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| 下松市に寄贈 | 北勢線で動態復元 |
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概略仕様 |
![]() 平成18年3月 北勢線 阿下喜駅の「下工弁慶号」 |
「下工弁慶号」は1934年(昭和9年)まで徳山海軍燃料廠で石炭運搬に使われていたものを、山口県立下松工業高等学校が原動機実習機材として譲り受け、1981年(昭和56年)、生徒と教師の手で修復された後、市内外のイベントで沢山のお客を乗せて公開運転されました。 1988年(昭和63年)には岡山県の下津井電鉄に貸し出され、現役復帰も果たしました。 1988年(昭和63年)に、社団法人下松工業会に移管され、各地で公開運転されてきましたが、貴重な文化遺産を末永く保存管理するため平成8年下松市に寄贈され、展示されていました。 2004年(平成16年)4月、北勢線開業90周年にあたり、下松市より貸し出され、地元の有志によって完全修復され、3年間、当地で大活躍しました。 2007年(平成19年)7月~9月、「江戸東京博物館」で開催された「大鉄道博覧会」に展示され、誕生100年のミニSLと大きな話題になりました。 2007年(平成19年)9月からは再び下松市役所前庭のグリーンプラザ展示格納庫で展示されています。 |
| 仕 様 | ||
| 1 | 製作年 | 明治40年 石川島造船所(現 石川島播磨重工業) |
| 2 | 形 式 | B.サドルタンク方式 過熱蒸気2シリンダ式 スチームブレーキ式 |
| 3 | 全 長 | 4,050 mm |
| 4 | 高 さ | 2,400 mm |
| 5 | 幅 | 1,530 mm |
| 6 | 軌間 | 762 mm |
| 7 | 重量 | 5.5 t |
| 8 | 動輪径 | 584 mm |
| 9 | 軸間距離 | 1,016 mm |
| 10 | 煙管外径 厚さ 本数 |
38.1 mm 3.2 mm 32 本 |
| 11 | 火格子面積 | 8.0 m2 |
| 12 | 主連棒長さ | 1,097 mm |
| 13 | 連結棒長さ | 940 mm |
| 14 | ピストン径 | 158 mm |
| 15 | 弁装置 | ステンファンソン式 |
| 16 | 馬力 | 約80 HP |

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生まれとあゆみ |
| ★ 「下工弁慶号」の生まれとあゆみ・・・同窓生(C20) 市川五郎氏 調査資料 | |||||||
「下工弁慶号」の生まれに関する新聞記事
「下工弁慶号」の生まれに関する雑誌記事
「下工弁慶号」の生まれに関する資料
「下工弁慶号」のあゆみ・・・同窓生(C20)市川五郎氏 「調査まとめ」
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| 昔の写真 |
懐かしい一枚(昭和14年の「下工弁慶号」)
校庭に展示されていた当時(昭和46年頃)の「下工弁慶号」の写真
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| 30年ぶりに復活 |
| 1.昭和56年10月9日、山口県立下松工業高校の 創立60周年記念事業で30年ぶりに走った「下工弁慶号」 |
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| 2.30年ぶりに走った「下工弁慶号」を紹介した 当時の新聞記事を抜粋しました |
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・SL「弁慶号」(昭和56年6月28日「毎日新問」より) 下松市の下松工業高技(竹中清校長)は、10月に迎える創立(60周年記念式典で、同校に保存されているSLの“弁慶号”を30年ぶりに走らせようと、解体、整備が着々と進んでいる。このSLは、明治11年の米国製。動輪は、2軸で、高さ2.5メートル長さ4.5メートルのミニ型。徳山市にあった旧海軍の練炭製造所(のち海軍燃料廠)で昭和9年まで石炭運搬用に使われていたのを“退役”の後、下松工業高校が譲り受けて実習に使っていた。 |
| 昭和56卑8月15日 「朝日新聞」 青鉛筆欄より)
SLばやりの昨今だが、山口県下松市の県立下松工業高校(竹中清校長)では、明治生まれの軽便蒸気機関車の“再生”めざして、機械科の先生4人が、懸命の修復作業中。 |
