マヒワ 
 
 
 
 
暮らしとの関わり
 柏崎では珍しい部類に入る。毎年のよう来ているが、数が少ないので観察機会は少ない。松林にもいるが、広葉樹のある雑木林や山あいの農家の庭などにも来る。石黒の集落にも晩秋にやって来る。
 1960年代、現在の東電柏崎刈羽原発が未だ無かったころ、荒浜本村と大湊集落の間には広大な砂浜と松林があった。海岸線を走る県道(現在の国道352号線)には出雲崎、椎谷方面へ行くバスが走っていた。荒浜本村と大湊集落の間には、青山稲荷と青山農場へ行けるバス停があった。青山稲荷は、柏崎側から向かって右側の荒浜本村の先の松林に移され、現在もある。
 当時の青山農場内では、柏崎のボーイスカウト第2団が、夏にキャンプなどの野外活動を行っていた。オナガの初営巣もこの時、この場所で発見した。この場所では、もうひとつ特筆されることがあった。確か、1967年の春だったと思う。北へ帰る前のマヒワの大群が、この松林を休憩と栄養補給の場に選んだ。マヒワは、スズメより小さな冬鳥で、柏崎には、前出のとおり、現在も晩秋に山あいの集落に数10羽の群れがやって来る。降雪が増すとともにもっと南へ渡って行くようだ。
 マヒワは、時々大きな群れが日本へ渡って来る。マヒワに限らず、この鳥の仲間であるアトリイスカなどはこのような大集団が時々、日本にやって来る。この1967年は、マヒワが沢山やってきた年だったのだろう。当時、柏崎では鳥類標識調査が始まったばかりだった。標識調査は、鳥の脚に足環を付し、その鳥が再度捕獲され足環が回収されることにより、その鳥の年齢や移動経路が分かる、野鳥の基礎的な研究方法のひとつである。この標識調査は、韓国から日本にやってきた研究者により実施され、1,000羽を超えるマヒワに足環が付された。
 マヒワは、マツの実を餌に選び、マツ林内にできた小さな水たまりで水を飲んでいた。マヒワが大量に柏崎に来たのは、この年だけでその後は、数10羽程度が春秋に観察されるだけの年が現在も続いている。このような大量の渡りは、50年に1回なのか。100年に1回なのかは分からない。そして、それが柏崎に来るのは何100年に1回になるのか、今のところ誰にも分からない。(長谷川)

写真2018.4.9 柏崎  長谷川



解 説
アトリ科
 世界広く分布。日本には越冬のために飛来する冬鳥。夏期はヨーロッパ北部やアルプス山脈、中国北東部で繁殖。一部は北海道などで繁殖する(漂鳥)。
 全長12〜12.5p、尾羽、翼は黒く羽縁は黄色。嘴は細く淡いオレンジ色。
 オスは喉と額から後頭が黒い羽毛で覆われる。顔や胸部、腰は黄色い羽毛で覆われる。(左上写真)メスは上面が緑褐色の羽毛で覆われ、黒褐色の縦縞が入る。(下写真)
 主に平地から山地にかけての針広葉樹林や林縁などに生息する。繁殖期以外は群れで生活する。
食性でマツスギハンノキヒメヤシャブなどの種子を食べる。春には、クヌギケヤキなどの新芽や花穂を食べる。また、アレチマツヨイグサヨモギなどの果実を食べる。
 巣は樹の上に作る。
 鳴き声は「ビュイーン、チュウイーン」など聞える。
 名前の由来は、真鶸-まひわ→真正のヒワの意味。または、マヒワの緑がかった黄色を鶸色(ひわいろ)と呼んだことによるなど諸説ある。



     メスであろう
写真2018.4.9 柏崎  長谷川