| 憲法・安保条約上も集団的自衛権行使は無理!! 2014.5.14 駅頭チラシより |
| 皆さん、私たちは「九条の会・久喜」と申します。九条とは日本国憲法九条のことです。そこには上記にも掲げているように、戦争、武力による威嚇または武力の行使の放棄、戦力の不保持・交戦権の放棄が謳われています。私たちはこの憲法九条を守り発展させていくことが大変重要と考えています。 ●憲法記念日に安保条約と集団的自衛権問題について考えた ジャーナリストの前田哲男さんの集団的自衛権問題についての講演録には、たいへん興味深い論点が載っていたので紹介したい。そのアプローチは現在ある日米安保条約から集団的自衛権について考えたものだ。 前田氏は条約の名称から(下記参照)「相互防衛条約」であり、「攻守同盟」ではないという。またその対象区域も「日本国の下にある領域における……」(5条)となっており対象区域も日本の施政権下に限定されていると指摘する。 歴代内閣は「対米防衛義務を負っていない」と答弁してきており、その一つとして60年3月21日、岸信介首相の参議院予算委員会での「特別に密接な関係がある国が武力攻撃された場合に、その国まで出かけて行ってその国を防御するという意味における集団的自衛権は、日本の憲法上は、日本は持っていない」という答弁を紹介している。 このような日米安保条約に対する解釈、さらには憲法の制約に対する理解が国民の間に定着していたからこそ、戦後60年を経て日本は一度も戦禍にまみえることなく、一人の自衛隊員も戦場で死ぬことがなかったのではないか。このことをもう一度安倍首相に考えてもらいたい。 「条約は片務的で米国が一方的に日本を守ることになっている、日本は独立国として相応の軍事的負担をしないのはおかしい」という声を背景に「集団的自衛権を認めるべき」との意見がある。しかし、この点について前田氏は同条約6条で「日本は基地の使用を認める」ことによって責任を果たすことになっている点を指摘している。(このような安全保障条約はほかの条約には見られないことも指摘している) 米軍基地を持つ自治体が解決できない課題として基地の治外法権化があるが、その原因がこの6条を根拠とする地位協定にあることは「沖縄の苦悩」として多くの日本国民の知るところだ。 前田氏は最後に、集団的自衛権の行使解禁は「改憲」「安保再改定」と同時になされてのみ整合性を持つものだ。として憲法上も日米安全保障条約上も集団的自衛権の行使は認められないと結論している。筆者もまったく同感である。 ●軍需産業に携わる人の増大は憲法改悪に進む これも新聞記事の引用で恐縮だが5月2日の東京新聞、ジャーナリストの島本慈子氏の指摘である。武器輸出三原則の変更は日本の個性を捨てる動きであるとし、軍需産業に携わる人が増えれば戦争への抵抗が薄れ、武器の在庫がはけなければ住宅ローンや子供の学費が払えない労働者が増える。少なくない労働者が戦争を待つことになってしまわないかと危惧されている。そういう人が増えれば国民投票で憲法改正賛成が増える。本当に怖い話だがまんざらありえないことではないのは、軍需産業界の動きにも表れている。 もっと声を大きくしよう。憲法守れ! 集団的自衛権反対! 武器輸出反対! [日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約] 第5条 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。(後略) 第6条 日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、1952年2月28日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(改正を含む。)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。(いわゆる日米地位協定) |