| ・元祖SL「弁慶号」復活 30年ぶりに下松工で (昭和56年10月2日 「毎日新聞」夕刊より) 30年ぶりに懐かしの汽笛一山口県下松市の県立下松工業高校(竹中清校長、869人)に保存されていたSL「下工弁慶号」が復活。創立60周年の9日、グランドを走る。整備もすみ、ただ今“本番”目指して、試運転中だが、力強く吐き出す蒸気に、復活に取り組んだ先生、生徒はうれしそう。このSLは明治41年の米国製で762ミリゲージ用。動輪は二紬で、高さ2.5メートル、幅1.5メートル、長さ3.5メートルのミニ型。徳山市の旧海軍練炭製造所(後の海軍燃料廠)で石炭運搬用に使われていたが、昭和9年、“退役“。同校が譲り受けて、生徒の実習用に使われていた。しかし、26年秋の同校運動会でマキをたいて走ったのを最後に、スクラップのピンチにさらされながらも「下工名物の一つ。OBには思い出のものだし、残してほしい」との強い意見で、36年から正門わきに風雨にさらされながら展示されていた。 |
| ・「弁慶号」よみがえる下松工高60周年記念に展示物を大修理 (昭和56年10月9日 「山口新聞」より) 学校の展示物になっていた蒸気機関車が、先生と生徒とによって修復され、30年ぶりに白い煙をはく。この機関車は、県立下松工高の「下工弁慶号」。弁慶号は明治40年に誕生、徳山の旧海軍燃料廠で石炭運搬用に使われたのち、同校が昭和9年に譲り受け、動かなくなった26年まで、機械実習用とし活躍していた。その後は、校門のそばに展示されていた。 |
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〈昭和56年10月10日「中国新聞」より〉 下松市大海町、県立下松工業高校(竹中清校長 860人)のシンボルとして校門わきに保存されていたSL弁慶号が職員や生徒らの手で修復され、創立60周年記念式典が聞かれた9日、同校グランドで30年ぶりに走った。 |
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・S L30年ぶり黒煙(昭和56年10月10日 「朝日新聞」より) 軽便蒸気機関車の“再生”をすすめていた山口県下松市の県立下松工業高校(竹中清校長)グランドに9日、85メートルのレールが敷かれ、30年ぶりに復活したSLが急造の客車1両を引いて走った。在校生やOBら約300人が小さな旅を楽しんだ。 |
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・30年ぶりに下工弁慶号走る ・・・下松市の県立下松工高(竹中清校長、869人)は9日、創立60周年の記念式典をあげ、戦後まもないころまで実習用に使われていたSLが、解体、整備されて見事に復活、同窓生や教職員職、生徒らを喜ばせた。 |
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・知事もニッコリ 9日、県立下松工高の運動場で公開運転された軽便蒸気機関車「下工弁慶号」の乗客第1号は平井龍知事だった。機関車につながれた客員12人の“特別客車”の座席は木製。決して座り心地のよいものではなかったが、用意されたススよけの作業衣を着込んで乗り込み「温故知新。いいですね。生きた教育の原点です」と、しごくご満悦だった。 |

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| 各所で走る「下工弁慶号」 |
| ★下津井電鉄で走る |
昭和62年12月27日:試運転
下津井電鉄(倉敷市)における 検査・修理・認可等の所見概要
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| ★下松工業高校創立70周年で走る |
| 平成3年10月15日, 下松工業高校創立70周年で同窓生を乗せて走る「下工弁慶号」
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| ★柳井市総合卸センターで走る |
| 柳井市総合卸センターで走る「下工弁慶号」 平成4年3月3日~ 柳井総合卸センター20周年記念イベント
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| ★末武公民館まつりで走る |
| 下松市 末武公民館まつりで走った「下工弁慶号」 平成5年10月30日~31日
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| ★下松市制55周年特別企画「桜々フェスタ」で走る |
| 下松市制55周年特別企画 ”桜桜フェスタ”で下工弁慶号桜のトンネルを走る ・・・平成6年4月2日~3日
