『4つのキーワード』(韓国紹介)


2002年5月末、NHK-BS2で4夜連続して放映さ れたBSスペシャル「韓国へ行こう」の第一編で、韓国をおもしろいコンセプトで、興味深く紹介していました。韓国に住んでいても知らなかった内容も多く、韓国への関心を引き立てるにはもってこいの内容だったので、ここで紹介しておきたいと思います。

●「極端」
ナンバーワンを目指し、最後までやり抜こうとする負けず嫌いの韓国人を紹介。プロゲーマーのイム・ヨファン氏は、ゲームにのめり込んで大学進学も放棄し、今や世界一のプロゲーマーと認められ両親も誇りに思うようになったところまでを紹介。

●「正統」
長い侵略の歴史のため、韓国独自のオリジナル性を大切にする国民性の紹介。スーパーシェフの朴ヒョナム氏は、フランス料理に韓国の伝統的味を加味して料理を創作。

●「シジャキバンイダ(始めれば半分)」
始めてしまえば半分はやり遂げたのと同じという意味の言葉で、結果よりも始めることを重視し、挑戦することが大切。「石橋をたたいて渡る」というより、結果を恐れず果敢に挑戦する人が賞賛される。98年に登場したファッションデザイナーの文グン氏が、タトゥーを取り入れたファッションでトップデザイナーになった話を紹介。

●「情」
共同体意識の中で養われた情はスキンシップも多く、日本人のいう情とは違う。映画チング(友達)の投資家である金ドンジュ氏と同じ1965年世代の監督との深い情的関係を紹介。


『2004年を迎える前に…』

2004年(甲申年)は...

2003年より尚、一層!

 健康で楽しい生活を送るための「元氣」と心穏やかにいられる十分な「やすらぎ」と「ゆとり」
 人間性あふれる「やさしさ」と「感動」
 ちょっとしたことにも感動できる「豊かな感性」と「洞察力」
 人の痛みがわかる「思いやり」と熱意を持ち続ける「パワー」と「志」
 喜びを分かち合いながら道を共に歩む「友」と必要なものを満たしてくれる「富」と「時間的ゆとり」
 前向きに生きるための「夢」と「情熱」
 悩みや憂鬱を払いのける「信念」と「希望」
 今日を明日よりも楽しむ「決意」とツキを呼び込む「運氣」と「人氣」
 運命を開き、挑戦を楽しむ「勇氣」とすべてにありがとうと自然に思える「感謝の心」が...

どうか、あなたとご家族の皆様に、尚一層もたらされますように...
心よりお祈り申し上げます。

2003年大晦日 

『心のノート』 (道徳教育)

★自分自身の発見,自分自身を磨く
【自分自身のこと】
思慮・反省・節度・節制・希望・勇気・不撓不屈・自由・規律・誠実・明朗・創意・進取・向上心・個性伸長

★お互いに認め合う,支え合って生きる
【他の人との関わり】
礼儀・親切・友情・信頼・助け合い・寛容・謙虚・尊敬・感謝

★自然,生命,美を尊ぶ
【自然や崇高なものとの関わり】
自然愛・環境保全・生命尊重・敬虔

★人々と連帯して生きる
【集団や社会との関わり】
役割と責任の自覚・公徳心・規則の尊重・権利・義務・公平・公正・正義・勤労奉仕・社会奉仕・
公共心・家族愛・愛校心・郷土愛・愛国心・国際理解・親善

『想い出の1ページに…』

 私が初めて韓国を訪れたのが1984年。博多港から船で釜山港に着き、釜山に上陸したのが私の韓国への第一歩である。当時、韓国語を全く知らなかった私にとって韓国の第一歩は、不安という名の土に埋もれた、わずかな期待しか感じられなかった。わずかな期待とは、私にとって初めての外国、韓国をどのように体験し感じるかであった。私の韓国への第一印象は、「看板さえ見なければ何ら日本と変わらない街並み、そして人々がいる」ということだった。それはそれとして、あれから早19年の歳月が流れてしまった。19年前の私が、今現在の私を想像できただろうか。あれから私は韓国を2度行き来し、在住している。韓国も随分変わり、多かれ少なかれ私自身も変わった。韓国にいれば日本人、日本にいれば韓国人かも、と言うような錯覚さえ感じるときもある。もちろん、韓国や韓国人の長所や短所も感じるが、それは日本や日本人と比べてみてでしかない。在住を始めてから私が一番ありがたく感じていることは、私自身の視野が広がったことである。韓国で生活していること、韓国人の妻を持っていること故であると思う。韓国は私にとって、もう一つの故郷である。
 1995年、私は日々の生活記録の中から韓国人の考え方がわかればと思い、ある韓国人が書いた「古びた運動靴」というエッセイを読んだことがある。内容は以下の通りだ。智里山(チリサン)登山のために、両親に5千ウォンで買ってもらった靴だけを3年間履き続き、靴は古びてしまっているが捨てられない主人公と、しかし、靴下に土をつけて家の中に入って来て、不快な臭いをさせる夫の貧乏ったさを責め、新しい靴を買うように抗議する妻。これだけの内容なら妻の言い分が当然だと思う。もちろん、主人公も妻の言い分がわからない訳ではない。ただ、両親に買ってもらったことに対する申し訳なさとありがたさから、その靴だけを履いて歩き回っているのだ。受難を被ったその靴は、古びれば古びるほど、主人公の足の生理によく合い、その靴を履きさえすれば心地よかったと、また、ちっぽけなつまらないものでも、すぐには捨てない倹約の生活習慣が、主人公をして、古びた靴でも捨てさせないようにしたと述べている。そんな靴を長い間履いたからといって、大きな愛着が生まれるはずもない。
 貧しさは通過しても残してはならない遺産であるが、倹約と節制は、長く守らなければならない教訓である。主人公がその靴をその時どうしたのか、そして今どうしているのかはわからないが、実は私も12年間、毎日のようにはき続けた革靴を持っていた。古びて修繕もしたりした。何故そのようにしたかと言えば、初めて両親に買ってもらった革靴であったことと、何でもすぐには捨てない倹約の生活習慣が、私をして、革靴を捨てさえなかったからである。
 教育は、「生」を教え学ぶことである。今後、更に科学が発達して社会が大きく変わっても、みなさんは今現在の生活を忘れないで欲しい。楽しいことも、辛いことも…。古びれば古びるほど、足の生理によくあった運動靴のように、今後、時間が経てば経つほど、一人一人の人生に大きな柱となるであろう今現在の生活を忘れずに大切にして欲しいと思う。


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