第三講『枕草子』

問一 A

 「さばかり」は「あれほど・それほど」。「あてに」は形容動詞「あてなり」の連用形。意味は、「@高貴だ A上品だ」。「うつくし」は「かわいい」。全部をつなぐと、「あれほど上品でかわいい」になる。

問二 b=D e=@ f=C g=B

 bの「九重」は「ここのへ」とよみ、「宮中」という意味。「宮中」という意味の古語には、他に「内・雲の上・雲居・百敷(ももしき)」などがある。
 eの「あやし」は「@不思議だ・変だ A身分が低い B粗末だ・みすぼらしい」という意味の古語。ここは「宮中」と対比して、「鶯は宮中では鳴かないのに、『あやしき家』ではうるさいほどに鳴く」と書かれた文脈なので、「宮中(立派な所)」と反対の意味になる「粗末な家」を選ぶ。
 fの「いぎたなし」は「寝坊だ」という意味。「い(寝)」は「寝ること」という意味の名詞。これが「汚し」とくっついて、「寝汚し」という形容詞ができた。「寝ることについて意地が汚い」から「寝坊だ」になるわけである。
 gの「ようもあらぬ者」は、「よき人」の反対語。「よき人」が「身分・教養のある人」という意味なので、それを打ち消した「よく(よう)もあらぬ人(者)」は、「身分や教養のない者」という意味になる。重要単語としては、「よき人」の方が重要。

問三 c=わろき d=ある h=する j=め l=ましか

 c〜jまでは係り結びに気が付けば問題ないと思う。lは「なほ春のうちならましかば、いかにをかしからまし」という、反実仮想の構文になっていることに注意。反実仮想は、「AましかばBまし」「AませばBまし」「AせばBまし」という三つの形をとるのが基本。どれで出ても、「もしAだったならば、Bだっただろうに」と訳す。この三つのうち、「AませばBまし」と「AせばBまし」は和歌の中だけでしか使えない。傍線部lは和歌中ではないから「AましかばBまし」になる。

問四 D

問五 鶯は宮中で鳴かないわけでもあるまい。

 「さしもあらじ」の直訳は、「そうでもあるまい」。「さ」は指示副詞、「そのようで」。「しも」は「し」が強意の副助詞、「も」が強意の係助詞。「しも」が出たときの訳し方は、「も」だけ訳すか、全く訳さないかのどちらか。この場合は、「も」だけ訳しておく。「じ」は打消推量の助動詞、「〜まい・〜ないだろう」。「さしもあらじ」で、「そうでもないだろう」と訳してもよい。「さ」が指示する内容は、「(鶯は)九重のうちになかぬ」。これを直訳に組み入れると、「鶯は宮中で鳴かないわけでもあるまい」になる。

問六 B=C C=@

 Bは下に「音せざりき」とあることに注意。「ざり」は打消の助動詞「ず」の連用形。下に「ず」があるので、A「いと〜ず」(=あまり〜ない)、B「え〜ず」(=〜できない)、C「さらに〜ず」(=全く〜ない)が解答候補となる。Cを入れると、「人が『鶯は宮中で鳴かない』といっていたけれど、まことにさらに音せざりき(本当にまったく鶯の声がしなかった)」という意味になる。「いと〜ず」だと「少しは鶯が鳴いた」ことになるから変だし、「え〜ず」だと「鶯は泣くことができなかった」になるから意味をなさない。
 Cはちょっと難しい。
 まずCの前は「九重(宮中)」の話、Cの後は「あやしき家(京都の町中)」の話になっていることに注意。清少納言は、Cの前と後ろで、「宮中(貴所)→町中(卑所)」と移動している。
 選択肢を見てほしい。@の「まかづ」とBの「まかる」は、「(貴所から卑所へ)退出する」という意味。Aの「まうづ」とCの「まゐる」は「(卑所から貴所へ)参上する」という意味。清少納言はCの前後で「宮中(貴所)→町中(卑所)」へと移動しているので、@かBが正解と見る。
 @とBのちがいは、@が「聞け(已然形)ば」だから確定条件。Bは「聞か(未然形)ば」だから仮定条件。@だと「宮中を退出してきくと、下町ではうるさいほと鶯が鳴いている」という意味になり、Bだと「宮中を退出してきいたなら、下町ではうるさいほど鶯が鳴いている」という意味になる。Bでは意味をなさないから、@が正解と見る。

