿!」
業平「いや、久しぶり。京へ戻られるのか?」
修行者「そうそう。それにしても、こんなところで会うとはなぁ・・・」
業平「本当に!ここで会ったのも何かのご縁。私の手紙を、京にいる大切な人に届けてはもらえぬか?」
修行者「おやすいご用じゃ。引き受けましょう!」

 とまあ、こんな話なんですが、このお話の中の業平のように、便宜房も、きっと昔の知人にばったり会うこともあっただろうに、というのですね。

□思ひおくふしなくは、消息することもあらじとあはれなり。
(俗世に思いを残す点がなかったなら、知人に便りをすることもなかっただろうと思うとしみじみ感動的である。)

 「なく・は」という形は、第六回で勉強しましたね。形容詞「なし」の連用形+係助詞「は」で仮定条件。
 「消息」は「頼り」です。「じ」は打消推量。
 在原業平とちがって、便宜房は俗世に思い残す点がなかったにちがいない。もしそうであるとするならば、便宜房は知人にばったり会っても手紙を託したりしなかっただろう。そう思うと、真の仏道修行者便宜房の生き方に感動してしまうと筆者はいいます。

 問五のAの選択肢がまずいのは、「恩愛の情を断ち切ることができず」「肉親への手紙を託さざるを得なかった」というところが、今確認した本文の内容と合わないからです。


[2]問六の解説
 「在原業平に擬せられた人物」が登場する古文の作品は『伊勢物語』です。『伊勢物語』は歌物語(ある有名な歌がどんないきさつで作られたかを描く一話完結の短編)のひとつ。歌物語は成立順に『伊勢物語』→『大和物語』→『平中物語』の3つを覚えておいてくださいね。