三学期補問
『我が身にたどる姫君』
〈ジャンル〉擬古物語・・・平安時代の作り物語をまねて書いた、鎌倉・室町時代の物語のこと。
〈成立〉鎌倉中期
〈作者〉未詳
〈内容〉姫君は不倫の子である。父は関白。母はなんと皇后。関白は北の方(妻)を裏切り、皇后は天皇(夫)を裏切ったことになる。
 北の方はともかく、天皇にこのことが知れたら大変なことになる。そこで、生まれた子(姫君)は、出生してすぐに尼上に預けられた。尼上はすべてを知っているが、姫に出生の秘密を知らすことはできない。姫君は自分が何者かも知らないままに成長する。
 やがて、「尼上のもとにかわいい子がいる」という噂をききつけて、中将が姫君に求愛する。願ってもない縁のはずだったが、尼君は驚愕した。中将は関白と北の方の子。すなわち、姫君にとっては腹違いの兄弟にあたるからである。しかし、姫に事の真相をうち明けるわけにはいかなかった。尼上は苦しんだ末、姫君を宮の宣旨のもとに移すことを決意する。
 真実を知らない姫は、誰のところに行くのか、なぜ引っ越しするのか、何もかもわけがわからず、自分の運命を呪っている。
 以上のいきさつをふまえて本文と訳文を読めば、何が書かれているかは理解できるだろうと思う。
 
解答
問一 3
形容動詞「宿徳なり」は〈(1)修行を積んで徳が高いこと (2)重々しく威厳があること〉。「思ふことなし」は〈心配がない・悩みがない〉。「重々しく威厳があって、しかも悩みがなさそうな人」というのは、天人のことである。選択肢3の訳語「屈託がない」は、「くよくよしない・悩みがない」という意味。

問二 2 

問三 おぼ 

問四 1 
八行目で尼上が詠んだ歌。「この世ながらや君を恋ふべき(=いつまでこの世にいるまま姫君を恋い慕うことができるでしょうか)」にこたえて、姫君が返歌していることに注意。尼上が「年寄りだからいつ死ぬかわからない」といったのに対して、「生きたまま別れているよりも、私の方こそいっそ死んでしまいたい」と答えたのである。「ありながら」を空欄に入れると、「生きたまま」の意味になる。「さらぬ別れ」は〈死別〉のこと。重要語だから覚えておくこと。「したひけるかな」の「したふ」は〈心ひかれる〉。

問五 上品でかわいらしいご様子でいらっしゃるので
「あてなり」は〈高貴だ・上品だ〉。「らうたげなり」は〈いかにもかわいらしい様子である〉。「ものから」はふつう逆接だが、中世・近世(江戸時代)は順接で使うこともある。ここは、「姫君がいかにもかわいらしい」、だから、「宣旨はじっとお見つめ申し上げた」という順接の文脈。

 問六 D=2 E=2 
 
 問七 2 
 
 問八 1 
 (「ありし」は〈以前の〉という意味の連体詞。「ありし住まひ」で〈以前の住まい〉という意味になる。直前の「いつの間に磨きしつらひけん」は〈いつの間に家具などを飾りつけたのであろうか〉、また、「めでたき帳のうち」は〈すばらしい几帳の中〉。これらをヒントにすると、姫君が移った宣旨の邸は、「以前の尼の住まい以上にすばらしいもの」であったことがわかる。そこで、「ありし」の後に省略された名詞は「住まひ」と見る。

問九 4
選択肢の一つ一つについて説明を加えておきます。
まず、1「あはあはし」は、「@軽薄だ。A不安定だ。」という意味。これでは「ながめおはする〈もの思いにふけっていらっしゃる〉」につながりませんね。
次に2「かどかどし」は「才気がある・気が利いている」という意味。これも「ながめおはする」の上に持ってくるには無理があります。
3の「ざえざえしう」は「いかにも学識がありそうだ」という形容詞。こんなものを「ながめおはする」の上に持ってくるのは論外です。
5は「らうらうじ」。この語は「労労じ」が語源で、もとの意味は「苦労や経験をつんでいる」ということ。そこから、「@物慣れて巧みだ。A上品で美しい」という意味が出ました。Aの意味だと「ながめおはする」に何とかつながらないこともありませんが、問題文に「姫君の性格を考えて」とあるので、14行目の「あるにもあらずおぼほれたまへる〈はかない様子でぼんやりしていらっしゃる〉」に近い4を選びます。4「ほれぼれし」は「@ぼんやりする。Aぼける」という意味です。姫君は利口ぶってはきはきとものを言うのではなく、いかにもお姫様といった様子でおっとりぼんやり構えているというわけですね。

解釈
 姫君は、この人を宮の宣旨ともお知りになることがおできにならない。姫君はさまざまにつらいことばかり考えておくらしになっていたが、夜がたいそう更けて、たいそう美しい様子でふっくらとし、貫禄があって屈託がなさそうな人が天から降りてきて、「ただ何も考えず、きちんとお渡りなさいませ」と姫君に申し上げるので、「いづれにしてもわけのわからない我が身だなあ」と、今に始まったことではないけれども、これから行く先をどことも知らない身の上は、たいそうめったにない境遇である。「移るについては若い女房なども多くなくて」と決めて、宰相の君、侍従、それ以外は一人だけが姫について参上した。尼上も今さらに、しばらくでも姫とお会い申し上げないことを気がかりだと思ってお嘆きになったけれど、一緒にいても不愉快なことばかりがたくさん怒ったから、これが永遠の別れのような気がして、顔をしかめて泣き顔におなりになる。
 
 明日しらぬ(尼君の歌)=明日のこともわからず、死が間近い身では、この先いつまでこの世のまま姫君を恋い慕い申し上げることができるでしょうか。
 
 といって、鼻をおかみになるにつけても、ほんとうに様々にかなしいことばかりが多いのである。
 
 ありながら(姫君の返歌)=生きたまま隔たる仲ではなくて、いっそ死別に心ひかれる私ですよ。
 
 姫君は顔かたちをはじめ、自然と他の人とはまぎれるようなご様子であるはずもなく、上品でかわいらしいご様子でいらっしゃるので、「光り輝く」というぐらいすばらしい髪や頭の様子を、宣旨がじっとお見つめ申し上げる(この「きこゆる)は謙譲の補助動詞で「姫君」を高める)につけても、見ても見ても飽き足りないほどしみじみと美しい。「誰に誘われてどこに行く」とさえ、なまいきぶってお尋ね申し上げることがおできにならないので、ただはかない様子で(「あるにもあらず」は〈はかない・生きている心地もしない〉という意味。)ぼんやりしていなさる(「たまへ」は尊敬の補助動詞。姫を高めている。)様子も、まことに世俗の濁りに染まっていないことだよ(「世づく」は〈世間並みになる・世慣れる・世俗に染まる〉の意)。宣旨のもとに移って夜がすっかり明けるころ、いつの間に家具や道具類を磨き立てたものだろうか、すばらしい帳のなかに姫君をお下ろし申し上げて大切にお世話する様子は、また以前の尼君の住まいよりも華やかですばらしいので、姫はただ知らない境遇に生まれ変わったような気がして、ぼんやりともの思いにふけっていらっしゃる。