問七 @

 「歌」は和歌。「文」は漢詩という意味の重要単語。これで選択肢は@かBに絞れる。「つくるなるは」の「なる」は伝聞推定の助動詞で、「そうだ・ようだ」と訳す。Bは「作ったのであるよ」という訳がまずい。まず、「作った」の「た」。これは過去の訳し方。原文に過去の助動詞はない。次に、「であるよ」の「である」。これは断定の訳し方。

問八 A

 「おぼえ」は「評判」という意味の重要単語。「あなづらはし」は「あなどりやすい」。「世のおぼえあなづらはしうなりそめにたる」で、「世間の評判が、あなどりやすく(=悪く)なりはじめた」という意味。これにいちばん近い訳し方をした選択肢は、A。ちなみに、「そしりやはする」の「そしる」は、「非難する・悪くいう」。「やは」は反語。

問九 イ

 「心ゆかぬ心地するなり」は、「不満な気がするのである」。すると、この問題は、「鶯のどういう点について、清少納言は不満に思っているのか」という問題になる。
 まず最初に、ウをカット。「漢詩は和歌に作られ」るのは、鶯のすばらしい点であって、不満ではないはず。次に、エがおかしい。「春の間だけしか鳴かない」というのは誤り。本文中で、清少納言は、「夏、秋の末まで、老声でなくのがいけない」といっている。次にオをカット。清少納言は、「鶯は鳶や烏とは同列に扱えない」といっている。最後に、ア。清少納言が怒っているのは、鶯が宮中で鳴かないこと。「あやしき家の梅の木で鳴くこと」ではない。

☆重要単語・熟語
ふみ=@手紙 A書物・漢籍(漢文の本)B漢詩文 C学問
わろし=よくない。
さぶらふ=お仕え申しあげる・お控え申しあげる。
さるは=そうではあるが・そのくせ実は
いかが(は)せむ=@どうしようか Aどうしようもない
くすし(奇し)=不思議だ・理解できない
年かへる=年が改まる・新年になる
おぼえ=@評判・信望 A寵愛(Aの場合は、「御おぼえ」と書いてあるのが普通)
あなづらはし=あなどりやすい
動詞+そむ(初む)=〜しはじめる
そしる=非難する・悪くいう
心ゆく=満足する

☆現代語訳
 鶯は漢詩文などでもすばらしいものとして作ってあり、声をはじめ姿かたちも、あれほど上品でかわいいわりには、宮中で鳴かないのがたいそうよくない。ある人が「鶯は宮中では鳴かない」といったのを、「そうでもあるまい」と思っていたのだが、十年ほど宮中でお仕えしてきいたところ、本当にまったく鶯の声はしなかった。そのくせ実は、宮中には有名な呉竹に近い紅梅もあり、鶯がたいそうよく通ってきそうな好都合な場所なのだよ。宮中から退出してきくと、粗末な家の見所もない梅の木などでは、うるさいほどに鳴いている。
 夜鳴かないのも寝坊な感じがするけれども、(それは習性だから)今さらどうしようもない。夏や秋の末まで盛りの過ぎた声で鳴いて、「虫食い」などと、身分や教養のない者は、名をつけかえて(ひどいあだ名で)いうのは残念で不思議な気がする。それもただ、雀などのように普通にいる鳥ならば、それほど残念とも不思議とも思わないだろう。
 鶯は、春美しい声で鳴くからであろう。「新春になるとまず鶯の声が待ち望まれる」などと、趣のあることとして、和歌にも漢詩にも作っているようだよ。やはり、春の間だけ鳴くのであれば、どれほどか趣深かっただろうに。人でも、人並みでなく、世の評判があなどりやすくなり始めた人を悪くいったりするだろうか、いや、しないものである。(同様に)鳶や烏など(ありふれた鳥)の身の上については、注目して見たり聞いたりする人はこの世にいないのだよ。そういうわけで、「鶯はたいそうすばらしくて当然の鳥と世間で相場が決まっているから、こんな悪口も言われるのだ」と思うと、それにつけても、そんな欠点のあるのが不満な気がするのである。