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マチュピチュ ペルー子連れ旅行記/謎の地上絵、遥かなるチチカカ湖 この旅行記は2010年8月に子供2人を連れた家族4人でペルー/マチュピチュを旅行した時の情報と記録です。長男は13才の中学1年生、次男は10才の小学4年生でした。 南米にあるペルーへは日本からの直行便はありません。飛行時間が長く乗り換えも必要です。そして主な観光地は標高の高い場所にあるため、観光にはとても体力を使います。 実は今回の旅行では家族全員が病気でダウンしました(><)。まずわたしが行きの飛行機の機内で腎臓結石になり、それまでの人生で体験したことがないほどの激痛に気を失うほどの体験をしました。クスコでは長男が酸素不足による軽い高山病にかかり、マチュピチュでは次男が現地の強力なウィルスに感染し高熱と下痢嘔吐で寝こみました。そしてチチカカ湖ではママが高山病。 クスコからチチカカ湖へ移動する時に通るラヤ峠の標高はなんと4335メートルもあります。富士山の頂上より高い場所を通るわけです。そして到着したチチカカ湖の標高も3800メートル。これまた富士山より高い場所です。そこに琵琶湖の20倍もの広さを持つ湖があるんですから驚きのあまり言葉も出ません。 またペルーの国土は日本の2倍以上あるうえに主要な観光地は1カ所にまとまっていません。例えばリマから地上絵のあるナスカへはバスで片道7時間もかかる距離です。早朝に出発して夜遅くホテルに戻る毎日、そのうえ標高の高い場所を移動するという過酷で厳しい移動が続くのがペルー旅行です。ですからいくら子連れ旅行といってもあまり子供の年齢が低いうちは難しいかもしれません。 その意味では今回の我が家のように小4と中1というのはそこそこ体力もあり、古代遺跡に対する関心もあり、でもまだぎりぎり子供という最適な年齢だったと思います。 ちなみにペルーの遺跡観光は高齢者にも人気があります。どうしても長い旅程が必要になりますので、、現役で働いている世代にはハードルが高いのも事実でしょう。実際、現地で目にした日本人は大学生のような若者か、引退した高齢者の観光客が圧倒的に多かったと思います。 でも大変体力を使う旅行なので高齢者にはあまりおすすめできません。いつか訪れたい世界遺産でマチュピチュは上位の常連ですが、仕事を定年退職して老後に訪れるのではなく、なるべく若くて体力のあるうちに」出かけて下さい。年をとってからではよほど健康に自身がある人でないと旅行を満喫することは難しいと思います。 そんなペルー旅行でしたが、見所は満載です。 | ||||||||||||||||||||||||||||||
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今回の旅行では、コンチネンタル航空を利用し成田からアメリカ・ヒューストン経由でペルーの首都リマヘ飛びました。そしてリマで1泊したあと翌朝早朝、定期路線バスでナスカへ向かいます。 ナスカは謎の地上絵がある場所で、わたしも子供の頃から何度もテレビでその謎の解明を試みる番組を見てきました。ですから本当にこの目で地上絵を見たときの感動は言葉では言い表せないほどでした。でもナスカはリマからとっても遠い場所です。パッケージツアーでは、リマやイカの空港から飛行機に乗ってナスカへ飛び、空から地上絵を見学してまたイカ、リマに戻るという旅程が組まれているものがほとんどです。そうすると往復14時間以上かかかる行程を大幅に短縮できるからです。 わたしも最初はそのスケジュールで予定していたんですが、よく考えてみたらそれではナスカの土地を踏まないことがわかりました。つまり空からナスカへ行って空から地上絵を見てまたリマに戻るのでは、1回もナスカの土地は踏まないわけで、テレビで見るのとあまり変わらないんじゃないかと思ったんです。 それで急遽予定を組み直しました。やっぱりせっかくナスカへ行く以上、ナスカの地上絵を地上から見てみたい「本当に地上から見たら何が書いてあるのかわからないのか?」という疑問に答えたかったのです。 さらにナスカ平原を自分の足で歩きたい、その希望をかなえるためには、リマから往復14時間のバスに揺られる旅程を経なければなりませんでしたが、その価値は十分すぎるほどあったと思います。 ナスカは気候も快適で、食べ物も美味しくそこで暮らす人々が優しい、素晴らしい町でした。時間があればあと2〜3泊ゆっくりしたいと思いました。 この旅行記ではそんな地上絵以外の知られざるナスカの魅了もお伝えできたらと思います。 | ||||||||||||||||||||||||||||||
