子供が1人、泣いている

 誰もいない広場で泣いている。





 子供は1人、うつむいて泣いている。

 喪服のような服を着て泣いている。







 その子供に向かって1人、青年が歩み寄る。





 白の外套に黒の上着を纏う青年が歩み寄る。







 子供はそれに気づかない。

 泣きはらしているため気づかない。







 それは桜舞う、穏やかな日。

 2人は出会い、別れた。





 それから10年後、2人は再会する。

 会うべくして再会し、そして時が動き出す――









































(1)





「わわーっ! 遅刻遅刻ーっ!!」

 私、朝倉希望は極東地区魔法士協会本部《天眼の館》を目指して走っていた。

 今日は月に1度の館内テストの日。

 そんな日に限って目覚まし時計を止めてたなんて・・・・・・・

 私の目覚ましはサッカーボール型の形をしたもので、目覚ましを止めようとすると勝手に動き出す、普通のものよりはちょっぴりアグレッシブ(?)なやつだ。

 市販されてるものを改造して、退避するスピードを数十倍にしたやつなんだけど、私ってば最近そのスピードに慣れちゃったみたい・・・・・・人間ってすごいよね?

 ――って、そうじゃなくて。

 ただでさえ私の成績は良くないっていうのに、これで遅刻してテストが受けられなかったら目も当てられない。

(曾お祖母様やお祖母様は優秀だったらしいけど、お母さんや私はどうしてその力を受け継がなかったのかな?)

 私の実家、朝倉の家は極東地区でも指折りの魔法士の家らしいんだけど、それはお祖母様の代までで、今じゃ落ちぶれてるって言った方が正しい状態。

 お祖母様の跡を継いだお母さんもそれなりに力は持っているけど、それでも他を寄せ付けないくらいの力量があるわけでもなく、普通の魔法士のみなさんよりは少し腕が立ちますって程度だし。

 だからそんなこと言ってる場合じゃないんだって!

 違う意味で高まる鼓動を抑えつつ、葉桜も散る並木道から続く坂を上っていくと、少し高台の場所にある《天眼の館》が見えてくる。

「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・昔みたいに寮があればこんな苦労しなくても・・・・・・良いのに・・・・・・」

 その理由はもう昔みたいに《天眼の館》に入館する魔法士の数が減っちゃったからなんだけど・・・・・・

 どっちかって言うと、私も魔法士よりは和菓子屋さんになりたかったし。

 今はもう魔法よりも科学の時代だから、魔法士の数も年々減少の傾向にあるって先生が授業で言ってたような・・・・・・・・・・・・って先生!?

「遅いぞ、朝倉。試験はもう始まってるんだぞ?」

 と、魔法士協会純正の白いジャケットに、黒のジーンズを身に纏った杉並先生がそこにいた。

 なんで正面玄関に杉並先生が!? って、試験は始まってるんだよね・・・・・・?

「朝倉を迎えに来てやったというのに、なんだその言い草は?」

 ・・・・・・言ってません。

 この杉並先生は割りと正体不明です。

 年齢不詳、名前は『杉並』以外不明、家族構成――この人を生んだ人がいたら、ある意味怖いですから知りたくもないし、時たま意識も別のところにイっちゃってます。

 ――要するに変人さんということです。

「誰が変人だ」

 ・・・・・・こうやって、たまに人の心も読んでしまいます。油断も隙もない人です。

「それはともかく朝倉よ、さっさと訓練室に来い。対戦相手がお前を待っている」

 と、言って杉並先生は私の手を引いてズカズカと歩き始める。

 どうやら訓練室に直行してるみたい――って、私まだ着替えてないんですけどーっ!!

「大丈夫だ。なんとかなる」

 ・・・・・・だから、なんで魂の叫びが聞こえてるの?





(2)





 杉並先生の手を振り解いて手早く着替えを済ませ、私は老朽化が激しい《天眼の館》の別館の訓練室へと飛び込んだ。

 なんでも老朽化が激しいのは『誰かさんが暴れに暴れたせいだ』って杉並先生が言ってたけど、その時、私の方を見たあとで遠い目をしたのはどうしてだろう?

 それはさておき、先生の言うとおり中では既に試験が始まっていて、目の前で1対1の戦いが繰り広げられている。

 今戦ってるのは丘野先輩と佐久夜サクヤ先輩か・・・・・・佐久夜先輩って杉並先生の知人(先生風に言えば将軍様。聞くからに怪しい)から預かった人で、噂ではどこかの財閥のご令嬢とか預かったというのは嘘で実は先生の隠し子だとか、はたまた神様(!?)だとか。

 最後のはどこから出た噂なのかよく分からないけど、とにかく前歴が分からない人です。魔法も私たちが使うものとは原理が違うみたいだし(先輩曰く、『呪法』なんだそうです)。

 対する丘野先輩は、先輩自身は魔法士になって日は浅いけど、魔法士として100年くらい続く家柄の出身。

 昨今の事情からして100年も続く魔法士の家柄というのは、名家とまでは呼べなくても大家に分類されている。その点、私の家は家柄としては飛び抜けてるらしいけど・・・・・・現状はさっきも言ったとおり。

 そんなどうでも良い話はともかく、丘野先輩は魔法士としての戦い方は一通り身に着いている。一方、佐久夜先輩は戦い慣れ――というか妙に実戦慣れしてるような印象を覚える。

 最近はどこも平和で実戦ができるようなところはないんだけどなぁ・・・・・・そこの辺りを訊いてもいつもはぐらかされちゃうし。杉並先生に訊いても「お前には知らない世界があるんだ」とかなんとか言って、これまた曖昧。

 要するに先生に並んで正体不明な人だったりします。

「女性に正体不明というのは失礼だな。せめて神秘的と言ってやれ」

「・・・・・・いい加減にしないと怒りますよ、先生?」

 どうやったら人の心を読めるんだろう。というか、疑問に思ってる私もなんだけど、止めてほしいです。

「はっはっは。朝倉が怒ったところでどうにもなるまい」

 先生が止めれば良いだけの話です。

「人というものは嫌がられると余計にやりたくなるものだ。朝倉も歳を取れば分かる」

 幼稚園児の恋愛ですか? っていうか、歳を取ってもまだ精神レベルはそこですか? そもそも年齢不詳の先生に歳を語ってほしくないです。

「誰が幼稚だ。いつまでも幼少の頃の心を忘れない、ナウな人と言ってくれ」

 ・・・・・・ナウって・・・・・・そこの辺りは古いんですね。もうだいぶ前に死滅した言葉じゃないですか、それ。