現代語訳
第四回『古今著聞集』
 
 今ではもう昔のこと、治部卿通俊卿が『後拾遺和歌集』をお選びになっていた時、奏兼久が治部卿の家に参上して、もしかして自分の歌が入るのではないかと思って様子をうかがっていたところ、治部卿が出ておいでになり、いろいろ話をして、「どんな歌を詠んでいるのか」と言われたので、「これというしっかりした歌もございません。後三条院がおなくなりになったのち、円宗寺に参りましたが、花の美しい色つやは昔と少しも変わりませんでしたので、こんなふうにお詠み申し上げました」と言って、
   「去年見しに・・・(去年見たのと色も変わらず花は美しく咲いているなあ。まことに花というものは、自分と違って何の物思いもしないものなのだなあ)
とお詠み申し上げましたのです」と言った。通俊卿は、「まあ悪くなく詠んでいる。ただし、「けれ、けり、ける」などという言葉は、あまりよくないことばである。それはそれとして、「花こそ」という言葉は、女の子などの名にしてしまうのがよさそうだ」と言って、たいしておほめにならなかったので、兼久はことば少なくその座を立って、家来たちのいた所に寄り、「ここの殿は少しも歌の様子をご存知ない方であるようだ。こういう未熟な人が勅撰集の撰集を承っておられるとは、あきれたことだな。四条大納言の歌に、
  春きてぞ・・・(春が来てそれまで人が来なかった山里に人が訪ねて来たなあ。ということは、この山里は、人ではなく桜の花が家のあるじということになるのだなあ。) 
 と詠んでおられるのは、秀歌として世の評判になってもてはやされているようですよ。その歌に、『人も訪ひける』とあるし、また、『宿のあるじなりけれ』とあるようだよ。『花こそ』と私が詠んだのは、その歌と同じ使い方であるのに、どうして四条大納言の歌はすばらしく、兼久のはよくないのだろうか。こういう人が撰集の命を承って、歌をお選びになっているとはあきれたことである」と言って出ていってしまった。
 家来が治部卿のもとに行って、「兼久が、こんなことを申して出て行きました」と話したところ、治部卿はうなずいて、「そうだったなあ、そうだったなあ。このことは口外してくれるなよ」と言われた。