第六講『伊勢物語』後半
みなさん、こんにちは。
一学期の授業、お疲れさまでした。
第六講『伊勢物語』について、授業でふれられなかったところを解説しておきます。
参考にしてくださいね。
まず、6行目の歌。
○つれづれのながめにまさる涙川袖のみひちて逢ふよしもなし
(退屈な長雨に川の水かさが増すように、私もあなたゆえのもの思いに涙が流れて川となり袖がぬれるばかりで、お逢いするすべもないことです)
「つれづれ」は重要単語。
「@退屈だ Aしんみりさびしい」という意味です。
「ながめ」は第二講でやったように、「長雨」と「眺め(=もの思い)」の掛詞。
「まさる」は「増さる」と書き、「増える・つのる」という意味。
「涙川」には注意してください。
これは実際に「涙川」という川があるのではなく、「涙がたくさん流れることのたとえ」。
「つれづれのながめにまさる涙川」で、「退屈な長雨で川の水かさが増すように、私ももの思いで涙がいっぱい流れて」という意味になります。
次に「ひつ」。
これも重要単語で「ぬれる」という意味。
「逢ふ」は「結婚する・男女が関係をもつ」、「よし」は「方法・すべ」。
「袖のみひちて逢ふよしもなし」で、「袖がぬれるばかりであなたと関係を持つすべがない」が直訳になります。
要するに、敏行は「あなたと深い仲になれないから、ぼくは泣けてくる」、つまり、「泣くほど君がほしい」といっているわけですね。
○あさみこそ袖はひつらめ涙川身さへ流ると聞かば頼まむ
(涙川が浅いのであなたの袖はぬれているのでしょう。涙川が深くて「わが身までもが流れる」と、もしあなたから聞いたのならば、私はあなたを頼みに思いましょう)
まず、「あさみ」。
これは「AをBみ」という重要表現の変形です。
「AをBみ」は和歌だけに出てくる表現で、「B」のところに形容詞の語幹(「浅し」という形容詞なら「浅」の部分が語幹です)が入ります。
それで「AがBなので」という意味になる。
「川を浅み」なら「川が浅いので」と訳すわけです。
「AをBみ」は、時々「を」が省略されるので気をつけてください。
「川浅み」と、「を」なしの形で出てくることもあるんですね。
この場合も、現代語訳は「川が浅いので」。
この歌は、この「AをBみ」の変形です。
後ろにある「涙川」を前にもってきて、
涙川(を)浅みこそ袖はひつらめ
〈あなたの流す涙の川が浅いので、あなたの袖はぬれているのでしょう〉
と考えます。
そして、後半は、
涙川「身さへ流る」と聞かば頼まむ
〈涙川(が深くて)「わが身までもが流れる(=流されて死んでしまう)」と、もしあなたから聞いたのなら、私はあなたを恋人として頼みにも思いましょう(そして身をまかせましょう)〉
と続きます。
要するに、「泣くほど君がほしい」というのではいやだ、「死ぬほど君がほしい」といわれたのなら考えてもいいが・・・と女はいっているのですね。
11行目以降は、少し話が変わります。
10行目までは、敏行と侍女が関係を持つ前の話ですが、11行目からは二人がつきあいだしてからの話です。
○男、文おこせたり。得てのちの事なりけり。
(男が女のもとに手紙を寄こした。それは、男が女と関係を持って後のことであった)
「おこす」は授業中にやりましたね。
「よこす」という意味でした。
「得」は大丈夫ですか??
これは「得る・妻にする」という意味。
ここから先の話は、男が女を妻にしてからの話です。
「釣った魚にエサはやらない」ということばがありますが、どうやら敏行もそれに近いようで、
○「雨の降りぬべきになむ、見わづらひ侍る。身さいはひ(=幸ひ)あらば、この雨は降らじ」といへりければ、
(「雨が降りそうなので、あなたのところに行こうかどうしようか思い迷っています。わが身が幸運ならば、この雨は降らないでしょう」と手紙でいったので)
昔は、雨が降ると、あまり外には出ませんでした。
敏行は「雨が降りそうだから、君のところに行こうかどうしようか迷っている。ぼくが幸運なら、こんな雨は降らないでしょう」と言ってきたわけです。
ひどいですね。
「泣くほど君がほしい」と、関係を持つ前には言っていたくせに・・・。
「ぬべき」の「ぬ」は強意、「べき」は推量の助動詞。
「さいはひ」は「幸ひ」、「幸福・幸運」という意味の名詞です。
「じ」は打消推量の助動詞、「〜ないだろう」。
それで、
○例の男、女にかはりてよみてやらす。
(例の男が、女にかわって和歌を詠んでおくらせた)
業平が、女のために、また手紙を代筆しました。
○かずかずに思ひ思はずとひがたみ身を知る雨は降りぞまされる
(心の底からあなたが私を思っているか思っていないかが尋ねにくいので悩んでいましたが、今わが身が愛されていないことをはっきり知る雨が降りつのっています)
「かずかずに」は注に書いてありますね。
「心の底から」という意味ですが、重要表現ではないので覚えておく必要はありません。
「思ひ思はずとひがたみ」は、やはり「AをBみ」の構文です。
「思ひ思はず(を)問ひ難み」で、「み」の前には「問ひ難し」という形容詞の語幹が入っています。
ですから、「あなたが私を思っているか思っていないかが、質問しにくいので」と考えてください。
次に「身を知る雨」。
これは「私が愛されていないということを思い知る雨」ということ。
だって、敏行は「雨が降ったら行かない」と、手紙でいってきたわけですからね。
雨のおかげで敏行の本音がわかりました。
本当に愛しているのなら、雨が降っても逢いに来るはず・・・。
雨だから来てくれないっていうんだから、やはり私は愛されていなかったんですね!
○とよみてやれりければ、蓑も笠もとりあへで、しとどに濡れてまどひ来にけり。
(と詠んでおくったところ、男は蓑も笠も用意しきれないぐらい急いで、びっしょりぬれて、あわてて女のところに来たのだった)
「蓑」も「笠」も、むかしの雨具です。
「とりあへで」というのは、「とりきれない(ぐらい急い)で」という意味。
「しとどに」は、今の「びっしょり」。
女に愛情の浅さを訴えられたので、男は雨具も用意できないぐらい急いで女のところにやって来た。
それがこの話の結末です。