ここまで来た戦争への道 −国民保護に関する久喜市計画案答申−
 8月25日、第4回久喜市国民保護協議会が開催され、国民保護に関する久喜市計画(案)を市長に答申しました。これらより県にも報告し、年内には正式な計画となる予定です。これまで、久喜市計画の原案について、同協議会の論議や市民の意見を一部取り入れながら、修正してきたものですが、計画案自体、武力攻撃の事態(戦争)に対する危険な内容を持つ計画案となっています。

 この計画は国の「国民保護法」(=戦争法)に基づき、全国の各自治体が国民保護協議会の設置とその論議のなかから久喜市の計画づくりを進めてきました。
 この計画自体、国の「国民保護法」に沿い、国と県のモデル指針に沿って作られ、米軍支援法や自衛隊改正法など関連7法案と憲法改正の動きのなかで、日本を戦争に参加できる体制と武力攻撃事態に対応する有事体制づくりのため自衛隊を参加させることが本質で、許せるものではありません。

 これまでの久喜市議会や総務委員会の質疑のなかで、自衛隊の協議委会員の参加も明確になり、防衛庁長官の任命が前提の自衛隊の参加は、国と県と一体となり、その指示が具体的に避難・誘導に及ぶことが予想されます。これは、総務庁が想定する武力攻撃事態の4つの類型とする「着上陸侵攻の場合」「ゲリラなど特殊部隊による攻撃の場合」「航空攻撃の場合」「弾道ミサイル攻撃の場合」としていることを指示していることを見れば、有事は国が主導し、自然災害救助における住民避難計画と根本的に違う危険な対応と行動になることに市民が反対し、不安を抱くことは明らかです。
 また、これらのことは戦後、再び戦争をしない、平和を願う立場で制定した日本国憲法の理念と第九条で具体化したものを生かし、守る立場とも相反するものです。
 「九条の会・久喜」の設立趣旨や平和を願う市民の立場からも許しがたい状況が進められようとしています。

 この計画案については、市の執行部の作成原案が協議会委員にすでに第1回の協議会開始以前に配布され、その後の論議では逐条的に一部訂正や確認事項が中心でした。毎回、自衛隊の幹部委員が運転手付き、制服姿で参加。40名に及ぶ委員が、日中傍聴者も少ないなか、まさに粛々と十分な意見交換や市民の不安を代弁することなく、進められる様子に「鳥肌が立った」との傍聴者の声でした。

 久喜市の計画については、パブリックコメントが6月12日から7月12日までに行われました。このとき、市役所や公共施設に計画案そのものが置かれていなく、趣旨資料のみだったので、その日から「すぐに計画案を置くべきだ」との市民の声が寄せられるという事態も発生。その後、市民からの意見は12人、28件寄せられました。

 むしろ、この意見の多くは「久喜市の人間尊重・平和都市宣言と矛盾する」「市は戦争を望むのか」「武力攻撃事態を回避するために、国や地方公共団体は全力を尽くすべきだ」「ジュネーブ諸条約追加議定書の無防備地域宣言をするべきだ」「自衛隊とともに行動することで、敵の攻撃対象となり、攻撃に巻き込まれる」など、批判的で貴重な意見が相次いでいました。
 しかし、この意見はすべて「原案どおり」と退けられ、1行の補足や追加記述はなりませんでした。ただ、皮肉なことに、「人間尊重・平和都市宣言について、記述を加えるべきだ」という意見の一件のみが追加され、「同宣言の理念を尊重し、国民保護措置を実施するに当たっては〜」との原案になりました。

 「戦争と平和」が同居できるのか。第4回の答申日の8月25日には、田中市長からの諮問を受けた、久喜市保護協議会の会長と、この間の論議をとりまとめた議長を兼ねた田中市長から答申するという奇妙な儀式が、これも厳粛に行われました(北・K) 

国民保護計画って?