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さてナスカから夜遅く戻った翌日早朝にはクスコへ移動します。クスコはインカ帝国の首都が置かれた町で当時の繁栄を偲ばせる遺跡をいたるところで目にすることができます。 標高がとても高いので歩き回って観光すると、すぐ呼吸が苦しくなってかなりハードですが、町中が世界遺産に登録されている人気の観光スポットです。 そしてクスコから車で1時間半ほど下ったオリャンタイタンボからマチュピチュへ向かう列車の旅が始まります。 このインカレールの移動がまた素晴らしく、車窓には氷河をいただくアンデスの山並みや、名前もしらない小さな村が次々と流れ、その風景の中を走り抜けながら列車はマチュピチュを目指します。 | ||||||||||||||||||||||||||||||
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訪れたい世界遺産ナンバーワンの失われた空中都市マチュピチュでは、ラッキーなこのとその背後にそびえるワイナピチュ遺跡にも登ることができました。そして、、おっと、あんまり詳しく書いていると本文へすすみませんね(><)ここからは少しはしょりながら説明します。 マチュピチュでは次男のリュウが現地の強力なウィルスに感染して身もだえるほど大変なピンチでした。40度を超す高熱と下痢嘔吐で日本でもこんなひどい病気に罹ったことはありません。幸いペルーには「トラベルドクター」という制度があってホテルの部屋にお医者さんが往診してくれるのでとてもありがたかったです。 マチュピチュからいったんクスコに戻ったあと今度はチチカカ湖へ向かいます。途中標高4335メートルのラヤ峠を越え、いくつかの古代遺跡を観光しながら到着したチチカカ湖は、富士山より高い標高3800メートルに広がる琵琶湖の20倍の面積を持つ湖です。 世界で最も高い場所にある定期航路を持つ湖でもあります。そしてチチカカ湖の南側はボリビアです。何よりトトラという水草で作られた「浮き島」に上陸したことは、今回の旅行でも最高に印象的な体験だったと思います。 | ||||||||||||||||||||||||||||||
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いろんなことを体験し長年のあこがれだった遺跡や観光スポットを巡った今回の旅行は、今までの海外旅行の中でもひときわインパクトの強いものでした。そしてそれをさらに強めたのが、今回の旅行がもしかしたら我が家の子連れ海外旅行のフィナーレになってしまうかもしれないということです。 長男のカイは中学1年生です。クラブチームでサッカーをやっているので長い休みがありません。 今後サッカーを続けている限りもう海外旅行へ行けるような休みは取れないかもしれません。そしてリュウも中学生になったらおそらくクラブチームでサッカーを続けると思います。もし次に家族全員で海外旅行をするチャンスがあるとしたら、それはカイが中学を卒業しリュウも小学校を卒業する2013年の春休みです。 でもそのときはカイは高校、リュウはジュニアユースのチームでサッカーの練習が始まっているかもしれません。そう考えて、本当に今回が最後の家族旅行になるかもしれない、という心づもりで楽しみました。その最後の子連れ海外旅行がペルーで心から良かったと思います。 子供の頃から何度もテレビで見てあこがれていたナスカの地上絵、謎の空中都市マチュピチュ、天空の湖チチカカ。 そこで出会った、とびっきりの遺跡群、美味しい食べ物、素晴らしい風景、そして何より人々の優しい笑顔。 それでは大変長らくお待たせしました、出発の準備が整いましたのでそろそろ出かけましょう♪ インカ帝国の夢の残像、コンドルが翼を広げアンデスの大空を舞う悠久の大地、遥かなるペルーへ イルカ | ||||||||||||||||||||||||||||||
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