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| 下松市に寄贈 |
「夕刊周東」 平成7年12月22日 |
「読売新聞」 平成7年12月23日 弁慶号を寄付 社団法人 下松工業会 明治時代の蒸気機関車「弁慶号」を寄付下松市に申し出る 下松工高の同窓会「社出法人下松工業会」(深町和彦会長)は、22日所蔵する明治時代の蒸気機関車「弁慶号」の寄付を下松市に申し出た.河村憐次市長は「文化財として、有効利用したい」と快く引き受けた。 |
「中国新聞」 平成7年12月24日 明治生まれの弁慶号 小型SLを下松市に寄贈 下松工高同窓会が申し出「貴重な文化遺産活用を」 下松工業高校(石部薫校長、560人)の同窓会、下松工業会(深町和彦会長)は22日、会の所有する小型蒸気機関車「弁慶号」と客車一両、レール150メートル、プラットホームなど一式の寄付を下松市に申し出た.河村憐次市長は「市民の要望を聞いたうえで、保存、活用法を検討したい」という。 |
「日刊新周南」 平成7年12月25日 下松工高の同窓会、下松工業会(深町和彦会長)は長く同校が保存してきた1907年(明治40年)製で今は1台しかない同会所有の小型蒸気機関車「下工弁慶号」を貴重な文化財産にしてもらおうと市に贈ることになり、22日、深町会長が河村市長を訪ね、目録を手渡した。 |
「山口新聞」 平成7年12月25日 県立下松工高の卒業生で組織する下松工業会(深町和彦会長)はこのほど、戦前まで同校で使われていた明治40年製達の小型蒸気機関車を下松市に寄贈した。この機関車は8年前に修理され、今でも走られる状態。「走らせれば世界的文化財」とあって同工業会は「観光資源としても活用して」と要望.河村憐次市長は「必ず走らせます」と約束した。来年以降には90年近く前の勇姿が再現されそうだ。 |
「朝日新聞」 平成7年12月26日 県立下松工業高校の同窓会「下松工業会」(深町和彦会長)は先日、明治時代の蒸気機関車「弁慶号」を下松市に寄付した。市は貴重な近代化遺産として、市内で展示、永久保存する予定でいる。 |
「毎日新聞」 平成8年1月9日 「弁慶号」を下松市に寄贈 下松工高同窓会 客車1両、レールなど一式も 県立下松工高同窓会の下松工業会(深町和彦会長) はこのほど、所有する明治時代の小型義気機関車「弁慶号」など一式の寄贈を下松市に申し出た.市は有効利用する方針.弁慶号は1907年(明治40年)に石川島造船所(現・石川島播磨重工糞)が製造.全長4メートル、高さ2.4メートル、幅1.5メートル、重さ5.5トン。 1934年(昭和9年)、石炭輸送に使用していた徳山海軍燃料廠から下松工高の前身、下松工業学校が教材として払い下げを受けた.一時は校庭で雨露にさらされていた。しかし、S Lブームのなかの1981年、創立60周年記念として生徒らが修復して運転。1991年に下松工業会に移管され、市内外のイベント等で活躍した。現在は柳井市の柳井総合卸センターに貸し出している。 下松工業会は客車一両、レール(150メートル)、プラットフォームも寄付。年間維持費は約40万円で、時価は合わせて6、7千万円から1億円相当、という。来年度には市に引き渡される予定。下松工業会は「民俗文化財として地域振興に役立てて欲しい。米泉湖畔で運転できるようになれば・・・・」としている。 |
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| 「下工弁慶号」展示格納庫へ |
| 「下工弁慶号」展示格納庫(下松市役所前庭グリーンプラザ)落成式 ・・・平成8年11月1日(金) 10:00~ 下松市役所グリーンプラザ
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| 北勢線で動態復元 |
| 1.動態復元へのあゆみ |
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2.地元での新聞報道 |
| (中日新聞 平成17年9月23日) |
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| 3.動態復元式 |
| 4.北勢線から帰った「下工弁慶号」 |
| 3年間の貸し出しを終え、ふるさとに帰ってきた「下工弁慶号」を地元新聞では下のように伝えています。 |
平成19年4月3日「朝日新聞」 ![]() |
平成19年4月3日「読売新聞」 ![]() |

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