現代語訳
第三回『大鏡』
 
 今は亡き女院さまが石山寺にお参りのときに、道長公はお馬で、伊周公は車で参上なさったが、伊周公はさしつかえができて、粟田口からお帰りになろうとして、女院のお車のそばに参上なさって、事情をご説明なさったときに、女院のお車もとどめてあったので、伊周公が車のながえを押さえてお立ちになっていると、道長公は、お馬を引き返して来て、伊周公の襟首のそばにたいそう近く身体をお寄せになって、「はやくお供申し上げよ。日が暮れてしまうから」とおっしゃったところ、伊周公はけしからんとお思いになって、振り返って道長公の顔をごらんになったけれど、道長公は驚いたご様子もなく、急にはその場をお退きにならないで、「日が暮れてしまう。さあはやく、はやく」と催促なさるのを、伊周公はたいそう心外にお思いになるけれど、どうにもおできにならないので、ご自分の方からおもむろにお立ちのきになってしまいました。後でこのことを、伊周公が父の大臣道隆公に申し上げなさったところ、道隆公は「大臣を軽んずる人が、この先いい目を見るわけがない」とおっしゃったとかいうことです。